《兆し》2.マンイーター交戦
鬱蒼とした森の中を、ミスティを先頭に4人は歩いていく。順番は、ミスティ、トウヤ、ルーナ、アズの順だ。地面はぐっしょりと湿った腐葉土、腐りかけの枯れ枝が敷き詰められており、一歩ごとに足を取られかねない有様だった。
トウヤはそんな地面の凹凸を踏みしめながら、背の高い木々を見上げる。
人の身長などよりはるかに高い木々。その枝々と葉に、空から降り注ぐ陽光は遮られ、僅かに筋となって足元を照らす光も、森の闇を助長しているにすぎない。入る前に抱いた闇というイメージそのものの森は、しかし獣の息遣いなど聞こえはせず、むしろとても静かであった。そして、そんな野生そのままの森に道などは無く、先頭をきるミスティの魔力感知による道の選定が無ければ、この広大な森の中で迷い、原生生物たちの餌食になってしまうだろう。
森に入ってすでに小一時間たった今では、トウヤやルーナは元より、アズですら同じ道を辿って帰ることはできないだろう。最短ルートとはいえ、この進行速度では、他ルートと変わらなかったのでは?と疑問に思うも、今更の事ではあるので、トウヤはそれを口には出さなかった。
そんなことを考えていたトウヤの前で、ミスティが歩みを止めた。
「この先に、たくさんの魔力反応があるな…」
ふと呟いたような言葉だったが、その響きにはこの先に避け得ぬ危険があるという含みが、十分に籠っていた。
そこでミスティは振り返る。
「この先には、どうやらマンイーターの群生地があるみたいだ。数は20程度だね。距離でいえば直線で抜けたいところだけど、僕としてはあまり戦闘で消耗するのは得策でないと思う」
そして、明言はしないものの、ミスティは班員たちに意見を求める視線を向けた。
そして、その視線に真っ先に答えたのは、意外なことにルーナであった。
「あの……私は戦闘が苦手ですし、出来れば迂回するルートを通ってほしいです……」
マンイーターの実戦経験はない。講義で識っているのは、マンイーターの特徴として、ハエトリソウ状の頭部に鋭い牙を持ち、腕にも足にもなる触手ー根と葉と茎が進化したものと考えられているーが数十本備えられているという事の他、植物のため目や鼻は無く、感覚器は熱と振動を捉えるようになっているという事くらいだ。リフィが言うには、大きさは人よりも大きく、頭部に丸呑みされてしまうくらいのサイズで、重そうな見た目に反して素早く、現状のウルズ生の平均実力で一頭相手に無事に勝てる程度の戦闘能力を有するそうだ。
それらが20程度。ルーナでなくとも、多数を相手取る戦闘は得策ではないと考えるのは当然の帰結だろう。
トウヤが思案を巡らせる中、ルーナの控えめな意見に答えたのは、ミスティでなくアズだった。
「ふん…苦手だからと避けていては、いつまでも苦手のままだ。最短距離を最短時間で行けば良い。雑魚など蹴散らしてしまえ」
強気なアズの言葉に、自信のないルーナの視線は地面へと落ちる。ミスティはやはり、というべきか無表情のままで、しばらくしてその視線はトウヤへと向いた。そこで、トウヤは改めて考える。
森を歩くにつれ、班員の体力は確実に減っている。
戦闘能力は、ウルズクラスでも1、2を争えるくらいのメンバー揃いであるE班は、今のままでもマンイーターの群生地を抜ける戦闘は可能だろう。しかし、今はこちらが群生地を一方的に捕捉しているとはいえ、熱と振動を感知する相手に奇襲は難しい。数が多いのもまた、難易度をさらに引き上げている。戦闘するとなれば、狩り切らなければならなくなるのも予想できるので、尚の事危険は増すだろう。
そう結論付けたトウヤは、ミスティの視線に答えた。
「危険と手間を考えると、ここは時間をかけても、迂回ルートを通った方が良いと思う」
トウヤのその言葉に、ミスティは決まった、という顔をして、班員たちに告げる。
「E班は迂回ルートを取ることにする」
班長の決定に、ルーナはほっと胸をなでおろし、反対意見を投じていたアズは小さく鼻を鳴らした。それを確認したミスティは再び前を向き歩きだす。
トウヤはふと気になって歩く速度を落とし、アズの隣に並んだ。
「………なんだ?」
そして、隣に並ばれたアズが、トウヤの事を鬱陶しそうに問う。そんなアズの様子に、トウヤはもはや慣れかけて、苦笑いを零しながら質問の答えを口に出す。
「いや、お前が反発せずに指示に従うのが気になってな」
トウヤの答えにアズは不機嫌そうに鼻を鳴らす。そして、トウヤに向く事なく言葉を返した。
「……私にも考えがある。今回は、別に反発する必要が無かっただけだ」
貴様らの軟弱さは嫌いだがな、と捨て台詞を吐き、並んだトウヤを置いていくアズの背中に不穏な気配を感じたが、トウヤは何も言う事が出来なかった。
再び進行を開始して、ジリジリと警戒して進む。
元より不気味だった森の中は、この先にマンイーターがいると解って、さらにその不気味さを増した。徐々に横に逸れていくが、すぐに方向感覚が狂って、もと来た道が消えていくような気がする。この不気味さとそこはかとない不安が、トウヤにそういった考えを思い起こさせているのだ。
言葉もなく、足音と葉擦れの音だけが、辺りを包む。
ミスティしか何処にマンイーターがいるのか解っていないため、どれくらい進んだのか、あとどれくらいこの緊張状態が続くのか、トウヤたちには不明だ。
それでも、今はミスティを信じて進むしかない。
トウヤがそう思っていた矢先、先頭を歩いていたミスティが叫んだ。
「気付かれた!9時方向から接敵!」
忌々しげに放たれた言葉通り、木々が軋む音が横からやってきていた。
「気配も振動も遮断した筈なのになんでっ!」
ミスティは自己分析しつつも、敵の方向へと向き直り、目の前の木々へと魔術を放つ。
「《氷の刃》」
根本から切断された数本の木が倒れる。
足場は悪いものの、少しだけ視界が開け、戦いやすくなる。
各々が抜刀し、視線は音のする方へ。
「さぁ、来るぞ!」
アズが告げるとともに、樹上から巨大な塊が落下してくる。マンイーターの出現は、ミスティの警告から30秒とかからなかった。ドサッと重い音を立ててルーナの目の前に落下したマンイーターは、落下の衝撃をものともせず、狩りの咆哮をあげる。
「Gaaaaaaa――――――!!!」
痺れるほどの音声で吠えると、巨大な顎を開き、ルーナを威嚇するマンイーター。死の影を間近に感じ、ルーナは武器を構える事も出来ず、じり、と後ずさる。
そんな隙を、マンイーターは見逃さず、開かれた顎がルーナめがけて迫った。
「くっ……!!」
咄嗟にとびだすトウヤ。
ガチン、と閉じられた顎その牙を、刀で撃ちつけていなす。追撃を放ってはみるものの、マンイーターの外皮は思いのほか堅く、切り裂く事が出来なかった。その反動でしびれる両腕に喝を入れ、トウヤは腰を低くし構えを正した。
ともかく、トウヤはマンイーターの一撃を退け、硬直しているルーナに叫ぶ。
「しっかりするんだ!」
トウヤの叫びに、辛うじてルーナの瞳に理性の光が戻る。取り落としそうだった小盾の握りを持ち直し、トウヤとともにマンイーターから距離を取る。
気付けば、後続のマンイーターが現れており、ミスティとアズはそれぞれマンイーターを相手取って戦闘を開始していた。
「ルーナは後方から支援してくれ!」
トウヤはマンイーターを倒すべく、大きく一歩を踏み出す。上段から振り下ろされた一撃は狂いなく触手の一本を斬り落とし、それと同時に他の触手がトウヤを襲う。
「くっ……」
動き続けることでなんとか回避し、頭部を狙ってくる触手を斬り落として後退する。しかし、マンイーターの猛攻は止まらず、一進一退の攻防にもつれ込む。
「《旋風の魔弾》」
渦巻く風の刃が、マンイーターの各所に傷をつける。
牽制の魔弾をばら撒きつつ、迫る触手を切断していくが、攻撃と回避に全力を注いでいる分、防御までは手が回らない。万が一攻撃を喰らえば、そこから崩されて終わりだ。現に、決定打こそ貰っていないものの、足場の悪さと掠り当りで、疲労もダメージも徐々に蓄積している。この状態で増援されては、間違いなく総崩れだ。
そんな危機的状況を打破すべく、トウヤは後方にいるルーナに叫ぶ。
「ルーナ!防御支援してくれ!」
叫ばれたルーナは、しかしその意味を理解しながらも、自らの手の震えを止めることも、ましてやトウヤを支援する魔術を行使することも出来なかった。
ルーナの瞳はトウヤが傷つくところを目の当たりにし、彼女から正常な思考を奪いさっていたのだ。そしてルーナは、自分が魔術をかければどうなるかを、自分が起こしてきたことを、鮮明に思い出してしまっていた。
そしてそれはある種の呪いのように、ルーナの心を埋め尽くした。




