《鍛錬と友情と》2.クラス間交流
やがて鍛錬が一段落したようで、派手な魔術の音が止む。
それを見計らって、フロウが跳び出した。
比喩ではなく、本当に。
「お疲れぃ!」
風の魔力をふんだんに用いた、音速にやや届かない速度の蹴りが飛ぶ。
所謂ライダーキック。もしくは緑の閃光とも呼ばれるトラブルメーカー的な一撃は、しかしレクレスの魔剣が盾となって受け止められた。そのまま拘束具となった魔剣に絡め取られ、フロウが逆さ吊りにされてようやくレクレスがため息をつく。
「テメェ、その奇襲は効かねぇからやめろって何回言ったら分かんだ、このアホ」
「効かないって聞くと食らわせたくなるじゃん?ってかアホって言うな」
スカートが捲れないよう風の魔力をキープしながらフロウは笑う。実はこのキック、徐々に速度も威力も上がってきているのだが、こうしてレクレスが止めるため、フロウも面白がってやめない代物。すでに開幕初見殺しの技としては完成しているようなものだが、それを平然と繰り出し受け止めるやり取りをするウルズ生を見て、ミアとクラリス、ミルシャは改めて格が違う魔術師達なのだと認識をした。そして、そんな出来事などまるでなかったように奏子が歩いてやってくる。
「やーやーお疲れ様。今日は観客連れて観戦させて貰ってたんだー」
奏子の後ろにはミア、クラリス、ミルシャ。
トウヤはミアについて見覚えがあったが、名前までは知らなかった。奏子の人形劇を手伝っていたくらいの認識で、自己紹介していなかったからだ。だが、制服ではなくジャージで学院に来るショートの灰色髪は印象に残っていた。残り二人については全く知らない子だ。
そんな事を考えているうちにミスティが呆れた声をだす。
「人の魔術を見て研究、の間違いでしょ、奏子さん」
「まぁそうとも言うにゃん。手厳しいねぇ、相変わらず」
軽く流す奏子に、それ以上文句を言わないミスティ。流雅もまた何も言わず、レクレスはフロウを放り出して魔剣を納めてから、興味なさげに来訪者を眺める。
「俺の魔術なんざ見る価値ねぇだろうから、目的はミスティかトウヤだな?」
「察しが良くて助かるにゃー、レクレス君」
そう言うと、奏子は3人のヴェルザンディ生の横に並ぶ。
「今日は観戦がてら3人を紹介しに来たの。トウヤとお近づきになりたいそうよ」
その言葉に、ミアが反発する。
「私は違うんだけど。巫山戯てるなら帰るわ」
「まぁまぁ。ミアたんに関してはトウヤの魔術を見ておく方が良いと思って紹介してるんだ。そう怒らないでよ」
ミアの抗議も暖簾に腕押し、奏子はトウヤに向かって3人を紹介する。
「このちょっと仏頂面な娘がミア。それからお嬢様風な娘がクラリス。兎耳娘がミルシャよ」
横に並ぶとミアの身長がトウヤよりやや低く、残り二人は頭一つ以上低い。
「…ミア・シュヴァルツバルトよ。呼び捨てで良い。よろしく」
「クラリス・ヴァーミリオンです。クーとお呼びください」
「ミルシャ・クラフィニウです。愛称はミルです。よろしくです」
ミアの自己紹介を皮切りに次々と名乗る彼女らは、三者三様に自己紹介をした。
「近衛トウヤだ。こちらこそよろしくな」
当たり障りのない簡単な挨拶だが、トウヤの言葉にクーとミルの頬が染まる。
「カッコいい…」
「ミル、心の声が漏れてるにゃー」
「ふぁ!ぅー、恥ずかしい…」
一瞬で骨抜きモードになったミルに対して、クーはまだ理性的だった。
「貴方の魔術師としての腕前、尊敬します。お近づきになれて光栄です」
「俺以外でもすごい奴はいるだろうに。ちょっと大袈裟だよ」
トウヤの謙遜にも圧されず、クーはトウヤの手を取った。
「いいえ、貴方はウルズでも最高峰ですよ。少なくとも、ここにいらっしゃる四人が現在のウルズのトップなのですから」
その言葉は先に発表された魔術師ランキングの事を指しての事だろう。
クラス昇降格戦開始の発表と同時にリアルタイムで変動するランキングが演習場に設置されて以来、学院でのトップはトウヤという事になっている。これは陽炎を召喚したことによるポイントが大きすぎるせいであるが、それを知るのはウルズ生だけであり、大多数の生徒がもつポイントがウルズ生の保有するポイントに大きく差を開けられているという事実だけが伝わっている。特にポイントが多いトウヤたち四人がまるで四天王のように扱われるのも、情報が少ない現状では無理からぬ事と言えよう。
「本格的な決闘も少ない中で四天王と呼ばれても嬉しくないよね」
現状3位のミスティはその環境に不満なようだが、強さを求めるレクレスは嬉しそうだ。
「上位にいりゃ勝手に相手が現れるんだ。文句なんざねぇだろ?」
クラス昇降格戦は、下位の魔術師が上位の者に対して決闘を申し込む事で行われる。参加者が了承すれば複数人でも可能なそれは決闘の宣誓を以て魔術を構築し、戦闘不能を自動的に判定してポイントを上下させる。より多くの差を覆せば大きく変動するように調整されたシステムは、学院の歴史がその公正性を証明している。世界樹の魔力を組み込んだシステムは魔術介入がほぼ不可能だが、魔術大家などの外部支援も無いために、ジャイアントキリングを目指す者も少なくは無い。
「そうかなぁ?弱い人を相手にしても仕方ないでしょ」
ミスティの言うとおり身の程知らずも多いが、レクレスはそれを否定した。
「いんや、そうとも限らんさ。挑戦者は準備する時間がそのままアドバンテージになるしよ、魔術師が格上に挑もうとすんなら、生半な支度はしねぇだろ?寧ろこっちを蹴落とすどころか殺しにくるくらいが丁度良いくらいだぜ?」
格下だと解っていながら勝利の可能性を追求し挑む者の熱量は、時に実力以上の結果をもたらし、そして魔術師という刃に火を入れる事にも繋がる。それは決して挑戦者だけに益するものではない。
真剣勝負が糧となると言い切るレクレスに対して、奏子は呆れたように肩を竦めてため息をついた。
「君らみたいな武闘派魔術師と一緒にされちゃ、こっちの身が持たないのにゃ」
「まぁ、確かに奏子は直接戦闘向きじゃないよね」
フロウの言葉の通り奏子は人形術師であり、本来は戦いを専門とするような魔術師ではない。戦闘用の人形もあるにはあるが、ウルズ生レベルの魔術師相手には物足りない事もあるのは事実で、実際にクラス内の模擬戦では奏子はガントレットを装備して人形と一緒に肉弾戦をこなす。
「私は自信と誇りを以てスマートに戦うわ。拳で語る方は護身術よ、護身術」
奏子は護身術と言うが、それも下位クラス相手ならば人形を用いずとも制圧しうる。
「やっぱりウルズクラスは違いますね…。私たちじゃ到底届かないや」
ミルが発したウルズへの羨望と尊敬の籠もった呟きにクーが続く。
「ワタクシたちは魔術大家の血もなければ、突出した才能もありませんからね。こうして憧れる事くらいしか出来ないのです」
貴方たちとはどうやら根本的に違うようですね、とクーは自嘲気味に笑った。
ミルやクーが劣っている訳ではなく、ウルズクラスの実力が飛び抜けているのだが、それはヴェルザンディの二人にとってなんの慰めにもならない。明確な実力差と憧れ、隠しきれない羨望があるだけだ。
その後、しばらくのあいだ雑談をして、その日は解散の流れとなった。
「今日はお会い出来て光栄でした。またお会いできる時をお待ちしていますね」
夕刻を知らせる鐘が鳴り、城下町へと戻るヴェルザンディ生たちを、トウヤたちは静かに見送った。




