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《黒の幻灯》2.日ノ輪

心象世界。

それは、そのモノの根幹たる原風景であり、そのモノの精神を象徴する世界をさす。普段、それは当の本人ですら見ることは叶わないし、魔術的に覗き込むそれも、完全とはほど遠いし、現実のように五感で感知できる程の再現度など論外。

但し、それは一部の例外を除くようだった。

「………ここが、フィーの心象世界」

呟くエミリオが目の当たりにした世界。

空があり、水があり、そして、漆黒の闇と炎がある。

そこは、闇と炎にに包まれた学院そのものだった。

隣に横たわっていたフィーの姿は無い。

恐らく意識がないまま魔術に取り込まれたからだろう。

どこかには居るのだろうが、どういう状態で、意識があるのかすら不明だ。

しかし、ここがフィーの心である事に間違いはなく、そしてフィーを助けるためには、この世界を侵食している黒炎の主をなんとかしなければならない。

リフィの魔術の腕と、学院術式、なによりエミリオとフィーの繋がりの強さが、この危うい世界を成り立たせているのだ。このチャンスを逃せばフィーは永遠に失われ、エミリオもまた再起不能になり、最悪の場合は死ぬだろう。強い魔術にはそれ相応の対価が必要なのだから、リスクが高いのは当たり前だ。

改めてエミリオは辺りを見回す。

背後には一部のみの城下町。エミリオとフィーでよく買い物した辺りと、エミリオの家までが存在するだけの、閉じられた世界。眼前には闇と炎に包まれた学院が鎮座している。そしてそこには本来有り得ない、明らかな異物が存在していた。

「漆黒の…茨」

崩れかけた建物を保つように、割れた地面を縫い付けるように、漆黒の花を咲かす茨が、いたるところに繁茂している。それらは、学院の中央…漆黒の世界樹に向かって太く伸びている。

「フィーは、この先にいるのかな…?」

エミリオは、そこで違和感を感じた。

「ん…?視線が、なんか高い?」

辺りを見回してみると、ちょうどショーウィンドウがあるので、エミリオは自身の姿を映した。

そして、思わず叫んだ。

「誰!?」

そこには、長身でメガネをかけたイケメンがいた。

少なくとも、エミリオでない事は確かなのだが、よくよく見れば端々にエミリオの特徴が見受けられることから、恐らく、フィーの目線から見たエミリオは、きっとこのように見えているに違いない。

…恐るべし、フィーの心象世界、である。

と、ガラスに映るエミリオの姿が揺らぎ、現実と同じ姿に変わる。普段の自身と比較することで、エミリオの姿が本来に戻ったようだ。

「…魔術で干渉してるから、多少は融通が効くってことなのかな?」

試しに、エミリオは右手に自身の武器であり礼装である、銀細工用の鎚をイメージする。すると、思った通りの鎚が現れた。

その後、いくつか試してみたが、どうやらはっきりとイメージできる、フィーの知っているモノしか現れないようだ。

それだけ確かめると、エミリオは鎚だけを握りしめ、学院の方へと歩き始めた。

所々、茨で通れない箇所を迂回し、学院の内部へと進む。

漆黒の闇に包まれた世界。フィーが元々、闇に生きる黒犬だからなのだろうか?

点在する灯りは、風もないのに揺らめいて、幾重もの影を踊らせる。

学院の中庭までたどり着くと、灯りの数が激減したので、エミリオは魔術を試してみた。

「ーーーーー」

身体強化を、目に集中する。

吸血鬼狩りの夜目の魔術は、音の無い世界に静かに響く。

魔術は無事、効力を発揮し、エミリオは辺りを再確認した。

「…茨だらけ、だな」

学院の崩壊は、そこまで致命的ではないのに、漆黒の茨はそこら中を這っている。これがフィーを蝕む災禍の力の象徴だとするなら、目標に確実に近づいているはずだ。

「目指すは、学院の中央…かな」

そうして、一歩踏み出そうとするエミリオの足が止まる。


「ウチによう気付いたなぁ、アンタ」


無音の世界に、声が響く。

夜目の視界の外。闇から滲み出るように、何者かが現れる。

真紅の瞳をした、何者かが。

エミリオは鎚を握り直し、構える。

「壊れかけの世界によう来たねぇ、マスターはん」

それは漆黒の魔神だった。

天廻綾津日神と同じ姿をしながらも、纏う衣はすべてが黒く、本体よりもやや華奢だ。纏う空気は柔らかく、言葉もまた柔らかいが、その身に纏う魔力は魔神本体よりも熱い。

「ウチは天廻綾津日神の力の象徴。災禍九刀(さいかここのつがたな)がひとふり、“日輪鬼灯(ニチリンホオズキ)”の心、日ノ輪(ヒノワ)いうんよ」

言って、日ノ輪は虚空を握る。

めらめらと音を立てながら、その手に顕れたのは漆黒と金の拵えの大太刀だった。

「ウチは天廻綾津日神の欠片、そのまたさらに砕けた小さな一欠片やけど、フィーリアちゃんにはちょっと重すぎたみたいやねぇ」

身の丈を越える程の獲物を軽々と担ぎ上げ、日の輪は笑う。

「さて、君はどうかなぁ、エミリオくん?ま、ここでウチを呑み込めへんかったら、それで終わりなんやけど。じゃ、始めよか」

ギラリと、肉食獣の瞳が輝いた。

来る!

直感したエミリオの行動は早かった。

「ーーーーー」

魔術を編む。

身体強化を極限まで高めた魔術大家、その末裔たるエミリオは、吸血鬼狩りの神速を体現する。

対する日ノ輪は、魔術を編むでもなく、影から茨でできた猟犬を召喚する。その数実に10頭。

そして。

「ーーーー三十六計、逃げるに如かず」

魔術が完成するや否や、エミリオは守護者とは逆方向に逃げ出した。

「いずれは戦わないといけないだろうけど、情報もないまま、あれだけの数と戦うのは得策じゃないよ…!」

独りごちるが、しっかりと追手をまいているあたり、やはり逃げなれている。演習やフィールドワークで鍛えた危機回避が、ここに来て、エミリオに思考する時間を与えていた。

「向こうの目的はこちらの殲滅。問題は、僕のことをどれくらい感知できるのか、って所…」

日ノ輪は間違いなくラスボスだ。

あれを倒すなりする事が、フィーを救う事に繋がる。

走り慣れた学院と学生街で助かった。

そうでなければ、今さっきのタイミングで間違いなくゲームオーバーだった。

本音を言えば、戦いたくはない。

しかし、フィーを救うには逃げてばかりはいられないのだ。

まずは相手の戦力を知り、こちらの武器がなんなのかを、見極めなければ。

勝てるかどうかなんて、知ったことか。

逃げる場所も道も無いんだ。

あるのは、フィーを失いたくない気持ちだけ。

死にたくなんてないけれど、やってやる。

気合を入れ直したエミリオの視界の端には、漆黒の茨。

「…試してみるか」

窓の外に見える茨、そこに咲く大輪の花をみて、独り呟いた。


     ***


「《銀の弾丸(シルバーバレット)全弾、斉射(フルファイア)!」

銀色の魔弾が、茨を花ごと消し飛ばす。

学院内を走り回りながら、エミリオは片っ端から茨を破壊していく。

時折、日ノ輪の召喚した番犬が現れるが、周囲の茨と同じ強度しかないため、エミリオの連射する魔弾の前に、生き残るものはいなかった。数では負けるが、一体ずつならなんとかできるようだ。問題は、日ノ輪がどれほど猟犬を放ったのか、あとどれくらい放てるのかだが、正直不明だし、あの魔神の力の一端である以上、そう簡単にやられてくれるとは思えない。

そんなことを考えつつかれこれ小一時間も破壊工作を続けていたため、校舎内の茨は目に見えて量を減らしている。

「…僕の推測通りなら、そろそろ日ノ輪本人が出てくるかな」

エミリオは茨を減らせば日ノ輪も弱まる、と考えていた。

茨を破壊していく内にいくつか解った事があり、それが日ノ輪に関連しているように見受けられたからだ。

まず、茨は炎を魔術で封じ、固定してあるという点。

これは、最初に破壊した花が爆発・炎上したために気付いた。故に、茨を破壊してしまうような近接攻撃は、基本NGだ。

次に、茨は花がなくなれば、周囲が枯れるという点。

茨の構造がどうなっているのかは不明だが、花が魔術的な要点になっているらしく、花を散らすと、花の爆発が連鎖して、ある程度の範囲の茨が消失する。

それと、魔術を行使しても、魔力は減らない。というのは、茨が消失すると、茨の魔力が周囲に拡散するため、使った魔力分以上の補充が出来るからだ。

同時に、それは懸念でもある。

魔力が尽きないということは、日ノ輪が魔術を扱う場合にも魔力量を気にせず連発できるということでもあるのだ。

そう考えると、茨犬軍団と戦うか、魔力超絶な日ノ輪と戦うかの二択なような気はするが、どちらにせよ、日ノ輪を倒さなければフィーを助けられない。

覚悟を決めろ。

エミリオは、自分に言い聞かせる。


「僕は、現実で、フィーに再会するんだ」


口に出す事で、エミリオは改めて気合いを入れる。そして、エミリオはイメージする。

「ーーー顕現せよ、告死剣《災禍紅牙(クリムゾンエッジ)》」

フィーの剣を。

茜色に燃え盛る大剣を。

大剣は顕現すると、エミリオに合わせるように変形し、スラリと伸びる長剣になる。

エミリオは、そのまま魔術を編む。

「ーーーーー《粛清の銀聖剣(シルバージャジメント)》」

略式詠唱でも充分だ。

フィーの記憶が、この魔術を覚えている。

エミリオの持つ魔剣が、銀色の聖剣に変化する。

そして、狙いすましたように、獣の雄叫びが辺りに響き渡る。

「ーーーー!!」

声量だけで、身体の芯を震わす。

黒い毛並みに漆黒の茨。瞳は真紅で、鋭い牙と爪が怪しく光る。

身体はグリズリー程もあり、エミリオなど簡単に捕食できそうだ。

巨大な黒狐。

それは日ノ輪が新たに召喚した猟獣だった。

「エミリオくん、気張りはるねぇ?なら、この子はどう?」

獣の背後に滲み出るように現れた日ノ輪がコロコロ笑う。

「この子は今までの猟犬とは格が違うんよ?気い付けて遊んだってな?」

その言葉を聞いた瞬間、黒狐のあぎとが大きく開き、魔術がまろびでる。

「《地獄の業火(ヘル・ブレイズ)》」

ファイヤーブレスが一直線にエミリオの眼前に迫るが、エミリオはそれをなんとか回避した。神速の身体強化を維持していなければ、一瞬で終わっていた。

「《銀の弾丸(シルバーバレット)全弾、斉射(フルファイア)!」

回避の勢いそのままに、未だ口元に炎の残る黒狐へと、銀の魔弾を撃ち込む。エミリオに狙いを付ける余裕はなかったが、幸い、多数の魔弾の軌道がそれることはなく、銀の弾丸は見事命中して黒狐は銀色の爆発に飲まれる。

だが。

「《地獄の業火(ヘル・ブレイズ)》」

黒狐は健在で、再びファイヤーブレスが迫る。エミリオは神速で避けるが、ファイヤーブレスは連弾でエミリオを襲うため、逃げ続けるほか無い。

「これじゃ埒があかない…!」

苦し紛れに放つ魔弾も火炎放射の前には火力不足で、エミリオは徐々に追い詰められてゆく。エミリオはこの状況を覆す魔術を既に識っていた。但し、エミリオがそれを使うことには、無視できない躊躇がある。

「…使うしか無いのか?」

フィーの魔剣を。

茜の刃を手にした時から、考えてはいた。

フィーの最大級の魔術、《破滅と勝利の魔剣(ブラックフレア)》。

フィーを勝利に導く、諸刃の剣。

その名の通り、使えば最後、その膨大な魔力消費に耐えきれず、並みの術者ならば発動すら危うい魔術だ。

茨の魔力が満ちているこの空間なら、エミリオでもいくらかの生贄があれば、発動はできるだろう。

だが、エミリオでそれを制御できるのか。

フィーですら、すべてを制御できない力を。

平凡そのものであるエミリオが。

仮にできたとして。

それで、黒狐を倒せるのか。

黒狐を倒した後に日ノ輪が控えているのに、切り札を切らねばならないのだ。

お前にできるのか?

日ノ輪に辿り着いたとして、お前に勝てるのか?

魔術師として、三流のお前が?

思考は散り散りに。

回避を続ける身体は、未だルーティーンを続けるけれど、エミリオの意識は急激に冷たくなっていく。


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