《敵対勢力》7.炎の中で
一方、リフィと暗殺者は最初の岩場を大きく離れた位置で戦闘を続けていた。
両者ともが岩と岩、その先端を跳ねながら魔術を詠い、外れた魔術が岩を砕いて塵に変える。魔術が飛び交う光景はある意味美しくもあり、同時に熾烈さを大いに表すものでのあった。
「生茂るは我が怒り、我が意志、這い寄り穿て。《棘茨の剣舞》」
リフィの魔術により生える茨の群れ。地より這い出たるしなやかな凶器は、意志持つ蛇の如く兎を追い詰める。リフィのふるうレイピアの動きに合わせて暗殺者を追う茨は、次々と岩場を粉々にしながらのたうち回るが、素早い上に的が小さく当たらない。6本の唸る剣を躱し、追従をいなし、その合間を縫って暗殺者もまた詠う。
「幻想、幻惑、混沌の影、揺らぎ映したるは《鏡月の光幻》」
詠唱とともに景色が歪む。宙に揺らぎ顕れた三面鏡。そこに飛び込んだ暗殺者が分身し、茨の剣はそれぞれ一人の暗殺者に伐採され、リフィは損害を免れた6人の暗殺者と対峙する。並の魔術師相手ならば無詠唱であるリフィの略式詠唱を引き出せる程の暗殺者は、隙も情報も与えない。
「標的は私か?」
リフィは軽い口調で問うが、効果は無さそうに見えた。暗殺者は否定も肯定もせずに、代わりにこう返す。
「野山、人里、世界までをも喰らえ、《暴食の群兎》」
多重詠唱からの弾幕。魔導砲撃銃から放たれた金色の兎が雨となり、その口がリフィを囓り取らんと殺到する。六重奏の嵐はリフィを包み込んだが、その包囲網は魔術によって凌がれる。
「遍く輝き、弱者の凶刃を退けよ。《竜紋の加護》」
兎の捕食は、竜鱗には傷を付けられない。
絶対強者の理論武装により重奏魔術は完全に防がれて、次はリフィが魔術を落とす番だ。だが、防がれるのは相手も承知。なればそれをねじ伏せて勝利を掴むまで。
金色の嵐の中で、リフィは高らかに詠う。
兎には狩人を。必ず当たる弾丸を。数多あるリフィの習得魔術から引き出されたそれは、リフィの扱う魔術の中でも格段に魔力を喰らい、確実に成果を上げてきたとっておきだ。
「我示すは栄光の神話。揺らめく炎を携えて、汝の光遮る者を焼き祓え、《たなびく焔の聖剣》」
炎と聖別の属性を持つ聖剣の再現。
元々はリフィに適性の少ない魔術であり、消費魔力は甚大。しかしながら、それを補ってあまりある効果と火力は魅力的で、リフィが好んで使う魔術の1つだ。放てば必ず当たる焔を纏った音速の聖剣。あまりの速さと熱量に、揺らぎ、たなびく陽炎を纏うためにそう呼ばれる神話の模写。
その輝く聖剣が、暗殺者の数だけ創造される。
魔術で造られた模造品だが、それでも魔術師を屠る程度には十分な刃だ。
準備は万端。
勝利を確信する瞬間は近い。
嵐はが途切れたその瞬間、自動で敵を貫く聖剣が、リフィの号令とともに飛び出していく。
そして、その矛先に居たのは、もはや魔術師では無かった。
「獣よ、獣よ、今こそ励起せよ、《咆哮する幻魔獣》」
魔術による武装。
金色の毛皮、肥大化した一本角、硬質化した皮膚の鎧。
魔獣アルミラージの特徴を携えるように変化した暗殺者たち、その真っ赤な瞳がリフィを捉える。
竜種の力を降ろす魔術により変質した魔術師。角もつ兎の魔獣をその身に宿した6匹が、それぞれ銃とナイフを構えたまま声を揃えた。
「貴女はここで必ず殺す」
その声と、暗殺者が視界から消えたのは同時だった。
必殺を確信したリフィに対して、暗殺者の必殺の魔術が先を越したのだ。魔術で強化されたリフィの視認を上回る速度で容易く聖剣を回避し、暗殺者は空を蹴って空を駆ける。追尾する聖剣を尻目に駆け回り、やがて一匹、二匹とリフィ目がけて飛び込んで、その華奢な身体にナイフが突き立てられる。一本、二本。腹、背中、太腿、利き腕、首筋。致命傷こそなんとか躱したが、リフィの顔が驚きに染まる。だが兎たちは止まらない。開かれた腹部に魔術弾丸が撃ち込まれ、トドメに最後の一匹が体当たりで禍々しい角を突き立てた。
「自らの傲慢さに焼かれて死ね」
リフィの放った聖剣は分身を貫き、そして術者までもを貫いた。
消えない焔がリフィを包み、暗殺者は無言でそれを眺めていた。
***
あと5分。
剣を振るい、殴りつけ、切り裂かれ、噛みつかれ、締め上げる中で、レクレスは内心で己のタイムリミットを数える。
魔術が切れた時が、レクレスが負け、死ぬ時だ。
《獅子唯心牙》はレクレスが改良中の魔術であり、現在のレクレスの最大最高の魔術である。レクレスが使える魔術は少ない。属性付加と身体強化の二種類だけだ。だから、レクレスは一つを磨き続けている。
身体強化系の魔術たるノマドは、一人が全てを為すための近接戦闘専用魔術だ。筋力を底上げし、身体を硬化させ、神経伝達を高速化し、身体のリミッターを外させて、スペック以上を絞り出すように調整している。魔術の身体への反動を考えていないどころか、リソースを使い果たした時の事すら考えておらず、安全装置回路すら無い。この魔術を限界まで行使すれば、魔力切れは元より、過負荷による筋繊維の断裂、一時的な神経麻痺を引き起こす。場合によっては、筋繊維損傷による心停止や呼吸不能もあり得る。
鋭敏になった聴覚のせいか、心音と呼吸音が五月蝿い。
今もまた、筋繊維が切れる音がした。
レクレスも満身創痍だが剣歯虎も無傷ではなく、両の牙のうち一本はすでに砕け、もう一本も折れかけている。身体は斬撃で血塗れ、絞め技や殴打で体力もだいぶ削った筈だ。互いに荒い息を吐き、血反吐を吐きながら、命を削り合っている。未だ削るだけの体力があるのだ。
まだ足りない。
殴る。噛みつかれる。蹴り倒す。剣を振るう。
レクレスは咆哮した。
痛みなどとうの昔に置いてきた。
拳は血だらけで、四肢は感覚が薄くなりつつある。
それでも止まれない。
止まる気などさらさら無い。
拳を、脚を、剣を突き出し、命を削る。
考える事はやめない。
どうしたら殺せるか、どうやったら効率よくダメージを与えられるか。
考えて、考えて、考えて、攻撃の手を止めない。
あと4分。
「行くぞオラァ!」
大上段からの兜割り。
見え透いた一撃はもちろんブラフで、隙と見た虎が飛びかかるのを迎撃する。地面に切っ先の埋まるクレイモアを手放し、身体を沈める。飛びかかる虎の身体に潜り込み、その腹めがけて拳を突き入れる。
決定打を、確信する。
「へっ!筋肉が足りてねぇんじゃね?」
内臓を叩きのめす拳は筋肉の鎧を容易く突破。腹に大きくめり込み、虎の中で何かが弾けた。そのまま担ぐように投げ技につなぎ、剣歯虎の身体を尖った岩へと叩きつける。痛みに満ちた雄叫びを上げ、剣歯虎は身体を地面に投げ出した。
あと、3分。
視界が赤く染まっている。
頭から出血したのが、目に入ったらしい。
だが、今はどうでもいい事だ。
起き上がろうとする剣歯虎の不屈の眼をみて、レクレスはクレイモアを取り上げる。
剣は重く、腕の筋肉が壊れているが、なんとか大上段に構える。
「あばよ、強者」
切っ先はブレたが、重量に任せた一撃が虎の首を断つ。
凄まじい血飛沫を浴びながら、レクレスは両膝をついた。
あと、2分。
活動限界直前で魔術を切り替える。自己崩壊による筋肉のズタズタ具合は切羽詰まる状態ではあったが、通常の身体強化がなんとかレクレスを動かす。剣を杖にして立ち上がると、レクレスは周囲を確認した。
敵の姿も仲間の姿も見えないが、少し離れた場所から戦闘音が聞こえる。
やや考えて、レクレスは呟く。
「…加勢はムリだ、な、」
言葉が消えるより早く、レクレスの身体は後ろに倒れ込んだ。
魔力も限界であり、通常の身体強化すらままならない。
(あぁ、俺は弱い…!こんなんじゃ足りねぇ!アイツになんて到底届かねぇ!)
心の叫びを声にすら出来ず、レクレスは無念を抱えたまま戦線離脱となった。
***
「さて、こちらは片付きましたが…」
レクレスが離れ、トウヤたちが離れた後、フェイトは剣歯虎を難なく倒していた。生徒たちが心配ではあるものの、後の行動を考えると単独である方が動きやすい。剣歯虎程度ならば、トウヤたちもレクレスも死ぬまでには至らない筈だ。
先の戦闘までに使用した触媒は2回分。あと1回分の聖灰を残している。礼装は銀のナイフ一本のみ。あとは治療用の魔術薬と、精神力を高める魔術薬がいくらかあるだけだ。正直、生徒を完全に守るには物足りないし、相手が予想以上に強力な魔術師だったのも痛い。
「…でも、泣き言は言っていられませんね」
独り呟いてから、フェイトは思考を切り替えて、広域魔力偏差を探る魔術を詠う。魔術が発動するとともに、フェイトの視界が魔力を示す炎に包まれた。
リフィは交戦中。巨大な炎から派手な魔力の動きを感じる。敵の魔力がかなり見えづらいのは、暗殺者ゆえに隠密に長けているためだろう。レクレスの魔力は騒がしくも力強い。このまま行けば勝てるだろう。少し離れた位置のトウヤたちも善戦しているように感じる。異常らしい異常は、戦域全体には散りばめられた炎。その正体は敵方に張られた結界魔術であり、込められた効果は不明だが、想像するにその意図は学院からの監視妨害と術者の強化だろう。
いかに魔術師殺しのクロック家と言えど、学院の加護を持つリフィを倒すのは困難を極める筈だ。そもそも蛇の生命力は侮れない。ならば、リフィを殺し切る準備を暗殺者が怠っている訳はなく、対抗される可能性の高い弱体化よりは精度の高い強化を採用した方が適切だと判断した結果が、周囲を覆う結界魔術なのだろう。
フェイトの今の装備では、クロック家の暗殺者相手には心許ない。そう判断したフェイトは、暗殺者の方はリフィに任せて結界の解除に専念する事にした。
結界はいくつかの要石によって維持されている筈だ。魔力の炎から推測すると、結界は中心から拡がっているワケではなく、寧ろ外周から内に伸びているように見えた。管理が容易い代わりに解除されやすい1点集中構造にするよりも、手間はかかるが破られにくい分散型の利点を重視したのだろう。
岩場を跳び、結界の外周へと近づくにつれて、魔力を示す炎が勢いを増している。フェイトは自身の推測が正しかっと確信して、魔力の大元へと進んでいく。
「あった。要石はこれね」
岩場の隙間に隠された要石は、角持つ兎姿を象った彫像だった。人の頭程の大きさのそれは、淡い金色の光を帯びて魔力を燃やし続けている。こんな巨大な結界を維持し続けているのだ、籠められた魔力は相当な量だろう。加えて、要石は複数あり、それぞれ相互補完かつ連携するように魔術式を組まれているように見える。詳しく解析してみると、要石は全部で9つあり、全てを同時に壊す必要があるようだった。
手元に残っている聖灰を取り出し、小瓶から9等分だけ手のひらに落とすと、フェイトは魔術を詠唱し始める。
「炎よ、逆巻く炎よ。我が呼び声を聞き届け、その力を示せ。聖なる灰の導きに依りて、我が障害を焼き払え。されど時は熟せず。九の同胞揃いし刻限にて、大火の輝きを示すべし」
強い魔術には、強い魔術を。
無詠唱でも行使できる魔術ではあるが、今のフェイトの装備と礼装では威力が足りない可能性がある。確実性を求め、フェイトは詠唱を省略せず、灰を振りまいた。灰に染み込んだ魔力は魔術を以て擬似精霊と化し、フェイトに傅いて待機する。
あと8つ。
外周沿いに次の彫像へと、岩場を駆け抜ける。
時間が経てば経つほど、リフィも生徒たちも消耗する。急がなければ。
「炎よ」
あと7つ。
同胞たちは遠く、今は様子がわからない。
「「炎よ」」
あと5つ。
今もまだ戦い続ける姿を信用して、駆ける。
「「「「炎よ」」」」
あと1つ。
魔力の消費が激しいが、フェイトは止まらない。
最後に対峙した兎の像を前に、フェイトは最後の灰を振りまく。
「炎よ、逆巻く炎よ。我が呼び声を聞き届け、その力を示せ。聖なる灰の導きに依りて、我が障害を焼き払え。今こそ時は来たれり。その秘められし炎を解き放ち、我が意を示せ」
聖なる灰が、輝いた。
「《聖灰の洛炎》」
閉じられた詠唱と共に聖灰は燃え上がり、炎の群れとなって兎像を包み込む。噛みつき、食いちぎるように像を燃やしていく様は、まるで捕食のようだった。像を食い荒らすのに時間はかからず、最後の像が砕け散った瞬間、結界もまた消滅した。
「結界破壊、完了ですね」
フェイトは呟くと、結界の中心へと駆けだした。
生徒たちの無事を確認しなければ。
フェイトの推測が正しければ、トウヤたちもレクレスも剣歯虎を倒し終えているはずだ。暗殺者はリフィが倒してくれるので、フェイトが次に優先すべきは生徒たちの安全だ。
「皆さん、無事でいると良いのですが…」
岩場を跳び、猛スピードで中心へ向かう。
そこには、リフィの勝利を信じて疑わないフェイトがいた。




