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《紅と黒》2.アベレージマン

そして母さんがやってきた。

「久しぶりね、エミリオ」

エミリオと同じくらいの背丈に同じく銀の髪、歳を感じさせない雰囲気は相変わらずで、にこやかに笑っている。シンシア・シルバースミスは玄関から垣間見える室内の様子に驚いたようだった。

「意外と片付いてるじゃない」

「まあね。まずは上がってよ」

部屋に上がりしな、エミリオは言う。

「実は話したい事がありまして」

既に冷や汗モノだ。頑張れ、僕。

隅々まで片付き掃除された部屋の真ん中にはちゃぶ台、そして正座するフィーリアの緊張した顔。昨日までは平気そうだったのに、本番で僕の緊張が伝染ったようだった。構わずフィーの隣に正座する。

「実は使い魔の女の子と同棲しています」

そんな切り出しを聞いた母の手から荷物が落ちた。

「は?なんですって?」

その後の展開は、想像していた通り酷いものだった。

主に僕が全面的に悪者になる方向で。

というか、一時的にでも首輪を外そうねと打ち合わせていたのにも関わらず、フィーが外し忘れたり、いつも一緒の布団です発言があったり、食事は質素ですなんて暴露がなければ、もう少しマシだったようにも思うが、過ぎてしまった事は仕方ない。

しかしながら、僕らが準備したいくつかのモノによって、最悪の結果は免れたようだった。

一つ。

使い魔の契約証明書。

これは学院発行の公式文書にあたるが、実は担任などの教師に事情を説明した所作成してくれた。写真入りであり、実に解りやすい上に、学院の魔術証明まであるため、これが一番の使い魔の証拠になった。これが無ければ、女の子を連れ込んで言い訳しているようにしか見えなかっただろう。

二つ。

ここしばらくの家計簿的なモノ。

これは完璧ではないものの、ここしばらくのバイト収入と支出のまとめを二人で思い出しながら作ったものである。改めて見直すと、なんとか生計が立っている状態なのがよくわかった。たまにあるミアさんの肉屋ボーナスがなければかなりキツイ。最初の服屋以外は低価格低品質に路線変更してなんとか誤魔化しているが、端的に火の車である家計簿だった。

あとはフィーの料理だったり、学院の成績表代わりに講義の小テストや演習の結果表だったり、学院生活において品行方正を保ち、学業成績も落ちていない事の実績だ。流石に肉体関係に至っていない証拠を示すことは出来ないので、もちろんそれは見送りである。

それらを以て、僕らは母さんと話をした。

結果。

「事情は理解したわ。おおよその事実も解った」

誤解なく事実は理解してもらえたようだった。

しかし、それに続く言葉は厳しかった。

「でも、仕送りは据え置きよ。使い魔なら自分の力量でもって飼いなさい」

あくまでフィーという使い魔を認めただけであり、使い魔ならば自分の責任の範疇でどうにかしなさい。そういう言葉だったが、全く何もない訳ではないらしい。

「代わりに貴方のための銀細工工具一式をあげるわ。せっかくなら、家業で稼げるくらいになりなさい」

銀細工の工具一式は、実家には父のものしか無かったが、僕のモノを用意してくれるとの事だ。学院に入学する前には何度か父の真似をして作成した事もある。

「貴方は手先が器用だったし、父さん譲りの細工センスもあるわ。単にバイトするだけじゃなく、そっちも修行すること」

家業を継ぐ前の修行と基礎教育代わりに入学した学院なのだから、そっちも修行しろと言う事らしい。

「学院の成績に支障ないようにしているのなら、母は基本的に何も言いません」

母はそう言って一息ついた。

それから、フィーを見て言う。

「ただ、学生結婚だけはキツイから止めときなさい」

これは経験談だ。父と母は学生結婚して、経済的にツライ時期があったから。僕にはまだフィーと結婚するとか、子供を作るなんて意思はもちろん無いけれど、経験から語る母の言葉は重い。

「女の子を支えるのは重たい責任よ。特に、身寄りが無いなら尚の事。どうしようも無くなった時には相談に乗ってあげる。だけど、貴方が彼女を選ぶのなら、一人前の責任を示しなさい」

その言葉を最後に、母は帰っていった。


   ***


「っていう事があったんだよ」

後日、演習の合間にミアさんに、事の顛末を話した。

「ホントにバカ正直に話したの?」

ミアさんは呆れたようだったが、結果的には及第点だ。

仕送りこそ増えなかったが、一番の難点だったフィーの事、同棲の事は報告できた訳だし。なんか色々と誤解されたような気もするが。

「君は魔術師としてどうかってくらい、正直すぎるんじゃない?」

自分でもそう思うが、性格なのでどうしようもない。

「ただでさえフィーの事でやっかまれてるんだから、ホントに考えた方が良いよ、君は」

フィーは今やクラスの人気者だ。魔術も上手く扱うし、剣捌きもクラスメイトたちより上手い。そんな女の子が僕に無条件で懐いてくれているのだ。他人にやっかまれもする。それは僕ほど敏感に視線や悪意を感じなくとも気付く程だ。

「フィーは人気者になっちゃったからね。ホント、僕にはもったいないくらい」

僕には釣り合わない。

自分でもそう思う。

平凡な魔術師の身に余る使い魔。

そう言われても、まだ、僕は平凡から抜け出せない。抜け出す覚悟を持てない。

「そう思うなら、いい加減意図してアベレージ狙うのは止めなさい」

意図して平均を狙っていたエミリオ・シルバースミスは、最早限界なのかもしれない。

僕自身、それに薄々気付いていた。

「そう、だね。平凡じゃ、ダメ、だよね」

ミアさんにも解るくらい、露呈してしまっていた。

フィーと契約した時のように、僕は一歩を踏み出す必要があるのだろう。

「平凡、ね」

ミアさんのその言葉には、なんとなく棘があるような気がした。

「頑張ってみるよ」

変わらないでは、居られない。

フィーに見合う魔術師に、男になれるだろうか。

「そうしたら?」

その時のミアさんの視線に込められた意味を、僕は自身の心の内に意識を向けていたために、気付くことが出来なかった。


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