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《記憶の欠片》4.記憶の欠片

「そいえば、3人の故郷はどんなところなの?」

フロウの見つけた風百合の群生地をあとにして、しばらく歩いた頃にフロウは思いだしたように問いかける。そんなフロウの問いに、ルビアと桜は僅かに故郷を思い出す。

けれどトウヤは、忘れてしまっている故郷など思いだせるはずもなく、後ろを振り返って桜を見た。桜はそれに気づき、少し思案してから、口の動きだけで、なんとか話を合わせて、とトウヤに告げる。

その間に、ルビアが自分の故郷を思い返しながら話し始めた。

「私の故郷は、この辺りとは違って緑のまばらな、大地に亀裂の走った場所だよ」

懐かしそうに、ルビアは自らの故郷を語る。

「深い谷に棲む私たちハルピュアはね、岩肌を削って集落を作ってるの。谷にはいつも風が吹いていて、私たちは近くの海では魚を採り、谷では過酷な環境でも育つ作物を作って暮らしているんだ」

世界の名も知らぬ、閉じたハルピュアの一族。

魔術は在れど、発展深からず、素朴に自然と生きる、翼もつヒト。

「風と歌い、風と走り、風と踊り、風と共に眠る。遥か昔から、産まれて死ぬまで、風と全てを共にする。そんな一族に、私は産まれたの」

そんなルビアの言葉に、フロウが抱いた感想を漏らす。

「ルビアも、風と共に在る一族なんだ。僕らと一緒だね」

ルビアは頷く。

「そうだよ。私たちは一生を風と共に過ごす一族。殆どのハルピュアは生まれた谷から離れることなんて無くて、外にでるのは物好きな旅人くらい。それは多分、他の一族も同じだから、私みたいに魔術を習うために集落を出るハルピュアなんてほぼいないんだ。実際、集落を出るときには相当反対されたしね」

そう言って苦笑いするルビア。と、そこにフロウが首をかしげ、ルビアに疑問を投げかける。

「あれ?でも、ルビアって最初から魔術使えたよね?魔術を習うために集落出るのに反対するくらいだし、ハルピュアってあまり魔術使わないんじゃないの?」

フロウの質問に、ルビアは言葉を返す。

「あぁ、それは私が族長の娘だったから」

そう言って、少し恥ずかしそうに、ルビアは自身の生い立ちを明かす。

「一族の中には巫女がいて、治癒とかの魔術をいくらか使えるんだけど、私は少し魔術を教えてもらってたんだ。だから、魔術師って程では無いけど、簡単な魔術は使えたの。それにね、私が集落を出るのに反対したのって、実は父と兄なんだよ」

それを聞いて、トウヤは何となく合点がいった。恐らくは、族長の子であるが故に、簡単に集落を出る事が出来なかったのだろう。女児であり第一子で無かったルビアだから、なんとか無理を通して集落を出ることができた、といったところだろうか。

それを証明するように、桜が口をはさむ。

「ルビアは族長になる訳じゃ無かったから、集落を出ることができたんだよね?」

桜の言葉に、ルビアは頷く。

「桜が言った通り、私は末っ子だし女だから族長にはなれない。だから、集落を出ることが許されたんだ」

それから少し空を見上げ、小さく呟く。

「でも…そのおかげで、私はここに来れた」

そして、ルビアが視線を下げ、桜に視線を向ける。

「次は桜たちの番だね」

そう言われて、桜は一度だけ視線をトウヤに向け、それから自分の…神無とそれに関する家柄について話し始めた。

「私たちのいた世界は、人間族がたくさんいて、大多数が魔術なんて知らない世界よ。その中で、魔術を追求し続けている家系があって、その魔術大家の分家が私たちのいた近衛家なんだ」

そんな桜の説明に、フロウが喰いついた。

「へぇ?それじゃあ、桜とトウヤは結構お金持ちなんだ?」

フロウは分家があるイコール屋敷が大きいのだから当然お金もある、と思ったのだろう。そんなフロウの質問に、しかし桜は苦笑いしてそれを否定した。

「別にお金なんて無いわよ?だって分家って言っても端の端だったし、有名無実もいいとこなんだから」

そして、ねっ、とトウヤに同意を求める桜。

「まぁ、うちも似たようなものだったかな。けっこう普通の家だよ」

トウヤがそう答えると、フロウはやや残念そうに零す。

「なーんだ。せっかくトウヤと良い感じになって、玉の輿狙おうかなーなんて思ったのになー」

フロウの表情を見ればもちろん冗談だと判るのだが、それでもトウヤはちょっとびっくりした。そんなフロウに、桜が言う。

「やめといた方がいいと思うわ。魔術大家なんて、何にも良い事なんて無いんだから」

いつもの口調のはずなのに、トウヤには桜の声がいつもよりも冷たく聞こえた。そんな気がして、トウヤは桜を見つめる。けれど、やはり変わったところなど無く、桜はいつも通りだ。一応ルビアの方も見てみるが、ルビアもいつも通りで、桜が変化したとは思っていないのだろう。

違和感を覚えるものの、トウヤはただの思い違いと判断して、再び会話に集中する。

桜の言葉に、フロウはそうかなぁ…?と首をかしげるものの、それはそのまま納得し、トウヤは何気なく次の一歩を踏み出す。


刹那、ぶれるようにトウヤの視界が消え去った。


ふわり、とトウヤの身体が宙に舞い、トウヤはここで無く、今で無い時間を視る。

瞬間のスライド。

視えたのは、とても広い武家屋敷。そこにいるたくさんの召使いたちと、一握りの魔術師―権力者。

視えたのは、地下にある巨大な幾何学魔術。それは多くの魔術師の血で描かれていて、とても懐か(おぞま)しい。

視えたのは、雪に埋もれる少女と、屋敷からそれを見つめる少年。純白に染まる、天使のような少女には真白な翼が……。

そこまで視て、トウヤは唐突に、耳元で叫ばれる声に目を醒ます。

「しっかりして!」

気付けばトウヤは道に膝をつき、前のめりになった身体をルビアとフロウに支えられていた。耳元、というかトウヤの正面には桜がいて、泣きそうな表情でトウヤに語りかけてくる。

そんな顔を見せられて、トウヤは思わず大丈夫、と口にする。

(大丈夫、なんとか…身体は動く)

半ば自分に言い聞かせるように呟いて、トウヤは地面をしっかり踏みしめる。しばらくじっとしていると、身体は徐々に元の調子を取り戻していった。

「………は、ぁ」

なんとか呼吸を落ちつけて、ルビアとフロウに離れてもらい、3人に謝る。

「ごめん、心配かけた…」

けれど、3人の表情はすぐれず、ルビアとフロウは相変わらずトウヤを気遣うような視線を向け、桜に至っては怒っているのか心配しているのか解からない表情になっていた。

やがて桜が我慢ならなくなって、トウヤに怒鳴った。

「そんな青い顔で、誰が大丈夫なの!」

あっけにとられるトウヤを置いて、桜はルビアとフロウに言葉を投げた。ルビアには高みから休めそうな場所を探すように、フロウにはトウヤを支えてルビアの見つけた場所まで桜と二人で運ぶように、と桜の指示が飛ぶ。

すぐにルビアは場所を見つけ、トウヤはふらふらとした身体を支えられながら、桜とフロウに脇を抱えられ、移動する羽目になった。


     ***


夢現に、トウヤはさまよう。

不安定に揺れる身体(イレモノ)から剥がれて、意識のみがそれを知り、識っている。

視える。

そこは縁側。

視点は誰か。

雪の降る庭園の真ん中に、雪色の翼を寒さにふるわせる少女。

少年は、ここで無い世界が存在することも識っていたし、そこには異形の存在がいることも識っていた。そして、それが決して安全ではない場合もある、という事も。

羽翼もつ者には、数々の種あれど、人間と近しい姿をもつ者は、ハルピュアか、一部の竜人、竜化した風霊族(シルフィード)、そして天使とその落とし仔・天魔(ネフェリム)くらいのものだ。ハルピュアであればアルビノであり、他のモノであれば考えるべくもなく、いずれにおいても危険な存在となりうる。

加えて、その髪色が深紅である、という事実は、少なくともアルビノではないという証明であり、視点の主に危害を加える存在でないという保証はなかった。

だが、その視点の主は、少女の無垢な、そして不安げな瞳をのぞき、そして手を伸ばした。

その手が触れようとして、唐突に夢は覚める。


目を覚ますと、トウヤは川のほとりに寝かされていた。

うっすらと目を開けると、視界に桜の顔が映る。

「…………さ、くら?」

無意識に名前を呼ぶと、桜は動かないで、と身じろぎするトウヤをたしなめた。その、まるで母の様な桜の様子にトウヤは安心して、夢で凍りついた身体を弛緩させる。

辺りには誰もいないのか、他の二人の姿は見当たらない。

頬に当たるそよ風は春のような暖かさを含んで、トウヤはゆっくりと流れる時間に身を委ねる。そして、ふと思い出したかのように、桜にさっき視たモノの事を零す。

「さっき…無くした記憶を視たかもしれない」

そんな言葉を皮切りに、トウヤはさっき視たイメージをゆっくりと言葉にしていく。

印象に残っているのは雪の白さ。それから、寒そうに震える翼をもった少女。真っ白な翼。髪は長くボサボサだったが、深紅の髪色と無垢な瞳が記憶から離れない。

それらはきっと、トウヤの失われた記憶の断片に違いない。

トウヤの言葉を静かに聞き、そして桜はトウヤの事をただ見つめていた。


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