《記憶の欠片》7.キャンプの火
丘を越え、しばらく歩くと目的地の第一キャンプが見えてきた。
気付いて、フロウが叫ぶ。
「ようやく着いたぁ!」
小川の辺りの草原、それが少し拓けており、学院の施設としてか、何棟かのロッジが建っている。既に何組かは到着しているようで、それぞれ好きな場所でクラスメートたちが休憩しているのが見えた。
坂は徐々に勾配を緩くし、生徒たちのざわめきが耳に届き始め、フロウはたまらず駆けだし、その先でリフィが手を振っているのが、トウヤの視界に入った。
トウヤは桜、ルビアとともに、リフィの方へと歩いていく。リフィと話せる距離まで来て、リフィはトウヤ班の到着を笑顔で迎えた。
「けっこう苦労したようだね」
そう言いつつ、リフィは持っていた手帳に何かを書き込んで、さらに言葉を続ける。
「トウヤ班は…ゴブリンたちの丘ルートだったかな」
そのリフィの質問に、トウヤははい、と答える。
「道中、意図せずゴブリンの群れを討伐することになりましたけどね」
トウヤはフロウの起こした出来事を思い返し、僅かに苦笑いしながら報告する。
「ほぉ、討伐したのか。なかなか大変だったろう?どうやったんだい?」
総数にして60はいただろうか。トウヤとフロウで25、桜が5、ルビアが残りといった所だ。シャーマンが1体だけだった上、強力な個体ではなかったので、相手からの魔術は無かった。
しかしながら、あれだけの数に対して、大きな怪我なく切り抜けられたのは、幸運だったと思う。それを証拠にか、リフィは興味深そうに詳細を聞いてくる。
「フロウが遺跡のゴブリンたちを刺激してしまってですね……―――――」
そんな一言から始め、トウヤは先程あったゴブリン達との戦闘、その詳細を説明していく。
フロウの失態、トウヤ自身の行動、桜の援護、最後にルビアの大魔術。
振り返りつつ語るトウヤは、これが難易度2とされたルートである事に気付き、残りの工程が不安になってきたが、それを口にしても仕方がないので、そのまま説明を続けた。
そんなトウヤの内心など知らないリフィは、トウヤの説明の中でも特にルビアの魔術について興味を持ったようだった。トウヤの説明を聞き終えると、ルビアに質問を振る。
「ルビアはどんな術式で、どんな魔術を使ったのかな」
その質問に、ルビアは投擲槍を用いた術式の説明をし始める。
魔術の属性と形式。
使用魔力の調達方法と源。
使用した触媒。
足元に描いた式による土地の魔力の吸収。一時的な魔力貯蓄の方法から、投擲武器への魔術伝達、そして、大量の魔力奔流の開放。
基本魔術で編まれたそれは、式効率もあまり良くなく、術者にも負担の大きいモノだったようで、リフィの顔が何回か曇る。
その他細かい所まで、リフィはルビアから聞き出して、最後に感想を述べる。
「その魔力量の魔術を、大した触媒もなく、基本魔術とはいえ即興で編んだとは恐れ入るね。そんな術式を使ったら、大量の魔力開放で内臓を焼かれてもおかしくないよ?ルビアはあとでシスターに診てもらうように」
そこまで言って、リフィは表情をにやりとさせた。
「とはいえ、ゴブリンをまとめて討伐した事実は称賛に値する。君はここに、ウルズ生に選ばれた資質の片鱗を現した訳だ」
よく頑張ったな。
そう締めて、ルビアを褒めたリフィは、再びトウヤに視線を戻す。
「ところでトウヤ。君はどうしてゴブリンの丘が2番目に低い難易度に設定されているか解かるかい?」
唐突な質問に、トウヤは考える。しばらくのうちに思いついて、そのままその答えを口にする。
「ゴブリンたちの魔術耐性が低いから、ですか?」
トウヤの答えに、リフィは40点だな、と笑う。
「それもあるが、正解では無いな。ゴブリンたちは確かに魔術に対する抵抗は低いが、君らがされたように、数で押されてしまうだろう?それに、意外と頭も回るから、君らでは勝てない場合もあり得るのは解る筈だ」
と、トウヤの横で桜があっと声をあげた。リフィが桜に答えるように、と視線を向ける。
「戦わないで済むから、難易度が低い、とかですか?」
リフィは桜の答えに正解だ、と笑う。
「ゴブリンたちは魔術に耐性が無い。つまり、何らかの魔術で行動不能にさせたり、自分たちの存在を知覚させなければ良いんだ。その方法であれば、上手くすればゴブリンの生活だって調査できる」
そこまで言って、さらにリフィはこう付け加えた。
「つまり君らは、わざわざ危険を冒し、魔力を無駄遣いしたという訳だな」
そして、にやりと笑い、「減点減点ー」などと呟きながら歩いていった。
それを聞いたトウヤたちは、改めてどっと疲れを感じたのだった。
***
遠足初日は無事に終わり、ウルズクラスはそれぞれ食事をしたり、装備の手入れをしたりして、就寝までの自由時間をすごしていた。トウヤは、班員の桜とルビア、フロウに加えて、ルーナと食事を取ることにしていた。
あたりは既に暗くなり、キャンプの各所に焚かれた松明、中央の焚火だけが周囲を照らす。食事はその焚火を囲うように配置されたウッドテーブルで、予め備蓄されている携帯食料だった。
「携帯食料ってちょっと味気ないよね」
フロウは缶詰を開けつつ呟いた。
学院食堂製の缶詰。
中身は学食の料理と同じで、保存のための魔術がかけられており、携帯食料とは思えないくらい贅沢なのだろう。だが、盛り付けられていない料理だと、なんとなく味気ない気がするのも確かだった。
「そう?私はこういうの、結構好きなんだけど」
故郷の夕食を思い出すというルビアの言葉に、桜も同意を示す。
「こういうのって良いよね。まさに課外授業って感じがするもの」
みんなでキャンプファイヤーを囲んで、寝食を共にする。
魔術を学ぶ場所でも、そういった点は普通の教育機関と同じく、楽しいものだ、と桜は言う。
「私は少し…苦手、です。皆さんと上手くやれるか不安で…」
ルーナは、特にアズがいる事がプレッシャーなのだろう。
元々内気そうな性格なのもあり、慣れない環境とランダムなチームは、彼女にとっては負荷が大きいように見えた。
「ルーナは、今日は誰と一緒だったんだ?」
「今日は、ミストラルさんとパトリシアさん、水花奏子さんとでした」
ミストラルはクラストップの魔術師と目され、パトリシアは槍遣いの魔貴族、奏子はケットシーの人形遣いだ。ウルズクラスの中でも上位陣に入る面子になる。
「いい班じゃない。ミストラルはちょっととっつきにくいけど、パティも奏子も話しやすくない?」
パトリシアは貴族出身ながらも面倒見が良く、奏子は誰にでも人当たりの良い性格で、話しやすい。控えめなルーナでも、気兼ねなく行動できたと思ったが、ルーナは苦笑いした。
「ええ、とても良くしてくれたのですけれど、私が足を引っ張ってしまって…」
ルーナたちの通ったルートは湿地帯で、人サイズの魚類や、小型のサーペント種が生息しているルートだったのだが、ミストラルの魔術で氷の舟を造りだし、奏子の人形がオールを漕ぎ、ルーナとパトリシアが迎撃するという進行だったそうだ。
パトリシアは専ら近接攻撃専門なので、必然的にルーナが遠距離攻撃をしていたが、何度も接敵を許してしまった。それについて謝ると、パトリシアは「全て防がれては、私のやることが無くなってしまいますわ」と笑ってくれたのだが、それでも、ルーナは自分が足を引っ張っていると感じたようだった。
そんな言葉に、ルビアから優しい言葉が返される。
「誰でも得意不得意はあるよ。ルーナが出来る事をすれば良いと思う」
今日の1番の功労者であるルビアは、ルーナに笑いかけた。
「こっちなんて、トウヤは倒れるし、フロウはゴブリン呼び出すし、ルーナの方が優秀だから大丈夫よ」
続く桜のフォローに、ルーナの陰った顔が、少し明るくなる。
「そう、でしょうか…?」
それでもまだ自信なさ気な様子に、フロウはルーナの肩を叩いた。
「気にしない、気にしない!」
「それフロウが言う?」
そんな様子で、遠足初日の夜は深まっていく。
***
それぞれが寝床に付き、寝静まる夜。
トウヤは昼間見た夢が気になり、眠れずにいた。
過去、なのだろうか?
思い返す程に深まる靄にいるようで、どうにも寝付けない。
トウヤは夜風にあたろうと、寝床を抜け出して篝火の方へと向かった。
篝火はゆらゆらと影を揺らす。
そばには丸太が転がしてあり、トウヤはそれに座った。
魔術師の家系。
雪の武家屋敷。
真紅の髪と純白の翼。
鮮明な白昼夢は、生々しい現実味を以て、トウヤにナニカを訴えかけていた。
あれは間違いなく、記憶の欠片だ。
過去のこの身体が見た記憶が、白昼夢として現れたのだ。
それが何だったのか、なんのために白昼夢として現れたのか。
それが判らないまま時はすぎ、やがてそんなトウヤの背中に声がかかる。
「こんな時間にどうしたの?」
トウヤに声をかけたのは桜だった。一緒にルビアもならんでいた。
「二人こそ、どうしたんだ?」
「夜の散歩よ。なんだか眠れなくてね」
座ってもいいかと問われたので、席をあけるとトウヤの隣に桜、その隣にルビアが座った。
ルビアの翼は、言われるまでもなく、鳶色だった。
少しの沈黙があり、トウヤは呟く。
「昼間に視たものの事を思い返してた」
視たものを、二人に話す。
武家屋敷の事、純白の翼の少女の事、魔術師の家系の事。
断片的にしか見られなかった景色を、トウヤは詳細に話そうとする。
まるで、陸に上がった魚のようだ。
息が苦しくて、少しでも酸素を取り込もうとするように藻掻く。
同じように記憶を求める自身が、滑稽に感じた。
「記憶は戻りそう?」
「…解からない」
焦る気持ちが、言葉に棘を生やす。
炎のゆらめきのせいで、桜の顔が同時に怒り、悲しみ、心配しているように見えた。
トウヤの弱々しい言葉に、桜は答えなかったが、代わりにルビアが答えた。
「無理、しなくていいんじゃない?」
そう言ったルビアの表情を、トウヤは認識できなかった。
篝火の灯りのせいで、ルビアの髪も翼も、全てが真紅に染まり、一瞬だけ、その姿が昼間視た映像と重なったからだ。
トウヤはいてもたってもいられなくなり、ルビアに聞いてみたくなった。
「なぁ、ルビア」
「何?」
「俺は、過去にルビアと出逢ってないか?」
ルビアは急に真顔になったトウヤを見て、けれど首を横に振った。
「さっきの純白の翼の娘の事を言っているのなら、残念だけど、それは私じゃない。トウヤも知っての通り、私の翼は鳶色だもの」
明確に、希望に縋ったトウヤの願いは否定された。
トウヤにも解かっていた事だ。
項垂れると、自身の首にかかる物が目に入った。
「そいえば、これに見覚えないか?」
そう言って、トウヤは首にかけていた羽根飾りを引っ張り出した。純白の羽根飾りだ。
「…………―――――」
ルビアはその作り方に見覚えがあった。
トウヤが出逢ったのは白い翼の少女だと言った。確かに、ルビアが神隠しにあった時と状況は似ているし、羽根飾りの作り方も故郷ではよく作られていたものだ。けれど、やはりルビアの羽根は鳶色だった。
だからルビアは、知らない、と答えた。
まるで、何かから逃げているような、そんな気持ちがあるような気がした。
トウヤはそこで、やっと諦めたのか「ごめん、どうも変なことを聞いちゃったな」と空元気で笑う。
そして、そろそろ寝るよ、と言い残し、トウヤは自分の寝床へと戻っていった。
それを見送って、桜とルビアは同時に口を開く。
「ねぇ」
「あのさ」
重なる声が、気まずい。
ルビアが無言で促したので、桜はとどめた言葉を再び口にする。
「やっぱり、トウヤは神無の魔術師なのかな…」
今のトウヤが嫌いではないだけに、もしトウヤが神無家の魔術師であった時に、桜はどう接していいのか不安になったのだ。
今のところ、普通に接する事が出来るとは、到底言えなかった。
「そうじゃないかもしれない」
ルビアは気を遣って慰めてくれるが、今は必要なかった。
「ううん、気休めはいいの。ただ、そんな気がしただけ」
面倒くさい奴でごめんね、と謝ると、ルビアは苦笑いした。
「そう思うなら、言わないでよ」
苦笑いしながらも、ルビアは桜の不安を受け止めた。
そして、次に桜から促され、今度はルビアが言いかけた言葉を言い直す。
「出会いも羽飾りも、そっくりだった。色、以外は」
過去に神隠しに遭った時の、魔術師と。
だが、トウヤにも告げた通り、ルビアの翼は鳶色だし、髪だってそうだ。
故に、トウヤが出会ったであろう純白の翼の少女と、自分自身は別人のはずだ。
「別人、にしても、なんだか似てるわ」
期待のような、不安のような、モヤモヤした気持ちが、ルビアを満たす。
似ている、という響きが、何かを呼び覚ましそうな気がして、ルビアは会話を断ち切った。
「…考えても、仕方ないんだけどね」
そして立ち上がると、桜を誘う。
「明日もあるし、そろそろ寝ないと」
「そうね」
桜もそれに同意し、そのまま夜は更けていった。




