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《紅と黒》6.学院一位の男

「では、次の試合だ」

リフィのコールで、エミリオたちは演習場の中央へと進む。ウルズ側から出てくるのはもちろん声援を背負ったトウヤだ。

「…改めて、全く勝てる気がしないんだけど」

そうぼやくと、隣のフィーがやる気の満ち溢れた表情で言う。

「大丈夫です!私、今なら誰にも負けない気がします!」

最終戦まで残すは3戦。戦況はリフィの思惑通りなのか、完全に拮抗している。そんな中での出番はエミリオのやる気をなくすのに十分すぎたが、逆にフィーのやる気は際限なく上昇しているようだ。

「まぁ、負けたい訳じゃないんだけどさ」

魔力はエミリオ7割、フィーが5割といったところ。ミアのくれた魔術薬のおかげで問題なく動けるは動けるのだが、たった一撃の魔剣が二人の魔力4割をごっそり削っていた。そんな状態なので、端から勝ち目が薄すぎるトウヤ相手となると気分はブルーである。前に闘技場に出場した話も聞いたが、まったく勝てる想像ができなくて、エミリオはため息をついた。

「今回、大技は多分効かないと思う。連撃を狙っていく方が良いかもしれない」

作戦らしい作戦など無い。そもそもランク一位のトウヤと戦うなんて状況がイレギュラーなのだ。いくらフィーが強いとはいえ、単なる剣では連撃も効かない気がするが、魔剣で魔力をごっそり消費した上に不発で負けるのは、流石に恥ずかしい。その点だけは注意しよう。

「了解です、マスター!頑張って勝ちましょうね!」

フィーの言葉に曖昧に頷くと、ちょうど戦闘配置だ。

手の中でハンマーを遊ばせ、エミリオはトウヤを見据えた。

紅い刀、篭手に具足と額宛て。どれも刻印済みのミスリル製礼装だろう。そもそも礼装からして、エミリオたちには足りな過ぎた。

「さて、残すところ3戦だ。悔いのない戦いをするようにな」

リフィが宣告する。

「えぇい、ヤケだ、やるだけやってやる!」

エミリオはやけになりながらも精神を研ぎ澄ます。

試合開始の合図が告げられる。

「試合、始め!」

始まりは静かに推移する。

「悪いけど、フロウの仇は取らせてもらうよ?」

静かに刀を抜くトウヤは、すでに戦闘モードで中段に構えた。

「…《紅牙災禍(クリムゾンエッジ)》」

虚空から炎の剣を呼び出すフィーの呼吸が変化する。

「我、揺らめく影を纏うもの。燃え上がれ、《揺らめく炎破(ブラックミラージュ)》」

身体強化の旋律は、フィーとエミリオを包み込む。そして、両者の魔術の完成を皮切りに、戦いの幕があけた。

キィン、と凛の音が響き渡る。

鋼と鋼の奏でる旋律に魔術の伴奏を従えて、剣士たちのワルツが走り出す。

大剣と太刀では本来打ち合いなどしない。当たり前だが、重量差で太刀が弾かれるからだ。

しかし魔術師ならば、その限りではない。

身体強化を纏うトウヤは、右の太刀に火の爆風を、左の篭手に氷の小盾を、身体に追い風を纏い、全てを完全に制御下に置いている。つまり、刀を片手で振るい、爆風で無理矢理大剣を弾き、フィーの魔剣を氷盾でいなし、風に乗って神速で動くのだ。あれだけの動きで自身を強化・保護しない訳がなく、凄まじく魔術制御力が高いことが解る。

フィーも速度だけなら負けていない。しかし、トウヤの剣術や魔術を抜いてダメージを与えられるような手が無い。

剣士たちが数合を交わし、打ち、いなすこの十数秒の間に、エミリオは状況から選んだ魔術を詠う。兎にも角にも、トウヤの魔術を乱さねば始まらないのだ。

「我、銀の技を備えし者也」

フロウの時と同じだ。場を乱す事がエミリオの役割であり、フィーを助ける。トウヤに狙われないように常に動き続けながら、エミリオは詠う。

「願いをくべ、思念をくべ、魔力をくべて煌々と燃える金床の檻よ、閉じよ」

その間数秒、フィーの斬撃が三つにトウヤが二つ。

狙われていないと判断したエミリオは、魔術を完成させようと口を開きかけ、そして慌てて大きく地面を転がった。

次の瞬間、地面を走るように炎の刃が駆け抜けたのだ。

(危なく焼かれるとこだった!爆風の元になってる炎を飛ばしたのか!)

内心焦って状況を確認する。

一瞬しか見えなかったが、トウヤは太刀に纏った炎を魔弾のように放ったように見えた。それもフィーの相手をしながらだ。魔術を少なくとも四つ制御しながら、格闘戦でフィーを相手どり、伏兵のエミリオまでをも狙う。

これがウルズの頂点、ウルズの四皇の実力だと、エミリオはひしひしと感じた。

しかし、そんな感情に費やす時間など与えられる訳もない。それどころか、ボーっとしていてはフィーもエミリオも狩られて終わりだ。エミリオは即座に切り替えて魔術を完成させる。

「我が工房を満たすは、錬鉄の炎気。閉じろ、《沈黙の槌音(ハンマーサークル)》!」

ハンマーを虚空に撃ちつける。カァンと響く音に追随して、周囲の魔力が炎属性に置き換わっていく。

「ダメか!」

トウヤが刀を振るうだけで、炎の波紋は打ち消されてしまう。理屈すら読み解けず、エミリオは返す刀で飛来した炎をなんとか避けた。そもそも炎が無効化されているようだが、それをなんとか出来ない限りはフィーの魔剣すら勝ち目が無い。

「《銀の弾丸(シルバーバレット)》、全弾、斉射(フルファイア)!」

苦し紛れの魔弾を放つが、トウヤは上手く立ち回ってフィーの背中を盾にしてしまう。間一髪フィーが避けてくれたが、もはや八方塞がりになりつつあった。

今までのエミリオならば、ここで諦めていた。

平凡な魔術師。

魔術を描きながら、その可能性に限界を敷く者。

平凡である事を受け入れてしまっていたエミリオのままだったならば。

「フィー!もう一度強化だ!」

叫んで魔力を回す。

パスを通じてフィーにありったけの魔力を供給する。

もはやエミリオの魔術では届かない。

けれど、もしも活路があるのなら、それはきっとフィーにある。

己の使い魔を信じて、エミリオはフィーに命じた。

「了解です、マスター!」

何かを仕掛けてくる前に倒すつもりになったようで、トウヤの剣が猛攻に変わる。鋭く、しなやかに、意表を突かんと跳ねる太刀筋に、フィーは気合だけで致命傷を退け、力強く詠う。

「我、揺らめく影を纏うもの!さらなる魔力を得て煌々と燃え上がれ!《揺らめく炎破(ブラックミラージュ)》!」

纏う魔術が火勢を増して、フィーの姿がかき消える。

揺らめく炎破(ブラックミラージュ)の真髄は、強化に非ず。

蜃気楼による隠蔽、そして魔力の隠匿、俊敏性の上昇。

これらが真に効果を発揮するのは白兵戦ではなく暗殺だ。

故に。

まず一つ。

茜の魔剣の一閃がトウヤを打つ。

超感覚か本能か、辛うじて防御するが、そこにはフィーは居ない。

また一つ。

茜の一閃はトウヤの篭手を弾いた。

着物が切れて、血が風に舞う。

さらに一つ。

続けてもう一つ。

フィーの高速の魔剣がトウヤをかまいたちのように刻んでいく。

腕を掲げて顔を守り、フロウのように風を纏って軽減しているようだが、間違いなくダメージを与えている。

これなら、勝てるかもしれない。

そう、エミリオの思考によぎったその時。


腕を掲げたその隙間から、トウヤの仄暗い瞳が見えた気がした。


空気が、変わる。

伝播する、マナの静寂。

戦いの熱い流れに浸りながらも、どこかそら寒い感覚。

それは、エミリオではなくフィーの感覚であり、契約のパスから流れ込む一端を感じているだけに過ぎないのに、背筋がゾクリ、とした。

「………っ!?」

これが、ウルズの魔術師。

エミリオなど、足元にも及ばない、高みに在る者。

まるで、巨大な大蛇に睨まれているような威圧感に、直接対峙していないエミリオは無意識に後ずさる。

そこからは、ただただ圧倒的だった。

フィーの連撃はまるで当たらなくなった。

予知しているかのような回避で、それはだんだんと反撃を伴い、やがてフィーの足が止まる。蜃気楼は足を止めた時点で意味をなくした。ここから先、いくら再び走り出そうと、トウヤの追撃から逃れることは出来ないだろう。そんな確信めいた感覚をエミリオもフィーも感じており、ついぞ足が動かせなくなってしまったのだ。

「くぅ…」

実力差が在りすぎる、と、エミリオは改めて思った。

フィーの強化は確かにトウヤを追い詰めた。しかし、それは単に隠された実力を暴いただけに過ぎなかったのだ。いくら強度をあげても、いくら加速しても、いくら魔術耐性を底上げしても、届かない。

そう思わせる魔術師が、今、エミリオの前にいた。

「ーーーーーーーー」

もはや炎の付加を纏わず、両の手でしっかりと刀を構えたトウヤは風だけを吹かせたまま、じり、とエミリオたちににじり寄る。

息を飲むことすら、致命的な隙を生みそうな、対峙。

永久にも感じられるような、その刹那。

トウヤが中段に構えた刃は、大蛇の牙のように微動だにせず。

フィーはゆっくりと後退ると、主を守る闘犬のごとく慎重に大剣を構える。

凍てつくような魔術師の領域に、エミリオはただ守られるだけで。

そして、静寂は破られる。

「っ!」

必要最低限の呼吸で飛び出したのは、フィー。

一気に間合いを詰めながら、振りかぶった魔剣に残った魔力をありったけ注ぎ込む。

「《破滅と勝利の魔剣(ブラックフレア)》ーーーー!」

フィーの扱う中で最大級の魔術の略式詠唱。

しかし、それを見たトウヤは刀を掲げるだけで避けなかった。

フィーが振り下ろした炎の刃が、トウヤを焼き尽くさんと襲う。

秒速の中でエミリオは理解した。

エミリオの魔力を吸い上げても足りないはずの魔力消費を、フィーは独りで補って発動した。その分、刃は小さかったが、それでも巨大な黒炎は、トウヤを包み込むほどに煉獄を敷くだろう。

本来ならば。

燃え盛る炎は、まるで一方向に吹かれるように、トウヤの刀に吸い寄せられている。それは何らかの魔術、または刀の効果によって、炎が無効化される寸前の現象だった。

「くっ……!」

間違いなく、これが最初で最後の好機だ。

残った魔力を振り絞り、エミリオは銀鍛冶の秘奥を紡ぎ始める。

「我、銀の加護を賜いし聖者也―――」

曰く、銀鍛冶の原点を呼び覚ます詠唱。

フィーの黒く輝く大剣が、炎を纏ったままで呼応するように瞬く。

「銀の加護を持て、我は命じる」

自己最高速度の詠唱は同時に、自己最高精度の魔術を瞬時に編み上げていく。

今まで一度も成功したことの無い魔術が、現実の彩りを鮮やかに変革する。

「銀が穿つは、紅き魂」

その火花よりも眩しい銀色が、フィーの黒剣を染めていく。

「その輝きを持ちて、闇を振り祓い給え」

突如として炎を失い、代わりに聖別の魔力へ変換されていく魔剣に、トウヤは驚愕の顔を見せていた。


「我、顕す者、その名は《粛清の銀聖剣(シルバージャジメント)》!」


魔術が完成した刹那。

初めて成功した秘奥。

その輝きを纏った、聖なる魔剣がトウヤへと吸い込まれていく。

そして、エミリオは目の当たりにする。

一流の魔術師、その瞳に未だ勝利を狙う意志が灯っているのを。


「ーーーーー“荒れ喰らう言霊(セイジャクシキ)”」


呟くように詠われた魔術が、刀に触れた聖剣を破壊する。

何の魔術なのかもわからないまま、魔剣に貼られた銀の聖剣が溶けゆく。

ガラスが砕けるように、聖剣の残滓は塵へと帰すのに、時間は必要無かった。

あぁ、これじゃあ駄目なんだ!

エミリオが叫ぶ間もなく、元の炎に戻された魔剣が刀に吸い込まれ、あっけなく消えた。

そしてがら空きのフィーの胴めがけて、トウヤの肘打ちが見舞われる。

ピンポイントに強化された打撃で、フィーの銀鎧が砕ける鈍い音が響き渡った。

その瞬間。

契約で繋がっていたフィーの意識が断絶したのを感じるとともに、エミリオは魔力切れを引き起こした。

戦意の喪失、或いは絶望。

戦う意志を無くして、ブラックアウトする視界に最後に移ったのは、倒れゆくフィーを抱き留めた“勝者”の姿だった。


     

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