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《兆し》6.アズュール・アズリィル

暗い森の中、アズは緑色の体液を辿る。

先程の狩りの興奮が身体を熱くして、アズは鎌の柄を強く握りしめた。

アズは思う。

菌竜は手強く、戦っていて心が躍った。そんな敵の翼を斬り落としたときは、思わず笑ってしまいそうになったほどだ。

生きている。私は強い。

生死のやり取りは、自身の存在を強く感じる事ができる数少ない行為だ。

演習など生温い。

死ぬかもしれないくらいでちょうど良い。

(――――それに加えて、あの腑抜けどもは…)

アズは3人の顔を思い出す。そして、狩りの興奮も消えるくらいに気分を害した。

(近衛トウヤくらいは、見込みがあったと思っていたが…思い違いだったな)

アズはそう結論付けて、さっさと思考を切り替える。けれど、一端可能性を抱いてしまった分、トウヤの事だけはなかなか思考の中から消えてはくれず。

(…………―――――――――)

そういえば、やつは魔術大家の分家の出身だったか。

近衛家。確か、神無家の分家の一つだった筈。

神無といえば、魔界でも有名な魔術大家だ。魔術大家に連なるから、必ずしも強い魔術素養があるとは限らないが、少なくとも、トウヤにはそれがあるように見受けられる。

この間の演習。流雅との戦闘で垣間見えた魔力は、アズに高揚と恐怖を覚えさせる程のモノだった。あれはマグレだったのだろうか。分家故に、その力はあまり強くなかったのだろうか。

トウヤは比較的、優秀な魔術師だろう。

それが分家なのだから、その大元である神無はやはり凄まじいのだろう。

それに比べ、アズリィルはどうなのか。

ふと思い出したトウヤの出自に、アズは自身の家の事を思い出していた。


…………


魔術大家アズリィル。

魔族たちの故郷である世界、魔界と呼ばれるその次元において、魔術師の家系は数多く存在する。というのも、魔族たちは魔界の濃厚な魔力によって育まれ、魔術を扱うのに長ずる種族だからだ。故に、魔術大家と呼ばれる家系も多くあり、特に魔王の座を争う大家は十を超える。

ルシフェル、ベルゼブブ、ベリアル、イブリース、アバドン、テスカトリポカ、ラーヴァナ、アーリマン、ロキ。それぞれが神話に謳われる神魔を始祖とする魔王の家系とも称される魔術大家で、それよりも力の無い魔術大家はさらに存在する。

魔界の魔術大家のうちの一つであるアズリィル家は、始祖である蒼の魔王アズリィルの血筋を受け継ぎ、魔貴族の中でも五指に入る程の魔王に近しい血筋である。

アズュール・アズリィルは、そんな魔術大家の“長女”として生まれた。

次代のアズリィル当主は、幼いころから決まっていた。父親のアズリィル内での影響力が大きく、また、ほかの候補者が魔術師として大きく劣っていたのも大きかったが、それ以上に、アズ自身の才覚が認められていたためだ。アズが10歳を超えるまで強力なライバルは現れる事なく、アズは期待をかけられ、それを上回る実力を見せつけてきた。

巨大な城に住まい、飾り立てられた衣服を身にまとい、食事は凡人が一生かけても食べられないくらいに豪華。従者は数え切れないほどで、欲しいものは全て手に入れることができた。

それこそが、魔族の頂点に君臨するアズリィルの栄光。

齢10歳にして、アズは支配者であり、持てる者だった。

けれど、そんな彼女にも、手に入らないモノはあった。

アズは、自由が欲しかった。

息苦しいほどに豪奢に彩られた日常には、もはやうんざりしていたのだ。

アズの周りには、将来の権力者に取りいって、地位や富を得ようと考える者しかいなかった。家の外では、権謀術数渦巻く覇権争いを否応なしに見せられた。

例えば、ルシフェル家の筆頭後継者は、魔術師として劣る事実を認めず、財力と政治力からアズを見下し、イブリース家はまだ女児の身で魔術も碌に扱えないくせに、既に家の全権を掌握して支配者づらで、影から他の家を喰らいつくそうと目を光らせている。他にも、魔王の座を我が物にしようと企てる者に限りはなく、そして同時に、魔術師としての実力の伴わない者がどれほど多い事か。

アズの思想は、ひたすら魔術師であった。

恵まれた才覚、資質、環境が、傲慢かつ実力主義なアズの思想を生み出した。

魔術師として、至高を目指したい。

根源への到達、魔法使い、或いは神話に名を残す魔術師。その究極の姿の一つが魔王であり、そういった意味では、アズは魔王になりたいとも思っていた。

だがそれには自由が、才能を伸ばせる時間と環境が必要で、今のままでは辿り着けないとも思っていた。

このままアズリィル家にいては、権力闘争に巻き込まれ、いずれはその下らない糸に囚われてしまう。

権力など、なんだと言うのだ。

過度な権力など、あるだけ邪魔だ。

力こそが全て。それが魔術師であり、真の魔王では無いのか。

相容れない思想が生まれてから、アズがアズリィル家を飛び出すまで、さほど時間はかからなかった。

入念な計画は数カ月に及び、準備は怠らず、異世界へと亡命した。

手土産に、宝物庫から輝く礼装を奪い、痕跡消去の魔術をばら撒き、中立を保つフラムベル魔術学院へと飛んだのだ。


…………


そこまで思い出して、アズはかぶりを振った。

大嫌いな家の事を忘れるために、アズはここにいるのだ。

そう思い、アズは意識を目の前の事柄に集中する。

傷ついた菌竜の姿は見つけられなかったものの、アズは自身の強さを認識できる、最適な場所へと到達していた。

アズの目の前には、樹木でできたドーム。

辺りには菌竜の魔力香が満ち満ちて、それが菌竜の巣であると明確に解かる。そんな舞台を前に、アズはまだ見ぬ戦いに胸を躍らせる。

そして、アズは躊躇いなく、竜の巣へと足を踏み入れた。

ぐっ、と鎌の柄を強く握る。

同時に魔力が身体中にめぐり、全身に刻まれた魔術式が浮き上がる。魔術は体表を覆い、薄く膜のように広がった。

菌竜たちは、魔術による魔力の流れに気付き、女王の茸を守るようにアズへと殺到する。

血筋に受け継がれる防護の結界を身にまとい、アズはドラゴンたちに切りかかっていく。

その姿は、敵対する魔物たちよりも禍々しく、そして孤高に見えた。



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