《転機》9.見えざる分岐点
学生街にあるエミリオの家から出て、学院の正門を超えたあたりでエミリオはいつもと違う点に気付き始めていた。
「めちゃくちゃ目立ってるよ…」
問題は単純だ。
エミリオの後ろを歩く鼻歌混じりのフィー。
白のブラウスに赤のスカート、黒のニーハイは、昨日奏子と選んだものだ。奏子の見立て通りフィーリアの魅力を引き立てている。頭の角も押さえられ、寝起きのためにやや大人しいフィーリアには見た目には非の打ち所がなく、魔術大家の令嬢といった雰囲気。素材が良いという奏子の言葉通り、フィーの容姿は、良い意味で目を引くのだ。
「…なんだか、たくさん見られているよぉな気がしますぅ」
なんとなく間延びした言葉でフィーが零した通り、すれ違う人の視線は多くがフィーに注がれていた。そして、一緒にいるエミリオにも。
「…うぅ」
令嬢に付き従う分家の執事か何かのように見えているに違いない。
フィーに聞こえないように小さく呻き、エミリオはやや俯いた。
視線は苦手だ。
エミリオは、注目されることが苦手だった。
十数代前に、ミスリル加工と吸血鬼狩りで成り上がったシルバースミス家は、その成り立ちから身体強化や金属支配などの魔術特性が発現しやすい。前者ならば狩人に、後者ならば銀鍛冶に特化するという具合だ。
エミリオには身体強化が発現した。しかしながら、エミリオ自身はどちらかといえば貧弱で、その特性はいまいち活かされることがない。加えて、魔力量も魔術の構成や理論構築も並の成績とくれば、嫌でも自身の平凡さを自覚するだろう。
エミリオがその事に気付いた時には既に、エミリオは俯きがちで魔術師らしからぬ性格になっていたという訳だ。
だから、学院に入ったのも、確固たる理由があった訳ではなく、単に銀細工の家業を継ぐために魔術師の方が都合が良かったというだけの理由だ。将来に期待はなくて、平凡という道をただただ歩き続けるだけの人生。
かつては魔術大家になりかけたシルバースミス家も、いまや僅かばかりの銀細工と技術が残っているだけだから、廃るような家名ですらない。食べていくのには困らない程度の普通の家だ。
そんな背景を持つエミリオだから、志を持つ魔術師たちに、ある種の劣等感を抱いている。故に、普段から目立つような行動は避けるし、大成功や大失敗を起こさないように心がけていた。根本的に魔術師でないエミリオは、本来クラスにいるべきではないのだから。
だが、フィーリアという使い魔の存在は、そんなエミリオにとって大きすぎるものだった。
恐らく魔術も身体能力も、エミリオより、他のクラスメートより遥かに秀でるであろう。反骨心から契約を望み、成功したのは良いものの、契約時に吸われた魔力量を考えれば、フィーリアの短期的な魔力消費にエミリオが追いつかないのは容易に想像がつく。属性精霊と同格なので一定量は魔力精製できるだろうが、フルパワーを出せば本人のみでなくエミリオの魔力まで食らい尽くすのは目に見えていた。
使い魔としては破格の性能だ。そしてなんと言っても、可愛い。
そして内心自嘲する。
『エミリオには勿体無い』
使い魔としても女の子としても、フィーリアが目を引かない訳はなく、当然のようにエミリオには羨望や妬みの視線が向けられる。
「マスター、マスター。今から学校、楽しみです!」
無邪気に笑うフィーをまっすぐ見ることが出来ず、エミリオは俯くことしかできなかった。
***
「皆も気付いていると思うが、諸事情あってエミリオとミアが先行して使い魔と契約した」
担任教師はそのままエミリオたちが契約を行った経緯を軽く説明するが、クラスメートたちの視線は露骨だった。良くも悪くもミアの使い魔ーそれは伯爵と名付けられたらしいーが地味な事もあり、注目はほぼ全てがフィーに向いている。
「あの子が使い魔…?」
「普通に可愛いじゃん」
「ラッキーだよなぁ」
そんな囁きが聞こえるような気がして、エミリオは思わず机に視線を落とす。
エミリオは特例であり、始めてクラスの一番の話題になった。
あぁ、目立ってしまう。
「という訳で、基本、エミリオには彼女が同行するので、皆そのつもりで」
言って、担任教師が教室をでると、その瞬間からエミリオの周りを取り囲むようにクラスメートが輪を作る。
「やるじゃん、メガネ君」
「よくすんなり契約できたねー」
「名前なんていうの?」
エミリオが思っていたのとは逆で、クラスメートたちの言葉はプラスのものばかりだったが、どちらにせよ注目になれていないエミリオは顔をあげられずに、しどろもどろしてしまう。そんなエミリオを思ってか、フィーはにぱっと笑い、口を開いた。
「私はフィーリア・ブラックランタンと言います!今日からよろしくお願いします!」
そんなフィーの言葉を皮切りに、クラスメートたちの質問がフィーへと向く。
「フィーリアさん、得意な魔術は?」
「どんなことができるの?」
「使い魔じゃないみたい」
エミリオとは対照的に、明るく元気に答えるフィーは瞬く間にクラスメートたちと仲良くなりつつあった。
まるで、小さな種火が燃え広がるかのように。
***
その日、ヴェルザンディ《杖》のクラスの担任教師の私室へ一人の女生徒がやってきていた。
「先生ぇ、何か用事ぃ?それともぉ、あたしとイイコトしたくなったのぉ?」
甘ったるい声でそんな事を言う女生徒。
担任教師、デビアス・ペイルウッドはその言葉に露骨に嫌な顔をしたが、自らが呼んだので文句を言う事もなく、要件を告げる。
「お前に頼みたい事がある」
年経た木霊の顔にはなんの表情も浮かんでいなかったが、女生徒の目にはその瞳の奥にある欲望が透けて見えた。
「それはなぁに?」
女生徒の問いかけに、デビアスは簡潔に告げる。
「ウルズの近衛トウヤを降格させろ」
女生徒に具体的な説明はなく、手段も礼装もなく、デビアスはただそう告げただけだ。ウルズを降格させるには、昇降格戦で下位クラスが圧勝する等の条件が必要だが、大抵は一筋縄では行かず、よほどの事が無い限り降格は起こり得ない。
「あは。りょぉかいでーす」
それを秒もかけずに笑って了承した女生徒は、そのまま踵を返して部屋を出ていった。
その背中を見送るデビアスは、女生徒が出ていってからすぐに部屋に聖水を振りまいた。
「餓鬼め。穢らわしい」
その日、クラス昇降格戦が始まった。
全生徒が無差別に決闘をし、クラスの席次を争う学年戦争。
保有する戦果点が巨大な魔術で管理され、否応なく魔術師としての実力が暴かれる、果て無き戦争。
その戦火、その中央に近衛トウヤは投げ込まれた。
知らず、エミリオ・シルバースミスが投げ込まれた。
そして他のウルズ生たちもまた、その席を狙われて中央に近い所へ配置され、戦いの火蓋が切って落とされる。
学院史に記されるどの世代よりも苛烈で凄まじい闘争、その発端はとても静かに始まっていた。




