《魔術師》6.襲撃事件
「勝負あり。トウヤの勝ちだな」
そして、リフィの言葉に、静まり返っていた生徒たちは一気にざわめき始めた。耳にざわめきが届くと同時に、スイッチを切ったかのように、トウヤは戦いの陶酔から覚醒する。
「ぁ…れ?俺、は…」
つい今しがた、流雅の殺気を受けたような気がしていたのに、トウヤは気付けば試合に勝った自分がいる、という奇妙な状況に出くわす。自分の中に流雅に勝ったという記憶自体は存在していて、しかし実感はうすく、夢のように感じるのだ。だが、周りの反応を見るに、どうやらそれはトウヤの妄想や白昼夢などでは無く、本当の出来事だったのだと認識できた。
「なんだったんだ?」
刀を握る手を見る。
一瞬、その手が、刃が、血に塗れているように見えた。
ギョッとして瞬きすると、刀は汚れておらず、赤い色など何処にもなかった。
その時だった。
「――――――……!!!」
唐突に現れた殺気。
流雅のそれでは無い。
流雅のそれよりもはるかに鋭く、本気で殺そうとしている気迫。所詮、流雅も試合だから、と本当の殺気は抑えていたはずだが、今感じている殺気は本物だ。
まるで走馬灯のように、思考が高速化する。
咄嗟に身体は動き、トウヤは刀を防御に回す。ぎりぎり間に合うという、身体が覚えている感覚に従っての防御だったが、その殺気の主はその程度の防御など、薄紙のように突き破ってしまった。
大鎌の強烈な斬撃が、トウヤの胴を背後から刈り取る。
目の前に猛スピードで着地し、トウヤを狙うその正体。
トウヤが防御にまわした刀をスルーして、びゅおん、と風斬り音を立てながら、背中に回り込んだ大鎌の一撃はトウヤを前方向へと吹き飛ばしていた。
「がぁっ………!!」
あまりの衝撃に肺の空気が一気に飛び出した。そのまま、殺気の主はトウヤの胸倉をつかみ上げ、トウヤの顔をのぞく。
「お前…トウヤとか言ったな。なんでさっきみたいに戦わない…!」
苛立つ声。トウヤは抜けきらぬダメージを無視して、目を開ける。すると、トウヤはその声の主を知っていた事に気づく。
紺に染まった髪。
全てを委縮させる鋭い目付き。
今は大鎌を左手に持ち、右手には鋼鉄の小手をつけているが、その少年は間違いなく、今朝廊下で会った少年だった。
やがて、何も言わないトウヤに苛立ちが頂点に達したのか、ちぃ、と舌打ちをして、トウヤを放り捨て、紺髪の少年は現れた時と同じく、背中の翼を震わせる。
現れた時には気づかなかったが、少年の背中には髪色と同じ色の歪な翼が1対あり、迸る魔力を振りまいていた。宙に浮くその姿は悪魔にも天使にも見える気がする。鋭い瞳はトウヤの姿を捉えていたが、すぐに諦めて、現れた時と同じように猛スピードで飛び去っていった。
トウヤはその後ろ姿を見つめていたが、何処に行くかを見る事なく、そのまま意識を手放した。
***
「―――さんにも困ったものですねぇ…」
朦朧とする意識の中で、トウヤはうっすらと聞こえる声を拾う。内容までは理解できず、ただその声を、トウヤは聞いていた。
「ま、それについてはおいおいだ。そろそろ目を覚ましてもいい頃だろう?」
「そう…ですね。そろそろ魔術薬の効果も切れる頃合いだと思います」
そこまで聞いて、トウヤはやっと、声の主が誰だか理解した。
僅かに目を開けるトウヤ。真赤に染まった光が、長らく閉じていた目を焼き、とても眩しい。ぎりぎりまで目を細め、光に目が慣れてくると、トウヤは自分のいる場所がどこだかわかった。
夕陽に燃える白の部屋。そこは今朝まで世話になっていた保健室のベッドの上。
「目が覚めたか、トウヤ」
リフィがトウヤを覗きこむ。その影が夕陽を遮り、逆光のせいでリフィがどんな表情をしているのかは解からなかったが、それでもリフィの声が心配しているものだというのは、今のトウヤでも容易に判別できた。
続けて、シスター・フェイトがトウヤに声をかける。
「気分はどうです、トウヤ君?」
優しげな微笑みに、トウヤは自分の状況を思いだした。
流雅との試合に勝った後、トウヤは紺髪の少年に襲われ、意識を失ったのだ。恐らく、その後リフィの指示で保健室に運ばれ、きっと今に至るのだろう。
「…、襲われた事は覚えてます」
寝た状態のままで、トウヤは自分の手足を動かし、四肢の無事を確認する。思ったより状態はひどくなく、背中に僅かに鈍痛が残っているだけだ。身体を起こしてみて、他にも異常が無いか確認してみたが、特にどうにかなっている所はなさそうだ。
「身体に異常はなさそうですね」
トウヤが身体を動かして、なにも無かったのを感じたのだろう、シスターはほっとした様子でそう呟く。
「トウヤも災難だったな」
トウヤがもう大丈夫だと解かり、リフィは心配そうな表情などどこへやら、ニッと笑った。シスターは、リフィの話が長くなりそうだ、と思ったのか、保健室に取り付けてある簡易キッチンでお茶の用意を始める。
「襲われた事ですか?」
リフィの言葉にトウヤが聞き返すと、リフィはさらに続ける。
「ま、それも含めて、な。今日一日、忙しなかっただろう?」
学院はどうだった?とリフィはトウヤに問う。魔術を使っているためか、笛吹きポットはすぐに蒸気を吹き、シスターは紅茶を淹れて、リフィとトウヤにカップを渡す。
トウヤはカップの中に揺れる紅茶の表面を眺めながら、しばし考えた。
朝、桜とルビア、リフィに連れられ、クラスに入った。そのまま授業を受けて、昼休みに入ったら質問攻めにされ、そして午後の戦闘訓練。最後は何故か襲われて、再び保健室に戻ってきてしまったが、トウヤは思い返してみて、今日一日は騒がしく不安もあったが、それ以上に楽しい一日だった、と感じていた。
だから、トウヤは呟く。
「今日一日、楽しい事だらけでした」
湯気を立てるカップに、そっと口を付けると、紅茶の香りが広がり、とても落ち着いた気分になる。
「それなら、良かった」
リフィも楽しげに、トウヤに微笑んだ。珍しく、邪気のない素直な笑みで、トウヤはリフィの素直な笑顔にちょっとだけ見とれた。
すると、目敏いリフィは素直な笑顔を消して、ニヤリとする。
「おや?私に惚れたか?」
その言葉にトウヤは、こうやってすぐに茶化すのが、リフィの欠点であり、誰とでも仲良くなれる良い点なのだろうな、と思った。
「いえ、リフィ先生が妙に先生らしいので、ちょっと驚いただけです」
冗談には冗談で返す。
トウヤのその言葉に、リフィは再びニッと笑った。
***
その頃、ウルズクラスの教室には一人の女生徒が残っていた。
シルバーブロンドの髪に、眼鏡と三角耳。委員長のルーナだ。
トウヤが保健室に運ばれて、ルーナたちはそのまま保健室に行こうとした。けれど、治療中につき保健室には入らないよう言われてしまい、リフィからは片づけでもして少し落ち着いて、夕刻に保健室に来るように言われていたのだ。仕方なく桜たちと演習場の片づけをした後、荷物を取りに4人で教室に戻って、そこからルーナ以外はじっと待つのが耐えられなかったのか、教室から出ていった。
ルーナは一人になって、徐々にいてもたってもいられなくなり、けれど保健室に行くこともできない。手持無沙汰に鞄を開けてみたりしているうちに、リフィに頼まれていた仕事があったことに気づき、ルーナは気を紛らわすためにもその仕事をして時間を潰すことにした。やがて、書類をまとめるのに集中し始め、ルーナは段々と落ち着きを取り戻し、ふとルーナは顔をあげる。
窓からは真赤な光が降って来る。仕事も半ばだが、そろそろ時間だろう。ルーナは残っていた書類を鞄にしまい、教室を出た。
そのまま保健室に向かおうと、ルーナは階段の方に歩いていく。
窓からは真紅の…血のような光が差し込み、世界が赤く染まっている。逢魔ヶ時、という言葉が頭に浮かんだ。精神衛生上あまり心地よい色とはいえない夕陽の色に、ルーナは何となく早足になる。
かつ、かつ、かつ、かつ……。
校舎には人が残っていないのか、ルーナの靴の音だけが真赤な廊下に響く。黒い影と赤い光のコントラストが、よくわからない焦燥感をルーナに抱かせる。厭な予感、というかなんというか、とにかくルーナは一刻も早く保健室に行こうと思って、さらに足を速めた。
そして階段の手前。曲がり角で、ルーナは思いもよらぬ人物と出くわした。
真紅に染まる世界に仇なすように、独り孤高に存在を誇示する紺色の魔族と。




