《転機》6.フィーリア・コレクション
「では、気を付けて帰るようにな」
フィーリアに魔力を吸われ、軽く魔力切れを起こしていたエミリオは、リフィたちに見送られて保健室を出た。もちろんフィーリアも一緒だ。
驚くべき事にエミリオはほぼ丸一日意識を失っていたらしく、今はちょうど放課後になるくらいの時間だ。生徒はまばらで誰かに会うこともなくエミリオたちは城門へと歩いていく。
フィーリアは周りの全てが物珍しいのか、くるくると視線を踊らせる。平均よりやや背の低いエミリオよりもフィーリアの方が頭ひとつ高いので、二人の組み合わせはなんとなくちぐはぐに見えただろう。しかし、フィーリアはそんなことなど気にせずエミリオを呼ぶ。
「マスター、マスター」
何?と聞くと、フィーリアは心底興味津々といった様子で言う。
「魔術がいっぱいで、なんだか楽しいですね!」
まるで初めて魔術を知った幼子のように、フィーリアは笑う。エミリオはそんなフィーリアが少し眩しくて、なんとなく視線を逸らした。
「まぁ、魔術学院だし」
言って、エミリオはフィーリアについて考える。
(使い魔としては最強格のクセに、なんでこんなに無邪気なんだ…?)
改めてフィーリアを見やる。
召喚時とは違って、今度は落ち着いてその容姿を見ることができた。
クセのある黒髪は肩までで、頭には黒の犬耳。角のようにみえていたのは、どうやら雄牛のように逆立った髪の房のようだ。
すらりと伸びた身体はミスリル銀のチェインメイルとプレートで固められているが、何故か左腕のみが炭のように黒く変色している。視線で辿ると、それは腕から肩、肩から首、頬へと繋がっている。
相変わらずフィーリアの頬の黒炎の刻印は強力な魔力を孕んでおり、魔力感知能力の低いエミリオでさえ、見ただけでゾッとする程の―呪詛という表現ですら軽い―魔神の力の欠片が滲んでいた。
だが、ソレを持つ当のフィーリアは相変わらず無邪気で。
「どうかしましたか、マスター?」
綻ぶような笑みを零すので、エミリオはなにか考えるのも馬鹿らしいような気がした。
「いや、フィーリアの角って髪だったのか、と思ってさ」
なので代わりに、フィーリア自身について、色々聞いてみようと思い改めた。するとフィーリアは自分の頭に生えた角をさわさわし、びっくりした表情をする。
「マスター!…私、犬なのに角がありますっ!」
「今さらっ!?」
至極真顔で言い放ったフィーリアに、エミリオは思わず突っ込んだ。
「どうしましょう、マスター…今までこんな寝癖で歩いてただなんて、私、かなりの天然じゃないですかっ!」
「それも今さらだよっ!っていうかまさかの寝癖!?」
なんというか、突っ込みが全力にならざるを得ないエミリオだったが、そこにさらに状況を混乱させる要因が現れた。
「おっ?これはこれはエミリオ君ではありませんか」
にゃふっとにやける奏子である。しかも、近衛トウヤを従えているオプション付。
奏子はフィーリアを認めると、目線鋭く再び口を開く。
「その子が例の使い魔だね?」
その言葉に、エミリオはドキリとした。何故既にフィーリアのことを知っているのか。だが、それはすぐにエミリオを表情を読んだトウヤのフォローにより解決する。
「あぁー…奏子がムリヤリ、リフィ先生から聞き出したんだよ」
やや苦笑いするトウヤに対し、奏子はどこ吹く風で会話を続ける。
「ま、そんな訳で、ネコっ娘代表としましては、ライバル犬耳を敵情視察しようかな、と」
言って、フィーリアを眺める奏子。フィーリアは、そんな奏子の視線を嫌がるでもなく、ニコニコしていた。そして、奏子の見聞が終わる。
「うん、30点だね」
「初見で酷評されましたぁ?!」
かなりの辛口評価に、ニコニコだったフィーリアも涙目で、エミリオにすがる。
気遣いの上手い奏子にしてはかなり酷い物言いに、エミリオは理由を問う。
「ちなみに、評価の内訳は?」
「まず、その寝癖はないよね」
どうやらアレは角ではなく、寝癖確定のようだ。
「で、次に服装」
言って、奏子はエミリオを指差す。
「召喚してすぐだから仕方ないけどさ、エミリオ君、彼女に普段着くらいは買ってあげなきゃダメだからね?」
ジト目になった奏子が、下から覗き込むように視線を合わせてきたので、エミリオは反射的に視線を逸らしてしまう。
「わ、わかってるよ…」
本当にわかってる?と暗に言われているような気がしたが、奏子はそれ以上追求しては来なかった。
「まぁ、色々言いたい事はあるけど…素材だけは満点かもね」
代わりに、そんな言葉を零し、奏子はフィーリアの名前を問うた。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
フィーリアはその言葉に、笑みを零す。
「フィーリア・ブラックランタンです」
「フィーリアか。なら、これからはフィーって呼ばせてもらうね」
奏子は、そこで改めて、自身が名乗っていないことに気付いたらしい。
「私は水花奏子ね。奏子でいいよ」
そのまま流れで、トウヤも名乗る。
「近衛トウヤだ。トウヤでいい」
そこで奏子はエミリオとトウヤが初見だということに気付いたらしい。
「そいえば、二人は名乗ってなかったっけ?」
「まぁ、知ってるけどね」
と、エミリオ。
トウヤもまた、奏子に付き添った時にリフィに聞いたようで、同意を示した。
「まぁ、これからよろしく」
トウヤの言葉に曖昧に頷いたエミリオは、思わぬところで思わぬ人物と知り合うもんだな、と微妙な気持ちになった。
奏子が再び口を開く。
「エミリオ君はもう帰るとこ?」
エミリオが肯定すると、奏子はもう一つ質問を投げる。
「フィーに服買う場所に宛てはある?」
言われてエミリオは、女の子の服を売っているような店を知らない事に気付いた。…知らない訳ではないが、流石に安かろう悪かろうの店名を出すと怒られそうなので、知らないことにしただけなのだが。
「まぁ、そんなことだろうと思っていたわ…」
仕方ない!と、奏子は声を上げた。
「奏子さんが一肌脱いで上げるにゃ☆」
こうしてエミリオとフィーは、奏子に連れられショッピングする運びとなった。
***
「ふわぁ…服がいっぱいですぅ」
感嘆の声を上げるフィーに、奏子は満足げに胸を張る。
「奏子さん御用達のショップだから可愛い服がいっぱいなのだ!」
学院を出ると広がる学生街は城下街に近い性質を持つ。即ち、一人暮らしのための物資は全てどこかで手に入るという市場の多様性。そのお陰か、住人も商人も学生・本職が入り混じり、学生街とは思えない程の規模になっている。
そんな学生街には当然女性向け服飾店舗も有るわけで、エミリオたちは奏子に案内されるままにフィーの私服を買いに来たという訳だ。そんな店内ではしゃぐ女子二人を少し離れて歩き、エミリオとトウヤが遠慮がちながら辺りを見回す。なんというか、男子禁制の場所へ忍び込んでいる感は否めない。
「こんな服も売ってるのか…」
目線の先にはメイド服や給仕服など、デザインを気にする奉公人のための衣服もある。だが、エミリオが気になっているのは寧ろ、服についている値札の方である。
「…想像してたより、ゼロが多い、だと?」
1個ではなく、当然のように2個も多い。ものによっては3個も多い。
この店のレートではエミリオの財政など藁の家同然、吹けば飛んでいくような値段設定である。
当たり前と言えば当たり前なのだが、かなりの興行収入がある奏子と、慎ましやかな学生であるエミリオでは、金銭的格差があるのは当然だった。必然的に、身に着ける物の値段も上がるという寸法。まぁ、元々服にあまり頓着無いエミリオと、衣装棚をいくつも持っている奏子では、服の基準値が違うのも大いに関わっている訳なのだが、エミリオはこっそり財布の中身を数えて絶望していた。
「いやぁーフィーは素体が良いから、何を着せようか迷うにゃー」
「どーんと来いです!」
妙に意気投合し始めた二人はエミリオのお財布事情など頭に無いようで、プチファッションショーを始めてしまう。
「…しばらくは質素倹約になりそうだなぁ。っていうか質素倹約程度で済むのかなぁ」
既に涙目なエミリオを尻目に、フィーの私服選びは熱を帯びていく。
最終的に、エミリオのお財布事情により買えるものがかなり限定されることが発覚するのはしばし後の事。一般家庭の仕送りと僅かなバイト収入では、奏子の考えるトータルコーデの足元にすら到達できないのであった。まる。
***
なけなしのお金を支払ってフィーの私服をなんとか手に入れたエミリオたちは、今度こそ寮に帰ることにした。
「ありがとうございます、マスター」
はしゃいだ声をあげながら、フィーは耳をピコピコ、尻尾をブンブンしながら喜ぶ。そこまで喜んでくれるなら、使われた生活費も本望だろう。エミリオは自分を慰めながら、学生街を進んでいく。
「お?こんな店できてたんだ…」
そんな時に目に付いたのは、とある魔術生物専門店。ショーケースとゲージが並ぶ光景に、ついエミリオの目が止まる。クラスメイトたちに先んじて使い魔を手に入れたエミリオは、もしもフィーと契約しなかったなら、どんな使い魔を手に入れたのか少しだけ想像した。
「使い魔って言っても、こんなに色々いるんだよなぁ…」
梟や烏、猫に犬。メジャーなところはもちろん、スカラベや小妖精、果ては低級で自我の薄い属性精霊まで扱っているようだった。黒犬であれば、本来はここにいる者らとさほど変わらないランクになる。
「この子、可愛いです!激カワです!」
どうやらフィーは同じ犬に反応しているようで、ゲージ越しに犬にちょっかいをかけ始めた。
そんなエミリオたちに、店員が声をかけてくる。
「お客様、何かお探しですか?」
わんこ同士じゃれるフィーたちを置いておき、エミリオは軽く首を振った。
「いえ、見てるだけなので…」
わざわざ声をかけてくれた店員に申し訳なく思いつつ、エミリオは改めて店内を見回す。流石に魔法生物専門店というだけあり、それなりに希少なものも一通り揃っていた。と、そんな中に、エミリオの目を引いたものがあった。
「魔狼笛…?」
それは、犬や狼などの使い魔に対応した首輪と犬笛のセットだった。犬笛を吹くと首輪が震える仕様の礼装だ。量産品らしく値段も手頃で、今の財布の中身でも買えそうだ。
「…これぐらいなら、買っても大丈夫だよな」
フィーの私服を買ったのはもちろんエミリオなのだが、奏子に全面協力してもらったことがなんとなく気になっていたエミリオ。マスターとしては、自分で選んだものを身につけて欲しい、という気持ちが芽生え始めていた矢先に見つけたこの犬笛は、今のエミリオにはうってつけのアイテムだった。
「これ下さい」
フィーに気付かれていない事を確認してから、エミリオは手早く会計を済ませ、小さなプレゼントをカバンにそっとしまった。
「フィー、行くよ」
そして、未だにわんことじゃれるフィーを促すと、何事もなかったように家路についた。
実はフィーには明確なイメージボイスがあります。
豊崎愛生さんです。
けいおんの唯とかですね。
あくまでも作者イメージですが、
気になる人は想像して声をあててみてくださいねー(๑•̀ㅁ•́๑)✧




