《紅と黒》3.フィーの力
「今日は剣と杖の合同演習となる。早い話がクラス対抗戦だ。各自、日頃の成果を存分に発揮し、糧とするように」
担任の言葉通り、今日の演習は他クラスとの合同演習だった。
「他のクラスの人とは初めて戦いますね、マスター」
「ヴェルザンディ内でも意外と交流無かったからね。実力テストみたいなものなのかも?」
ヴェルザンディは全部で4クラスあり、それぞれ剣、杖、杯、符と銘打たれている。先日の召喚魔術演習からクラス昇降格戦のポイント発表があり、その流れでのクラス間合同演習と来れば、昇降格戦のポイント差を作るためのテストのように見えるのは必然だ。なんせ、ヴェルザンディにせよスクルドにせよ、ある程度枠組みを決められた召喚魔術だけではそこまでポイントの差が付かないのだ。例外なのはウルズクラスと一部の大当たりを引いたエミリオのような少数派だけで、他の生徒たちはせいぜい演習数回で覆る程度の点差である。
「まずはヴェルザンディやスクルド同士の同じようなランク帯で戦わせて、実力を付けさせるのが目的かもね」
横で会話を聞いていたミアもエミリオと同意見のようだ。
「あ、伯爵帰って来てたんですね。今回も伯爵は観戦ですか?」
「ええ。彼は非戦闘要員だから」
ちなみに、ミアの頭には真っ白な鳩が鎮座している。フィーを召喚する直前に召喚したあの鳩は、今は伯爵という名を与えられ、異世界間までをも旅する伝書鳩として契約を継続しているそうだ。ただの鳩かと思いきや任意の異世界への転移魔術を使えるあたり、只者では無い。
しかしいくら凄い使い魔とはいえ、真面目な顔で真面目な話をしているのに伯爵が頭にとまっているだけでちょっと面白いのは秘密だ。
「今日は一対一みたいだね。僕はフィーと一緒だから、必然的に一組対二人みたいだけど」
担任たちの説明によれば、今日の演習は事前に組み合わせが決められており、原則的に個人対個人の戦いだそうだ。おおよそ伯仲するような組み合わせになっており、否が応でもポイント差が開くようになっている。エミリオが例外なのはフィーが強いという事がポイント上でも表れており、その点を考慮したためだろう。
「そうみたいね。ちなみに私も何故か例外枠なんだけど」
「え?そうなの?」
ミアが指差したマッチング表には、確かにミア一人に対して二人分の名前が書いてある。しかし、ポイント差はそこまで大きくなかった。
「教師たちからのイジメかしら」
いつもの仏頂面が、さらに無愛想な感じだった。
しかし、教師陣がそんな意味の無い事をする筈はない。世界樹を噛ませて公正性を保たせているシステムがある以上、実力差がある相手と戦ったところでポイントの上下など微々たるものになってしまうからだ。
だから、ミアさんがソロになった理由は他にある筈だ。
「ミアさんが期待されてるって事じゃない?もしくは、何か実力を隠してると思われてるとか?」
そうで無ければ、本当に負けさせる事で嫌がらせしている事になるが、他クラスの担任ならいざ知らず、ミアは自分の担任にまで嫌われるような人では無い筈だ。
そんなエミリオの言葉に対して、ミアは自身の過去を思い返し。
「隠してる、か。なら、良いんだけどね」
そして、ボソリと呟いた。
それはエミリオの耳に届かないくらいの小さな呟きで、犬耳のフィーにすら届かないものだ。
そしてミアは言った。
「それなら、少しは気張ってみようかしらね」
***
エミリオたちの順番はすぐに回ってきた。
今日の演習場は闘技場で遮蔽物がなく、足元も石造りのリングで盤石だ。実力テストや魔弾などの練習でもよく使われるスタンダードな場所であり、自然と正面切って戦う事になる場所でもあった。
「両者前へ」
教師の声に、エミリオはフィーと共に前に出る。
「フィーの友達だよね?確か」
「ミルさんとクーさんです。盾と矛みたいな組み合わせですね」
ミルは鉄板のようなものを背負い、クーは身の丈を超える錫杖を携えている。
「直接見た事は無いですけど、浮遊する盾を扱うのがミルさん、錫杖から触手を操るのがクーさんの戦術らしいです」
盾で守り、触手が矛として攻める訳だ。
エミリオとフィーがそんな会話をしていると、二人がが言う。
「お手柔らかにお願いしますわ」
「エミリオくんたちの噂はよく聞いてるよ。でも、負けないからね」
両者出揃った所で、教師から開始の合図が下る。
「戦闘…開始!」
合図と共にミルは背中の鉄板を前面に回し、詠う。同時にクーはミルの背中に隠れ、こちらは錫杖を掲げて詠う。
「我が願い聞き届け応えよ。我が障害を砕き、道を拓け。起動せよ、頭蓋砕きの木根」
「蛇、海月、蠍の毒手。揃って混じって我が手となりて、顕れよ。誘惑と溺愛の魔杖」
ほとんど同時に魔術が完成し、鉄板群が展開する。浮遊する鉄板が分割し、無数の刃に変化する。そして背後の錫杖からは数十もの魔術の触手がうねりながら現れる。どちらも魔術刻印を為された礼装が肝であり、手数で圧倒して勝利する作戦のように見受けられた。
対して、開始の合図でエミリオたちもまた詠っていた。
「ーーー魔力精製、術式多重装填、《銀の魔弾》、発射待機」
聖別属性の魔弾。
エミリオの数少ない得意魔術は、とにかく構成が軽く、扱いやすく、弾速が早い事が特徴だ。撃てる属性は聖別なので、刺さる相手が多く抵抗される相手が比較的少ない。それを十二。心に銃をイメージして、エミリオはその引き金に指をかける。
「全弾、斉射!」
エミリオが命じた瞬間、全ての魔弾が空間を切り裂く。
フィーもまた詠う。
「我、揺らめく影を纏うもの。燃え上がれ、《揺らめく炎破》」
フィーの脚が黒い炎に包まれ、そして揺らめくようにぼやける。炎による蜃気楼の発生だ。
視覚的および魔術的なステルスを併せ持つ身体強化魔術は、術者の速度を強化する。影を歩むように足音を消したフィーは、魔弾を追いかけるように駆け出した。その手には、既に禍々しくねじ曲がる炎の剣が握られている。
その銘は告死剣《紅牙災禍》。
虚空から剣を呼び出すのは、魔力顕現による概念礼装の一時的な物質化という現象だが、これを行える生徒はウルズにすら多くはない。フィーが魔神・陽炎の写し身であり、その力との親和性が高いからこそ出来る技だが、フィーはそれを感覚的にしか知らない。心の赴くままに魔力を握り込み、剣として横薙ぎに振るう。
「やぁぁ!」
気合と共に鉄板を弾き飛ばし、フィーは大きく一歩を踏む。
銀の魔弾が一つ、二つ、三つ。
風切り音を残してフィーの横をすり抜けていく。魔弾は鉄板をわずかに削って消えていくが、その分フィーに向けられる枚数が減った。
同時。錫杖が操るピンクの触手がフィーに迫る。クーが跳躍して避けたフィーを一瞬見失うと、フィーは空中で身を翻して剣を振り下ろした。落下点は端から決まっている。まずは防御を剥がす。
ガァン!と鉄を打つ音。
盾の主を狙った一撃は、しかしその盾に邪魔されて届かない。着地してからの追撃は間に合わず、ミルが距離を取る。同時に触手がフィーを付け狙うが、フィーの足は再び動き出した。
「噛み砕け、《黒牙》」
追いかける中で詠うは、黒獣の頭部の顕現。黒炎で形作られたそれは魔弾と属性付加を混ぜたような魔術で、触れたものを焼き、着弾すれば弾ける。右手に剣を、左手に魔術を纏う。黒い炎は強く不安定で、フィーに触れた炎が肉を焦がすが、フィーは痛みにも怯まずに前に進む。
「全弾、斉射!」
後押しの魔弾が飛び、フィーはミルへと肉薄する。すばやく後退するが、フィーの方が早い。予想以上の早さに驚いて盾を構えるが、もう遅い。ダメ押しにフィーが魔剣を投げつけ、盾を弾いた瞬間に盾を掴み、隙間から黒い獣をねじ込んだ。
「あぁ!」
短い悲鳴を上げて地面を転がったミルに続いて、魔術の途切れた多くの盾が落ちる。犠牲の代わりにクーの触手がフィーを捕らえたが、それも一瞬の事だった。
「効きません!」
フィーが魔力を滾らせて叫んだ瞬間、炎の魔力に喰われた触手が焼け落ちたからだ。そして、それが戦闘終了の合図となった。
「痛っ」
銀の魔弾がクーの杖を弾き飛ばし、同時に足の甲を射抜いたからだ。礼装を失い、機動力を削がれ、クーは降参を宣言した。
これにてエミリオとフィーは勝利を収めたのだった。




