《兆し》9.強弱問答
その後、ある程度まで治癒を施してはみたが、結局アズは動ける程は回復出来なかった。そもそもミスティは治癒魔術を専攻しておらず、自身を最小限回復出来る程度の魔術しか習得していなかったためだ。それでも、回復魔術をいくらか使えるだけで優秀だ。そういった所で、やはりミスティは素晴らしい魔術師だと言えた。
治癒が出来なかったので、アズはトウヤが背負って行くこととなった。アズが戦闘不能となり、ミスティの邪魔をする者も居ないので、トウヤやルーナの僅かな不安はあれど、その後の森の中では、戦闘どころか敵影ひとつ見つける事なく、簡単に抜ける事が出来た。あっけなさ過ぎて拍子抜けする気もしたが、これ以上戦闘するのもキツいのは確かで、何事も起きなかった事には正直安心した。
第二キャンプに到着する頃には日が暮れており、E班は最後だったようだ。ちなみに、アズはトウヤに背負われている姿をクラスに見られる事となり、すぐにでも呪詛を放てそうなオーラを放っていた。
リフィはキャンプの入り口にて待ち構えていた。その横にはシスター・フェイトと学院の医療班ホムンクルスが2人控えており、シスターに付き添われアズはすぐさま担架で運ばれていった。
「さて、何があったか教えてくれるかな」
リフィは腕を組み、仁王立ちだった。
リフィの問いに対し、ミスティは今日の出来事を簡潔に、事実のみを報告し、リフィはそれを黙って聞いていた。聞き終えるとしばし沈黙し、それから口を開く。
「女王に手を出すとは恐れ入るね。ともかく、無事に森を抜けられたのは何よりだった。とはいえ、危険な行動は以後慎むように」
リフィが言うには、トウヤたちの遭遇した特殊な菌竜の個体は、群の女王であり、苔鎧女王と呼ばれる接近禁止対象種なのだそうだ。学院教師でも接触を禁じられている竜種に、トウヤたちは無謀にも突っ込んでいっていたらしい。
学院では、今回の遠足のように学外での演習がある場合は、必ず生徒たちを追跡出来るよう、魔術礼装を身に着けさせている。例えばそれは制服であり、支給品の中にある探査石と呼ばれる追跡魔術専用の礼装である。それを携行している班員たちは学院でおよそ正確な位置を観測されており、菌竜の森に入ったトウヤたちも当然観測されていた。森に入った時点で遭難防止のための使い魔が学院から放たれたが、トウヤたちに追いつく前に、菌竜との戦闘が始まってしまったらしい。わざわざ菌竜に手を出すとは想定されていなかったため、使い魔は転移で送られず飛行移動だったのだ。使い魔が追いついて、無事に女王から離脱できた所からは、使い魔による監視があり、学院の遠隔魔術が獣たちを近寄らせなかったのだそうだ。
「危険行為はさておき、君らの評価だが」
トウヤ、ミスティ、ルーナをそれぞれ見て、リフィは再び話し出す。
「まず班長のミスティ。君は概ねよくやっただろう。感情的なのは少々いただけないが、じゃじゃ馬連れての旅路で森を抜けたのは、全般的に君の魔術があったからだろうね。いつも通り、氷結系の魔術も素晴らしい」
個別に評価するのは少し不公平だが、君の功績はそれに値する、とリフィはミスティを褒めた。
「そして、トウヤとルーナ。君らは戦闘面で大きな経験値を得ただろう。特にルーナは何か掴めたようだな。その点、とても良いと思うよ」
そして、リフィはこう締めくくる。
「戦闘、進行、魔術は良好だな。しかしながら、魔術師としての危機管理はダメだ。自らへの危険に対して、君らはまだまだ甘すぎる。学院の演習だから死なないだろう、なんて事は、ただの慢心だよ。今回が幸運だったに過ぎない」
厳しい言葉で締めくくられ、それからリフィはにっと笑った。
「常に命は大事にするんだぞ。では、解散」
そう言ってトウヤたちに背中を向けると、リフィは軽く手を振って、医療テントへと消えていった。
***
そのまま夕食を取り、皆と少しの雑談をし、トウヤは昼間の呪いの如き幻視を思い出して、独り、キャンプの端で風にあたっていた。
手のひらを見る。
《嘆き叫ぶ濁刀》は、ほとんど無意識に近い状態で発動していた。
使いたいと思えなかった理由。それは、この魔術が対象から魔力を奪うことでは無く、その本質が存在を奪うという事にある。具体的にどういった手段で、プロセスで存在を奪うのかは、呪いの知識では解らなかった。しかし、その魔術がそういったモノであるという事実は、正しいと感覚的に理解した。
実際に、魔術を被った菌竜は、直後に不自然な弱体化をしていた。
魔力を奪い去ると同時に、自分の中に異質なモノが流れ込むような違和感があったような気もする。
この魔術は危険だ。
なのに、呪いはこれをアズに対して使えと言う。
失っている記憶がそうさせるのだろうか?
それとも、この身体を操るモノがいると言うのか?
自問自答するも、事実は解らない。
いや、仮に解るとしても、解りたくない、というのが正しい。
正体不明を隠し、自身を欺いてきたが、やはり記憶が無いのは不安だ。
何か罪を犯しているような、それでいてそれを忘却している感覚。
後ろめたさがあるようで、それを知覚してはいけないと本能が言っている。
解らない。
思い出せない。
一旦空っぽになって、その時は何も感じなかったが、時間とともに不安は大きくなっている。
呪いが視せた知識は、それをより一層濃くした。
記憶なき故の不安定さ。
記憶が明らかになる事への不安。
リフィやシスターに相談すべきなのだろうか。
そんな事を考えていたせいか、近づいてくる足音に気付かなかった。
「こんなところで、どうしたんですか?」
汚れの目立つ制服姿のまま、ルーナはトウヤの近くまで歩み寄る。
トウヤは振り返り、篝火の火に濡れるルーナを見た。
「いや…大変な一日だったな、と思い返していたんだ」
本当は昼間に視た呪いについて、そして記憶に対する不安について、考え事をしていたのだが、トウヤは言わなかった。
「確かに…今日は大変でしたね」
苦笑いを含めて、ルーナは少し疲れた表情をした。
ルーナの場合、昨日今日と心労も大きかっただろう。戦闘で足を引っ張り、アズには罵倒と威圧を受け、加えて竜種との死闘を演じる事となり、散々だったと感じていてもおかしくない。森の中では大丈夫そうに見えたが魔力もかなり消費しただろうし、ため息のひとつも出るだろう。
しかし、ルーナの意識は違う方に向いていた。
「アズさんはまだ医療テントで治療中のようですし…」
アズがまだ回復していないのが気になるらしい。
食事の後、テントからシスターが出てくるのが見えて、アズの状態が静養中になったと聞いていたトウヤは、丁度いい機会だろうと思い、ルーナに提案する。
「もう静養中らしいんだ。少し、顔見に行く?」
ルーナが頷き、トウヤは立ち上がる。
二人して医療テントへと向かうと、入り口から灯りが漏れていた。
「シスター、いらっしゃいますか?」
声をかけると、どうぞと返事があったので、トウヤたちは中へ入る。
「こんばんは。アズさんの様子を見に来たんですね?」
中には簡易ベッドと小さな机に椅子が数脚。
ニコニコしているシスター・フェイトに対して、アズはそっぽを向いてしかめっ面だった。
「もう麻痺は無くなって、あとは明日の朝まで安静にしているだけですので、安心ですよ」
聞かずとも来訪の目的を察して、フェイトはアズの状態を教えてくれた。
フェイトに礼を告げると、フェイトは気を使ってしばらく席を外してくれた。
トウヤとルーナはアズの隣に座る。
「何しに来た」
ぶっきらぼうな物言いに対して、トウヤが文句を言いかけ、その前にルーナが答える。
「私は文句を言いに来たんです」
珍しく、ルーナの語気が強かった。
「アズさんには、色々と言いたい事があります」
引っ込み思案なルーナはどこへやら、ルーナは喋りだす。
「なんで階段から突き落としたんですか?それから、うじうじした私が嫌いなら、はっきり言って下さい。それと、皆にケンカ売るのはやめて下さい。喋らないのは構わないですけど、威嚇するのはやめて下さい。なんで独りで突っ走るんですか?どうしてそんなに戦い慣れしてるんですか?」
一気にまくしたてる言葉は、今までクラスの誰も聞かなかった事ばかりで、恐らくこの遠足中も誰も聞かなかった事だろう。
批難、疑問、願いに質問。
アズという人間がどのようなひととなり、性格、考えをもつのか知りたいと思うルーナの思いの丈。
今まで積もっていたものを全て、一気に言葉にしてアズへとぶつける様に、トウヤやシスター・フェイトだけでなく、アズまでも目を見開かせる程に驚かせていた。
「最後に…やっぱり、助けられて良かったです。以上」
そう締めくくると、当人意外は呆気にとられて言葉が出なかったが、ややあってアズが嘲う。
「貴様の頭は花畑なのか?私は貴様を殺そうとした奴だぞ?さっきの言葉だと、まるで私を友達か何かだとでも思っているのか?」
視線がぶつかる。
ルーナはなんと言って良いのか考えて、そうしてこう言った。
「…そうなれたら、良いですね」
再び視線がぶつかる。
アズの冷たい視線にも負けず、ルーナはアズの答えを待つが、アズは明確な拒絶を返答とした。
「出ていけ。私にその気は無い」
それを聞いて、ルーナはしばらくアズを見つめていたが、やがて小さく息を吐くと立ち上がる。
「おやすみなさい、アズさん」
柔らかな微笑みで別れを告げると、何も言えないトウヤを置いて、そそくさとテントから立ち去ってしまった。あまりにも一瞬の事のようだったので、その背中を見送るまでトウヤは動けなかったが、慌てて立ち上がろうとすると、今度はアズの方から声がかかる。
「貴様には話がある」
そう言われ、ルーナの事が気にはなるものの、トウヤは椅子に座り直す。
アズは言葉を選ぶように、目線を泳がせ、やがてこう口にした。
「…私は強いと思うか?貴様は魔術大家の出なんだろ」
アズが強力な魔術師なのか。
今のトウヤに解る筈もないのだが、アズはそれを知らない。
「俺は分家の末端だから、他の魔術師はよく知らないんだ」
そう言うと、アズは落胆したようだった。
「私は強いのか、知りたい。強くなりたい。そのヒントが、貴様にはあるような気がしたんだが、私の気のせいだったのかもな」
居丈高で、傲慢なアズの、一瞬見えた弱い一面がなりを潜めようとしている。
そんな気がして、トウヤは思わず口を開いた。
「お前は強いよ。少なくとも、クラスの中でトップを狙える。それじゃ不満か?」
魔術師として強者に立ち向かっていくアズが弱い訳はなく、今日の一連の出来事があって、トウヤはそういった部分に関しては、アズに一目置くようになった。ある種の憧れのような感情かもしれない。
だが、アズはそれに満足していなかった。
「足りないな。私たちよりも強い存在なんて、山ほどいる」
直感的に。
「リフィ先生か」
一番間近にいる魔術師は、リフィだ。
魔術師として一流なのだろう。魔術を使う場面など数えるほどしか見たことは無いが、生徒より弱い訳がない。
アズはそんなリフィの事を、乗り越える壁として見ているのか。
「お前はどうなんだ?」
そんな問いに、トウヤは咄嗟に答える事が出来なかった。
「…まぁいい。貴様に期待など、していない」
そう言うと、アズは目を閉じ、何も言わなくなった。
仕方なく、トウヤはその場を立ち去る。
フェイトに別れを告げ、ルーナを探すが見当たらず、トウヤはモヤモヤを抱えたまま床についたのだった。




