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《記憶の欠片》3.風百合

「で、第一目的地はこのキャンプ。ルートは幾つかパターンがあるみたいで、道筋が短くなるごとに難易度が上がるようになってるらしい」

支給品の中から地図を取り出して、トウヤは桜たちに目的地までの道筋について説明する。

主なルートは、平原の道をぐるりと回っていくルートと、丘ルート、湿地帯ルートがあるらしい。地図にはそれぞれ主に生息している生物の名前が書かれていて、難易度の指標らしき星マークが付加されていた。因みに平原が星1つ、丘が2つ、湿地帯は4つに設定されている。

そこまで説明して、トウヤは改めて3人に意見を求める。

「どのルートで行くべきかな?」

道中、戦闘があると考えた場合、前半から体力を消耗しないよう間違いなく湿地帯は避けるべきだ。トウヤは少なくともそう考えていた。そして、それは全員同意見の様で、取りあえず湿地帯のルートは無いよね、とルビアが呟く。必然的に平原か丘か、という事になるのだが、そこでフロウが言う。

「僕らウルズクラスなんだし、平原のルートじゃ簡単すぎるでしょ」

桜ももっともね、と同意し、そのままトウヤ班は丘のルートを行くことにした。


     ***


学院の城門を越え、平原をいく。

日の光は辺りを温かく照らし、心地の良い風が頬を撫でては過ぎ去っていく。昼間は授業で学院の外を知らない生徒たちには、それはとても素晴らしい景色に映った。

「いきなり遠足とか言われてちょっと不安だったけど、こんな風に外に出れるなら、これからも遠足大歓迎だねー」

三人はフロウに同意する。学院から外といえば、城下町までが多く、その外へでるのはスクルドクラスの下宿生たちくらいだ。ウルズクラス配属から間もない頃のトウヤたちは、城壁の外へでるのすら珍しい事だった。

フロウは子供の様にはしゃぎながら、先頭を歩くトウヤを抜いて、一人駆ける。その走りは多くの生徒たちに踏み均されてきた道をそれ、草原の中に入り、また道に戻り、そして逆側の草原へと跳び込んでいく。そんな様子を、トウヤも、桜やルビアも、微笑みながら眺め、その後に続いて歩いていく。

「はしゃぐのは良いけど、はぐれるなよー」

気付けば結構な距離を隔ててしまっているフロウに、トウヤは叫んだ。そんな麗らかな日和の中、桜は小さく、誰に向けるともなく呟いた。

「いつも学院の中ばっかりだから、外がこんなにも気持ちいい事、忘れてたなぁ……」

そんな小さな呟きに、ルビアが言葉を返す。

「本当に、忘れてたかも…」

ルビアは空を見上げ、光の眩しさに手をかざす。

「ホント、こんなにのびのびとした雰囲気は久し振りだよね。学院内だと他のクラスの目もあるし、気を抜いてもいられないしさ」

ウルズクラスは、学生たちの頂点である。

トウヤはまだ自覚していないようだが、もうしばらくすれば、ヴェルザンディやスクルドから向けられる様々な感情に気付くだろう。

「オラクルの時は気にならなかったけど、その頃とはやっぱり違うよね。ウルズってだけでプレッシャーが凄いし…」

クラス分け前に配属されるオラクルクラスでは、感じ得ないものだ。そもそも、オラクルに配属されるのは、魔術的な知識に乏しい者が多く、階級意識の高い魔術師の血筋出身が少ないためではあるが、桜もルビアも、オラクルクラスの雰囲気を基準にしており、他クラスの圧力にはまだ慣れない部分がある。

魔術師たちの集まる学院。その中における、才能を認められた集団。

そして、そこに向けられる憧れ、称賛、崇拝、羨望、嫉妬、敵対心。

実に様々な感情ー思想を持つのが人間であり、魔術師はその中でも色濃く特徴的な者が多い。

「こないだフロウが言ってたけど、そのうち、複数クラスでの戦闘演習もあるらしいよ?」

他のクラスにも友人の多いフロウは、噂に関する真偽の精度はさておき、授業や演習の事には意外と情報通だ。そのフロウが言うなら、恐らく正しいのだろう。

「そうなんだ。…ちょっと、自信ないなぁ」

故に、戦闘演習に自信のないルビアがため息をつく。

普段講義は別であり、戦闘演習でしか直接関わらないウルズとその他のクラスでは、何かにつけて優劣を付けたがる者が多い。特に、実力を認められた場合には、クラス変更すら有り得るのだから、下位クラスからすれば、普段以上に気合を入れてくるのだ。成績の悪いウルズ生の降格も前例があると知っていれば、なおのことである。

「トウヤくらい強ければ良いんだけどね」

先日の対流雅戦から後、ウルズクラスでは戦闘演習に対する空気が大きく変わった。クラスメイトたちの意識を変える程、あの一戦は鮮烈だった。桜もルビアもどちらかと言えば、戦闘演習は護身程度の認識だったのだが、トウヤの見せた高みは、そんな彼女らすら魅了している。

今代のウルズクラスは、後に魔王世代と呼ばれるのだが、クラスの誰もが、その事をまだ知る由もない。

「桜は弓だから、立ち回りが難しいよね」

「その辺はもっと考えないとダメね」

トウヤは二人の会話に聞こえた自分の名前に、僅かに後ろを振り返った。

桜とルビアは、学院で見たことの無いような、安らかな微笑みをこぼしていて、その表情に、トウヤは一瞬だけ思考が止まって、それから顔が一気に熱くなった。

見惚れてしまったのだ。

この数日で見慣れたはずの二人の笑顔。けれど、それでもやはり、こうして普段とは違う、少し見慣れない顔を見てしまうと、途端に二人の魅力を意識してしまう。普段、一緒にいることが多いために気にしていないでいるだけで、二人ともが十分に可愛い女の子だと、トウヤは改めて気付かされる。

そんな事を考えているトウヤの視線に気付かなかった二人は、再び前を向く。慌ててトウヤは前を向いた。

「「???」」

そんなトウヤに、桜とルビアは違和感を覚えたが、トウヤに声をかけようとして、それを遮るように。

「わあああぁぁぁぁ!!!」

遠くから、フロウの叫びが聞こえた。

その叫びに、3人は一度だけ視線を合わせ、そのまま声のした方へと走る。

声のする方、背の高い草の群れをかき分け、トウヤを先頭に3人は進み、やがて草の群れを抜けるとそこには……。


「すごい、すごいよ!風百合がこんなにたくさん咲いてる!!」


背の高い草に囲まれて、たくさんの百合の花が咲いていた。

そのどれもが淡くエメラルドの様に輝き、花には風の魔力が籠っている。それを見て、ルビアが百合の正体に改めて驚く。

「これ…本当に風百合なんだ…」

トウヤと桜が視線で問うと、ルビアが説明してくれる。

「風百合っていうのはね、花に風の魔力が籠った珍しい百合のことだよ。めったに無いって聞いたことがあるけど…」

そこへ、トウヤたちに気付いたフロウが駆けよって来る。

「ねぇすごいよ!僕、故郷でもこんなにたくさんの風百合、見たこと無いもん!」

とても嬉しそうに、自慢げに言うフロウに、トウヤたちは頷いた。

「確かにすごいな、これは」

大輪の百合が一面にひろがる、エメラルドの絨毯。

輝く魔力は、草原の中でひっそりと、その楽園に眠る。

魔物に踏み荒らされていないのが奇跡的な、自然界の芸術が目前に広がっているのには、フロウでなくとも感動を禁じ得ないだろう。

フロウが良いもの見せてあげる、とその中から風百合を一輪、ごめんね、と呟いてから摘んだ。

そしてトウヤたちのもとに戻り、大事に手の平にのせた一輪の風百合に向かって、フロウは息を吹きかける。

すると。


花から風の魔力が解放されて、辺りにたくさんの光が散った。


フロウのもつ花を中心に、上へ上へと登っていく光の珠。花畑を包み込んでいた光たちは、けれど消えることなく遠くへ遠くへと、風に乗って流れていく。

トウヤはそれが、幻想的な風景であるとともに、何故かとても懐かしいものの様に感じた。そして、ふと脳裏に浮かんだのは、野に咲く蒲公英の綿毛で。

残っていた光に手をかざすと、すぅ、と光は消えて、代わりに何か球根のようなものが手の平に落ちる。

その様子を見ていたフロウが言う。

「それはね、風百合の種子になるものなんだ。風百合はあの光に子孫をのせて、遠くに運ぶんだよ」

とても懐かしそうに、フロウはトウヤの手の平にのった風百合の球根を見つめる。そんなフロウに、欲しいのかと聞くと、いらないなら、とフロウは受け取った。そして、光の珠は全て飛び去って、桜が感想を呟いた。

「綺麗な光景だったわね」

その呟きに、フロウは自慢げに言う。

「私の故郷の風霊の里ではね、毎年春になると風百合が一斉に種を飛ばすんだ。今のよりも、もっとたくさんの光が一杯なんだよ!」

と、そこにルビアが疑問を口にする。

「ねぇ、フロウ。もしかして、ここにある風百合って、まだ種ができてないんじゃない?」

そんなルビアの疑問に、フロウは、ばれた?とばつが悪そうに頬を掻いた。

「ここにあるのってさ、確かにまだ種ができてない状態なんだよね…。でも、ちょっと見せたかったというか、ね」

本当は早摘みしちゃいけないんだけどねー、とフロウは苦笑いする。その姿は、まさに悪戯を見つかった子供のようで、桜はそんなフロウに言葉を投げる。

「ありがとね、フロウ。今度また、種ができた頃に見に来よう?」

それを聞いたフロウは表情を一転させ、大きく頷いた。

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