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《紅と黒》1.母、襲来。

《紅と黒》



拝啓、過去のエミリオ様。

平凡な日々を如何お過ごしでしょうか。

きっと目立つ事を極度に恐れて、常に平均点を目指す労を費やしているかもしれませんね。

平々凡々な自身を嘆いて腐っている貴方にはまだ解らないかもしれませんが、隣の芝は青いとだけ、言っておきましょう。

フィーを召喚してからしばらく経ちますが、目立ちたくない僕の掲げていた目指せ平均点作戦は既に頓挫しております。というか、フィーがかなり目立つので、むしろ日々注目の的です。

未だに慣れません。

嗚呼、懐かしき平凡なる日々。

良い事も悪い事も有りますが、概ね楽しい事だけが幸いです。

あとは僕の精神力がすり減って無くならない事を祈って止みません。

それでも。

それでも選択した僕(エミリオ)は、やり直しが出来たとしても、またフィーとの契約をするでしょう。

それだけは、僕の数少ない大成功のうちの一つだと、今のところは思っています。

かしこ。


………


かくして僅かな現実逃避を終えたエミリオは、無心になって処理していた昼時の山のような食器洗いを完了した。

喫茶店リーフ・レリーフ。その厨房。

そこが今まさにエミリオがいる場所であり、今や殆ど毎日バイトをしている店である。

「おーい、フィー。皿洗い終わったけど、ホール掃除は終わったかい?」

ホールではモップを持った僕の使い魔たるフィーがいる。

「もうちょっとで終わりますよ、マスター」

何事も一生懸命な健気な娘だが、大量消費の元凶でもある。

犬耳をピコピコさせながら仕事しているのが可愛らしいが、その可愛さに騙されてはいけない。曲がりなりにも男の僕の倍は食べる。その満足げな食べっぷりも可愛いので反則だと思う。

そんな内心も言葉にはする事なく、エミリオはまかない料理を作り始める。

「エミリオくん、一人暮らししてただけあって、最近フライパンの扱いが様になってきたね」

マスターにも褒められる主夫っぷりだった。

「よく食べる上に質にもうるさい顧客が居ますからね」

本来、リーフ・レリーフはバイトを雇えるような経営状態ではなかったが、人の良いマスターはエミリオとフィーの二人を雇ってくれた。マスター自体も苦学生で困った経験があり、金策に途方に暮れるエミリオたちがミアに紹介されて以来、バイトとして雇ってくれたのだ。

結果的に売り上げアップに繋がり、経営難も脱したので、マスターとしてもプラスになった訳だが、エミリオからしてみればもう神様みたいな存在である。

「この調子で紅茶についても覚えてくれよ」

マスターはエミリオになんになれと言うのだろうか。

一応、学院の生徒なのだけれど。

そんな会話をしつつまかないが完成。渾身の端材カレーである。他の料理に使った食材の端材をぶっ込んで煮込まれたカレーだが、ちょっと良い肉を使っているので端材とはいえかなり美味い。仕入れルートにミアのバイト先を勧めたのは間違いなかったようだ。ちなみにマスターからお持ち帰り許可も出ているので、エミリオ家の食卓はしばらくカレーである。ちょうどフィーの方も清掃が終わったようだった。

「マスター!ごはんは何ですか!お肉ですか!」

鼻息荒く厨房に飛び込んでくるフィーに、マスターが苦笑いした。

「フィーリアくん、マスター呼びだとややこしいから改めてね」

以前から言われている事だが、フィーの呼び方は中々変わらない。

「呼び捨てで構わないよ、フィー」

フィー曰く、普段と違う呼び方をするとなんか恥ずかしいから、だそうだ。

「うぅ、ど、努力します」

その後まかないカレーを食べて、夜の部までバイトをこなし、二人で家路に付く。

平日は授業が終わったら夕方からか夜の部から勤務しているので、けっこう働いているが、資金繰りはかつかつなままだ。もう少し学業を重視すべきなのだろうけど、実家からの支援が増えない以上は背に腹は代えられない。

実はフィーの事について、僕はまだ両親に報告出来ていない。

彼女と同棲してますとは言えないし、正直に使い魔と言っても信用されないだろう。というか、入学して数カ月で息子が女の子を連れ込んでるように見える状況を、どうやって本人から親に説明しろと言うのか。

そんな事を考えながら家に辿り着いた僕だったが、ポストに珍しく何か入っていた。何だろうか?なんとなく嫌な予感しかしないのは、最近色々と想定外な事が多いからに違いない。

「…ぉおう、なんてこった。これはマズイ」

予感は的中した。

「む?どうしたんです、マスター?」

小首を傾げてフィーが覗き込んでくるその手紙には、学院生活について聞かれていたり日々の雑談が綴られていたりし、それから、今度遊びに行くから、と末尾に書かれていたりする。

「むむ?誰か来るんですね?」

差出人は、シンシア・シルバースミス。

何を隠そう、僕ことエミリオ・シルバースミスの母親である。

「さて、どうするかな」

言葉とは裏腹に、僕にはまったくいい案が思い浮かばないのであった。


   ***


「白状したら?女の子を連れ込んでますって」

僕は相談する相手を間違えたようだった。

翌日、講義の合間にミアさんに話したらこれだ。

母親が来るというのに、いったいどこの誰がワンルームに女の子を連れ込んで、あまつさえ同棲しているなどと言えるのか。いや言えない。

明らかに人選ミスだった。潔く謝罪しよう。誰にかは知らないけど。

「いや、ミアさんに聞いたのが間違いだったよ」

たまたまフィーが席を外していたのでちょっと聞いてみたのだが、無駄だったようだ。そう思いたかったが、ミアさんの意見はある意味的を得ている。

「どうせ君には嘘なんてつけないんだから、同じ事だと思うけど」

特に相手が母親なら余計でしょ?と言われ、僕はぐうの音も出なかった。

「でも、普通に話せないでしょ、こんなの事」

「だから君には嘘なんて以下略」

食い下がったら、言葉にして言わ以下略。

確かに僕は嘘をつくのが下手だし、すぐにボロが出るが、そこまで言わなくても。そんな事を考えていると、ミアさんはため息混じりにこう零した。

「正直に使い魔だって言えば良い。君は別に騙したり不正をしたりして彼女を手に入れた訳じゃないし、むしろ自力で契約したんだから誇るべき所よ」

そして、皆まで言わせないでくれる?とジト目で言われてしまった。

フィーによって注目されるようになったのはちょっと嫌だったが、確かに契約自体は僕にとって自信がついた出来事だった。平凡な魔術師に変わりはないかもしれないが、それでもフィーとの契約は今の僕の芯でもある。

「なんだただの自慢か」

表情から心を読んだのか、ミアさんに舌打ちされた。

「ごめんごめん。これあげるから許して」

「何?って、あぁ、リーフ・レリーフの紅茶サービス券じゃない」

日頃なにかと相談している分の感謝の気持ちである。

相談しすぎて、たまに心底嫌そうな顔をされるが。

それでもなんだかんだ相談にのってくれるあたり、見た目はとっつきづらいが根は良い人なのだ。

「なんか失礼な事考えてない?」

「ソンナコトナイデスヨ?」

僕は顔に出るタイプらしいので気を付けよう。

「まぁいいけど」

ミアさんはため息混じりに零す。

「よく考えて発言しないと、いつか身を滅ぼすよ」


   ***


「という事で、母さん迎撃作戦会議をします」

「わー、ぱちぱちぱちぱち」

その日の夜、僕とフィーは母さん対策を考える事にした。

「まぁ、作戦会議って言っても、別に特別な事はしないけどね」

そもそもミアさんが言った通り、使い魔として召喚し契約した事を素直に報告するつもりなのだから、話の内容をフィーに伝えておくだけなのだ。

「そもそも何でマスターのお母さんが来るのに対策がいるんです?」

問題はそこだ。

「えぇと、君が女の子だからです」

若干言いにくい上に、恐らくフィーはそれを問題と認識していない。

「え?何か問題が?」

ほらね。

もはやチャームがかった身体付きの癖に、この犬娘はそのあたりに無頓着なのだ。解っているなら解っているでそれは大変なのだろうが、毎晩布団に転がり込まれている身にもなってほしい。体格差によって逃げられないのがミソだ。そんな中で僕の理性と欲望は毎日楽しく戦争しているのである。ちなみに今のところはまだ理性に軍配が上がっているが、いずれ切り崩されそうな予感しかしない。

「いや、問題でしょ普通に」

そんなことを表情に出さないように問題があることを説明するには。

「本来男と女が一緒に住んでるって事は、つまりそういう関係だってことで…」

くっ、なんの羞恥プレイだ。

僕には難易度が高過ぎた。

ウルズに勝てと言われる方がまだ楽なんじゃないだろうか。

「そういうこと?そういう関係?って何ですか?」

「まぁ、とにかく、問題があるのです」

質問したがるフィーをなだめて話を進めよう。

「いいかい、フィー」

一度落ち着いて聞いて下さい。

「僕の母さんは明後日来るんだけど、それまでにやることがある」

最早時間がなさ過ぎて、事前紹介も出来そうにない。

ならば、やはりミアさんの言ったとおり、真っ向勝負で紹介するしかないだろう。それには各方面印象良くするための準備が必要だ。

こうして僕とフィーは母さん来訪の準備を進めるのだった。


 

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