《転機》3.もう一人の災禍
顔を上げると、ガラスには妖精族の少年。
僕ことエミリオ・シルバースミスの気の抜けたような顔が歪んで写っている。僕という存在を表すなら、平凡という一言で足りる。或いは凡骨でも構わない。なんせ事実なのだから、否定のしようもない。
妖精族に生まれ、魔術を知り、世界を知った。初めて魔術を使った時は、世界が無限の可能性に満ちているとさえ感じた。
現実は甘くなかった。普通の家庭に普通の素質。過去に何かあったわけでもなく、凄い魔術師と知り合いだとか、幼なじみが貴族だとか、もちろん一切なし。魔術学院でも、真ん中のクラス。成績は中の中で、魔術もそれなり。
きっと起伏の少ない人生を送っていくんだろう。
普通が一番、とは良く言われるけれど、僕からしてみれば、そんなのは特別な人間の贅沢だと思う。まぁ、実際隣の芝は青いのかもしれないけれど。
とにかく。
僕は、普通の魔術師見習いで、これからもずっと、普通という称号を背負っていく人間だ。
変えたい、とは思う。
ただ、魔術を扱えるようになってから、そんな希望も煤けてしまっている。
魔術は意志の力だから。
学院で真ん中にいるようじゃ、どうしようもないのだ。
そう。
結局は、変われないで終わっていくのだ。
そんな事を考えつつ準備を進めて、それはやがて開幕した。ヴェルザンディ《剣》クラスの教室では、現在、魔術による人形劇が催されているのだ。
『~~~~~~~♪』
ネコミミ少女がその声で奏でる陽気な旋律に、呼応して踊り、跳ねる人形たち。
それぞれがネコを模して造られており、魔術によって精気を吹き込まれたそれらは、本物の命のように舞台を活き活きと駆け回る。
あるものは武器を、あるものは着飾って、舞台セットまでもを人形たちが入れ替え差し替え、曲が進む毎に一つの物語を創っていく。
物語は英雄譚。
一人の勇者が、魔王にさらわれた姫君を助けに行くというシンプルなものだったが、それだけに、人形使いの技巧やセンスが各所に光り、人を惹きつけてやまない良作になっていた。
やがて物語はフィナーレ。
魔王役の人形が倒れ伏し、勇者と姫君がハッピーエンドを迎えたところで、人形劇は終わった。歓声がやんだところで。
「以上で《黒猫人形劇団》は終了だよっ♪みんな、お代は出口の人形に渡してね☆」
人形使いがにぱっと笑い、観客たちはそれぞれ、連れと感想を話しながら、ガヤガヤと教室を出て行く。
人形使い、こと水花奏子はウルズクラス所属のケットシーである。至高のドールマスターを目指す彼女は、このように、時折人形劇という形で自身の実力を試すのだ。それはクラス昇降格戦前でも変わらないらしい。やはりウルズクラスだけあって、少々手の内を晒したところで痛くも痒くもないと言う事なのだろう。
しばらくして残ったのは、奏子と、手伝いを頼まれた彼女の友人たちだけだ。ウルズクラスの生徒たちは、既に何回か手伝いを経験しているのか、既に後片付けを始めている。
「いやぁ大量、大量♪これだから人形劇ってやめられないわ」
そんな中、ホクホク顔で収入を確かめる奏子。しばらくはそちらに夢中だろう。片付けは大したことは無いので、すぐに手持ち無沙汰になったエミリオがなんとなしに辺りを見やると、とある生徒に目が止まった。
近衛トウヤ。
容姿端麗で、筋が一本通っているような、そんな男子生徒だ。一時期は謎の転校生として噂が立ち、魔術大家神無家の分家である近衛家出身というのもあって、ウルズクラスの中でも特に目立つ存在だ。しかも悪い噂はほとんど無い。
魔術師としても、男としても、凡庸なエミリオとは大違いだ。今もフロウと桜を相手に雑談して、表情を綻ばせている。そんなトウヤを見て、エミリオは羨望と憧れを混ぜたような気持ちに捕らわれかけ、慌てて頭を振った。
そんな時、タイミング良く勘定を終えた奏子がエミリオに近寄ってくる。
「エミリオ君、今日の劇の感想は?」
今日初めて奏子の人形劇をみたエミリオは、内心に残る動揺を隠しながらも、その感想を言葉にする。
「面白かったよ。内容はもちろんだけど、あれだけの人形がきちんと役を演じてるなんて、凄いよね」
普段は気さくで、ヴェルザンディクラスやスクルドクラスにまで友人がいる奏子だが、あれを一つの詠唱だけで操る奏子は、やはりウルズクラスたる素質を持っているのだ。改めてみせつけられた思いになりながら、エミリオが感想を述べると、奏子は再び笑う。
「まぁ、全指揮取りながらのフル稼働にもやっと慣れてきたからね」
自慢げな言葉も、不思議と嫌みに聞こえないのは、本人にも自慢という自覚がないからなのだろう。そのあたりが、きっと友人が多い理由に違いない。
そんな奏子が更に続けようとした所に、割り込むように言葉をかけたのは、ジャージの少女だった。
「いいから早く、報酬」
ミア・シュバルツバルトというその少女は、エミリオのクラスメイトである。手伝いの報酬を奏子から受け取ると、教室をそそくさと出て行こうと扉へ直進するが。
「ミアたんはせっかちだにゃあ」
奏子が指を鳴らした途端、教室の扉を封鎖し、人形たちがミアを取り囲む。人形たちは一体一体が50センチ程度なので、強硬突破しようと思えば出来そうなのだが、武装して魔術も射出可能となればそれも難しい。
結局そのまま、出口をふさいだ十数体の人形たちに担ぎあげられ、ミアは奏子の元へと戻されてしまう。エッサエッサとガリバー状態で運ばれたミアは、無表情な顔をややしかめて、奏子に詰め寄る。
「…私、帰ってやりたい事があるんだけど」
身長差がある上に無表情に近い顔で詰め寄られ、かなりのプレッシャーがあるはずなのだが、奏子は気にした様子もなく話を進める。
「まぁ焦らないでよ。…君らを呼び止めておいてって言われてたんだ」
言って、指指すのは教室の出口。
エミリオとミアがそちらを向くと、スワローテイルのエルフ。ウルズ担任教師リフィアー・アンシェンテがちょうど入ってきた所だった。
「…エミリオ。君、何かやらかした?」
「いやいや、それならミアさんは呼ばれないでしょ」
ミアの他人事な態度に思わず突っ込んだエミリオだったが、呼び出された相手がウルズクラスの担任ともなれば、自分の行動を振り返りもする。しかし、思いつくものはどれも、ウルズの担任が出てくる程のことでは無い気がして、結局エミリオたちは答えを見いだせないままリフィと向かいあう。
リフィは二人の顔を見て、それから話し始めた。
「君ら二人に協力してもらいたい事がある」
単刀直入に言って、リフィは説明を始める。
「明後日、召喚魔術の実習があるのは、君らの担任から説明を受けているな?」
そんな言葉から始まった説明によると、なにやら召喚魔術用の魔術式に揺らぎが生じているのだとか。魔術の揺らぎといえば、個人差やタイミングなどによる成功率や効力の差を指すのだが、リフィが示唆している問題は、その揺らぎが大きすぎるという事らしい。
精霊を召喚しようとした場合に、通常ならば、せいぜい物質化しかけている程度のランクまでしか出てこないものが、最悪の場合、属性精霊クラスのものを召喚してしまう場合があるということだ。言い換えれば、そよ風を吹かすつもりが嵐を呼んでしまうようなもの。ウルズクラスの召喚時に起きて、その時はそのまま続行したが、下位クラスでは流石に危険性を無視できないため、実際に召喚魔術を行使して魔術式の調律を行うという流れらしい。
ではなぜエミリオとミアなのかと言うと、魔術師の素質的にみて教師やウルズクラス生ではより高位、つまり被害が大きくなる可能性をもつものを召喚する場合が考えられるため、中間クラスから選抜し魔術の成功率等を鑑みた結果、白羽の矢が立ったのが二人だったということのようだ。そこまで聞いて、エミリオは開口一番、核心を突いた。
「つまり、僕たちはモルモットという訳ですね」
同時にミアも、同じような理解を示した。
「臨床実験には報酬が付き物ですね」
しかし、エミリオとミアの反応は両極端だった。
「望むなら支給金は出そう。使い魔の良し悪しは断言できないしな」
げんなりなエミリオに対し、ミアの方は表情をキリッとさせて言う。
「安全のために、わざわざリフィ先生が指揮を執るんですよね?」
そんなミアに、リフィが頷く。
「私がメインで、補助にミリアム先生が付く形になるな」
もしもの時は任せたまえ、とリフィ。
ミアが断りそうもなく、リフィの目線からも逃げられないエミリオはしぶしぶながらも頷いた。
「…わかりました。やります」




