《敵対勢力》2.リフィの実力
リフィの言葉に会話が途切れ、しばらく無言が続いていたが、まだまだ荒野には起伏もなく、岩山が見えるのはもう少し後になりそうだった。
そんな折、先頭のトウヤにリフィが並ぶ。
「トウヤ。学院生活にはもう慣れたかい?」
教師としても、この生活に引きこんだ張本人としても気になっていたのだろうか。リフィは改めてそんな質問を投げかける。
答えは即答だった。
「はい」
小気味良い返事。その後には理由が続く。
「桜とルビアには助けられています。それに友達も出来ましたから」
桜にルビア、フロウ、ルーナ、レクレスにミスティ、流雅。
今のトウヤと関わりを持つクラスメートたちだ。フロウからは魔弾を教わり、レクレスやミスティとは一緒に鍛錬しているらしい。流雅とはまだ打ち解けていないようだが、このまま行けば流雅ともじきに打ち解けるだろう。
魔弾の熟練具合が示すのは、やはりトウヤには魔術の才能があるという事実だ。流雅との一戦から今までに、魔弾ひとつとはいえ実戦レベルの詠唱速度にまで引き上げている。時間さえあれば、他にも色々使えるようになっているようだし、神無の羽織は偽物ではなさそうだ。少なくとも、本家に近い立ち位置だったに違いない。
そんな事を考えており返事がおろそかになったリフィに、勘違いをしたトウヤが言葉を加える。
「えっと…手続きとか今の待遇とか、もちろん先生にも感謝してますよ?」
そんなトウヤの言葉にはっとし、リフィは繕うようににやりとする。
「ほぉ?という事は、私に何か恩返しをしてくれるという事でいいのかい?」
いつも通り。
まさしくそんなリフィに、トウヤは苦笑いを零した。
「俺が恩を返せるような状態じゃないって解かってて、そういう事言わないでくださいよ…」
そんなトウヤに、リフィはさらに冗談を言ってみる。
「いや、何なら身体で返してもらっても構わんよ?」
言葉とともに、少しだけ襟元を開いて見せると、トウヤは顔を少し赤くした。
「冗談にしては笑えないですって…」
こうした反応は初な男子なのだが、神無の血は軽んじる事は出来ない。記憶がいつ戻るのか、侵入の目的はなんだったのか、リフィに対処可能な魔術師なのか。今の所はどれも不明であり、どう転ぶか解らない駒でもあるので、自身の監視下に置いて正解だったと、リフィは内心思っていた。
トウヤとリフィがそんな話をしているうちに、景色は地面の凹凸、蟻塚のような岩塊、尖った岩場が増えてきた。岩ウサギやランドワームは穴を掘る生物なので、地面の凹凸はその生活痕かもしれない。近くの岩場に登ると、そんな辺りの様子がよく見えるとともに、先に出発した班が100メートルほどの辺りに見えた。
「あれは…奏子の班ね」
隣に並ぶルインが言う。
人形遣い水花奏子率いる班には、和人の麻鬼御影、木霊のシルヴァ・フロストブランチ、ドワーフのイグニス・ソードスミスがいた。それぞれ得意とするのは、暗殺剣術にトラップ作成、錬金術。全員が近接寄りだが力押しではなく、どちらかと言うと搦手に持っていくタイプの魔術師たちの集まりらしい。
「技巧派パーティね」
ちょうどランドワームを倒した所らしく、4メートル程の褐色のワームが血だらけで横たわっている。
通常サイズのランドワームであれば、今のウルズクラスであれば問題なく倒せるらしいのだが、あのサイズでも戦えば苦労しそうだ。昨日、菌竜の森で出会ったマンイーターとどちらが厄介だろうか。
そんな事を思いつつ、岩場を降りて再び進む。
地図によると、奏子班と同じルートが最短のようだ。
「この様子だと、奏子たちが掃討した道を通る事になりそうだな…」
少し先の高台を数匹の岩ウサギが跳ねており、また日差しも暖かく、難易度の割に弛緩した空気が漂う。空高く飛ぶルフ鳥の影は見えるものの、今の岩場を縫う道ならば襲われる事も無いだろう。
だが、そんな弛緩した空気もすぐに消える事となる。
奏子たちが倒したランドワームが見えてきたからだ。
死骸をついばむ子供大の影。トウヤたちに気付いた若いルフ鳥は羽を広げて威嚇するが、多勢に無勢を察してかすぐに飛び立って、跡にはつつかれたランドワームの死骸が残る。
外皮は金属質の褐色。口は何層にもわたって牙が円環をなし、まるで掘削機。飛び散った血液もあって、なかなか凄惨な光景だ。魔術なしでは、傷付けることすら困難なのだろうが、武器への属性付加があれば攻撃は通るのだろう。死骸のあちこちにそれらしき裂傷や破砕痕が見て取れた。
「奏子たちは、実に模範的な戦闘を以て、ランドワームを倒したようだね」
けれど、リフィは言葉とは裏腹に、表情を僅かに曇らせる。
「しかし、これでは満点はやれないな」
レクレスが上を向いてつぶやいた言葉が、その答えだった。
「ルフ鳥が集まってんな」
小さく若い雛から、巨体の成鳥まで、数羽。
旋回しながら、死んだ肉を上空から狙っており、今にも降りてきそうだった。
「血と肉の匂いか」
トウヤたちはすぐにそこから距離を取ることにした。
ルフ鳥はただの鳥のようにも見えるが、その身体全てが金属で出来ている上にかなり素早く、一羽相手取るにも相応の根気がいる。若い雛ならまだしも、成鳥を複数相手にするのは危険だ。今までは上空で襲ってくる気配も無かったが、エサが落ちている環境ならば、すぐにでも急降下してくるかもしれない。
急いで死骸から離れ、岩陰へと入り込むと、ルフ鳥たちはすぐに降下してきて、死骸をついばみはじめた。
「ありゃあ狩りごたえありそうだな」
鋭い嘴に、脚の鉤爪。
血走る眼光に、陽光を受けて赤銅に輝く翼。
控えめに言って骨が折れそうな強さの相手に、レクレスは戦意を燃やすが、それをトウヤが静止する。
「馬鹿言うなよ、行くぞ」
後ろ髪引かれるレクレスを引っ張り、トウヤたちは先へと進む。
岩場をくぐり、細道を通っていく。
警戒は続けていたが、ルフ鳥たちはこちらには興味がなかったようで、追ってはこなかった。昨日のマンイーターの襲撃を思い出し、トウヤは敵から逃れられた事に正直ほっとした。
危機は去り、そのまま進むとすぐに岩場は途切れ、拓けた荒野が現れた。
そして、その光景に絶句する。
「血に塗れたまま進んでたのかよ」
安心もつかの間、トウヤたちは、拓けた荒野でルフ鳥に襲われているクラスメートたちに遭遇することとなったからだ。
見れば、戦っているのは奏子とイグニスだけで、残り二人は倒れていた。対して、ルフ鳥は成鳥が二羽。大人さえ連れされる程の大翼を羽ばたかせ、波状攻撃を繰り出している。若い雛が三羽、撃墜されており、成鳥の方も無傷ではない。しかし、奏子もイグニスもかなり傷を負っており、劣勢は明らかだった。
それを理解した瞬間、トウヤは駆ける。
「二人とも、いくぞ!」
トウヤは抜刀し、叫ぶ。
後先考えず飛び出してしまったが、結果的にルフ鳥たちの連携を崩す事に成功した。即ち、襲いかかるルフ鳥の真横から斬りかかり、連撃を食い止めたのだ。敵襲を感じ取ったルフ鳥はひらりと身をかわし、再び上空へと舞い上がる。
「トウヤ君?!とにかく助かるよぅ!」
奏子の驚きと歓喜の声に、トウヤは刀を構え直し、答えた。
「次!来るぞ!」
突進してくるルフ鳥を、横にとんで回避する。
とてもじゃないが受けきれないし、反撃など現状不可能だ。トウヤだけならば、ルフ鳥にとっては獲物が増えただけだっただろう。
しかし、そこへさらにレクレスとルインが飛び込んだ。
「《包み込む黄金の森》」
ルインの身体強化魔術が、トウヤたちを含めて発動し、途端に身体が軽くなる。そして、雄叫びとともにレクレスがクレイモアを振り下ろした。速度も威力も、ルフ鳥を殺して余りある一撃が急降下してきた一羽を両断し、レクレスの鬣が真っ赤に染まる。
「へっ、大した事ねぇな!」
残ったルフは、味方がやられたのを見て様子見に切り替えたが、やがて諦めたのか、飛んでいった。しかし、トウヤたちにはさらなる事態が待っていた。
「あぁ!?今度はランドワームかよ!」
足元が揺れ、レクレスが横に跳ぶ。殆ど同時に、地面を穿って巨体が姿を表した
それはランドワームだった。
但し、先程見た死骸とは、全くの別物だった。
「んだよ、コイツ!でけぇぞ!」
戦闘音が振動として伝わり、呼び寄せてしまったのは、確かにランドワームだった。
トウヤの目測では、地表に見える部分の体長ですら、ゆうに10mを越えている。胴も直径2mくらいはあるように見え、外皮も相応に分厚そうだ。既にトウヤたちは捕捉されているようで、不気味な口腔がこちらを向いて、ガチガチと音を鳴らす。
「レクレスは俺と一緒にランドワームを。ルインさんは俺たちを援護してくれ。奏子さんとイグニス君は負傷者と一緒に下がって」
トウヤの指示を聞いて、レクレスは一直線にワームに走り始めた。同時にトウヤも走りだし、ルインは詠唱しつつ適度に距離を取る。
「おおおおぉぉぉぉ!!!!」
レクレスが咆哮をあげる。あらかじめ準備していた身体強化の結界により、レクレスは肉体の強度とスタミナを更にあげており、大きく横に薙がれた大剣がランドワームの表皮を切り裂いた。それに少し遅れて、風属性を付加したトウヤの刀が吸い込まれるように別の場所を小さく切り裂き、トウヤとレクレスはランドワームから少し距離を取る。やはり外皮は分厚く、ランドワームは身じろぎするも、大きなダメージは与えられていない。
「予想以上に硬いな。レクレス、回避重視で行くぞ」
「おう!」
攻撃されたことで、ランドワームは奏子班からトウヤたちへ頭を向け直し、咆哮する。
トウヤとレクレスが攻撃を仕掛ける中、ルインの魔術が再び発動する。
「《棘茨の猟犬》」
今度の魔術は攻撃のための魔術だ。
その名の通り、茨で出来た狼が5頭、ランドワームへと飛びかかる。そしてある者は牙を突き立て、あるものは爪をふるい、またあるものはそのまま体当たりをかまし、そのそれぞれが勢いそのままに茨の槍、杭となってランドワームを刺し貫く。その傷は深く、あたりに鮮血が飛び散るが、ランドワームを殺すには到底足りない。
激昂したランドワームは甲高く吠えたけると、身体全体を横薙ぎにした。
あまりにも唐突な一撃に、レクレスはギリギリで回避が間に合ったが、トウヤはその範囲から逃れられず、強烈な衝撃とともに宙を舞う。
そうなる筈、だった。
「あとは私に任せたまえ」
そんな不敵な台詞とともに、レイピアを抜いて構える影。
その声の元を見れば、いつの間にか、風の鎖を操り、ランドワームを縛るリフィが傍らに立っていた。そのまま不敵に笑うと、全身魔力を滾らせ、ランドワームを葬り去る魔術を詠唱する。
「《古樹の呪嵐》」
詠唱破棄による大魔術。
リフィが告げた瞬間、魔術として束ねられた魔力が解き放たれ、拘束されていたランドワームを宙空へとまきあげる。
そこからは、まさに圧巻だった。
ランドワームが空中でもがき、けれど逃れること叶わずに、空気の刃が表皮を切り裂き、肉を引き千切り、やがてランドワームは散り散りになって、欠片も残らなかったのだから。




