《紅と黒》5.対ウルズ戦
「さて、今日はウルズとヴェルザンディの合同演習だ」
エミリオたちヴェルザンディ《剣》クラスは、リフィ率いるウルズクラスと対峙していた。
「いつも同レベルの魔術師相手では、柔軟な思考も構成されないだろう?」
リフィ先生はニヤリ、と薄く笑う。
「そこで、本日の戦闘演習は二対一の変則ルールで行う」
言って、リフィ先生はチームと対戦カードを発表し始める。これらの組み合わせもまた、今まで行われてきた対抗戦に習ってポイントが拮抗するように組まれているようだ。徐々に発表されていく対戦カードは、やがてエミリオとフィーの順番になり、組み合わせがコールされる。
「トウヤvsエミリオ・フィーリア」
エミリオの対戦相手は、ウルズの中でもトップのトウヤだった。
エミリオがトウヤの方を見やると、桜になにか言われてなにやら困り顔をしていた。そこでエミリオの視線に気付いたのか、エミリオの方を向く視線でよろしくと言っていたので、エミリオは思わず軽く会釈してしまう。
「なんだか、やりにくいよなぁ…。強いことは間違いないだろうし」
なんせウルズの中でもトップである。四皇の噂は伊達ではないはずだ。
エミリオがぼやくと、隣のフィーがふんす、と鼻を鳴らす。
「初めから諦めてたら、勝てるものも勝てないですよぅ!」
組み合わせの発表が終わり、周りがややざわつき始めたところで、リフィが思い出したかのように告げる。
「言い忘れていたが、負け越したクラスには連帯責任でレポートの山を進呈するから、そのつもりで」
そんな一言で、ただでさえ荒れそうな演習は、いつも以上に全力投球の魔術戦闘へと変貌したのだった。
***
試合は全部で23試合だ。
ウルズクラス生の人数分だが、ペアで戦うヴェルザンディは人数が足りないので、必然的に複数回戦うペアが出てくる。不運にもエミリオは複数回ペアに該当していたため、トウヤの前に一戦行うことになっていた。開幕3戦目の試合である。
「まずはフロウさんから血祭りにしてあげますよぅ!」
初戦とその次は敗北したヴェルザンディはやや悲観ムードになりかけていたためか、妙な気合いの入り方のフィーはまるで猪のように鼻息を荒くする。そんなフィーを引き連れて、エミリオはコロシアムのような雰囲気の演習場の中央へと進む。気分は野獣に追い詰められた獲物だ。すでに相手は戦闘準備万端で、得物のハルバードをぐるりと一回転。すると、風の魔力が爆発を起こしたかのように、突風が一陣吹いた。
「僕やトウヤに当たるなんて、エミリオも運がないよね」
ウルズで風霊族は彼女しかいない。
フロウ・ザ・シルフィード。
「いつでもどうぞ」
またの名を…トラブルメイカー。
普段、友人としての付き合いはあるが、こうして戦うのは初めてだった。
武器も構えず余裕綽々なフロウは、けれど風を纏っていて隙がない。
「はぁ…やるしか、ないよなぁ…」
フロウもまた、ウルズクラスの中では屈指の実力者である。バーサーカーな戦闘スタイルと風霊族であることから、暴風雨などと言われている。なんにせよ近接戦闘したくないタイプであり、エミリオが最も戦ってはならない魔術師であることは明確だ。
そんな考えがよぎってやや逃げ腰気味なエミリオをかばうように、フィーが一歩踏み出して言う。
「マスターは私が守りますから」
そう言って、フィーは虚空を握る仕草をする。
魔力が、収縮し、融解する。
その握った右手の中から茜色の炎が燃え立ち、一瞬にして歪な大剣に変わる。燃え上がった炎はそのままフィーを包み込み、やがてそこには…召喚した時と姿を同じくしたフィーが立っていた。
「行きますっ!」
疾風迅雷。
フロウが構える間もなく、フィーは飛び出した。弾丸のように距離を詰めるフィーに対し、フロウは不適な笑みのままハルバードを横なぎに振り払うと、フィーが斬り上げた大剣は、吸い込まれるようにハルバードと衝突する。
武器に乗った魔力がはじけ、周囲に熱風をばらまき、二人は弾かれるが、武器の打ち合いは止まらない。
衝突、衝突、衝突。
重量級の武器が魔力を乗せた彗星となって、戦いの旋律を紡ぐ。輝きと熱風が周囲を浸食して、きっと観客からはシルエットすら見えないだろう。学院切っての実力者に、フィーは真っ向勝負の打ち合いを仕掛け、負けていない。
そんな戦いを、エミリオは間近で見ていた。
…見ているしかできなかった。
出来ることは、使い魔たるフィーに、魔力を供給することだけ。
一流の魔術師の戦いに、高揚感と憧れを抱きながらも、心のどこかで諦めを感じている自分。
結局は特別なんかじゃなくて、エミリオ・シルバースミスは変わらない。
例えフィーを得たとしても、平凡な我が身は何も変わってなどいないのだ。
心に刺さった棘は深く、抜けていない。
けれどエミリオは冷静だった。
「我、銀の技を備えし者也ーーー」
その普通さを理解しているが故に。
結界魔術は、純粋だった戦いの頌歌を汚して顕現する。
「願いをくべ、思念をくべ、魔力をくべて煌々と燃える金床の檻よ、閉じよーー」
銀細工師は詠う。
一振りのハンマーが、振り下ろされる。
締め切られた鍛冶の儀式は、全てを銀へと封じ込める。
「我が工房を満たすは、錬鉄の炎気。閉じろ、《沈黙の槌音》!」
魂さえ、生命さえ封じ込め、聖域化するそれは、一瞬なれど辺りの風を炎の魔力に置き換える。鍛冶師が用いる工房化の魔術は、唐突にその場を閉じた熱気の世界に変えた。
故に、その魔術が零れ落ちた刹那。
剣と斧の無骨なやり取りの最中だったフロウは、瞬時に身を翻したフィーを不審に思い。
「ぁ、…ぇ?」
そして、身体を硬直させた。
正確に言えば、身体強化していた風が止み、速度ががっくりと落ち込んだのだ。
常に周囲に風の魔力を纏っているが、属性が変わって魔術を維持出来なくなっただけでなく、急に重たくなった武器さえ取り落としかける。
ただ、たった一瞬だけ、だ。
一瞬の後に、書き換えられた聖域は元の様相を取り戻す。
祖先が編み出した工房化の結界魔術も、今のエミリオの実力ではこれが限界だった。
だが、今必要なのはその一瞬だった。
「今だ、フィー!」
使い魔の契約を伝って、リンクする感覚。
意志が通じた瞬間から、恐ろしい速度で魔力が吸い上げられる。
未だ唱えられた事のない、フィーの扱う最大級の魔術。
今のウルズを倒すには、フィーだけでは届かない。
エミリオだけでは、箸にもかからない。
けれど、魔神の力を持つフィーの魔剣なら、届くかもしれないのだ。
エミリオは勝利を願い、叫ばなくても伝わるはずの言葉は、抑えきれず駆け出して。
「ーーーーーー黒き焔よ、燃え盛れ」
フィーがエミリオの意図を汲み取り、フロウが硬直している間に、大剣にありったけの魔力を注ぎ込んでいく。詠唱が剣の刀身を励起し、茜色の大剣は黒き輝きを脈動させ、具現化した焔は煌々と燃え上がる。
勢いの強すぎる黒炎が術者をも焦がすが、フィーはそれを掲げて笑った。
硬直が解けて、フロウが回避しようとした次の瞬間。
「《破滅と勝利の魔剣》ーーーーーーー!!!」
フィーの凛とした声とともに振り抜かれた漆黒の炎が、再び風を纏う前のフロウを無情にも焼き払ったのだった。
***
戦いが終わり、エミリオたちを出迎えたのは、クラスメートたちの大きな歓声だった。
「やるじゃない、フィー!」
「お前ら最高!」
「このまま盛り返そう」
散々やられ続けてきた下位クラスの勝利であり、いつもよりも熱量が凄い。
賞賛とともにクラスメートに囲まれるエミリオとフィーだったが、特大の魔術を放ったフィーはもちろん、フィーと結界魔術に魔力を注いでいたエミリオも、魔力切れ寸前でふらふらになっていた。
「ちょ、ちょっと休ませて…」
と、そんなことを言ったエミリオの目の前に差し出されたのは、学院謹製の精神特効薬『ノルンの導き』だった。
「魔力切れ寸前、でしょ」
エミリオとフィーにそれぞれ、一本ずつ差し出してくれたのは、ミアだった。いつも通り表情は読みにくいが、先の戦いを労ってくれているのだろう。
「ありがとう」
素直に受け取ると、ミアは言う。
「フィーの勝利だね」
直球で気にしている所を突かれ、エミリオは言葉を返せなかったが、代わりにフィーが即答する。
「マスターと私の勝利です」
マスターの魔力なしには、あんなに魔力消費の大きな魔術を使うのは危ういですし、何より、マスターが結界魔術で隙を作ってくれたからこそ、大技が決まったんですから。
フィーの自信満々な力説に、エミリオは赤面した。実際、直接戦闘していないし、役に立った感覚がないから余計だ。
そんなフィーの言葉を聞いて、何を思ったのかは解らないが、ミアは零す。
「…まぁ、レポート回避のために、トウヤ戦も頑張って」
やはりというか、なんともやる気のでない応援だった。
「そいえば、ミアさんは誰と当たるんだっけ?」
ふと聞いてみたが、思い返すと、ミアが本気で戦う姿を見たことがないような気がした。
「フィリスって娘」
ホムンクルスよ、と無表情に首を傾げる。
「確か…前に戦った時には難なく勝ってたよね?万物融解薬を持ってたと記憶してるけど」
思い返してみる。
確か、前にウルズとの対抗戦があった時はまだトウヤが転入前で、もちろんクラス昇降格戦も始まっておらず、とりあえずお試しで戦闘してみようといった感じだったが、あの時はクラス間にまだ今ほどの実力差はなく、二人がかりで勝利したペアも数組はいた。そんな中でミアはフィリスに勝利したはずである。フィリスは非戦闘タイプだったので、その点も有利に働いたのだろう。
そんなフィリスの当時の武器は魔術薬だった。一度、講義で見たことがあるが、魔術どころか魔導金属すら融解させるほどの危険物だ。
「当たらなければどうということないやつね。…当たると問答無用で溶けちゃうけど」
自信があるのか、現実的なのか、よく解らないミアの表情に、エミリオは苦笑をこぼしながら、自分もここまできっぱりした性格だったらなぁ、と少し、ミアを羨ましく思うのだった。




