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《敵対勢力》8.獰猛なる大蛇

トウヤたちと剣歯虎の戦いは、終盤に差し掛かっていた。

剣歯虎は瀕死。しかしながら、魔術に踊らされた獣の戦意は消えず、死に至る傷を負いながら、その牙と爪をトウヤたちに突き立てんと唸る。

対するトウヤたちは一撃離脱を徹底し、これまで一度も被弾無し。それでも一撃もらって総崩れとなる可能性はまだまだ高く、油断など出来そうも無い。

とはいえ、トウヤと虎がすれ違う度虎に傷が増え、戦いは刻一刻と進む。

やがて最後の一刀が虎の臓腑に至り、ようやく虎が沈黙した。

トウヤたちの、特にトウヤの精神的疲弊はかなりのものだった。

虎が息絶えた事がわかると、トウヤは膝から崩れ落ちる。荒い息を整える事もままならず、戦いの緊張でしばらく動けなかった。奏子もイグニスも、後方で支援に徹していたルインも、それぞれ虎を倒した安心感と緊張からの開放で気が抜けていた。

故に、辺りの戦闘音が消えている事に、誰も気付くことが出来なかった。

次の瞬間、音もなくゴーレムが膝を付き、倒れ伏す。

それに気付いたルインが、次に意識を刈り取られた。暗殺者が生徒たちを捕えるつもりが無かったら、ルインはここで死んでいただろう。額に一発の弾丸が命中し、昏睡の魔術となってルインを戦闘不能にしたのだ。

その次に、残ったゴーレム。

ここでイグニスが異常に気付くが、気付いた事により弾丸の餌食となり、奏子もまた注意喚起の声を上げかけて昏睡する。

トウヤはそれに気付くのが遅れた。皆が倒れた音と、奏子の出かけた言葉にようやく振り向いて、その光景を疑い、同じように弾丸で昏睡させられるはずだった。


けれど、トウヤの身体に眠る血がそれを許さない。


魔術師の血脈が、不甲斐ない精神を塗りつぶす。

飛来する弾丸を間一髪躱し、トウヤがゆっくりと立ち上がる。

脈動する。

心臓が跳ねて、ドロリとした血液でないナニカを循環させる。

世界は赤く染まり、トウヤは弾丸の主を見定めた。空間が歪み現実に滲み出た影の如き暗殺者。その赤い瞳とトウヤの目線が交錯する。

「…たかが生徒の身で、僕の姿を捉える者がいたとは驚きなのです」

隠蔽を解いた兎の暗殺者は銃をトウヤに向けたまま、警戒を露わにする。

「リフィ先生はどうした?」

トウヤの問いに、暗殺者は答えない。

だが、その姿を見れば答えは明白だった。

全身血塗れで、目立った傷の無い暗殺者。酸化して黒くなった返り血が、既に時間が経ってしまった事を示している。

循環する泥が、熱を帯びる。

激怒が恐怖を塗りつぶし、赤い視界がさらなる紅へ鮮やかに変わる。変質する。

“他ナル魔ヲ殺セ”

泥は叫びを上げている。

飲み込まれまいと思う気持ちは、泥に溺れないように縋るには足りない。

トウヤの纏う魔力が、完全に切り替わった瞬間。

「《嘆き叫ぶ濁刀(ゴウマシキ)》」

詠唱と共に斬りかかる。

刀を振るにつれて、刀が魔術に染まる。赤黒く染まる刃は兎に迫り、兎はそれをバックステップで躱す。

「その力は神無家の…!なるほど、生徒に非ざる実力も納得なのです!」

言葉の驚きとは裏腹に、暗殺者は弾丸を放って後退する。三発の弾丸は魔術を帯び、金色の兎が宙を駆けた。

「逃がすか!」

トウヤは弾丸の軌跡を予知したように躱し、前進しながら切って捨てる。およそ人間離れした動きで回避してみせたトウヤに、暗殺者はさらなる魔術を放つが、トウヤは止まらないどころか躊躇すら見せなかった。

「っ、《野を埋める幻想群(ミラージュ・タイド)》」

散弾銃の如く飛び散る魔弾。数十の兎となりし弾丸がトウヤに向けて走り出す。斬って、躱して、魔術を詠い、属性纏いて蹴り飛ばし、ありとあらゆる方向からの攻撃を見切って、トウヤは前に進む。全ての弾丸の軌跡が、籠められた思考が視える気がした。赤黒い刀が魔術を斬る度に、それは精度を上げていく。

飢えていく。

魔術を喰らい、前に進む毎に。

赤い視界は獲物を捉え、如何に刃を突き立てるのかを考えて止まない。

“あぁ、喰いたい!”

それは、誰の思考なのか。

最早目的など二の次で、敵を倒し喰らう事がトウヤを支配する。

恐るべき正確さで迫るトウヤに、暗殺者はけれど冷静さを失う事は無かった。

「《鏡月の光幻(ルナティック・ミラー)》」

背後に召喚した鏡へ飛び込み3人に分身すると、暗殺者の銃が再び吠える。

銃弾はトウヤに斬られ、躱されるのが予想出来ていたため、暗殺者は続けざまに魔術を詠うが、異変はそこで起きた。

「っ、結界が解かれたのですか」

戦域全体を覆う暗殺者だけのための超強化結界。

それが弾けて消滅し、兎の身体ががくりと速度を落とす。

そして、それが致命的な隙となった。

それは目の前の警戒対象からではなく、遥か天高くから飛来する。


「《渇き焦がす焔の魔剣(クラウ・ソラス・イフ)》」


竜の焔を纏いし魔剣。

それが幾百幾千と雨のように降り注ぐ。

結界全域であった場所全てに、唯一人の魔術師を屠るための魔術が落とされる。

味方だけには当たらないよう制御された、神話の別側面を顕した聖剣の成れの果て。

まず暗殺者の分身が貫かれ、二人目の分身も消え、最期に残った本人が一本、また一本とその身体に突き立てられていく。膨大な熱量を持つ刃は傷口から血を流させる事はなく、代わりに傷口を焼かれ臓腑を焦がされる苦悶の叫びを上げさせる。細身の魔剣は数本で絶命する事叶わず、叫びも途切れない。魔剣が二十を超えたあたりで、暗殺者はようやく死の安寧を与えられ、沈黙した。

一面は剣の原。

昏い光を放つ魔剣がところ狭しと生え並び、砕かれた岩場には見る影もない。

気付けばトウヤの魔術も消え失せて、トウヤは辺りの光景、起きた事態をすぐさま理解できずに立ち尽くす。しかし、それもすぐに終わった。

「トウヤ、無事か?」

声の方を見上げると、上空からリフィが降りてくる。

その姿はボロボロであり、衣服は穴だらけで血塗れ。背中には竜の翼を携えていたが、地に降り立った次の瞬間にはかき消えていた。いつもの余裕そうな表情は無く、まだ辺りを警戒しているようで、しきりに辺りを見回している。

「周囲に敵は無し。他の皆は…魔術による昏睡か。レクレスは反応が弱いが…、フェイトに任せるか」

魔術で様子を探っていたのか、リフィは独り呟き、そして安心したのか肩の力を抜いてレイピアを納刀した。

「リフィ先生、無事で良かった…」

トウヤの安堵の声に、リフィはいつものニヤリとした笑みを返す。

「まだ生徒に心配されるほど落ちぶれちゃいないぞ?」


     ***


その後は今度こそ何事もなく、最終目的地である湖へと到着した。

本来であればそのままキャンプをして、翌朝に転移ゲートから学院へ帰還する予定だったのだが、今回はイレギュラーが大きく、夕刻には学院へと戻る事になっていた。転移ゲートは大規模輸送をするのに時間がかかるという理由から、準備が整うまでの間が束の間の休息時間となっており、ウルズクラスはめいめい残された時間を有意義に過ごしている。

そんな中、トウヤは教師用ログハウスにてリフィと向き合っていた。

「正直に話して欲しいのだが、君が暗殺者と接触してから私が現れるまで何があった?」

シスター・フェイトも同席する中、トウヤは思い出せる限り正確に起きた事を話しだす。

剣歯虎との死闘が終わった所から始めて、魔術弾丸が飛んできた事、それを躱した事、それから自身が切り替わった事。魔術を受けたり、危険が迫ったり、集中したりすると起きていたスイッチが入るようなこの感覚が、暗殺者との戦いを経て完全に違和感が無くなった事。破滅的で貪欲なその在り方を良しとした訳でも受け入れた訳でもないが、その感覚のおかげで暗殺者とも渡り合えた事。元々リフィに相談してみようと思っていた《嘆き叫ぶ濁刀(ゴウマシキ)》の事。トウヤは全てをつまびらかにした。

全てを聞き終えて、リフィは思案する。

今ではトウヤは、この一連の力と魔術は記憶を失う前の魔術師としての力であり、血の力に大きく依存するものだと直感しており、やがて口を開いたリフィの告げた答えはそれと同じものだった。

「君はやはり神無の直系の魔術師だろう。君の魔術は間違いなく神無家の者だけが使いこなすと言われているモノだよ」

そう言うと、リフィは私の識る事だけであれば教えよう、と言葉を続ける。

「君のその《嘆き叫ぶ濁刀(ゴウマシキ)》と呼ばれる魔術は、触れた対象の魔力を奪う魔術だと言われている。もっとも、そう言われているだけで、その意味、真髄を完全に識っているのは君ら神無家の直系だけだがね」

他の魔術師が識る事ができるのは、あくまで表層に表れた効果だけであり、その意志や意図は推測する事しかできない。その過程こそが、神秘であり秘術なのだから。

リフィ曰く。

嘆き叫ぶ濁刀(ゴウマシキ)》は神無家が代々受け継ぐ魔術の1つで、それは四のうちの一だ。隷属を司るとされるそれの他に、生命力を司る《咲き乱れる脈命(カツリョクシキ)》、静謐を司る《荒れ喰らう言霊(セイジャクシキ)》、そして衰退を司る《朽ち爛れる心骨(ホウギョシキ)》が存在する。それぞれが分家を表しているとも言われ、脈命を春ノ宮家、静謐を光月(みつき)家、衰退を近衛家、隷属を本家である神無が継承しているそうだ。

学院の記録に依れば、歴代の神無家当主必ずはそれら全てを修得した魔術師で、一度戦闘を行えば相手の魔術を打ち消し、魔力を奪い、全てを朽ち果てさせる上に、鬼と化す程の魔術師だった。万が一傷を負ったところで、強力な回復魔術を使いたちまちに全快してしまったといい、暗殺なり抗争なりで命を落とした者は未だに居ないそうだ。

「それらの魔術は、間違いなく神無の秘術だ。それを扱える君はやはり自力で学院に侵入したに違いなく、少なくともクロック家の賢兎(レプサージュ)と戦える程度の実力は持っているんだ」

記憶が戻らないにせよ、改めて君の身柄は学院側で押さえておく必要があるのは判った訳だ、とリフィは締めくくる。

「俺は拘束されるんですか?」

記憶がいつ戻るとも限らない侵入者が、実力のある魔術師であると判明し、その身が生徒であるために自由になっているのであれば、それは学院としても好ましく無いだろう。ならば、トウヤの身は拘束ないしは軟禁されてもおかしくはない。

だが、学院での身元引受人たるリフィはこう言った。

「私の目の届く範疇にいる限りは、君を捕える必要はないよ」

君はまだ生徒であり、世界樹の加護を受けた私を超える実力者ではない。記憶が戻ったとて、世界樹に阻まれる程度の魔術師であるのなら、私が全てを抑える事ができる。

トウヤを抑え、事態をコントロールする事が可能だと、リフィは言った。

故に、生徒の資格を剥奪してまで監視下に置く事はない、とも。

「なに、学院に居るべき者は、然るべくそうなるものさ」

定めを持つ者は、その身を運命が導くものなのだ。リフィの言葉を素直に受け入れられないトウヤは、思わず疑問を口にする。

「そう、でしょうか…?」

「学院一の教師が言うんだ、間違いないさ」

それを軽く流すリフィの言葉は、トウヤに何故か強い印象を残した。


「君が学院に反逆でもしない限りは、ね」


学院一の教師。

学院内最強の魔術師。

木霊(エルフ)でありながら、翼膜を携える魔術師。

いつも通りニヤリと笑うリフィアー・アンシェンテの瞳からは、トウヤは何の感情も読み取る事が出来なかった。




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