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《転機》4.黒の煉獄

召喚はすぐに行われることとなった。

専用教室移動すると、教師2人はすぐに魔術の準備を整え始めた。エミリオとミアがする事は召喚魔術の詠唱確認だけだったので、二人はすぐに手持ち無沙汰になった。2人の教師がテキパキと魔術式の起動準備と調整のための触媒やら魔術具やらを配置するなか、エミリオはため息をつく。

「貧乏くじ引いちゃったなぁ…」

がっくりきているエミリオに対し、ミアはエミリオを見ずに零す。

「君はいつも普通だよね」

無表情に言われたそんな言葉に、エミリオは少しカチンと来て、言葉を返す。

「人間普通が一番でしょ」

言っておいて、自分の嫌いな言葉を言った自分に自己嫌悪。見透かすようにミアは言う。

「魔術師としては、三流だね」

つまりは、君には世界を変えることなど出来ない、という事。ミアにそんなつもりなど無いのはわかっているが、エミリオは自分を否定されたようで悔しくなった。

そんなエミリオが言葉を返せずにいると、ミアが再び零す。

「まぁでも、そういう普通さが、エミリオの良い所なのかもね」

無表情な顔からは、エミリオは何も読み取ることができなかった。


     ***


「さて、始める前に、軽く復習しようか」

リフィはエミリオとミアを見て言う。

「エミリオ君。召喚魔術について説明してみたまえ」

言われて、エミリオは思い出しながら、言葉を綴り始めた。

「召喚魔術は転移系魔術の派生で、術者の呼びかけに応じた存在が現れる魔術です」

まず完結に述べ、エミリオはそれから補足する。

召喚魔術は術者の力量が上がるほど、呼び出すモノは存在として強く、またより遠い場所、次元から呼ぶ事ができる。転移系魔術ではあるが、術者側からできるのはいざなう事のみなので、いつでも成功するとは限らず、また、希望したモノが召喚できるとも限らない。そのあたりは術者の力量とモチベーション、運気に左右される訳だ。

そこまでで説明を終えると、リフィはニヤリとした。

「まぁまぁだな」

言って、リフィが補足する。

流石というべきか、リフィの説明はわかりやすかった。

術者側の属性・特性は、当然ながら召喚される側にも影響する。例えば、術者と同じ魔術特性を持っていたりなど、似た者同士になりやすいという事だ。

また、召喚したモノの中には術者を襲ってくるモノもいるため、召喚魔術を行使する場合は必ず戦闘準備をしておくのが常識である。召喚したモノが術者の力量を大きく超えることはまずないが、術者を襲うためだけに召喚に応じるモノもいるためで、そういった類には最も注意が必要だ。

「因みに、この戦闘で力を示し契約させる事を調伏という」

リフィがそう締めると、ミアが言う。

「今回は、その調伏が危険な訳ですね」

平坦な声色に、逆に不安を煽られるエミリオだったが、リフィが無い胸を張って続ける。

「ま、今回は私もミリアム先生もいるんだ。むしろ強者を呼んでくれて構わんよ」

そんなリフィの言葉に、脇にいたミリアム先生がややうろたえつつ、先ずはミアからの召喚となった。


     ***


教室全体に広がった魔術式。

その中央に、ミアは立っていた。

静かに息を整え、それから静かに旋律を紡ぎ出す。

規則正しいリズム。

まるでメトロノーム…いや、時計の歯車が奏でる秩序に乗せて、ミアの歌声が魔術を喚起する。それを発端に赤黒かった魔術式の円環が淡く光を灯しはじめた。

「―――――――――――…」

それは普段のミアからは、想像がつかないくらいに美しく繊細な調べ。

歌声が美しいからではない。

それが、世界を書き換える魔術だからだ。

ミアの意志が、今、この魔術式を触媒にして、変革を呼び覚ます。

魔術式は真鍮色の光を帯びて輝き、明滅を繰り返している。その間隔は詠唱の旋律が登りつめるにつれて縮まり、やがて最高潮に達した時。

『――――』

人ならざるモノの声が、響いた。

途端、魔術式の光が一点に収縮したかと思うと、光がはじけた中心には一羽の。


「くるっぽ」


ミアが召喚したのは、真っ白な鳩だった。

「やはり、かなりの揺らぎがあるようだな」

リフィは肩すかしを食らったことで少し脱力しつつ、分析する。そのままミリアム先生と術式をいじり始めるリフィを背に、鳩を抱えて戻ってくるミア。

「…こんなんでたけど」

ミアに抱えられ、大人しくくるっぽと鳴く白鳩。バサッと翼を開いたかと思ったら、ミアの頭に止まる。

「…伝書鳩にでも使ったら?」

エミリオはことさら無表情なミアに対して、そういうしかできなかった。

そんな事を話している間に、魔術式の調律が終わったようで、エミリオに声がかかる。

「さて、エミリオ君の番だ」

リフィに言われて、エミリオは立ち上がる。

「リラックスだよ」

「くるっぽ~」

どうやら定位置と化したミアの頭の上で、鳩も応援してくれているようだ。

「ふぅ…」

エミリオは魔術式の端に立つと、小さく息を吐いた。

やることは単純だ。

ようは、無事に召喚魔術を成功させれば良い。

その言葉に少し引っかかりを覚えたけれど、エミリオはそれをかき消して詠唱を始めた。

火種がはぜるように紡がれる詠唱。

エミリオの魔力が燃えて魔術式を焦がし、銀色の燐光が辺りを照らす。それはただ一つの願望を顕現させるため。ただただ、自らに添うべきモノを呼び寄せる意志の現れ。

詠唱は燃え盛る。

全ての雑念が、魔術の糧となり燃える。

だが。


『魔術師としては、三流だね』


均一だった意志に、棘が突き刺さっていた。

真新しくもあり、なおかつ根深いソレは、魔術という炎の中で一気にはぜて暴れ出す。

一瞬。

そう、一瞬の気の迷いだった。

それが。

「集中しろっ!エミリオ・シルバースミス!」

暴発の始まりだった。

リフィが慌てて叫んだ瞬間、銀色だった炎が闇のようにどす黒い炎へと変色する。同時に、炎はエミリオまでもを飲み込む程に勢いを増し、エミリオはその魔力にあてられて、本当に炎に焼かれているように感じた。あまりの激痛に、エミリオの額には大量の脂汗が流れ、知れず苦悶の表情が浮かぶ。

それは、リフィを焦らせる程の事態であり、ともすればエミリオを死に至らしめる程の暴発だったのだが、皮肉なことに、原因たる雑念に対する反発心が、未だエミリオを魔術師然とさせていた。

「…僕だって、好きで普通な訳じゃないっ!」

誰に向けられた訳でもない言葉は、黒の炎に吸い込まれて消えた。だが、それを発端にしたかのように、魔術が一気に収束していく。

爆発。

まさにそう表現できるような、そんな魔術の完成。

煙が立ち込める魔術式の中心。


そこには、焔がいた。


それは、黒の煉獄を切り取ったかのように鮮鋭な存在感を放っていた。その魔力香も、触れたものを燃やし、喰らい尽くすように熱い。肩までの黒髪、その頂点には黒い犬耳。そして、そびえ立った二本の角。全身を白銀の鎧に包み、巨大な大剣を携えるいでたちは、ソレが単なる使い魔などではないことを如実に語っていた。

そして、何より一番印象的なのは、首から顔にかけて広がる火傷のような黒い刺青。時折くすぶるように赤く明滅するそれは、致命的なナニカを犯してしまったかのような錯覚を引き起こす。

総じて、まるで魔神。

それが、エミリオが召喚したモノの姿だった。

そして魔神は、召喚者たるエミリオを一瞥する。

「―――――…………っ」

だが、その瞳に意志はなくて。

グラリ。

皮切りに、魔神の魔力は全てが燃え尽きたように拡散し、魔神はそのまま意識を失ってしまったようだった。

そして同時に、精神力を使い果たしたエミリオも、倒れ込むように意識を失った。


     ***


気が付くと、エミリオは見知らぬ天井を見上げていた。

「む、気がついたか?」

と、エミリオが状況や経緯を思い出す前に、そばにいたリフィが言う。

「気分はどうだ?」

意識が戻って、まだ自身の状況を掴めないエミリオだったが、すぐにあの、鮮鋭な紅を思い出し、ぼんやりとした思考は一気に吹き飛んでしまった。

「大丈夫、です」

ズキリ、。

魔術の余韻が魔術師の部分を焦がしているようで、エミリオはベッドの上で身じろぎする。そんな時カーテンに隙間が開いて、保険医であるシスター・フェイトが顔を覗かせた。

「少し確認しますね」

断って、フェイトはエミリオの脈をはかったり、触診したりしはじめる。そんな中で、リフィは続ける。

「まず、状況を整理しようか」

エミリオが頷くと、リフィは先程の召喚の結末をまとめてくれた。

「まず、召喚自体は成功した」

これに関しては、エミリオも理解していた。なんせ、自身で行使した魔術だ。結果はわかっている。

解らないのは、いったい何が召喚されたのか、なぜソレが召喚されたのか、の方だ。

「解らないのは、あれが何者なのか、だ。恐らく魔力量も神格値も君のキャパシティを遥かに超えているという事くらいしか解らない。…原因に関しては想像がついているんだがね」

魔術式の揺らぎにより、エミリオの実力を遥かに超えた存在を召喚してしまった。魔力量も神格値も桁違いだが、それでも召喚魔術という基本ルールは変わらない。あれが使い魔の契約を交わすつもりならば、その性質は術者であるエミリオに近しいはずなのだ。

リフィはあれが呼ばれた原因は解っているようだが、その正体が解らないという。

「エミリオ君に心当たりはないかな?」

リフィの問いに、エミリオは魔術を行使した時を振り返る。

『魔術師としては三流だね』

魔術が乱れた原因は明確だったが、これと言って正体を判別できる材料は思い当たらなかった。手掛かりは、召喚時の黒い焔だけだが、それで判るなら、今頃リフィが答えを見つけているはずだ。

「…いえ」

そもそも、どんな使い魔を召喚したいか、というガイドもなかった訳で、エミリオの属性に近いといっても、姿・魔術・性格など、何が近いのかさえ不明なのだ。使い魔の契約を交わさない限り、あの魔神の正体は解らないだろう。

リフィはその結論に既に至っていたのだろう、エミリオが思案から抜けた所で、リフィは言う。

「まぁ、契約すれば、正体は自ずと判るんだが」

ここで強く契約を勧めないのは、先程言われた通りエミリオではキャパシティが不足しており、あの魔神を扱うのに適さないからだ。もし、ウルズクラス生が…例えば、近衛トウヤなら、きっと契約を勧められていただろう。やはり、本物の魔術師は違うのだ。

そんな風に考えてしまう卑屈な自分が嫌で、エミリオは思わず言ってしまった。

「僕、契約してみようと思います」

その言葉は、リフィを少しだけ、驚かせた。


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