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《兆し》8.苔鎧の女王

「ふははははははははは!!!!!」

蒼き殺戮者は、狂喜の笑いを叫び、己が武器を振るう。

傷ついた菌竜は既に死に絶え、今は新手2体を相手に接戦を繰り広げていた。

アズを取り囲むように、前後はさんで隙を伺う菌竜たち。対するアズは警戒しながら鎌と鋼爪を構え、速度上昇の自己強化を詠唱する。

軍歌のように威圧的な始まりの旋律は辺りの空間を侵食し、アズの身体を軽くさせる。その間にも牽制と回避、突撃を織り交ぜて止まらず、やがて詠唱はテンポをあげ、ワルキューレたちの行軍のように盤石な結界が出来上がる。

「《魔蒼の翼膜(アズュール・フライア)》」

アズの背中には、結界の象徴たる深蒼の翼が顕現していた。その形は歪で異形な蒼い鉱石で出来ており、無機質でありながら、始祖アズリィルの仄暗く染まる死の翼にも似ていた。纏う魔力は魔界の瘴気と性質を同じくし、触れるものを尽く侵食する。呼吸するように魔への腐食を振りまく存在。それが今のアズだった。

アズの翼が完成するかしないか、菌竜たちが動いた。

前面の菌竜がアズに飛びかかる。同時に、背後から麻痺毒のブレスが浴びせかけられ、アズは真正面からくるドラゴンと打ち合う。

翼を羽ばたかせ、地面スレスレを突進。懐まで入り込むと、そのままアズは上昇しながら大鎌を振り上げる。その刃はファンガス・ドラゴンの降り下ろした爪と打ち合い、そしてその爪を切り裂いて、勢いそのままにアズは舞い上がりドラゴンたちの上をとった。

「《魔蒼の槍雨(アズュール・ブラスト)》」

直後、身体を捻って反転、上昇から落下に変わる地点から急速に魔力を練り上げ、アズはいくつもの魔弾を連射し、鎌を振りかぶって落下する。見事なインメルマンターンだったが、ドラゴンたちは称賛しない。魔弾を纏うように突撃してくるアズに対して、菌竜たちの動きはやや鈍く、ブレスをはいたドラゴンは反応し後退したが、爪を砕かれたドラゴンはブレスで応戦しようとするも、間に合わなかった。

哀れな菌竜へと魔弾の雨が降り注ぎ、さらにアズの鎌が降り下ろされる。

ブシュッ、と肉が裂け、血の吹き出る音とともに炸裂する魔弾。菌竜は一瞬にして串刺しとなり、それだけに留まらずオーバーキルにより大小様々な肉塊に成り果てていた。

アズの衣服は青血に染まり、アズはまるで戦狂いの悪魔のごとく、次の獲物を見据える。

騒ぎを聞きつけ、巣のあちこちから新手の菌竜たちが現れる中、アズは自分の強さを確認して、笑った。

「私は生きているぞ。さぁ、殺しに来い!」

そのままアズは駆け出す。

刃が、魔術が、巨体が、蒼色が入り混じって、踊る。

ドラゴンたちとの終わらない死の円舞曲を。

数が増え、一撃離脱に切り替わるも、菌竜たちはアズを狩る事が出来ず、死に絶えた数は既に5体。残りは10に満たず、アズはこのまま押し切れると踏んだ。魔力は煌々と燃え、魔術を回す。万能感に似た高揚は、アズをさらなる蛮勇に駆り立て、そしてそれがアズの命運を決する事となった。

どんなダンスにも終わりがくるように、アズのステップは唐突に止まってしまう事となる。

巣の奥まった茂みから、新たな竜が現れる。

他の菌竜の2倍はある巨体。角は大きくエメラルドに輝き、翼が無い変わりに、暗緑色の鉱石を纏う。その鉱石こそ、森の魔力の結晶、所謂葉紋結晶(リーフクオーツ)と呼ばれる希少触媒石であり、女王に強固な守りを与えている鎧である。その姿、威圧感、高貴なる魔力たるや、まさに王者の風格。

今ここに、円舞曲の主役たる女王が降臨したのだ。

群の危機に女王が現れると、途端に菌竜たちは歓喜の咆哮をあげ、その強さは突如として数倍にも膨れ上がる。

アズには預かり知らぬ事ではあったが、この女王は学院にも要観察される個体であり、苔鎧女王(モールド・クイーン)と呼称される上位個体である。その背中の鉱石を如何に穏便に刈り取るか議論されている対象であり、学院教師ですら手を出すなと厳命される接近禁止対象でもある。

そうとも知らず、アズは殺戮を続行するが、曲調はいつの間にか狂想曲へと変化していた。

連戦に続く連戦。

突然強化された菌竜とはいえ、アズが万全であれば遅れは取らなかったかもしれない。しかし、マンイーターや直前の菌竜たちにより消耗していたアズの無尽蔵に見えた魔力も底が見え、動きが鈍りはじめた。やがて敵を狩りきらない内に囲まれ、なんとか多重攻撃の包囲網を抜けてみれば、そこは麻痺ブレスの中心。

菌竜たちのの麻痺ブレスを一身に浴びてしまったアズは、そのまま動けず地面に叩きつけられてしまう。

「…………っっっっ!!!!」

声も出せないほどの衝撃、それに続く痛みにアズは自分の死を見た。

徐々に迫って来るドラゴンの爪を眺めながら、アズの心は何も出来ずに終わる自身を嘆くことも無く、永遠の刹那のなかでゆっくりと空っぽになっていった。


     ***


トウヤたちは、こじ開けられたような巣の入り口から中へと侵入した。

アルコールのような、微妙に発酵したような臭いが充満しており、トウヤたちの嗅覚を狂わせる。ついでトウヤたちは、菌竜たちの巣で行われた惨劇を目の当たりにした。

10体ほどのドラゴンと、同数程度と思われる真青に染まった死体の山。バラバラになっているモノもあり、正確な数は不明だ。臭いの元はどうやら死んだ菌竜らしい。

それと同時に、ミスティが警告する。

「不味いな、気付かれてる」

ミスティが隠蔽の結界魔術をかけていたが、入口付近にいた菌竜がトウヤたちに気付いたらしい。感覚が鋭敏になっているのか、それとも全く別の感知手段によってか、菌竜は一直線にトウヤたちへとその紅い瞳を向け、敵意を露わにする。

そもそも臨戦態勢だった菌竜が突進してくるのに対し、トウヤが刀を抜いて前に出る。アズ程は戦えないだろうが、ミスティの後押しがあれば、どうにか出来ると信じ、駆け出す。

「ミスティ、追撃を頼む」

トウヤは短く詠唱して無いよりマシな硬質化の結界を展開、突進する菌竜と真正面から打ち合った。同時にミスティの詠唱が効果を発揮し始め、地面を滑りそうになったトウヤに水の翼を付与し、羽ばたきで援護する。ほぼ同時に後方から伸びる水の触手が数本、先端を尖くし、菌竜の身体を貫く。

膠着するトウヤと菌竜、その背後で何かが大きく動いた。

「あ、あれ…アズさんですっ!」

一人、魔弾の一斉射撃を準備していたルーナが指をさした方向を見てみれば、飛んでいるドラゴンたちの一群からアズが飛びだしたところだった。上空に飛び出たアズに対し、菌竜たちはそれを見切っていて、地上にいたドラゴンによる麻痺ブレスが直撃する。

ブレスをくらって、地上へと墜落していくアズ。トウヤには、その光景はやけにゆっくりと視えた。

巣の最奥に鎮座する一層大きな菌竜、鉱石の鎧を纏う、明らかに他の個体とは威圧感も振る舞いも異なる竜が視界に入り込む。トウヤの直感が、アズを追い詰める程の脅威は、あの個体に起因すると告げていた。

アズは自由落下に従い盛大に地面に叩きつけられ、何回も転がり、止まった頃にはぼろぼろになっていた。

バチン、と切り替わる感覚。

刹那の変化に、誰も気付かない。

けれど、トウヤには未来が視えて。

アズの死を視てしまったトウヤの魔力が、一気に膨れ上がった。

「《嘆き叫ぶ濁刀(ゴウマシキ)》」

呪いを詠う。それはそのままトウヤの力を増幅し、トウヤの刀が魔術を纏い、竜の巨体を押し戻した。それだけでは魔術は収まらず、菌竜の腹を切り開いてようやく消えた。一瞬、トウヤはトウヤで無く、纏った魔術は、トウヤに新たな魔力を差し出した。トウヤが斬った菌竜の魔力を。

斬られた菌竜は傷の深さ以上に衰弱し、倒れ伏す。そうして自由になったトウヤが見たのは、アズに止めを刺そうと近づいていく菌竜。感覚の赴くままに、トウヤはアズに向けて走り出すも、新たな菌竜に行く手を阻まれてしまう。

迫るドラゴン。

ミスティの位置からは魔弾も届かず、ルーナに至っては一番遠くにいるため、望みは薄い。

そこまで考えて、トウヤが焦りつつも次策を練り始めた時。


トウヤは、ルーナが詠唱しているのを聞いた。


まるで雪のように、怜悧なる調べだった。

気付いた瞬間、詠唱は完成し、ルーナは駆けだす。

「《囁く雪の眠り(スノゥ・ステイシス)》」

その背後からは数え切れないほどの魔弾を装填・待機させており、行く手を阻もうとする菌竜たちの足を的確に射止めていく。穿つは白に輝く氷柱のジャベリン。刺さった部位から凍結し、菌竜の足が止まる。

そして、駆け抜けるルーナが盾を掲げた瞬間、金属を打ち付ける音が響いた。

「ま、間に合った……!」

荒い息をつきながら、ルーナはアズを助けることに成功していた。

そして爪を防ぐが早いか、ミスティが叫ぶ。

「ルーナ!アズと二人分の氷結系防御結界を張って!」

言うが早いか、ミスティが二重、三重と吹雪を起こすための詠唱を待機させていく。ミスティの意図―ドラゴンたちを巣ごと凍結させて逃げるという―を読み取って、トウヤも結界を張る。ルーナが爪を受けて盾を掲げたまま、新たな魔術を詠うのが見える。最奥の個体が再び吠えて、足止めされていた菌竜たちが動き出すが、多重詠唱が魔術を完成させる方が早かった。

「《光り輝く吹雪(フロスト・フラッシュ)》」

直後、辺りは極寒の地と化した。

吹き荒ぶダイアモンド・ダスト。極低温の突風があらゆる方向から吹き付ける。竜の巣丸ごとを範囲に納めた大魔術は、魔力の保有量が多く、普段から多重詠唱での魔術複合を行っているミスティだからこそ行える荒業だった。

菌竜とその巣、女王まで、全てが凍りつき、そこにいるのは結界を張った魔術師たちだけ。その魔術師たちでさえ、あと一瞬遅れれば氷に飲まれていただろう。

ルーナとアズの元にトウヤとミスティが駆け寄ると、ミスティはてきぱきとアズに治癒ポーションを使い、それから麻痺の解呪を始めた。

「ルーナ、大丈夫か?」

治癒している間に、トウヤはルーナに話しかける。あんな大魔術を使っておきながらミスティは平然としているが、普通は魔力を放出し過ぎれば、倒れてしまってもおかしくない。ルーナとてあれだけの数の魔弾を行使し、二人分の結界をつくったのだ。消耗しているに違いない。そう思っての発言だったが、トウヤの予想とは違って、ルーナの顔色は悪く無かった。

「ぁ……はい、なんとか大丈夫です」

受け答えもおかしな所はなく、ルーナは思ったよりも大丈夫そうなので、トウヤは安心し、ルーナの魔力量は人よりも多いのだろう、と思い直した。

それよりも、先程マンイーターの襲撃を受けた時とは人が変わったような魔術師ぶりも気になっていた。

「それにしても…ルーナだってちゃんと戦えるじゃないか」

トウヤに褒められて、ルーナは頬を染める。

「その…さっきは必死でしたから」

さらに会話を続けようとして、けれどそこでアズが意識を取り戻した。アズはすぐに事態を理解したようで、覗きこむトウヤたちに対して舌打ちをした。

「余計なことを……」

そんな言葉に、ミスティが何か言いたげだったが、先にルーナが口を開いたため、ミスティは何も言わなかった。

「死んでしまったら、なにも言えませんから…。私は、アズさんを助けられて良かったです」

そんなルーナの言葉に、結局アズは黙ってしまった。

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