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《兆し》5.未来視、そして離反

白昼夢が覚める。

一瞬にして、トウヤの身体の感覚が戻り、森の中の独特の空気の香りが現実を意識させる。

ミスティとアズの緊張は、もはや止められぬほどに大きくなっていた。

「貴様程度の実力で、私を倒せるとでも?」

そう挑発するアズに対して、ミスティは無言で多重詠唱を始める。即座に空気中の水分は枯れて、精製された氷塊の槍がアズへと突き立てられる。

「くっ……」

咄嗟に立ちあがろうとしたトウヤだったが、白昼夢のせいなのか、立ちくらみがして、トウヤは片膝を突く。改めて見てみれば、アズはしっかりと鎌を構え、ルーナはなすすべも無く、結界の隅でおろおろしている。

そんな間にも、ミスティは空中に生み出した氷槍を降らせ、アズはそれをかわしながら、ミスティを挑発する。

「ウルズの天才が、その程度か?」

アズは鎌を振るって氷を弾きながら叫ぶ。その表情は嘲笑。ミスティは精製する氷を倍に増やして応じる。

地面に氷が突き立っている様子は、まるで水晶の洞窟にいるかのようで、この場の雰囲気とはかけ離れた幻想的な風景になりつつあった。

立ちくらみはおさまり、トウヤは刀を抜いて二人を止めにかかる。しかし一歩を踏み出す前に、トウヤの目の前に氷の槍が突き刺さる。

「トウヤ、手を出さないでくれるかな」

ミスティはトウヤに一瞥もくれず、平坦な声を投げてくる。

けれど、そう言う訳にもいかず、トウヤは前へ進もうとした。

すると、氷の槍が幾重にも降り注ぎ、トウヤを囲むように氷の槍が突き立てられる。トウヤは、一瞬のうちに、氷の檻に閉じ込められていた。

「くそっ…、ミスティ!」

刀を振るうにも、十分な空間が無く、氷を除去できる魔術もすぐには使えない。トウヤはこの瞬間、アズとミスティの戦いを見ているしか出来なくなってしまったのだ。

焦りながら炎の魔術を詠うトウヤを尻目に、二人の戦いはさらなる熱を帯びていく。

振り下ろされる鎌、対応して後ろに飛ぶミスティ。すぐさま反撃の氷槍で、横薙ぎにふるう鎌がそれを弾く。火炎の弾がミスティを打ちすえようと迫り、寸前で身をかわしたミスティが反射するように魔弾を放つ。魔弾は黒い軌跡を描きながらアズへと到達し、けれどアズの鉄鋼爪によって強制的に霧散してしまう。マンイーター戦では気付かなかったが、アズの左手に納まる禍々しい小手は、解呪の魔術を使えるらしい。

攻守のめまぐるしく変わる戦いは、研ぎ澄まされた感覚と経験から成り立っていて、先に集中力を切らした方が敗北するだろう。そして、互いが全力であるこの戦いに敗北すれば、大怪我をするに違いない。

先の呪いの知識が、トウヤに事態の重大さを理解させていた。

事態を重く見れば見るほど、トウヤは焦り、氷の檻を破壊する魔術を編むのに手間取ってしまう。

そして、やっとトウヤが檻を破壊したとき、アズとミスティの戦いは、クライマックスへと向かっていた。

二人の構築する、最大級の魔術。そのための魔力が、空気を震わせるほどに渦を巻く。

その瞬間、トウヤの視界がぶれ、時間がスライドする。


光景は、血だらけで倒れるアズ。そして、跡形も無く消え去ったミスティの残り香。


視界はすぐに通常に返り、けれどトウヤはそれが起こると確信した。だから、トウヤは走るのを止め、ありったけの魔力を込めて叫んだ。

「“そこまでだっ!”」

停止の意志を込めた魔力波はそのまま荒削りの魔術となって二人に到達し、魔術による渦を、トウヤの魔力が強制的に静寂させる。そのまま二人の間に駆け寄り、今まで以上の戦いをさせまいとする。先の呪いによる魔術の知識による、破魔の音。トウヤが後に知る事になる《荒れ喰らう言霊(セイジャクシキ)》なる魔術の原型に近しい魔術の発現だった。

互いの死にも結びつく惨事を回避出来たトウヤだが、それを知る由もないアズは小さく舌打ちし、同じくミスティも何処か不満そうな表情をした。事が収まった今、果たしてトウヤの視たモノが実際に起こる出来事だったのか、確かめる術はなかった。


     ***


その後、再び行動を開始したミスティ率いるE班だったが、アズとミスティの雰囲気は殺伐としたままだった。

「さっきはトウヤが止めに入ってくれて良かったね」

先頭を行くミスティの挑発。アズに聞こえるか聞こえないかくらいの声量だったにも関わらず、アズはすぐに言葉を返す。

「そいつが助けに入って来て助かったのは貴様の方だろう?」

明らかに見下しているアズの言葉に、ミスティも即座に言葉を投げ返す。

「そういう君こそ、内心ストップがかかって安心したんじゃない?」

そういって、鼻で笑うミスティ。その言葉に、アズは嘲笑で返す。

「はっ!なんなら、貴様ら3人がかりでも良かったんだぞ?」

振り向かず、けれど立ち止まるミスティを、トウヤが宥める。

「やめとけ、ミスティ。アズも無駄に挑発するなよ」

トウヤの言葉に、ミスティは一応矛を収め、アズの事を無視して歩きだす。アズはといえば、さっきと同じように、つまらなさそうに鼻を鳴らすだけ。

ここに至って、アズは完全に孤立してしまっていた。自ら進んで孤立しているように見えるが、トウヤにその真意は解らなかった。

「…………」

そして、しばらくは無言で歩く時間が過ぎていく。

と、ミスティが静かに振り返り、警告を発した。

「1時の方向から巨大な魔力塊が接近。恐らく菌竜だと思われる。今から結界を張るから、しばらく動かないで」

そういって、ミスティが即座に多重詠唱を始める。すると、辺りに物哀しげな音が零れ、辺りを包む空気が変質していく。薄い水色の空間がトウヤたちを包むのに、数秒もかからなかった。

それと同時に、ミスティが警告を発した方向から、僅かにずうぅん、という振動と音が響いた。それは、徐々に、しかし確実にこちらへと近づいてくる。そして、その正体が姿をあらわすのに、そう時間はかからなかった。

ひときわ大きな振動を感じて、そばにあった大木の奥から、それは姿を現した。

真紅の眼、白い双角に、苔むした体表は硬質化した外皮に覆われている。その背中には巨大な翼があり、二足歩行でゆさゆさと揺れている。頭までおおよそ4メートルといったところか。大きさも相まって威圧的なその姿はドラゴンそのものだが、一般的なドラゴンとは体組成が異なり、全てが植物性の竜種。それが菌竜である。

この森に棲む生物の中で最も巨大で、強靭な生命力を持つ、生態系の頂点に立つ存在。

そんな生物が、今、トウヤたちの目の前を横切ろうとしていた。

緊張と恐怖から、ゴクリとツバを飲む。

トウヤは、ミスティの張った結界の中で、菌竜について思い返す。

菌類集合体である菌竜。身体は一般的な竜種に比べ柔らかく、固有ブレスは神経麻痺。飛翔能力を獲得する個体も存在し、群れで狩りをする事も稀にある。物理攻撃は斬撃が有効で、衝撃は吸収し、刺突はコアを狙わなければ効果が薄い。魔術耐性は竜種だけあって軒並み高めだが、菌類なので炎には弱い。氷結は有効だが、致死させる事はできず、溶ければ再び動き出す。

実際に戦闘になった場合、パーティを組んでいなければ即座に逃走が推奨され、複数名でも麻痺ブレスを回避または無効化する術がなければ、交戦は避けるべきだと言われている。複数を相手取るのは、よほどの竜種狩りか、単なる大馬鹿者だ。

斬撃や炎が有効だとは言われているものの、この巨体を間近で見てしまうと、とても仕掛けよう等とは思えない迫力がある。ミスティの結界がなければ、この脅威と戦わなければならなかったと思うと、トウヤは背筋が寒くなる気がした。

アズとミスティの仲の悪さ、ルーナのフォロー、敵からの襲撃。色々あって気が張っているだけで、トウヤもまた実戦慣れしていない一人に違いない。自身に出来る事を極力やろうとしているだけなので、あからさまな脅威には順当な恐怖や不安を感じていた。

そんなことを考えているうちに、菌竜は目の前を通り過ぎている。

その背中を眼で追っていたトウヤは、最後尾にいるアズが、にやりとしたのを見逃さなかった。

「《喰らい尽くす牙獣(スペル・イーター)》」

詠唱省略魔術の発現。

アズの左手に装備された小手、その鋭い爪から青黒い瘴気が舞い上がり、アズはそのまま左手を横薙ぎに振るった。

解呪魔術がミスティの結界を食い荒らし、即座に弾けて消える。

弾けて魔力片になった結界に、菌竜が反応しゆっくりと振り返った。

「Gruuuuuu……………」

唸り声は威嚇か、それとも品定めか。

その紅い瞳は4人を順に眺め、やがてアズに向けられ止まる。

どうやら、魔力量の多いアズを捕食対象として定めたようで、そんな菌竜と対峙したアズは不敵に笑う。

「さぁ、狩りの時間だぞ、デカブツ」

腰を落とし、アズは魔力を滾らせる。

「お、おいっ!」

トウヤの制止の声も聞かず、アズは一瞥をくれながら、唸る菌竜にむかって突撃していく。その背中は、貴様らには付き合っていられん、と語っているようだった。

そして、彼女の鎌が振り下ろされる。

雷光のような一閃。

菌竜の前足、その鋭い爪に阻まれるもアズは止まらない。

後に続く斬撃の嵐は魔術を纏い、木々を刻んでいく。

菌竜の麻痺ブレスを小手の魔術で防ぎ、或いは木を蹴りつけて跳躍を重ね、連撃を見舞う彼女は、さながら藍色の死神だった。

鎌の一撃は、徐々に菌竜に傷を刻みつけ、けれど、その度に菌竜は獰猛さを増していく。そんな獲物をあざ笑うかのように、アズュールは戦いを踊るようにこなす。

そんな中、菌竜の身体が一瞬傾いだ。アズがそんな隙を逃す訳は無く、無情にも必死の一撃が振り下ろされる。

ビュン――――――

風を切る音がした。

けれど、その一撃は、完全には菌竜を捉える事は出来ず、結果、菌竜の片翼が斬り落とされる。翼を斬り落とされたことで、ようやく菌竜は捕食することを諦め、威嚇しつつ後退すると、木々の間を跳ぶように逃走し始めた。

「…………――――――」

その様子を眺めていたアズは、トウヤたちの方を振り返って、見下す一瞥をくれた。その瞳は、もはや興味は無いと言わんばかりの温度で、トウヤは何かを言いかけて、けれど言葉を見つけられずに固まってしまう。そして、それはトウヤだけでは無くて、ミスティやルーナも、その圧倒的な強さを見せつけられ、或いは、畏怖するほどの衝撃を感じて、動くことが出来なかったのだ。

そんな3人を見て、本当に興味を失ってしまったのか、アズはふっと目を伏せると、逃げだした獲物を殺しきるために、森の奥へと消えていく。

そんなアズが辿った道。

そこには、菌竜の体液が滴って、どことなく不気味な雰囲気を醸し出していた。


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