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《紅と黒》4.軍曹との出会い

「マスター、勝てましたね!」

息を弾ませて、フィーは喜んだ。

しかしその左手は焼け焦げ、契約パスに損失魔力の補填分が流れていくのを感じる。満身創痍とまでは行かないものの、フィーの怪我は痛々しいものだった。

「フィー、左手は大丈夫かい?」

そうやって心配するエミリオも、ややふらついている。ひと試合でかなり魔力を使ってしまったためだが、エミリオの消費よりもフィーの魔力消費が大きい事が要因だ。魔力精製を促す魔術薬でもあれば良いのだろうが、生憎とエミリオたちにはそれらを買う程の余裕はまだ無かった。

「ぇと、大丈夫ですよ?」

言葉とは裏腹に耳はぺたんとなり、尻尾も元気が無い。鎧を解除して私服に戻っているので見えにくいが、火傷は酷そうだ。

エミリオ同様、フィーの方も嘘を付くのは苦手なようだった。

「保健室行こうか」

ちなみに、試合形式の演習では自分の試合が終われば帰って良い事になっている。もちろん観戦してクラスメイトたちの魔術や戦術を学ぶのも良いのだが、負傷して保健室に直行したり、生活に困窮していたりしてバイトに行く者も少なくないためだ。

「でも、今から行くとミルさん、クーさんと鉢合わせしちゃいます」

フィーは試合とはいえ傷を負わせた相手に顔を見せるのを躊躇っているようだったが、それよりもフィーの怪我の方が大事だったので、エミリオはフィーの右手を取った。

「ほら、行くよ?」

ミアの試合が見られない事が残念だが、今はそれどころでは無い。

エミリオはフィーの手を引いて、保健室へと歩き始めた。

廊下を進む。

エミリオの魔力は未だフィーの方へ流れ続けており、エミリオの方もだんだん調子が悪くなりつつあったが、まだ倒れる程ではない。気合で足を動かし、エミリオは保健室を目指す。

手を引かれながら、フィーはそんなエミリオを見て思った。

(…嬉しくて、悲しいな)

世話を焼いてもらえるのが嬉しくて、迷惑をかけてしまっていて悲しくなったのだ。

エミリオには視えない魔力偏差もフィーにはよく視える。当然、エミリオから流入する大量の魔力も視えていたし、それによってエミリオの纏う魔力がどんどん薄くなっている事も視えていた。

だから、フィーは決めた。

意志が固まった瞬間、肩から頬にかけて広がる黒炎の入れ墨が熱を帯びる。

(熱い、けど、マスターのために、なりたい)

まるで炭が燻るように、刻印は明滅する。

熱はさらにフィーを焦がし、黒い炎の魔力を吐き出し始めた。それと同時に、魔術で焼けた左手はさらなる熱に痛みを訴え、フィーの表情が歪む。つい右手に力が入ってしまい、エミリオの手を強く握ってしまったが、幸いエミリオは気が付かなかった。その事に安堵し、フィーは静かに息を吐く。

フィーはこの刻印の正体を知らない。しかし、この刻印がどういったモノなのかは、直感的に理解していた。


即ち、痛みとともに魔力を生み出すものである、と。


エミリオさえ正体を知らないこの魔術刻印は、こうしてフィーの身体を蝕み始めた。

災禍の黒炎はフィーの魔力を満たし、そして焦がす。

痛みを伴いながら、フィーはエミリオの負担を軽くしようと意識を強く持った。相変わらずエミリオの足元はふらついている。フィーは己に流れる魔力を、少しだけ絞った。エミリオが楽になることを願って。

熱い吐息が漏れる。

痛いし、熱い。

苦しいけれど、フィーはエミリオの役に立ちたかった。

そうして、幸せと苦しみが混雑する午後の廊下を、エミリオとフィーはゆっくりと歩いていった。


   ***


放課後。

エミリオとフィーは学生街を歩いていた。

保健室ではフィーの火傷の処置だけでなくエミリオの魔力減少にも薬が貰えたため、二人とも普通に出歩けるようになったのだが、フィーの左手は包帯ぐるぐるであり、エミリオもまだ本調子ではなく、そのままバイト先に顔を出したらマスターにえらく心配され、今日のシフトは無しになったのだ。そして、すぐに家に帰る気分でも無かったし、まかないが無くなった分の食材調達もしなければならなかったので、二人してぶらぶらする事にした訳だ。

時刻は夕方。日が落ちつつあり、学生街が赤く染まる。

「マスター」

フィーの呼びかけに振り返ると、エミリオからは逆光になっており、表情が見えない。

「色々迷惑かけてごめんなさい」

笑っているのか、泣いているのか、解らなかった。

けれど、その声は親の愛を確かめる仔犬のように震えていた。

「僕はフィーのマスターなんだから、迷惑かけても良いんだよ」

エミリオにはフィーが泣くような理由が思い浮かばなかった。ただただ、泣いてほしくなくて言葉を零すが、それでは足りなかった。

「でも、私…マスターの役に立ちたいんです」

フィーの願いの意味を、この時のエミリオはまだ理解出来ずにいた。

「フィー…」

なんと言ったら良いのだろうか。

どんな言葉なら、この女の子を笑顔に変えられるのだろうか。

夕方の日の光のせいか、黒炎の刻印が紅く妖しく燃えているように見えて。

「僕はーーーーー」

エミリオの言葉を遮るように、恰幅の良い男が路地裏から出てきた。

「そこのお嬢ちゃん、良い面構えしてるぜ」

片手にニッパー、もう片手に模型を持つその男は、フィーを見てニヤリとした。軍服に戦闘帽、階級章を縫い付けたいかにも怪しげな男の風貌に、エミリオはフィーを守るように立つ。

「えっと、何か用ですか?」

だが、エミリオの言葉に答える事なく、その男はフィーに言う。

「俺には解る。君には素質があると、な」

「はぁ…?」

訳の解らない事を言う男は、フィーからようやく視線をエミリオに移して、睨めつける。そして満足したのか、勝手にうんうんと頷いた。

「アンタ、物作りの匂いがするぜ?俺の店、見ていけよ。損はさせねぇ」

言って、軍服のポケットから何かを投げて寄越す。

「試供品代わりだ。くれてやる。言っとくが、品質は一級品だぞ」

それは円柱状に巻き取られた銀色の糸だった。

「これ、ミスリル銀糸…?」

読んで字の如く、ミスリル銀を糸に加工したワイヤーの類だ。

学生街では扱っている店が限られる上に、何気に高価な品でもある。しかし、値札は凄まじく安い。特価品なのだろうかと疑ってしまうが、男の言う通り品質は良さげに見えた。

「それ以外にも色々扱ってる」

試しに魔力を通してみると、魔力は溶けるように染み込み、しっかりと均一化している。なるほど確かに素晴らしい品質だった。

「見てみる気になったか?」

そして男は名乗った。

「俺の事は軍曹と呼べ。もしくは、ジョン・クラフトマンだ」


     ***


軍曹ことジョンに連れられて入ったのは、ピジョンブラッド商会と看板を掲げた店だ。裏通りにあり、案内されなければ気付かない上に、看板も非常に見にくく設置されているため、此処が店だと知っているのは、従業員かここに来たことのある者に限られるだろう。

「ピジョンブラッド商会へようこそ」

ジョンの言葉とともにランプが灯る。

そこは凄まじい場所だった。

ランプが照らす店の中は、棚にところ狭しと物が並ぶ。

中でも目につくのは女子の制服、やや派手な魔術衣、ビビッドな触媒や杖、恐らく呪いを込めるための美麗な彫像、工房を秘匿するための肌色多めな柄付きカーテンだ。これらの一部の者に刺さりすぎる品々は、見る者が見れば発狂するレベルの品揃えだが、生憎とエミリオにもフィーにもその手の趣味は無かった。しかし、それらに目を奪われずとも、この店の品揃えは良い意味で頭がおかしい。

「ちょっとまって、何だコレ…」

「私には値段の良し悪しは解りませんけど、なんていうか、凄く眩しいです…」

エミリオもフィーも圧倒されたのは、その品々の品質の高さと安さだ。先程のミスリル銀糸は本当に試供品代わりだったようで、店全体の品質が高く、そして安かった。

「此処は店員が案内するか、紹介を受けた者、自力で辿り着いた者だけが入れる店だ。俺が案内したアンタらには客になる資格がある」

ジョンはそう言いながら、棚から一着の礼装を手に取った。

「コレを来て、俺に見せてくれ。それがここの客になる為の条件だ」

ブラック、フリル、ミニスカート。腰には大きなリボンを添えて、極めつけは装飾過多なワンド付き。

「ーーーー魔導少女礼装“黒犬の勇姫(オニキスワンダー)”」

ゾクリ、とした。

エミリオにもフィーにも魔術などかかっていないのに、その言葉には一種の呪いじみた意志があり、二人はつばを飲む。そしてお互いに見合い、フィーが頷いた。

「私、それ着ます」

その瞬間、フィーは運命と出逢う。

学院と学生街を守る正義の魔導少女の誕生の瞬間であったりなかったり。

閑話休題。

「で、アンタらの生活は火の車な訳か」

そんなこんなで、エミリオたちはジョンが一応信用に足る人物だと判断し、学院での事などを雑談しているうち、結局のところ金が無いという所に辿り着いた。そんなエミリオたちに、ジョンは再び無精髭の生えた口元を歪ませ、言う。

「なら、アンタは俺が依頼した物を作る。それを俺が買い取るってのはどうだ?」

ジョンの提案はこうだ。

様々な礼装を創り出すジョンだが、人手は常に足りない。しかし求めるレベルの技術者はなかなかいない。特に銀細工はジョンも得意とまでは言えない領域らしく、エミリオの力量が十分ならば、その腕を買うという事らしい。

「試しにコレを作ってみてくれ」

ジョンはエミリオに設計図を差し出す。

エミリオが受け取ると、そこにはエミリオでも出来そうな銀細工の設計図だった。

「これなら、なんとかなるな…」

そのまま工房を借りて、エミリオは銀細工を作成する。さほど細かくはないので小一時間といったところで完成したが、果たしてジョンの眼鏡に叶う出来栄えになっているだろうか?

「ふぅむ。ま、及第点だな。このレベルなら二次加工に使える」

そう呟くと、ジョンはほらよ、とエミリオに革袋を投げてよこした。

中身を確認すると、中にはバイト数日分の破格の金が入っており、エミリオは思わず聞く。

「こんなに貰っていいんですか?」

「技術は安売りするな。俺が許さん。判ったら黙って受け取れ」

そしてジョンはニヤリと笑った。

「アンタは客で取引相手だ。定期的に納品してくれれば金は弾む。どうだ?」

願ったり叶ったりだ。

しかし、こんな上手い話があって良いものだろうか?

そんな心が顔に出ていたのだろう。ジョンはエミリオに言う。

「店先にでているのは所詮駄作。物作りの真髄はこんなチャチなもんじゃない。趣味としては大歓迎だがな」

これだけの品々を駄作と切って捨てるジョンは、真面目な顔をして告げる。

「アンタは伸びそうだから先物買いって奴だ。そう疑ってくれるなよ」


     ***


結局、ジョンと定期的納品の契約を交わしたエミリオは、フィーと二人夜道の帰路についていた。ちなみにフィーの手にはしっかりとあの礼装が入った袋がある。

「…ねぇ、フィー。それ持って帰って着るの?」

流石のエミリオも苦笑いするしかないが、フィーは意外とノリノリだった。

「え?もちろん着ますよ?」

なんせエミリオが銀細工を作っている間、実はジョンと撮影会をしていたというのだから驚きである。乗せに乗せられて、学生街の平和を守る気まんまんにされていらっしゃった。

「まぁ良いけど、ほどほどにしてね」

紆余曲折あったが、これまでのバイト三昧状態は多少解消出来そうだ。上手くすれば、自分たちの礼装も揃えて行けるだろう。

「さて、遅くなったけど、フィーは何食べたい?久々に外食しよっか」

こちらはこちらで、ちょっと気が大きくなったエミリオだった。

この後安易に外食して、エミリオがフィーの底なしの胃袋の脅威を目の当たりにしたのは言うまでもない。

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