《転機》1.使い魔の召喚
《転機》
学院最上部の円卓。
月明かりの中に集まるのは16の影たち。
この日も夜の帳に包まれた中、定例会議が開かれ、議題が流れていく。本日の注目議題は、リフィの提示した仮称・近衛トウヤなる魔術師についてのものだ。会議に参加する教師たちはその議題の順番を今か今かと待っており、その雰囲気はもちろんリフィにもひしひしと感じられた。
議題の順はすぐに回ってくる。
「では、次。サー・アンシェンテから説明をお願い致します」
進行役から告げられ、リフィはトウヤについての報告を述べ始めた。
「ウルズに引き入れた近衛トウヤについて、おおよその正体が判明したので報告したい」
遠足での出来事。使用した魔術、そしてその腕前。
事実を報告し、そこから得た確信を以て調査を行って、学院の持ちうる情報網から得られた近衛トウヤの正体は、神無家直系の中でも十数名に絞られた。その報告を聞いた魔術師たちの反応は、溜息、どよめき、無反応とバラバラだが、リフィに敵対的な者たちにとっては、リフィが失敗していない時点で面白くなかった。
「神無の内部までは流石に不明だが、神無の秘術を使う時点で本流に近しい人物である事に間違いはない。しかしなから、私の裁量を超える程の魔術師では無いこともまた事実であるため、少なくとも彼が記憶を取り戻すまで、引き続きウルズ生として扱う事を認めてもらいたい」
敵対者には反論を許さず、リフィは最高権力者へと直訴した。その言葉はもちろん学長代理に向けられており、学長代理は少し思案すると、こう言った。
「学ぶ意志ある者は拒まず受け入れよ、とかつて学長は言いました。その言葉は今でも生きている。であれば、彼に学びの意志ある限りにおいては、サー・アンシェンテの元に於いては学徒として扱う事を許可しましょう」
学長代理はさらにこう付け加え、言葉を終えた。
「但し、彼がウルズから落ちるような事があったり、学ぶ意志無しと判断されるようであれば、その時は再び侵入者として扱われるでしょう。その事を肝に銘じておくように」
学長代理の決定に思う所こそあれど、異議を唱える者はなく、トウヤの処遇は本人の預かり知らぬところで変化を迎えていた。ちょうどクラス間昇降格と、入れ替え戦が解禁される時期であり、トウヤにとっては向かい風にもなる。
会議が終わり、リフィも学長代理も席を外してから後。それぞれ私室に散っていく教師たちの幾人かは、リフィの学院内での政治力を削ぎ、鼻をあかす為の策略を練り始めていた。
「木霊の恥晒しめ、今に蹴落としてやる…」
即ち、近衛トウヤの籠絡、もしくは降格。或いは他の手段でも良い。
とにかく、勢力からの孤立以外に弱点の無いリフィを蹴落とすための足がかりとして、一部の者はトウヤに注目し始めたのだ。それは近衛トウヤの運命を加速させる多くの出来事の小さな発端であった。
***
遠足から3週間程たったとある日。
午後の演習が一風変わった内容になるとの告知を受けたウルズ生たちは、いつもの演習場ではなく、特殊教室群の内の一つに集まっていた。
「さて、この教室に入った諸君らは、今日の演習内容に気付いただろう」
その教室名は召喚魔術実習室。
用途はもちろん、召喚魔術と呼ばれる魔術を扱う事。
一般的に使い魔を召喚したり、降霊術をしたり、それらの練習をする教室であり、学院にこなれたこの時期に組まれているカリキュラムといえば、使い魔召喚であると言われるほど有名な授業である。ウルズクラスも例に漏れず、リフィの明かした目的はその通りの召喚魔術だった。
「今日は全員、使い魔を召喚してもらうぞ」
リフィが言うには、来週からクラス昇降格戦が解禁される。その前段階として全生徒に使い魔を召喚してもらい、召喚したモノによる強さの査定を行うのだ。昇降格戦はポイント制で、今までの成績と戦績、召喚されるモノの資質により、初期ポイントが決まるそうだ。召喚魔術は通常であれば高度な部類に入るが、この特別教室において教師の補助があるこのタイミングでは、実力以上に優秀な使い魔を召喚する事も可能で、召喚魔術授業の有名化の原因でもある。今後の昇降格戦を有利に進めたい者にとって、この実習はミスの許されない大事なのだ。
「私が順番に呼ぶから、それぞれ呼びたい使い魔を想像しておきたまえ」
使い魔は、召喚者の属性に大きく依存した性質のモノが呼ばれる。その呼びかけに答えたモノが召喚式を通じて現れるのだ。術者の性質に依存するとはいえ、個人のもつ因子は多岐に渡るため、欲しい使い魔がいるのなら想像しておけば呼べる可能性もあがると言われている。
「では一番手。レクレス」
呼ばれたレクレスが前に出る。
召喚式の中央に立ち決められた文言を詠唱し始めると、多様な紋をもつ魔術式が金色を纏う。過不足なくが原則の魔術において奇妙な事に、魔術式は所々光が灯されず、けれど魔術は完成へと向かっていく。
「さぁ、顕れろ!」
魔術を完唱しレクレスが叫んだ瞬間、金色の光が弾けて、レクレスの目の前に何者かが顕現する。
光が収まると、そこには宙に浮く真紅の金属球体があった。
『我が銘は“暁と変貌の魔剣”。強靭求めし汝の鉄を見極め、その心血を喰らう魔剣也』
ソレは表層を静かに波立たせ、レクレスに語りかける。
自らを魔剣と称し、尚かつ持ち主を喰らうとまで宣言したその物体に、レクレスは迷わず手を伸ばした。
「テメェが何者でも俺は喰われねえ!テメェは黙って俺に従え!」
獰猛な笑みで、支配者たらんと宣言する。
その手が触れた瞬間、“暁と変貌の魔剣”はその形を変え、レクレスの身長と同じだけの長さの長剣へと変化した。レクレスは魔剣をひと振りし、満足げにソレを掲げる。魔剣は液体金属であり固体でもあるらしく、長剣は常に波打ち波紋を纏っている。レクレスが腕を下げると魔剣もまた形を変え、大型の篭手に変わってレクレスの左腕に納まった。
「解ってはいたが、やはり君はブレないね」
リフィの感想に、レクレスは獰猛に笑う。
「こいつで俺はまだまだ強くなるぜ」
レクレスは使い勝手の面でもコストの面でもとんでもないモノを引き寄せたようだった。だが、レクレスであれば物怖じせず使いこなし、完全にモノにするだろう、と誰もが感じる光景でもあった。
「使い魔、とは言ったが、レクレスのように意思ある物体を召喚する場合もある。今回の魔剣を自称する刻魂礼装、いわゆるインテリジェントアイテムと呼ばれるような思考をする物は、あくまで礼装であり使い魔ほど自律しないが、礼装としては優秀な事が多い。それも一考に値する選択肢だろうね」
リフィは感想を述べた後、次の生徒を指名する。
「次は桜。君の番だ」
リフィに従い、桜が魔術式の中央に立つ。
桜が詠唱し、今度は魔術式が淡い桜色に染まった。召喚する魔術師によって魔力の質が違う事がみてとれるいい機会なのだろう。式が決められている魔術だからこそ、個人の力量や魔力の質、量がよく読み取れる。教師たちが実力テストとして使う、と言われる理由がよくわかる。
トウヤがそんな事を考えている間に、今度は幻影の枝垂れ柳が現れ、やがて魔術が収束する。刀が打ち合うような金属音とともに辺りを衝撃波が襲い、魔術が消え去ると、そこには冷気を伴った柳を人の身に無理矢理押し込めたような姿の精霊が居た。
「あ、貴方の名前を教えて?」
本能で恐怖を感じた桜は躊躇いながらも逃げる事なく、自らを手繰って現れた精霊へと語りかける。精霊はその言葉に視線を上げ、桜を見る。同時に桜は、言いしれぬ悪寒を抱いた。黒く虚のように見えたその目は暗く怨嗟に満ちており、決してそれは使い魔となる者の目では無かったのだ。
「aaaaaAAAAA!」
ノイズがかった怨みの声をあげ、節くれだった腕を振り上げて桜に襲いかかる。精霊ではなく怨霊の類であったそれは、桜に似通った部分を持ちながらも、名残りのある生を終えた後まで似た者を襲い続ける呪いを帯びていた。
呪われし魂の慟哭者。
凄まじい音声の呪いが桜に襲いかかる。
リフィはそれを黙って見ていた。
なぜなら、助ける必要が無かったからだ。
再び響くは鋼を打つ冷涼な音。
気が付けば、怨霊の爪を弾き桜を守るように立つ鎧武者が姿を現していた。
それは一見、伽藍堂の鎧だ。しかし、熟練さを醸す立ち回りで大太刀を華麗に捌き、流れるような柳霊を斬り伏せる。それは一瞬のことであり、影縫いのように刀を影に突き立てて、怨霊はその動きを封殺されていた。よくよく見れば、柳はその根っこを縫い留められて動けなくなり、伽藍堂の鎧は明らかに桜を守っている。
桜はその武者の声が聞こえた気がした。
『汝の剣の名を詠え』
桜はその声が示す名を正しく理解し、鎧武者へと声をかける。
「貴方の名は、春ノ宮兼定。剣にして鬼たる、魂が繋がる者」
顔の無い甲冑は声無く頷く。
そして、桜は兼定に縫い留められた怨霊へも声をかけた。
「貴女は名前を失い、拠り所なく彷徨うモノ。同時に私の鏡であり成れの果て、可能性の末路にもなり得るモノ。ここで出逢ったのも縁、私は貴女を受け入れる。その代わり、少しで良い。私に力を貸して」
怨霊は無言だったが、返事の代わりに逃れようと藻掻くのを止めて視線を桜に合わせる。その瞳は今や暗い虚ではなく、深淵を覗く理知の瞳へと立ち返っていた。
「近衛桜の名の元に、此処に新たなる契約を結ばん。汝ら春ノ宮兼定の霊、名を失いし柳の御霊に新たな名を与え、我が力となれ。新たなる名、伽藍鬼“心斬”、幻魔鬼“心淵”を受け入れるのなら、我が声に応えよ」
桜の契約の詠唱に鎧武者と怨霊が応え、契約は結ばれた。これで、存続のための魔力と存在の証明を得る代わりに、桜に力を貸す2体の鬼が桜の式神となったのだ。
契約が終わると、リフィが口を開く。
「桜、無事に契約できて何よりだ。皆も見ていた通り、召喚されるモノが安全であり友好的であるとは限らない。その事を忘れずに召喚にあたってくれたまえ。では次は…そうだな、フロウ、やってみろ」
呼ばれて召喚式の中央に立つフロウは、意気揚々と魔術を詠い始めた。
濃厚で深い緑色の光を糧に現れたのは、翼持つ銀色の生物。
「僕と契約して、使い魔になってよ!」
元気に話しかけるフロウに対して、銀色の生物はまじまじとフロウを見つめる。銀色の鱗、羽毛の翼に深緑の瞳は瞼がなく、身体は蛇だが角があり、体長は1メートル程と、サイズ感は可愛らしい。しかし、それは明らかに竜の姿をしており、コアトルと呼ばれるタイプの特徴を備えていた。
「ハッ!テメェがご主人様って面かぁ?使い魔になって欲しけりゃオイラを捕まえてみなっ!」
知恵あるヘビ、羽持つ蛇たるケツァルコアトルの末裔は、その身を翻して飛び去ってしまう。そして、蛇の挑発を受けたフロウもまた、アレを捕まえてきます、と息巻いて教室を飛び出ていった。




