《記憶の欠片》6.ゴブリン
しばらく歩くと、道には多少の凹凸が出てきた。ゴブリンたちの巣くう丘陵地帯に入ったのだ。
辺りには石造の遺跡があり、ところどころ柱やらガーゴイルやらが朽ち果て、崩れ落ちている。
まばらな木と、一面の芝生と、遺跡の断片。
それが、ここらの景色の全てだった。
「遺跡地帯に入ったな」
トウヤの声に、桜が同意する。
「此処って、魔術史の授業で習った魔導国家の都市だったのよね?」
魔術史とは、この世界での魔術歴史を扱う授業だ。桜が思い出すように言うのは、授業でもさらっとしか触れなかったからだが、そこにフロウが補足を入れる。
「そうそう。ゴブリンが住んでるのも、魔術的な防衛装置が残ってて、外敵が少ないからなんだってさ。まぁ、ゴブリンシャーマン以外は時々防衛装置に引っかかるみたいだけどね」
勉強嫌いなフロウの、数少ない得意科目である魔術史だけあり、フロウは自信満々な様子。そこに食いつくルビアと桜を連れて、坂道を登っていく。
「シャーマンって事は、ゴブリンにも魔術師がいるって訳ね」
トウヤは会話を聞きつつ思い出す。
ゴブリンシャーマンは、ゴブリンの群れをまとめるリーダー格、だったはずだ。リフィ先生の講義によると、賢い個体であれば人間族に近い知能があるらしく、魔物ではあるが会話が成立する事もある。また、シャーマンが率いた群れは稀に高い社会性を持つようになり、群れ全体が一定水準の知識を持つと、上位種のホブゴブリンに分類される様になるとか。
「そうそう。でも、魔術師とは言っても、僕らでいう土操魔術とか身体強化とか、限られた魔術しか使えないらしいよ?」
使えるのは、主に土属性の魔術で、泥を撃ち出す魔術や、身体の硬化、武器強化などだ。稀に魔弾を使えるエリートがいて、その場合は危険度が一気に上がる。
「講義では、ゴブリンは基本的に魔術適性が低いって言ってたね。身体能力も知能も低めなのが理由だったっけ?」
「確かそうだったかな?弱い者が魔術のある世界でも存続できているのは、個体としての弱さを数で補っているから、だったかしら?」
魔術が扱えず、肉体も賢さも他に劣る、数だけが取り柄の相対的下等種。魔物、魔獣、亜人が多数生息するこの世界では、ゴブリンは食物連鎖の下層に位置する存在だ。
リフィ先生は、そんなゴブリンたちを相手取る場合について、なんと言っていただろうか?
それが思い出せず、トウヤは記憶を漁る。
「このルートの難易度が低めなのは、魔術師ならゴブリンくらい倒せるだろって意味だよね」
なんとなくフロウの言葉にしっくり来ていないのだが、残念ながらトウヤの記憶からは答えが出てこない。
確か、群れで行動するため、何かに注意するように言っていた気がするのだが。
「んー?そうかなぁ…?」
桜もしっくり来ていないようだが、そのまま会話は流れてしまう。
「だいぶ遺跡が増えて来たな」
4人で歩いていくと、丘の高い所に登っていくにつれて遺跡は多くなっていき、頂上付近には、まだ建物として形の残っているものもちらほらとみられた。
そんな遺跡を見て、フロウがうずうずとし始めた。
「ねぇ、トウヤ」
フロウが何かを言いかける。その表情は遺跡に興味津々な様子で、その顔はトウヤに嫌な予感しか抱かせなかった。
「何を言いだそうとしているかは知らないけど、間違いなく、ダメ」
だから、トウヤはフロウが何かを言い出す前に釘をさすつもりだった。
しかし、そこはトラブルメーカーといわれるだけの事はある。フロウはトウヤの答えなど待たずに、遺跡に向かって一直線にかけ出していた。
「ま、僕は何言われたって見に行くけどねー!」
走りながらそう叫ぶフロウを追いかけようとして、トウヤは足を踏み出す。
が、そんなトウヤの視界に、何かあまり見たくないモノが映る。恐らく、並んでフロウを見ていた桜やルビアも気付いただろう。
気付いていないのは、走りながらトウヤたちを振り返っていたフロウだけ。追いかけてこないフロウが疑問に思って立ち止まる。
「どうしたのさー?」
向こうの方にいるトウヤたちに、フロウは呼びかける。
背中になにか気配を感じるが、フロウはそんなことよりも、クラスメイト達のいつも通りでは無い反応の方が重要だった。
「何かあったのー?」
答えが返ってこないので、もう一度呼びかけるが、やはりトウヤたちから答えは返ってこない。心なしか、トウヤたちはフロウでは無く、その背後を見ているような気がしないでもない。そして、後ろで足元の草を踏みしめる音が聞こえた気はするものの、フロウはますます疑問を…というか、あまり気付きたくなかった悪寒を無視しつつ、再度トウヤたちに呼びかける。
「おーい!」
と、まぁ答えは返ってこないと踏んでいたフロウは、徐々にトウヤたちの方に戻ろうとしてみる。が、そんなフロウの肩を掴む何者かの手。
もはや悪寒しかしないフロウだったが、恐る恐る振り返れば、その手の主はニタリとフロウに笑いかけた。
「どうもこんにちは…」
顔をひきつらせながら、フロウはその手の主…ゴブリンのシャーマンに笑い返す。冷や汗が背中を伝うフロウは、この後どうしようか必死で考えるが、どうしても悪い予想しかたたない。そんなフロウを尻目に、ゴブリンのシャーマンはがっちりとフロウの肩を掴んだまま、背後にいる大量のゴブリンたちに何かを叫んだ。それにこたえる大量のゴブリンたちは、嬉々とした醜悪な笑みを浮かべ、シャーマンへと叫び返す。
「「「「――――――――!!!!!!」」」」
シャーマンの告げた何か。
それはよくわからない言葉だったし、当然意味など解かるはずも無いのだが、何故かフロウは、その言葉の意味するところが何となく解かってしまった。
即ち、今すぐ逃げなければ命の危機である、と。
「弾ける烈風!」
解かった瞬間、風の魔力を一気に解放し、シャーマンを吹き飛ばすと同時に、フロウは魔術の勢いで地面を蹴り、トウヤたちの方向へと一気に跳びだした。
一方、そんな様子を遠めに眺めていたトウヤたち。
フロウが最初に叫び、こちらを振り返ったところで、トウヤたちにはしっかりとゴブリンたちが巣穴からわらわらと出てくる様子が見えていた。
その時点ですでに3人は冷や汗が吹き出していたのだが、フロウがこちらに叫ぶごとに、さらにゴブリンたちが増えていくので、もはや言葉すらない。
極めつけに、ゴブリンの軍勢を連れて、フロウがこちらに走って来るのだから、フロウを見捨てずに逃げなかったことだけでもほめてもらいたい。
桜はフロウが魔術を使った時点で、軽くパニックになりかけていた。トウヤやルビアもパニックになりかけていたが、先に桜がそうなったことで、逆に二人は冷静に状況を見極めることができた。
視線を交差させ、トウヤとルビアは武器を構える。
「落ち着け、桜!」
トウヤが一喝すると、桜はなんとか冷静さを取り戻す。そのままトウヤは、桜にフロウを援護して逃げられるようにと指示を出し、さらにルビアに問う。
「魔力の残りは少ないかもしれないけど、ゴブリンたちを止められるような魔術は無いか?」
ルビアは少し考え、答える。
ルビアが扱える魔術は、授業で習った音と幾何学魔術。それも基本的なものだけだ。しかし、それらを応用する事で、理論上はどんな魔術でも行使できるはずだった。
魔術耐性の低いゴブリン程度ならば、複雑な応用をせずとも、討伐や束縛は可能だろう。特に、この土地は元々魔導国家の土地であり、土地に潜在する魔力は普通よりも濃い。であれば、幾何学魔術をベースに、土地の魔力を利用する術式にすれば、ルビア自身の負担は大きくない。
そう結論づけ、ルビアはトウヤに返答する。
「多分、出来るよ。けど、土地から魔力を吸い上げる術式にしないといけない。時間さえ稼いでくれるなら…やってみせる」
ルビアのその言葉に、トウヤは解かった、と刀を構えてゴブリンの群れに突っ込んでいく。
「桜は二人の援護をお願い!」
ルビアはそれを見て桜に援護を頼み、桜が頷くのを確認してから、地面に魔術式を描き始める。
自身を中心に、ぐるりとひと振り。穂先が地面を削り、円が刻まれる。
槍の穂先で描かれる幾何学模様には、基本魔術が詰め込まれていく。魔力変換式、属性変化、拡張式、効果範囲、拡張式、拡張式、魔力導線設定、拡張式…。まだ、足りない。円の外に、更に式を書き足していく。だが、頭の中では、全体の形は既に出来上がっており、あとは時間の問題だと思われた。
ルビアの理論では最適解だが、即興で描くには時間がかかる。焦る気持ちを抑えつつ、ルビアは式を埋めていく。
そして、そんなルビアを背にゴブリンの群れに突っ込んだトウヤは、フロウが近づくと魔術を詠い、その背後へと魔弾を放つ。
「《旋風の魔弾》」
トーナメント戦の後、ひたすら練習しておいた魔術が、ここに来て役に立った。短期間でモノに出来たのはこれくらいだが、ゴブリン相手なら威力は十分だ。
魔弾は2体のゴブリンを貫通し、腹に大穴を開けて消えた。魔弾に追従するように駆け出すと、フロウに迫っていたゴブリンを斬り伏せ、フロウに叫ぶ。
「フロウ!ゴブリンをここで足止めするんだ!」
その言葉に、フロウも何か策がある事に勘づいて、振り向きざまに自分の得物を構える。
「ごめんよっ!迷惑かけてさっ!」
そう叫び返し、フロウはハルバードを横薙ぎにする。
切れ味鋭い太刀は、ゴブリンたちの錆ついた武器を弾き、その身体を切り裂いた。ここまで倒した数は5体。残りはまだまだいる。ハルバードは、フロウの魔術の支援を受けて風の刃を纏い、ゴブリンたちを引き裂いていく。
一閃、袈裟斬り、兜割り、また横薙にひと振り。跳び回り、または攻撃を風で弾き、フロウは返り血すら浴びず、ゴブリンを殺す。
ゴブリン数匹を吹き飛ばし、フロウは笑う。
だが、その顔には隠しきれない緊張が滲んでおり、その威勢も半分は張り子なのだろうと想像がついた。なんせ、死ぬかもしれない実戦はお互い初めてだ。
トウヤにしても、フロウを追いかけてバラバラにやってくるのでなければ、応戦はしなかっただろう。確実に1匹ずつ排除するようにしなければ、あっという間に囲まれる。
かなり綱渡りではあるが、殺したゴブリンはこの時点で12。突撃してきたゴブリンたちはすでに半減していた。
全て近接攻撃だったこと、数で圧されなかったことが幸いしたが、流れが変わる。二人の戦闘を見て、強いと理解したゴブリンたちは標的を二人に絞り、トウヤの思惑通りゴブリンたちの足止めに成功したのだ。
遠巻きにし、後続が合流するゴブリン。
風の魔弾で牽制するが、取り巻きが大きくなり囲まれるのに、そう時間はかからなかった。囲いが出来ると、トウヤとフロウは互いの背中を守るように立ち位置を変える。
波状攻撃が始まる。
拳大の石が投げつけられ、2、3体が迫る。刀とハルバード、風の魔術が肉を裂き、血を振り撒くが、間違いなくジリ貧だ。だが、これで良い。ルビアの魔術が完成するまで時間を稼ぐのが目的だからだ。
包囲が完了した事で、ルビアたちの方にもゴブリンが行き始めたが、そちらは桜の弓により抑えられているので、問題ない。あとは時間との勝負だった。
「ちょっと数、多くない?!」
「ルビアの魔術が完成するまで持ちこたえろ!」
けれど、ゴブリンたちは徐々に数で二人を圧倒し始める。
わらわらと押し寄せるゴブリンの群れ。遺跡の奥から次々と湧き出る敵に、力で勝っているにも関わらず、トウヤたちは徐々に追い込まれ始める。
「くっ……!」
ぎりぎりと、錆びた剣の一撃が鎬を削る。
リフィの言っていた通り、刀には持ち主への身体強化魔術がかかっていた。それにより多少身体が丈夫になっているようだが、実感としてはほとんど生身と変わらないため、正直意味はない。ゴブリンといえど、攻撃が続けば疲労は貯まるし、投石が掠りもする。そして打ち合ううち、僅かに集中が途切れた。そして、それはゴブリンたちに決定的なチャンスを与えてしまった。
無防備なトウヤの後頭部へと、ゴブリンの投石が飛来する。
「しまっ……―――――」
けれど、投石はトウヤには届かなかった。
ハルバードが大きく振りかぶられ、ギリギリ投石を砕いたからだ。
「弾ける烈風!」
魔術で無理矢理囲いを押しひろげ、フロウは滲んだ汗を拭った。
「これで一つ貸しだね!」
「助かった!」
そんな言葉に、トウヤはふっと短く笑い、再び集中して奮起した。
トウヤの斬撃。
フロウの一閃。
桜の一射。
限界は近づくが、トウヤたちはなんとか持ちこたえ、魔術入り乱れる戦場は、血と土煙に塗れていく。
それらは確実にゴブリンたちの足を止め、やがて空から声が降る。
「トウヤ、フロウ!離れて!」
その声が届くと同時に、フロウはトウヤに抱きついて、魔術を放つ。
「弾ける烈風!」
ゴブリンの群れから力任せに抜けだし、それを追うゴブリンの前に、一振りの槍が突き刺さる。
トウヤ空中で見た一連の光景は、忘れられない光景となった。
それは全部で3本。
ルビアが上空から投擲した槍。
それら全てにルビアの魔術式が組み込まれ、地に突き刺さった3振りの槍は、三角形の幾何学魔術を描く。トウヤたちには解らなかったが、それはルビアが描いた魔術式を地面に投影したものだった。
途端、光の壁が現れて三角錐となり、ゴブリンたちを残らず閉じ込め、土地から魔力を吸い上げた魔術が着火し爆発、領域内を焼き尽くした。
ルビアが空から降りてきて、トウヤたちは四人で魔術に焼かれた三角形を眺める。
「なんとか……なったな」
トウヤがそう漏らすと、桜が答える。
「そうね…。ホントにぎりぎりだったわ」
続いてルビアも、苦笑いしながら言葉を零す。
「ゴブリンたちにはちょっと理不尽だった気もするけどね……」
そして最後に、フロウ。
「まぁ、なんとかなったし良いじゃん?」
その言葉にトウヤたちは、お前のせいだろ、と突っ込みたかったが、今の戦いと魔術で既に気力も無く、誰も何も言えなかった。




