《記憶の欠片》2.アズュール
フラムベル魔術学院。
そこは文字通り、魔術という特異な技術を教える学院であり、今日も生徒たちは自らの魔術を磨くために、研鑽を重ねていた。いや、正しく言えば、今日も授業を受け、演習をこなす、という日々変わらぬ工程において、研鑽を積むはずだった。
だが、今日は違う。
何故なら、講義を始める時間になって、ウルズクラスの担任教師であるリフィアー・アンシェンテが教室に入り、生徒たち全員に向かって機嫌よさげに言ったからだ。
「諸君、楽しい楽しい遠足に行くぞ?」
その表情はいつも通りの、ニヤリとした笑顔だった。
***
こうして、リフィの言う遠足は始まった。
事前説明が無いのは、情報も準備もない状態から、現状を把握し、道を切り開く思考と行動を鍛える課外授業だかららしい。
学院の城壁を越え、学生街を通り過ぎ、ウルズクラスの生徒たちは制服のまま城門前の道に集まっていた。因みに、クラス全員が演習と同じように得物を持っており、学院外での魔術使用許可が降りている事から、遠足とは言いつつ、程遠いものなのだろう、とトウヤは考える。
トウヤが転入してから、既に一週間ほど経っていた。
一週間もあれば、授業にも慣れるし、学院自体にだって慣れる。
だが、人間関係だけはそうすぐに広がるものでもない。桜やルビア、ルーナ、フロウとは3日で旧知の友人の様に打ち解けたが、他に友人が出来たかというと、トーナメントで戦ったミスティや、友人と呼べるかは微妙だが、流雅、それとレクレスくらいだろう。後は話した事はあるが、友人と呼べるほどのクラスメイトはいない。まあ、20人程しかいないのだ。おいおい仲良くなっていけるだろう。と、トウヤがそんなことを考えていると、武器を取りに行っていた桜たちが戻ってきた。
「みんな揃っちゃった?」
桜の問いかけに、トウヤはまだだよ、と返す。この前と同様、桜は和弓をもっている。ルビアはトーナメントの時と同じような槍と、短めに調整された投擲専用の槍だ。どちらも黒い樹から持ち手を作られており、切っ先が金属になっている。ルーナは装飾のない盾と、やはり簡素な両刃剣。フロウは地面をゴリゴリ削りながらハルバードをもってきていた。
と、4人の中で最後に戻ってきたフロウが、トウヤの腰に下がる刀に気づく。
「トウヤは自前の武器なんだ?」
フロウの指摘に、桜とルビア、ルーナの目がトウヤの刀に向く。しかし、桜やルビアには、トウヤが自前の刀をもっているはずが無い、と知っていたので、トウヤの顔を見た。
「あぁ、実はこれ、リフィ先生が用意してくれたものなんだよ」
そう言って、トウヤはさっきの事を思い出す。
教室で遠足の告知がなされた後、生徒たちは各自の得物を、寮の部屋まで取りに行き始めた。武器の無い者は第二倉庫から武器を借りてくるようにとの事だったので、トウヤも倉庫に行く生徒たちの後に続こうかと、席を立つと、後ろからリフィの声がかかる。
「トウヤ、君は武器を取りに行く必要はないぞ」
リフィの言葉にトウヤが振り返ると、リフィの手には刀。そして、そのままリフィはその刀をトウヤに手渡した。トウヤが疑問符を浮かべると、リフィは言う。
「それは君のものだ。今回は私が直接付いていられる訳ではないからね。ま、ちょっとした防護の魔術が掛かっているだけの、ただの刀だよ」
因みにそれは今後、君の物にしてしまって構わないからな、とリフィは付け加えた。そして、そのままリフィについて集合場所まで来た、とトウヤは回想を終える。
「ふーん…そうなんだ」
そんな呟きとともに、何となく納得のいったような表情の桜やルビアとは対照的に、フロウは「先生が用意したって聞くと、なんだかとてもいいモノに見えてくるから不思議だよね」なんて、トウヤから刀を借りて、じっくりと観察する。
「それにしても…学院外で武器携行って事は、やっぱり実戦あるのよね?」
不安そうな桜に対して、ルビアやフロウは落ち着いていた。
「狩りみたいなものなら、私も気が楽なんだけど」
ルビアは故郷に思いを馳せているようだ。
それに対してフロウは微塵も不安はないのか、ハルバードを振るって何かを切り裂く動作をした。
「僕にかかれば、どんな魔物も真っ二つ!任せといて!」
妙に自信のあるフロウではあるが、実戦は未経験だと言う。確かに演習ではよく戦っているとは思うが、実戦に対するその自信がどこから来るのかは、聞かないでおこう、とトウヤは思った。
「ところで、トウヤ。魔術の練習はどう?少しは慣れてきた?」
ルビアの問いに、トウヤは肯定を返した。
「あぁ、いくつかは。実戦で使えそうなのはまだ少ないけどな」
先週の演習の後、トウヤは放課後に魔術を練習している。
桜やルビアが付き合ってくれたり、フロウやルーナが来たり、ミスティが来たこともある。最初に教えてもらったのは、火、水、風、土の魔弾4種で、他にも身体強化の基礎を教わっている最中だが、今は風の魔弾に特化して練習しており、ようやく演習でも使えそうなレベルになりつつある。
「慣れるの早いよね。才能ある人はいいなぁ」
羨ましがるフロウは、トウヤに風の魔弾のコツを教えた当人である。感覚的に魔術を扱うフロウのアドバイスは、トウヤに天啓を与えるまではいかずとも、閃きを与えるには十分だったようで、その魔術を扱った時間に比べ、大きく熟練していた。
「確かに、習ってからの慣れは早いよね」
「偶々相性が良かったんじゃない?」
そんな時、トウヤをここまで連れてきた後で一度学内に戻っていたリフィがこちらに歩いてくる。だが、リフィは見慣れない人物を連れてきていた。
「なっ……――――」
瞬間、トウヤたちに緊張が走る。そして同時に、トウヤは何かとても大きな違和感を抱いた。
リフィが手を引いて連れてくる人物は、あの紺髪の少年だったのだ。その手にはしっかりと大鎌が握られ、服装も襲撃時のものだった事で、トウヤは襲われた時のことを思い出す。直接突き落とされたルーナに至っては、無意識からかフロウの背中に隠れようとしていた。
と、リフィが皆の視線の中央まで来て、少年の手を離す。少年は居心地悪そうにそこいらの地面を見つめ、リフィはそれを気にすることなく、遠足とやらの説明を始めた。
「諸君、各自武器は持ってきたかな?」
そう言ってざわめく生徒たちを見回し、それぞれが武器をもっていることを確認して、さらに話を進める。
「今日は、さっき教室で言った通り、遠足を行う」
そしてリフィは、今回の目的地が、森や山をいくつか越えた先にある湖であることや、4人一組で目的地を目指すこと、道中魔物が出ること、魔術は制限なく使用しても構わないという事などを説明していく。特に重要なのは途中でキャンプを二回挟み、2泊3日の行程という点だ。帰りは学院の転移門を使って帰るので、帰り道は心配しなくていいらしい。四人編成のメンバーも都度入れ換える。魔術と己の技量をもって、湖に到着するのが最終目標だ。
そして、一週間ほど前にも見た、リフィ特製のブラックボックスが登場する。
「説明は以上だ。それじゃ、最初の班決めのくじを引いてもらうから、いつも通り適当に一列に並べよー」
ざわつきながらも、生徒たちは一列に並ぶ。トウヤたちも流れに従い、列に加わるが、トウヤたちの胸には、言いようのない不安がすくっていた。もちろん、紺髪の少年の事だけで無く、この遠足自体の事も含めて。
くじを引くと、紙にはA班と書かれていた。
紙に従って集まってみると、そこには桜とルビア、フロウが既に集まっていた。
「うちの班は、このメンバーみたいだね」
ルビアがそう言って、周りを見回す。どうやら、ルーナはレクレスやルイン、ミスティと班になったらしい。気になっていた紺髪の少年アズュールは、何故か班に入っているリフィに手綱を握られているようで、とても機嫌が悪そうな表情になっていた。
それぞれが辺りの班編成を見ていたが、ルーナの班を見て大丈夫そうなのを確認した桜が、他の班員に問いかける。
「ところで、さっきのくじに赤丸がついてる人が班長らしいんだけど…班長、誰?」
それにこたえるはフロウ。
「どうやら僕じゃないみたい」
くじをトウヤたちに向けると、班の番号だけが書かれているのが解かる。そして、トウヤとルビアも改めて確認して、トウヤが班長だという事がわかり、桜が言う。
「班長は、リフィ先生から地図とかコンパスとか、遠足に必要なものを受け取るんだって。荷物を受け取ったら、各班で随時出発していいらしいよ」
その言葉に従い、トウヤがリフィの元へ地図などを貰いに行くと、ちょうどリフィとアズュールがもめている所だった。
「やはり帰らせてもらう」
苦虫を噛み潰したようなアズュールの言葉に、リフィはにんまりと笑う。
「この前も言ったと思うが、今日の遠足をさぼれば退学処置もあり得るぞ。君はそれ相応の事をしたのだからな」
表情がつぶさに解る距離まで近付いたところで、二人はようやくトウヤに気付く。トウヤに向きなおった二人の対応は、火と水のように対照的だった。
「あぁ、トウヤか。君があの班の班長だね?」
そう、朗らかに笑いかけるリフィに対して。
「チぃ……」
舌打ちをし、露骨に嫌そうな顔をするアズュール。片手に下げたデスサイズこそ構えないものの、アズュールは視線だけで害意をぶつけてくる。
トウヤは、そんなアズュールの態度に気分を害した。その雰囲気を瞬時に察知したのか、アズュールは口元を僅かに歪ませて身構えて、トウヤを挑発する。返すようにトウヤも刀の柄に手をかけ、睨み返した。
だが、リフィがアズュールに向けて、小さく呟く。
「アズュール君。君がこれ以上問題を起こすというのなら、私は容赦しないつもりなのだが」
その言葉でアズュールは分が悪いと悟ったらしく、再び舌打ちをし、構えを解いて視線を外す。それを確認してから、リフィはさらに言葉を続けた。
「トウヤ。彼女はアズュールという。ま、どんな娘かは何となくわかっているとは思うが、それも込みで今後仲良くしてやってくれ」
リフィの提案に、アズュールと呼ばれた“女の子”は睨む対象をリフィへと変え、職権乱用だ、と抗議するものの、リフィが聞く耳を持つはずもない。対して、トウヤはリフィの台詞に、さっき感じた違和感の正体に気づいた。そして、思わず驚愕の声をあげる。
「こいつ…女、だったのか?」
そんな、思わず口をついて出た言葉に、一気に振り返ったアズュールがキレた。
「お前…!私が男だと思ってたのか!」
そこで、リフィはにやけながら言う。
「ま、関わりが少ないうえに、容姿や言葉遣いも原因だからな。要するに、今までの態度を改めろ、という事じゃないか?」
そんなリフィの言葉に、うるさい!と激昂するアズュール。それを、まぁまぁと宥め、取りあえず、二人とも自己紹介するんだ、とアズュールを無理やりトウヤの方に向かせた。リフィに背後を取られ、アズュールは威嚇するようにトウヤを睨みつけ、唸る。
トウヤはそんなアズュールの態度を見て、自己紹介をしろというリフィの言葉を実行する気はなさそうだ、と判断した。仕方なく、トウヤは小さく溜息をついた。
「近衛トウヤだ。よろしく」
目の前のアズュールを見て、すっかり毒気を抜かれたトウヤは、そういって手を差し出した。ルーナを突き落としたりしたことは許せないものの、何となく悪い奴ではないような気がしたのだ。
ただの直感ではあるが、他ならぬリフィが仲良くしてくれと言うのだから、そうする意味はあるのだろう。トウヤの差し出した手は、リフィへの信頼の上に成り立っていた。
差し出された手をみて、アズュールも相手にそこまでされては、差し出された手を無視することもできず、観念したのかトウヤの手を握った。
「アズュールだ。呼びにくければ、アズでいい」
そう言って、アズはすぐに手を離してしまったが、意外に素直に名乗ったアズに対して、トウヤはやはり根は良い奴なのでは?と、認識を改めた。
「…お前、いつか後悔させてやるからな」
そんなことを思っていると顔に出ていたのか、アズはぼそりと呟くと再び機嫌悪そうにそっぽを向いてしまい、トウヤは肩をすくめる。仕方なくリフィから支給品を受け取って、トウヤは班員たちの元に戻ることにした。
「道中、気をつけてな」
そう言って手を振るリフィ。その隣でむすっとしながらも、ちゃんと見送ってくれるアズ。やはり律儀な奴なのかなぁ?とトウヤは疑問に思いつつ、今度こそ班員の元に戻ることにした。




