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《転機》7.メイドと肉と首輪の夜

「あ…そいえば、食材切れてたな…」

店を出てしばらくして、エミリオは部屋に食材がないことを思い出し、進路を広場へと変える。食事にピーンと来たのか、フィーは服の嬉しさとはまた違う嬉しさを全身で表現しながら、エミリオに問う。

「マスター、マスター、今日の晩御飯はなんですか?」

色々な店を眺めつつ、エミリオは食材を選んでいく。だが、どう考えても野菜(もやし)炒めとか塩パスタとかでなければお財布的に厳しい。当たり前ではあるのだが、服で散財したエミリオの財政ではただでさえ苦しいのに、二人分の食費など本来絞り出す余裕はない。バイトを増やすなどして稼ぎを増やさねばならないのは間違いないだろう。

「フィー…残念ながら、僕らの財政は火の車だよ」

諦めを含んだ視線を、後ろについてきていたフィーに向ける。

「マスターぁ……」

フィーの表情は、既に泣きそうだった。

「ぅ、そんな顔するなよ…僕だって同じなんだから」

申し訳無さそうにエミリオが零したところで、ナニカに反応したのか、へたっていたフィーの角がピンと張る。そして、エミリオの背後を指差す。

「マスター!あれ見て下さい!」

その先には、なんと。


「…いらっしゃいませー。タイムセールスやってまぁす」


よりにもよって、メイド服を来て売り子をしているミアが立っていた。

「マスター!お肉が大安売りですっ!」

「僕にはお肉より気になる事があるけどねっ!」

メイド服in肉屋とか、メイド服超無愛想とか、メイド服着てるミアとかね。

「お肉よりも大切な事なんて有り得ません!」

「まさかの本能まっしぐら!」

魂の叫びだった。

「わふ!」

元気良くフィーが返事をした所で、ミアが溜め息混じりに言う。

「…お客様、申し訳ありませんが、店先での夫婦漫才はご遠慮頂けますか?」

「事の発端がそれ言う?」

エミリオのツッコミにもどこ吹く風、なメイド服ミアは、エミリオの上をゆく。

「…お客様、申し訳ありませんが、店先でのナンパはご遠慮頂けますか?」

「事実無根!」

いつも以上にキレのあるミアだった。しかも、エミリオにとってなかなか世間体の良くないボケだ。

「私をほっぽってナンパだなんて、マスター酷いですぅ!」

「ちょっと黙ってて貰えます?!」

もう、なんというかカオスだった。

閑話休題。

「…で、ミアさんは、僕が保健室に運ばれた後、顔も見に来ないでバイトしてた訳だ」

やっと落ち着いて話を聞いたところ、どうやらミアは、エミリオが保健室で倒れていた間普通に生活し、倒れたクラスメイトの顔も見に来ずバイトしていたらしい。エミリオは、薄情者め、という内心を視線にのせてミアを見た。

「リフィ先生とシスターがついててダメな人って、本当に運がすっからかんな人だけだと思うけど」

やはり、エミリオの嫌みなど意にも介さぬミアは、それよりも、と話題を変える。

「その子が、あの使い魔?」

ミアにそう問われて、エミリオは頷いた。

「…結局、色々あったけど、契約したんだ」

そんなエミリオの言葉に何を思ったのか、ふぅん、と頷くと、ミアはフィーに視線を向けた。…なんとなく、奏子と似ているような、気がした。

「君の名前は?」

無表情の奥に、何を秘めているのか、エミリオには解らなかった。

「フィーリア・ブラックランタンです」

けれど、ミアの反応は、もちろん奏子とは違って。

「ん。ミア・シュヴァルツバルトよ。よろしく」

やや素っ気なく、挨拶をかわしただけで、フィーから視線を外してしまう。そんなミアの態度に、フィーはパタパタしてた尻尾をしゅんとさせた。普段のミアを知っているエミリオにとっては、それがどちらかというと友好的な態度だと分かっていたので、一言フォローを入れる。

「相変わらず、ミアさんは素っ気ないよね」

そう?と、あまり興味なさげにするミア。だが、全く興味が無ければ、そもそも仕事に戻っているだろう。そんなタイミングで、店の奥から新たな人物がでてくる。

「あら?お客様?」

ミアと同じメイド服―恐らくこの店の指定なのだろう―を着た、蒼い髪の女性。

「知り合いです」

ミアが敬語なのを考えると、店長だろうか?

「すみません、バイト中のミアさんと話し込んでしまって…」

エミリオが謝ると、蒼髪メイドは大丈夫ですよ、とメガネの奥から優しげな視線を向けた。そして、エミリオたちを一度ずつ見つめると、ミアに言う。

「ミアさん、今日は上がりで良いですよ」

そんなメイドさんの申し出に、ミアはいいんですか?と視線で問うが、メイドさんは軽く頷く。

「今日はもう終わりですからね」

言って、メイドさんは残っていたタイムセールス品を袋に詰めてミアに渡した。

「皆で分けて食べちゃって下さい」

店長のおごりです、とウィンクされたミアは、やや考えた後にそれを受け取る。

「ありがとうございます」


     ***


メイドの肉屋を出て、他の食材を買い足した頃には既に日が暮れていた。

「すっかり日が暮れちゃいましたね」

フィーの両手には袋。私服と食材だ。あたりは同じように帰路を急ぐ人たち。ウルズ以外のクラスは下宿生が多いせいで、雑踏の中には学生も多い。

「まぁ、色々あったからなぁ…」

エミリオもミアも学生街に部屋を借りて一人暮らししている身だが、ミアの部屋には3人は入れないらしいので、紆余曲折の後に、エミリオの部屋へと向かうことになっていた。

「マスターの部屋に行くの、楽しみです」

フィーはニコニコしながらエミリオのあとをついてくる。そんなフィーの様子に、ミアは言う。

「…使い魔っていうよりは、なんだか子供か妹みたいだね」

ミアの言う通り、尻尾や耳の動きから溢れる楽しげな雰囲気は、まるで子供のようだった。

「ほんと、召喚時のあの雰囲気はどこにいったんだか…」

エミリオがそう零してもフィーは自覚がないようで、小さく首を傾げるだけ。とてもではないが、フィーが黒犬(バーゲスト)を元にした災いの使い魔だとは考えられなかった。

「まぁ、頑張ってみたら?」

ミアの無責任な言葉に、エミリオは苦笑い。そんな軽口を叩きながら帰路を歩むエミリオたちを、夕闇が追い立てる。夜はもう、すぐそこまで来ていた。


     ***


結局、ミアが家に帰ったのは、夜もかなり更けた頃だった。エミリオは送ろうかと申し出たが、ミアはそれを断り、さっさと帰っていった。

「ミアさん、面白いひとですね」

見送るフィーが零す。3人での食事はなかなか新鮮で、フィーとの距離も近付いたような気がした。

「ミアさんもフィーの事、気に入ったのかな」

ミアの態度からすると、フィーは初見からかなり気に入られたようで、フィーとの会話はけっこう弾んでいた。

「また一緒にご飯食べたいです」

そんなフィーの感想に、また今度な、と財布の事を考えながら答えたエミリオは、フィーとともに部屋に戻る。

フィーが扉を閉めた音。

エミリオは小さく息を吐く。

上機嫌そうなフィーを背に、エミリオは鞄を開いた。帰りに買ったあれを渡すためだ。

「フィー、ちょっとおいで」

緊張を隠したエミリオとは対照的に、小さく首を傾げるフィーはまるで幼子のように無垢に見えた。そのままフィーはトコトコとエミリオに近付いてくる。

「あー…あんまり良い物じゃないんだけど、さ」

言って、エミリオは包みをフィーに差し出した。受け取るフィーの表情は驚きだろうか?真っ直ぐにフィーを見られなくて、エミリオは自分が情けなく感じた。

エミリオが開けるように促すと、フィーは思い出したように、丁寧に包みを開け始める。

「これって…」

フィーの声には、十分驚きが含まれていて、エミリオはやっと、フィーの顔を見る事ができた。

「服選びじゃ、奏子さんには適わないからさ」

フィーの手には、首輪と笛。気恥ずかしくて、エミリオは頬をかく。

しばし、首輪を見つめていたフィーだったが、やがて綻ぶように、フィーに笑顔の花が咲いた。

「…ありがとうございます、マスター!」

言って、エミリオに抱きつくフィー。

図らずも押し付けられる胸の感触にドキドキしながらも、エミリオは喜んでくれて良かった、と安堵した。

「さ、さぁて、片付けるか…!」

とはいえ、いつまでも抱きつかれている訳にも行かず、エミリオはやや強引にフィーから離れる。そして、部屋の散らかり様を見て、大袈裟に溜め息を漏らした。とてもじゃないが、今のエミリオには、フィーを真っ直ぐ見る自信はなくて。

そんなエミリオに対し、満点笑顔のフィーは手早く首輪を身に付けると、私も手伝います!と意気込んだ。

「フィーが張り切ると逆に散らかりそうだなぁ」

すこし大きな声で照れ隠し。

「なんですとぅ!」

「いいから手動かして」

そんなこんなで夜は更けて、新たな主従の第一夜はゆっくりと過ぎていった。

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