《鍛錬と友情と》7.ルビアの幸せ
歩きながらの会話で礼装の話になり、ルビアは闘技を思い返したのか改めて紅山茶花に興味を示した。
「ところで…魔神さんから貰ったその刀、やっぱりすごいね」
紅蓮の業物・紅山茶花。
災禍の神・天廻綾津日神陽炎から賜った紅の太刀は、あらゆる火炎を打ち消し、吸収して、その刀身に魔力として貯蓄する性質を持つ。吸収による魔力変換効率は高く、炎護の効果範囲も人一人を覆う事ができ、持主の意志こそ必要だが、詠唱無く効力を発揮する。デメリットは今のところ見当たらず、内包する魔力を放出することで魔力の再利用が出来る破格の礼装である。トウヤの実力を補ってランク1位まで押し上げただけあり、値段がつかない程の礼装である事に違いはない。
「それだけありゃ、他の礼装なんて要らねぇだろ」
レクレスが冗談ぽく言うが、それはもちろん事実ではない。
紅山茶花はそれ一振りだけでも絶大な力を秘めた礼装だろう。しかし、魔術師の実力はその礼装まで全て含めたものであり、最高を求めて礼装を求めるのは多くの魔術師が普遍的に行ってきた事だ。それに、神話に登場するような聖剣や魔剣に代表される“原典”の宝具など、紅山茶花より希少な礼装も存在するのだ。さらなる上を目指すのに、他の礼装を求めない理由などない。
「俺にはレクレスみたいに肉を切らせて骨を断つみたいな戦法は向いてないよ。俺も防御系の礼装を調達しようと思う」
演習をする中でトウヤが前々から感じていた防御面での懸念。魔術での相殺防御では対応しきれない事もあり、ミスティや奏子のような多角的攻撃手段を持つ相手には脆くなりがちなので、それを補える礼装があれば良いとは思っていた。
「確かにトウヤは防御が甘い時があるもんね」
常に全面防御を展開しているフロウはにししと笑う。
フロウは常に魔術を纏って戦う。普段から小規模の身体強化と防御が無意識に発現・維持されており、ここまでは風霊共通の特徴なのだが、フロウの場合は保有魔力が特に多いために魔術が途切れる事がほとんど無く、また、周辺の雰囲気に合わせて無意識にその魔術を調整するため、フロウは基本的に防御のための魔術を使わないのだ。
故に、フロウは速度と攻撃重視の戦い方であるにも関わらず、その実、見た目以上に防御力が高い。その総合力で実は学内トップ10にいるのだが、そんなフロウに対して、ルビアが言う。
「まぁ、フロウも風で防げないものには弱いけどね」
フロウの自動防御の弱点は、風圧で吹き飛ばせない質量や、単純に魔力量で勝るもの、風属性に有利なものなど、それなりはある。ウルズクラス全般としてフロウ対策がいくつか存在し、それがハマれば撃墜されるが、フロウの感触としてはルビアはその対策の範疇ではないようだ。
「ルビアのは防げるかどうかっていうか、ピンポイントに槍の穂先をねじ込んでくるからなー、力技っていうか、ちょっと例外だと思うし、むしろ僕の天敵だと思うんだけど」
演習中、なんどもその鷹の目の餌食になって、身体に穂先を突き立てられているフロウは思い出して身震いするが、当のルビアは小首をかしげて不思議がる。
「そうかな?私はそんなに特別な事はしてないし、魔術も基本の応用だよ?」
ルビアはフロウの動きを見切って、防御を突き抜ける神速の突きを当てるため、ウルズクラスの中では嵐狩りと呼ばれている。それは偏にずば抜けた動体視力と槍を扱うセンスの賜物だが、ルビアにとってはそれは種族差による得手不得手の範疇にすぎない。
しかし、その高速の突きにに属性付加などをきっちり載せるあたりは、魔術師として地味めなルビアにもやはりウルズたる素質は十分にあるのだろう。トウヤの中では、ルビアは基礎魔術を忠実に伸ばし続け、槍術と絡めて実戦レベルまで引き上げた魔術師だ。或いは魔術に長けた狩人とも言える。魔術の構成が軽く発現も速いのは極めて実戦向きであり、派手さは無いが、隙が少なく手強い相手になる。
そして、それはレクレスとフロウにも共通した感覚だったようだ。
「狩りの技の発展だからか無駄が無ぇ上に、魔術でかなり速い。パワーは無くとも十分厄介な攻撃だぜ?」
「魔貴族のパトリシアといい勝負する時点で、槍使いとしては学院トップでしょ」
そんな二人の言葉に、ルビアは照れ隠しに笑った。
「そう、かなぁ?」
はにかんだ表情がとても印象的で、トウヤはその表情をどこかで見たことがあるような気がした。
***
「さて、二人は行ってしまったけど、俺らはどうする?」
それぞれの買い物を終えて、レクレスは食い足らないと飯屋に向かい、フロウは途中で出会った友人と一緒に行ってしまった。時刻は夕方。日も落ちつつあり、徐々に暗くなってきているが、学生街はむしろ活気を増しつつあった。
「んー、せっかくだから、少し散策しない?」
思い返せば、夕方以降の学生街は初めてだった。門限がある訳ではないし、トウヤと共に少し見て回るのもいいかもしれない。
「よし、じゃあどこ行こうか。雑貨でも見て回る?」
「そうだね。雑貨屋通りがいいかな」
薄暮に包まれつつある町並みはいささか新鮮で、何度か来たことのある並びも雰囲気が違って見えた。食べ物屋は店じまい前の安売りを始め、露天商は夜の売り物を広げ始める。行き交う魔術師たちは足早に帰路を進み、或いは夕餉の算段をしながら練り歩く。そんな中でトウヤとルビアはショウウィンドウを眺め、露店をのぞき、あてもなく進んでいく。
「こういうのってさ、楽しいよね」
そんな中で、ルビアはそう呟いた。
「皆で一緒に何かしたり、誰かと買い物したり、食事に行ったり、私の故郷では絶対に無かった出来事だと思う」
学院で皆と一緒に学び、食事し、遊び、時には戦う。
ルビアの故郷では、それはもっと閉じた部族の中だけに限られ、遠くに行ったり、街で買い物したりは出来なかっただろう。楽しくなかった訳ではないし、不満があった訳でもなかった。
「私はここに来て、変わったなって思った」
質素で単純な翼人にはもう戻れない。
魔術の可能性を知って、広い世界を感じて、ウリア族のルビウス・ルージュは変質した。
「贅沢で、我儘になった」
端的に言えば、そうなるのだろう。
太陽とともに寝起きし、狩りをして、僅かな幸せを紡ぐ鳥だった頃よりも、今の方が多くを求めている。
皆と一緒にいる事が楽しいし、魔術ももっと上手く扱えるようになりたいし、桜やトウヤや他のクラスメイトたちと笑うのが嬉しいのだ。美味しいものが食べたいし、あれやこれが欲しいし、時間が足りない、もっと長く続けば良いと思ってしまう自分がいる。
「俺が思うに、ルビアはもっと我儘でもいいと思うよ?」
そして、こうしてそれを甘やかすように言う“トウヤ”がいる。
贅沢で、我儘で、幸せだ。
ルビアはそれを嬉しく思う。
「そうなったのは、少なからず君のせいだよ」
感謝は少し照れくさいから、言葉を変えて言う。
「えっ、俺?」
そう言って驚く彼が、かつてルビアを助けたトウヤであるかは、未だに判らないけれど。
「そうだよ。君がウルズに来てから、私は変わった」
初めて出会った時は不安で怖くもあったし、桜を守らないといけないと考えていたけれど、今はもう違う。
「私だけじゃない。クラス皆が、君の影響を受けてる」
それぞれ何処かで雰囲気が変わったと、思う。
「多分、流雅を倒した時からずっとね」
共通して言える事であれば、なんというか、熱が入った、というような感覚だろうか。あとは、なんとなく連帯感が出てきた所、とか。あのアズですら、遠足以降は講義や演習に参加するようになった。
そんな風に皆を活気付ける彼を、私は誇りに思う。
「君がトウヤであろうとなかろうと、君は私の大事な友達だ」
温かい何かが、心の中に灯っている気がする。
これが、好き、という気持ちなのだろうか。
皆が噂したりする恋愛感情を、私はよく解らないでいた。
友達だと口にした時、少しだけ残念がる私がいた。
まだ小さな気持ちだとは思うけれど、それは徐々に大きくなってきているような気がする。
もしもこの気持ちがそうなのだとしたら、私は。
贅沢、かな?
我儘、かな?
もっと、我儘になっても、良いかな?
ねぇ、トウヤ。
ルビアの中に積もる気持ちは、けれど言葉にされる事はなく、幸せな時間はゆっくりと進んでいく。




