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《敵対勢力》6.兎の暗殺者

「目的地が見えますね。皆さん、あと少しですよ」

フェイトが言う通り遠くの方には湖が見えており、湖畔にはいくつかの屋根も見えた。もう既に着いている班もいるかもしれない。陽は高く昇った後で高度を下げ始め、尖った岩場に多くの影が落ちている。日陰には岩ウサギたちが隠れており、影の中の赤い目が時折動くのがわかった。

しかし、やたらと数が多い気がする。

「ウサギだらけだな」

トウヤのつぶやきを、レクレスが拾う。

「この辺じゃ食物連鎖の底辺だろ。数が多いのは当たり前だぜ?」

「それにしても数が多くないか?」

気になって改めて見回して見ると、辺りの岩場にひしめくように岩ウサギが集まってこちらを見ている。そうしている間にも岩ウサギたちは他所から陰に集まってきて、その数を増やしていく。その真っ赤な瞳が数え切れない程にこちらを射抜き、何かがおかしいと感じた瞬間、それは始まった。

一羽の岩ウサギが陰から飛び出して、ゴーレムに駆け寄る。それは止まる事なく近寄って、思い切りゴーレムの腰へと激突した。

「なん、だ?」

岩ウサギは首を折ってビクビクと痙攣している。温厚であるはずの岩ウサギは、狂って自殺をしたかのように見えたが、それが間違いだったとわかるのはすぐ後の事だ。

「おい、次が来るぞ!」

誰かの声を皮切りに、岩ウサギたちは狂った群れとなって殺到し始める。陰から飛び出る塊はどれも狂っており、一心不乱に獲物に突進した。ゴーレムこそ傷つけられない岩ウサギだが、その表皮はまさしく岩であり、子供大の岩塊がぶつかってきて無事でいられる人間はいない。岩場の合間に逃げ場などなく、全方位からの落石じみた襲撃に、トウヤは死を感じる。

だが、トウヤがそう思った瞬間、前方が灰色に染まる。

「《輝く灰域(ルミナス・フォート)》」

振り撒かれた灰と、それを用いたシスター・フェイトの魔術だった。この場の全員を守るように輝く粒子の壁が周囲を包み、狂った群れは何もわからぬままに壁に激突し絶命していく。見ていて気持ちの良い光景では無かったが、それ以上に守られる安心感があった。突如として起きたこの集団自殺的な襲撃の原因は不明だが、自然現象によるものだとは到底思えない。

兎の襲撃も収まらぬうちにリフィが呟いた言葉は、それを確証付けるものだった。

「次は剣歯虎が3頭か。ますます怪しいな」

岩場を飛び越えて巨大な虎が現れる。その牙は名前の示す通り鋭い剣のようで、噛みつかれればひとたまりもないだろう。それが3頭。巨体をしなやかに動かし、威嚇し、悠々とトウヤたちを観察しつつ、剣歯虎たちはフェイトの魔術が消えるのを待っている。野生ではあり得ない統率された動きに、リフィは確信を以て魔術を放った。

「…いい加減、出てきてはどうかな、襲撃者よ?」

リフィの呼びかけと共に、風の魔弾が岩場の陰を射抜く。魔弾は陰に吸い込まれ、岩を吹き飛ばす代わりに陰を祓い、そこから一つの影が滲み出た。

「流石は学院一の魔術師と名高いのですね、リフィアー・アンシェンテ」

陰を纏って潜んでいたのは、少年とも少女ともとれる声をしたウサギ耳の子供であった。いや、正確には子供大の体格であり、子供かどうかは判別つかないというのが正しい。何故なら目の前のウサギ耳は賢兎(レプサージュ)族と呼ばれる、体格の小さな種族なのだ。賢兎(レプサージュ)は魔術適性が高く、俊敏で、手先が器用な事で有名な種族であり、それ故に対魔術師専門の暗殺者としても有名だ。

リフィはその出自に心当たりがあった。

「今度は大枚を叩いたものだ。貴様はクロック家の魔術師だろう?」

魔術師の殺害を生業とする異端の魔術大家クロック家。

賢兎(レプサージュ)のみで構成された暗殺者軍団とも呼称されるその家は、同じ魔術師を殺すために特化した魔術師集団だ。隠蔽や隠密に長け、その上で魔術師としても実力者揃い。どんな手段でも厭わず、標的を必ず殺すと言われている。

全身黒ずくめで口元まで布で隠す賢兎(レプサージュ)は何も言わない。そのまま腰に下げた魔導砲撃銃とナイフを構え、魔術で以て答えとした。

「《野を駆ける幻想(ミラージュ・ラビッツ)》」

金色のウサギが魔弾となって放たれる。十数羽の兎の狂走は瞬く間に壁に到達し、しかし岩ウサギとは違って、金色のウサギは爆散。灰の壁は吹き飛ばされ、それを待っていた剣歯虎が跳び、リフィが叫んでいた。

「全員、戦闘態勢!」

同時にリフィは飛び出してレイピアを振るう。応戦する暗殺者は銃とナイフを用いてリフィの攻撃をいなし、両者は魔術を奏でる。

「《大地砕く呪根の棘(ダガー・スパイク)》」

「《写し取る幻想(ミラード・ミラージュ)》」

ほぼ同時に詠われた魔術が、それぞれ木の根を召喚し、多数の鏡を召喚した。木の根は鏡もろとも暗殺者を刺し穿たんと迫り、暗殺者は鏡に映った自身を分身として木の根にぶつけ、威力を相殺する。岩場が崩れ、割れずに残る鏡が数枚。岩場に立つのは十数体の分身を従えた暗殺者。気付けば辺り一帯を囲う結界が張られており、暗殺者は逃走を許しはしなさそうだ。

「流石に一筋縄ではいかないようだね」

舌打ちとともに吐かれたリフィの言葉に、暗殺者は何も返さなかった。

ここから先、魔術師たちの戦闘は激化していくこととなる。


     ***


リフィが飛び出して、残されたトウヤたちへと剣歯虎が迫っていた。

前面にフェイトが立ち、後方にゴーレムを立たせ、トウヤたちがその間を埋めるように円を組む。

「皆さん、死なない事だけ考えて下さい」

フェイトの言葉に、改めて目の前の出来事が異常事態なのだと認識させられる。

剣歯虎たちは自慢の剣をガチガチとならし、威嚇しながら隙を覗う。緊迫する包囲網の中で最初に動いたのは、虎の方ではなく獅子だった。

「行くぜ、デカブツ!《獅子唯心牙(ブラック・ノマド)》!」

全身に強化をかけた狂戦士が、剣歯虎の一頭へと襲いかかる。筋力と耐久力と敏捷性。持久戦を考慮しない魔術を以て一時的に剣歯虎と同等の力を得たレクレス、その凄まじいクレイモアの一撃により包囲網が緩んだ。

「《包み込む黄金の森(ウィンドオブゴールド)》」

その機を逃さずルインの全体強化が発動し、フェイトが銀のナイフを振るう。剣歯虎の牙を刈り取る銀の剣閃、狂戦士の力任せの一撃、トウヤたちの即席の連携で虎たちの包囲は完全に途切れ、それぞれの戦いへと細分化していった。

獅子と虎は互いの剣と爪と牙を突き立てて相手を殺さんと死闘を繰り広げ、フェイトは魔術とナイフの応酬にて虎を駆り立て、そしてトウヤたちは寄せ集めの連携による波状攻撃で、虎の猛攻をなんとか凌いでいく。

爪と剣、そして巨体そのもの。3メートルを超える巨体は、動くだけで凶器となる。それに加えて俊敏性もあり、一瞬が緊張の連続だ。

「《旋風の魔弾(ショット・エア)》」

奏子へと振り返った剣歯虎、その土手っ腹めがけてトウヤが魔弾を打ち込む。

その毛皮はルフ鳥や岩ウサギを獲物としているだけあって柔軟かつ分厚い。風の魔弾でのダメージはほとんど期待出来ないが、殴られる程度の痛みは与えられるらしく、牽制にはちょうど良かった。

剣歯虎がトウヤに向き直る頃には次の攻撃が準備されており、今度はイグニスが土塊から創り出した刃を投擲した。岩場から抽出された酸化鉄の刃片はイグニスの魔術を帯び、土属性と速度上昇を伴って剣歯虎の関節や目を狙う。同時に奏子の操る人形が3体、ナイフやランスをもって飛び跳ねて、剣歯虎の表皮を攻撃するが、虎が身を震わせると、それらは全て弾かれてしまう。

ルインの猟犬であればダメージも与えられるのだろうが、ルインの全体強化がなければ苦しいのは間違い無い。ゴーレムとともに後方から支援をかけ続けてもらうのが良い筈だ。

トウヤの魔弾が再び腹部を殴りつけ、剣歯虎は唸りを上げる。錆びた刃が飛ぶが、剣歯虎は今度はそれを意に返さず、トウヤへと標的を定める。

「来るなら、来い!」

刀を構え直し、睨む。直後に飛びかかってきた虎を見据え、その巨体より前に活路無しと判断するや否や、トウヤはその懐へと踏み込んだ。思い切りと恐怖と直感と。腕の気の向くままに撫でるように刀を滑らせ、虎の脇を切り裂く。幸い表皮が薄い場所だったらしく、初めて剣歯虎にまともにダメージが入った。決死の訥貫に成功してようやく冷や汗が出る。五体満足に早鐘が応えている。すぐさま距離をとり体勢を立て直すと、剣歯虎は脇から血を流し、威嚇のために牙を向いた。

「二人とも、援護頼んだ!」

標的は完全にトウヤに向いた。

それを理解して、トウヤは駆け出す。ルインの魔術のおかげで身体は軽い。

剣歯虎は迫るトウヤを見て四肢を縮め、バネが開放されるが如く跳びかかった。首を振り、剣歯の鋭い刃がトウヤを切り裂かんと煌めくのを、トウヤは大きく跳躍して飛び越える。すれ違う瞬間、刀の切っ先を虎の背に落とすも、与えた傷は浅い。

着地後すぐに視界の後ろに回り込むように接近し、後足を斬りつけ、駆け抜ける。背後に風の魔弾を放って追撃を断ち切らんとするが、剣歯虎は怯まずにトウヤの背中に飛びかかった。だが、虎の牙はトウヤを捕らえられない。奏子の人形達による槍の一撃を複数もらって、狙いを外したからだ。

こんな攻防をあと何回続ければ、剣歯虎を倒せるのか。

剣歯虎の傷は多数なれど、まだまだ健在に見えた。

「なんて頑丈さだ…」

冷や汗と、乱れた呼吸。

トウヤが悪態をつくように、剣歯虎もまた、獲物を狩れない事に苛立っているように見える。

ジリ貧だ、とトウヤは感じていた。それを見ている奏子もイグニスも同じだろう。こちらからの決定打はなく、ギリギリの回避と牽制程度にしかならない攻撃。対して、傷は負いこそすれ、無尽蔵にも見える体力をもつ剣歯虎は、攻撃が一撃当たりさえすればそれで終わりだ。

明らかに勝機は薄い。

それでも、トウヤは再び刀を構えた。

「もう一度行くぞ」

自分の身を守れるのは自分だけだ。

狩る者と狩られる者の攻防は続く。

死が間近に迫る状況で、トウヤたちはその危機を自力で乗り切る他無かった。


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