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《兆し》4.血の目覚め

マンイーターを退治した後、少しでも体力を回復しておくため、ミスティが結界を張り、しばらく休憩を取ることになった。

戦闘で全く役に立てなかったルーナは、結界の端の方で小さくなって座り込み、アズは相変わらずの無愛想。結界を維持しているミスティも無言。感情的にフラットに近いトウヤだが、他の三人へなんと言ったらよいか解らず、結局黙るしか無かった。

そんな重苦しい時間が、いくらか続いた。

そして、そんな時間を終わらせたのは、泣きだしそうなルーナの、小さな声だった。

「…………私のせい、ですよね」

戦闘で迷惑をかけ、班員たちに負担を強いたのは、ルーナだ。

ルーナからすれば、それは過去にあったことと同じだった。自分が迷惑をかけたせいで、また周りから疎まれてしまうと思ったのだ。だから、せめて自分から非を認めることで、皆が自分から離れてしまわないように口火を切った。

ルーナはそんなことをつい口走って、自分の打算的な部分に自己嫌悪を抱いた。

その身勝手さを断罪するかのように、アズが口を開く。

「その通りだ。よくわかってるじゃないか」

木の幹に寄り掛かり、腕を組んだままで、アズはルーナを睨みつけた。まるでルーナ一人が悪いと言わんばかりの睨みつけに、ルーナは俯くしか出来なくて、ますます自己嫌悪の渦に沈んでいく。

一方ルーナを避難するアズをしばらく見つめていたミスティだが、唐突に口を挟んだ。

「別に、彼女だけが悪い訳じゃない」

その声にはアズに対する敵意と非難が含まれていて、それを聞いたアズの顔が新たな獲物を見つけたような表情に変わる。

「確かに、貴様がもっと早く敵に気付いていれば、そいつも怪我などしなくて済んだだろうな」

その言葉に、ミスティは僅かに動きを止め、それから言葉を零す。

「それを言うなら、戦闘が大好きそうな君が、さっさと敵を倒してくれれば良かったんじゃない?」

そして、こう続けた。


「そもそも、さっきマンイーターを呼び寄せたのは君だろ?」


ミスティの言葉に、トウヤは耳を疑った。

当然、ルーナも驚きを隠せずにいたが、アズはその言葉に不敵な笑みを返す。

「気付いていたのか、無能め」

ミスティ曰く、感知阻害の魔術を抜けるように、わざと魔力を放っていた事に気付いたらしい。戦闘前に気付けなかった事への苛立ちを、アズへ向け、こう締めくくる。

「身勝手もいい加減にしてよね。君こそ、何処へなりとも行くと良いよ。そして野垂れ死にするといい」

かなり険悪になりつつある二人の会話に、これ以上状態を酷くしてはまずいと感じたトウヤが止めに入る。

「二人共、よせよ」

だが、アズとミスティはトウヤの言葉など聞く耳持たず、アズに至っては一瞥すら向ける事は無かった。

そして、そんなアズの態度に、本当にキレたミスティが言う。

「アズュール」

トウヤの制止の声も聞かず、ミスティはアズと対峙した。

「僕はね、君の事が前から気に食わなかったんだ」

その言葉に、アズも木にもたれかかるのを止めて、ミスティの真正面に立つ。

「奇遇だな。私も貴様の事が気に入らないと思っていたところだ」

ミスティは、藍色の視線を真っ直ぐに受け止めながら、さらに言葉を吐き出す。

「君はアズリィル家の出なんだってね。道理で気に入らないはずだ。努力もしないでなんでも出来てしまう奴が、僕は一番大っ嫌いだからね」

アズリィル家。

神無家と同じく魔術大家と呼ばれるその家系は、その起源を魔王アズリィルとする。血を受け継ぐ者の中でも純潔なものだけを家系の者と認める、魔族の中でも貴族階級に位置する名家である。

そのワードを聞いた途端に、トウヤの中で知らない知識が、零れるように溢れだす。

「………」

ミスティの言葉に、アズは無表情を返すだけ。

そんなアズの藍色の髪をみて、トウヤの中からさらに知識が溢れかえってくる。それは段々とトウヤの意識を塗りつぶしていく。それはやがて現実から浮き上がり、知識の海がトウヤという殻を決壊させた。


     ***


宙を舞う身体は、闇に包まれていた。

闇は温かいのか冷たいのか、上がどちらで下がどちらなのかさえ理解できない。

そんな中で、トウヤは自身の奥底に眠るナニカを夢視る。


『汝の血は、神を(ころ)すための血だ』


知識の奔流の中で、明確に聞こえた言葉に、トウヤは悪寒を覚えた。

神族も魔族も等しく、無に帰す血統。

識っている。

この身体は識っている。

自身に流れる呪われた血を。

神なき地にて咆哮するモノを、望んでいる。

全てを滅ぼさなければならない事を、理解している。

神であるモノ。

魔であるモノ。

その全てが、狩るべき対象だと、識っている。

これは記憶などでは無かった。

紅く脈動する、呪い。

血を縛り付ける、魂の叫び。

浸透している。

侵食している。

身体は呪いで出来ている。

掻きむしる程の渇望が、知識を呑んで、あざ笑う。


『識れ』


魔術が、魂に食らいつく。

魔族。

魔王。

魔族たちの中で、その頂点を担う者。

数ある魔王の中でも、始祖。

そして、最強と呼ばれし、魔王。

その名を、アズリィル。

その血を受け継ぎし魔術大家、アズリィル。

蒼より蒼き、魔族の王族。

呪いが、詠う。

魔族を殺せ、と。

他なるモノを、殺し、呑み干せと、詠う。

真紅が、高らかに、詠う。

そして、紅の濁流が、豪雨とともに降り注ぐ。

魔術の扱いを、記憶の欠片を、トウヤに注ぎ込む。

強烈な呪詛では、記憶は戻らない。

受け切らない知識が、トウヤの意識を現実へと弾き飛ばした。

現実への浮上。

その最中。

『魔王に連なる家系とは、関わってはいかん』

誰かの声を聞いた気がした。



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