《鍛錬と友情と》5.火砲舌竜
闘技本戦。
既に数試合を消化し、場内のボルテージはかなり高い。
そんな中でリングに設置された巨大な檻に放たれた炎舌竜はかなりの大物だった。体長はゆうに6メーターはあろうか。異常な成長をした変異種であろうその個体は巨体をくねらせ、鉄格子を縦横無尽に走り回り、火球を撒き散らす。変異したせいか、その頭部には真紅の一本角が生え、また、翼は棘のように変化しており、その異形・威容はまさに竜種。
「受付嬢もダーティとは言ってたが、まさか運営から説明なしに変異個体登場とは恐れいるぜ…。これは気ぃ引き締めて行かねぇとヤバイかもな」
言葉とは裏腹に、レクレスは楽しそうだ。フロウもまた戦意に満ちており、不安がっているのはどうやらトウヤとルビアだけらしい。
「おい、大丈夫なのか?かなりデカい上に、硬そうだぞ?」
トウヤの不安の言葉に、レクレスは鼻を鳴らした。
「あぁん?ビビってんのかよ?想定より強いだけで、このメンツならどうにかなんだろ」
自信過剰なまでのレクレスの態度は、まさに名前の通りの無謀さにも見える。そんなレクレスの様子に、トウヤは口を閉ざした。どの道、ここから退く事は出来ないのは理解している。
「…なにか作戦はあるの?」
レクレスの確信めいた言葉にルビアが問いかけると、レクレスは牙を見せて笑った。
「あんのは作戦、というか方針だな」
そう言うと、レクレスは自身の考えを明かす。
「アレの防御想定はルーナの盾魔術程度だと踏んでる。それが正しければ、俺らなら身体強化を重ねれば抜けるハズだ。だから、前衛をオレとフロウ、後衛をトウヤとルビアで、属性付加と身体強化を掛けてくれ。トウヤは火球対策だ」
ルーナの盾の魔術とは、ここ最近ルーナが使用する盾に重ねがけして防御力を増す魔術だ。トウヤの魔弾は余裕で防ぎ、レクレスの魔剣でさえ強化がなければ防いでみせる。レクレスの《獅子暁心牙》状態では抜かれてしまうため、炎舌竜がレクレスの言う通りの防御性能ならば、二人がかりで強化をかければ戦えるだろう。
「想定内なら問題ない訳ね。…まぁ、やるしかないか」
ルビアが溜息混じりに答え、フロウが笑う。
「ボクに任せておいてよ。ルビアに指1本触れさせないで倒してみせるさ」
そんなフロウの軽口に、レクレスは改めて気合を入れた。
「はっ!それぐらいの気概で行こうぜ!」
「全く、どっからそんな自信が湧いてくるんだか。どの道倒すしかないんなら、とことんやるまでだな」
トウヤもまた士気を上げ、気持ちを切り替えて抜刀する。
そして、レクレスの言葉と共に竜の檻へと踏み出した。
「行くぞテメェら!狩りの時間だ!」
***
「さぁ!皆様お待ちかね!久々の竜種狩りの時間だ!」
司会の声が鳴り響く。歓声と熱量は最高潮。
炎舌竜と対峙する四人の魔術師たちは、それぞれ武器を構え、油断なき眼差しで敵を睨みつける。
「今回の竜種は炎舌竜!しかも巨大化した変異個体だ!」
竜種狩りの闘技は、そう多く開催されない。
何故なら強いからだ。
強いが故に捕獲する事が難しい上に、挑戦者は死のリスクを回避し、竜種を避ける。だからこそ、竜種狩りの闘技は最高に盛り上がるし、挑戦者が勝利した時の倍率は破格だ。そんな背景もあって、場内は最終戦でもないのに盛り上がり、その音声は竜を激しく興奮させていた。
「名付けて火砲舌竜!通常種よりデカく!強く!高火力!ロマンの塊のこの竜に挑むのはコイツらだ!」
司会者までもが興奮を抑えきれない闘技場の真ん中に立ち、まさに檻の扉をくぐらんとする四人。その先の死地へと踏み込むまで、司会者の声が鳴り響く。
「チームウルズ!四皇近衛トウヤにレクレス・レオンハルト!そして暴走嵐のフロウに外付良心回路のルビウス・ルージュの四人組ィ!圧倒的炎の前に、ウルズはどう立ち向かうのか!学生にとってはウルズ攻略のためにも目が離せないぞ!」
勝手な紹介に、歓声と罵声が入り混じる。
それも呑み込んで、場内の熱気はさらに上昇していく。
「さぁ!今!チームウルズが死地の扉をくぐった!闘技、開始だァ!!」
檻の扉が封鎖され、竜とウルズ生たちが睨み合う。
しかし沈黙は一瞬で、先手は火砲舌竜からだった。
「おぉっと!初手は火砲舌竜だ!目にも止まらぬブレス、ブレス、ブレスぅ!」
連続発射される火球の群れが、ウルズ生たちを焼き尽くさんと殺到する。燃え盛る火炎を目前に、トウヤが前に出て刀を構えた。火球はバラけており、トウヤの背後に隠れた3人が魔術を詠う。襲い来る火球だけが、トウヤの刀に吸い込まれ、弾けて消えた。
「凄まじい火球!しかし近衛トウヤの魔術がこれを防いだ!その間に魔術が整ったか?!」
司会の実況が歓声と共に響く中、負けない音声の魔術が3つ。
「《獅子暁心牙》!」
「“風竜抱擁”」
「《強化結界:加速度加算》」
瞬時に鳶色の翼が現界する。
それは計4対。
ウルズ生たちの腰に現れたそれは、それぞれの魔術師の動きを補助するように羽ばたき、そして、加速度を底上げした。レクレスの全般強化/狂化に、フロウの速度加算がさらなる強化をもたらし、前衛二人がトウヤの影から飛び出して、火砲舌竜を狙う。
「出たー!緑の旋風!開幕初見殺しはここでも通用するのかー!」
司会が言い終える前に、フロウはハルバードを刺突に構え終わり、まっすぐに竜種の土手っ腹へと着弾した。音速を超えた衝撃波は檻を揺さぶるが、それだけだ。肝心の槍の穂先は竜の腹ではなく尻尾に突き立っており、フロウが即座に離脱する。フロウが離脱した次の瞬間には頭だけで振り返った火砲舌竜がブレスを吐き出しており、一瞬の攻防が続く。
「外したー!火砲、回避、次は魔剣が来るぞ!」
実況も後追いしなければならない程の速度は、しかし檻の中では全ての実力を活かせない。回避と入れ替わりに魔剣の一撃が加わるも、爪に阻まれ弾かれる。この攻防を皮切りに、高速度の攻防が目まぐるしく展開される。
獅子と風のヒットアンドアウェイ、それを補助する翼と刀。対する火砲は檻の中を焼き尽くす勢いでブレスを吐き続け、両者は終わりの無い消耗戦へと突入していく。
剣閃、刺突、薙ぎ払い、火球、切り裂き、魔弾、火球、火球、振り下ろし。
檻を蹴り、尾に薙ぎ払われ、火球を吸収し、巨体による体当たりを躱し、魔術を詠い、そしてまた剣を振るう。
四人が全力を出せば、あるいは消耗戦ではなく短期決戦を狙えたかもしれない。
しかし、四人は手札を隠しながら戦うことを選んでいた。これは隠匿ではなく、必然から。予想以上の竜種の強さに、短期決戦に持ち込むための大魔術を行使する余裕も、確実に仕留める確信も得られないからだ。
故に、体力のある竜種相手には本来向かない消耗戦へと展開し、観客が望む死闘に雪崩込んだ。
いかに学院生徒トップのウルズクラスとて、竜種の相手はまだ早かったように感じる。
そんな闘技の開幕を、観客席から見ている者たちがいた。
***
観客席、誰に言うともなく呟くローブの魔術師がいた。
「さてさて、勝てるんでしょうかねぇ?ぁは」
その姿は小さく、観客席に紛れ込んで存在感は薄い。故に、その呟きを聞き取る者など本来居らず、聞き取られた所でとある魔術師の独り言であると吐き捨てられるようなものだ。
「ぁは、血がでてるぅ!楽しそう!」
狂気と悦楽に満ちた魔術師。その声に言葉を返す者がいた。
「…何用だ?よもや下らぬ遊びを見せるためでは無かろうな」
まるで“地面から生えるように”現れたソレ。
独り言の魔術師と同じようにローブで全身をすっぽりと覆った顔の見えない状態だったが、裾の端から垣間見える手先は明らかに樹木だった。見る者が見ればソレが何者かの使い魔で木精であり、術者が操っているのだと気付いただろうが、闘技場の観客席の中では誰も二人の会話を気にする事は無かった。
二人が見下ろす檻の中では、ウルズ生四人が竜狩りを続けている。
「ぁは、当たり前じゃないですかぁ。見てください、あの勇姿」
そのうち一人に熱い視線を注ぎ、魔術師は口元を緩ませる。
「アレを堕とせるなんてぇゾクゾクするじゃないですかぁ」
淫靡に舌なめずりし、甘ったるい声で囁くのは毒の言葉。
その言葉に、木精は現実的な問題を指摘する。
「貴様では直接は倒せまい」
この戦闘を見る限り、近衛トウヤの戦闘能力はランキング通りのトップクラスだ。
直接対決を望むのであれば、この魔術師では全く歯が立たない。加えて、災禍の加護をも持ち、その証たる太刀は礼装としても超一級品だろう。普通に戦えば、1分と保たず敗北するのは目に見えている。
「ぁは。真っ向勝負じゃ難しいでしょうねぇ」
しかし、それは魔術師の方も理解していた。
「だからこそ、私なのでしょう?」
緩んだ口元に、邪悪な笑み。
魔術師として低能だからこそ、場外戦は心得ているとばかりに、魔術師は笑った。
「おやぁ?闘技が終わりに近付いてるみたいですよぉ?」
魔術師の終始変わらない様子に、木精は舌打ちして、それから檻の方へと視線を向けた。
そこには、傷だらけになって凶暴性を増した炎舌竜の変異体と、死線をくぐり抜けてなお健在な四人組の姿があった。
***
火砲舌竜はかなりのダメージを負っていた。
身体の鱗はかなりの箇所で剥がれ、翼の棘は既に砕かれて失っている。火球を吐くための魔力は底が見えかけており、それは対峙するトウヤたちにも解るほど明確になりつつあった。
対してトウヤたちは、全員が軽傷。ダメージ、スタミナ、魔力ともにまだまだ戦える状態だ。序盤から全体強化を行使していたルビアの魔力だけはかなり消費しており、途中から魔術を温存、戦況は四人全員での波状攻撃へとシフトしたが、全体強化をフロウに交代している。フロウの魔術は速度のみを強化するものだが、火砲舌竜のスタミナを消費した鈍い攻撃ならそれで十分で、あとは最後まで削り切るだけだ。
「かなりキテるぞ!畳み掛けるぜ!」
レクレスの声に、フロウが斬撃にて答える。
逆袈裟に振り抜かれた斧槍が、火砲舌竜の尾を切り裂く。1メーター程を斬り飛ばしてフロウが離脱すると、火砲舌竜は怒りの咆哮を上げた。残弾少ない火球を放ちながら突進するが、怒りに任せた攻撃はトウヤたちの誰にも当たらない。
「《尖火の魔砲》」
突進を躱したところで刀を突きに構え、無防備な竜の背中へとトウヤが魔砲を放つ。火球を蓄えに蓄えた刀身、そこから溢れて弾けた魔力が燃え上がる。竜種の火球は勢い凄まじく、それを数十と溜め込んだ跳ね返りが如何ほどか。真に凄まじきはこの紅山茶花なる一振りに違いはない。それほど威力がでるとは想像していなかったトウヤも焦る程の魔術は、檻の中全てを焼きそうな勢いで。
「わわわわ!“風竜障壁”!」
「チィ!危ねぇぞ、トウヤ!」
フロウと背後にいるルビアを、フロウ自身が守り、レクレスは魔剣を球体のように変化させて中に籠もってやり過ごす。
全てを束ねて跳ね返した魔力は魔術を必要以上に燃え上がらせ、轟音と熱波を伴う極太の火柱が全てを焼き尽くした。あまりにも魔力が多すぎて、魔術の余波は術者たるトウヤすらも焦がした。巻き込まれそうになった3人の回避はかなり際どいタイミングだったし、余波でなければ諸共死なせてしまっていたかもしれない。
それほどの魔術を一身に受け、いかに炎を司る竜種とはいえ、身を守る鱗の鎧も失くし、魔力での防御もままならないまま、火砲舌竜は断末魔の叫びを上げた。後に残されたのは竜の骨と僅かに残る焼けた肉。大爆発にも等しい火力を叩きつけ、トウヤたちの闘技は危うくも観客を沸かせる勝利で幕を閉じたのだった。




