《魔術師》5.侍
準々決勝を経て勝ち残ったのは、転入生・近衛トウヤに和人の犬上流雅、獅子レクレス・レオンハルトと木霊のルイン・アークトゥルスという女の子。直前の試合で地面が抉れてしまったため、演習場を修復するのに時間がかかっていたが、そろそろ次の試合…トウヤと流雅の名前がコールされる頃だろう。
「ここまで来たら、逆に勝って欲しいよね」
フロウの言葉にトウヤは曖昧に頷く。一回戦はルーナ、その次が不戦勝。その後のミスティには勝ったとはいえ、全力で戦っていた訳ではないだろう。でなければ、トウヤが勝てるとは思えない。運も実力のうちとは言えど、ここまでの三戦では運が勝ちすぎている。
「魔術を使わなくても戦えるのは凄いよね」
「魔力も視えてるみたいですし、魔術を知らなかったなんて信じられないです」
ルビアが言うとおり、どれでも良いと思って選んだ刀は、トウヤにとってしっくりくるものだったし、実際それなりに動けてはいる。ルーナがいう魔力が視えた事も大きいが、武器に違和感がないのは大きい。しかし、魔力を視る事ができると言っても意識的に視る事は出来ていないし、今は集中力が高まって自然に視える状態であり不安定だ。また、魔術が使えないのは明確なハンデに違いなく、相手の武器も刀である以上、技量で負けているであろうトウヤには勝ち目がないように思えた。
しかし、トウヤを囲む4人は、トウヤが勝てると良いなと思っているらしく、誰も否定的なことを言わないので、トウヤは負けそうだとも言えず、さっきフロウに返したような曖昧な表情をすることしか出来ずにいた。
「でも、相手は流雅だしなぁ…」
そんな中で唯一、桜が負けをちらつかせる言葉を零す。どうやら、桜は次の相手について思うところがあるらしい。
「桜は犬上流雅の事、よく知ってるのか?」
トウヤの質問に、桜は微妙な表情をした。そして桜が答える前に、フロウが口をはさむ。
「桜の事、某の嫁だー、って言って困らせてるんだよ」
桜が反論しなかったという事は、フロウの言葉は事実を捉えているという事だ。トウヤは向こうの方でレクレス、ミスティといる犬上流雅なる人物を観察する。
トウヤや桜と同じ和人で黒髪に和服。腰には刀を引っ提げ、凛とした雰囲気を纏い、まさに侍といった男。見た感じでは、フロウの言うようなことを言うとは思えないのだが、人はみかけによらないとも言う。そんな事を考えていたトウヤの耳元でフロウが囁いた。
「どうせならさ、流雅をぶっ飛ばして、俺の桜に手を出すな、とか言っちゃいなよー」
いい加減、慣れてきたトウヤは、フロウの冗談を受け流す。
「いや、俺の、とかじゃないから」
だが、もし桜が迷惑しているのなら、はっきりと言うべきだろう。それをトウヤが言うのが正しいかは、置いておいてもだ。ともかく、その事についてはこの戦闘には関わりない話であり、トウヤはとりあえず心に留めておくだけにした。
そんなタイミングで、ゴーレムたちが地面をならし終わったらしく、リフィのコールがかかった。
「準決勝。トウヤと流雅、前へ」
トウヤが前に出るとき、4人ともが声をかけてくれて、トウヤはなおさら下手に負けられないな、と思い直す。
「相手は強いけど、頑張って」
桜の声を受けて、トウヤは中央へと進む。
「さて、早くも準決勝だ。力いっぱい戦って、悔いのないようにな」
流雅は既に待ち構えており、その鋭い目線がトウヤを射抜く。
改めて対峙すると、目の前の男の纏う雰囲気が尋常でないことが分かる。抑えているはずなのに威圧を感じるのだ。成程、これは強いに違いない、とトウヤは思う。トウヤは知り得ぬ事ではあったが、流雅は現ウルズクラスの戦闘成績三位であり、今は本気に近い気合の入り様で、トウヤが気圧されるのも仕方ない事ではあった。
そんな矢先、流雅は唐突にトウヤに言葉を投げかけた。
「試合を始める前に、貴様に言わねばならぬ事がある」
そんな言葉から始まった流雅の宣告。それはトウヤだけでなく、この場にいる全ての生徒たちを驚かせるものだった。
「某、犬上流雅は、近衛トウヤに決闘を申し込む」
周囲がざわつき、リフィはニヤっと笑う。普段こそ奇人変人の類で扱われる流雅ではあるが、戦闘演習では実力者である流雅が決闘を申し込むとあらば、クラスがざわつくのも当然だった。
「決闘とは大仰だね、流雅。大方、桜に関して思うところがあるのだろう?」
リフィの問いに、流雅は頷く。
「リフィに世話役を任されたとて、某は好いた女子の側に他の男が居るのは許せぬ。故に、この決闘の結果を以て、世話役の交代を進言する」
実に私欲に塗れた決闘の申し込みだった。勿論、そんなものをリフィが承諾するはずもなく、それは無碍に打ち捨てられる。また普段の奇行戯言かと思いかけたウルズクラスの生徒たちだが、リフィの言葉は生徒たちの思いとは違う方向を向いていた。
「それには流雅の私的な利点以外に、きちんと理由があるのだろうね?」
魔術師たる者、己の願望を追求すべし。
そう言わんとする表情で、リフィは流雅の話を掘り下げる。それに対して、流雅は躊躇い無く、淀み無く話しだす。
「此奴は既に、運に助けられたとはいえミスティを下すほどの直感を持ち合わせている。試合の様子から察するに、貴様には魔力が視えておるのだろう?ならば、貴様に足りぬのは魔術の基礎と鍛錬であろう。加えて、今日見た限りでは日常生活には困っておらぬ様子。であれば、世話役に相応しいのは、魔術と戦闘により長けた者が適任。即ち、レクレスとミスティの方が良いと考えた次第」
本来の転入生ならば、日常におけるサポートなど不要。普通にコミュニケーションを取れているトウヤには、魔術師の才能が透けて見えており、むしろ魔術師としての力量を伸ばすための世話役の方が適任である。
「もし仮に、貴様が某より明確に強いのならば、むしろ世話役は日常を補助する者の方が良かろう。その時には無論、世話役を交代する必要は無い。貴様が某より弱い事を、此の決闘にて証明して見せよう」
魔術に長けたミスティを下し、剣士として強者を自負する流雅を下すのならば、トウヤを教導するのに生徒では力不足だ。これはそれを証明するための決闘である、と流雅は言い切った。
それを聞いて、リフィは顎に手を当てて思案する。
「ふむ。かなり強引だが、魔術師としての教育を考えるのならば一考するくらいの価値はあるかもしれんな」
その利点を僅かに認めると、リフィ再びニヤリと笑う。
「良かろう。その決闘、私が立会人となってやる」
リフィの言葉を聞くやいなや、流雅は抑えていた威圧を解放した。
構えてすらいないのに、喉元に刃を突きつけられているかのような威圧。
目の前の危険を感じて、どくり、とトウヤの心臓が大きく跳ねる。
一瞬で理解出来たのは、この侍は達人で殺人剣の使い手だという事。トウヤからすれば、魔術の有無など関係無く負けるような腕前なのだろう。それ故の自信、自負が、その威圧感全てに現れていた。
普通に戦えば容易に殺されるであろう相手を目の前にして、トウヤは立ち尽くし。
「はっ」
トウヤは無意識に笑った。
切り替わる感覚すらなく、変質する。
満潮のように、音もなく這い寄るように、トウヤを侵食する。
熱い。
身体が疼く。
強い者を捩じ伏せろ。
あれは、お前の敵対者だ。
血が騒ぐような高揚感。
駆け巡る熱さが、トウヤを戦いへ導く。
心が忘れても、身体はなにも忘れてなどいない。
ただひたすらに感覚を研ぎ澄ませと、本能が叫んでいる。
強者と対峙して初めて、トウヤは自身の存在をはっきりと意識した。
だから、自然と。
「…いいぜ、やってやる」
刀を抜き放ち、すぅ、と正眼の構えをとる。
獣のようなしなやかさが、一気に活力を得た。纏うは威圧ではなく無我。流れる水の如く、自然体に隙を消して、迫る威圧を受け流すトウヤ。無意識に、身体の記憶がそう、させる。
それを見て、流雅は表情を消した。
「犬上流雅、推して参る……!」
対峙する流雅とトウヤ。
互いの手には、鈍く光る刀。
正眼に構えるトウヤに対して、流雅は腰だめの刀、その柄を軽く握って、抜刀の構えをとった。じり、と流雅の履き物が地面の土を踏みしめ、尋常でない集中力をもって、敵の隙を計る。
ただ、授業の一環であった試合。
しかしながら、既に二人の間に流れるのは実戦そのものの緊張感。一足どころか、身動きすら致命的な刹那で、トウヤと流雅、二人の和人たちは無言不動の鎬を削る。
二人の対峙は、周りを囲む生徒たち全員の目を惹きつけていた。
直接で無い殺気。すり替わって感じる熱狂。さながら剣闘士の死合とでも表現できようか。僅かばかりの遊びさえ無い、本物の殺し合いにとても近いその雰囲気が、その高みに登ることのできない者たちを魅了しつづける。
そんな戦場さながらの緊張感の中で、けれどリフィだけは楽しそうに笑っていた。
神速抜刀。
唐突に始まった斬り合いの初手は、流雅の踏み込んだ横薙ぎからだった。
スッと身体を引いて躱すトウヤを追って、流雅の斬り返しが踊る。煌めく斬撃を上段で流すように受け、トウヤがそのまま刃を突き出すと、流雅は僅かに身をそらしつつ 刃を合わせて受け流す。互いが身を翻して再び間合いギリギリの距離を開けると、流雅は納刀し握りに手を添える。
「初の太刀“雪解け”」
魔術詠唱は一欠片の言霊。
抜刀動作に意味を為す魔術が、流雅によって放たれる。
水が薄く刀身を覆い、そのまま刀を薙ぐ動作に追従するように伸びた。
間合い内での抜刀、仕込み刀の如き刃の延伸により、トウヤの首筋が狙われ。
それを見越していたトウヤの刃が、流雅の胴を裂いていた。
言の葉の詠唱を聞き、力を抜いて倒れ込むようにして踏み出したトウヤは、無意識の内に魔力を弾けさせ、まるで縮地のごとく流雅に迫ったのだ。潜り込むようにして流雅の懐へと侵入したトウヤの刃は、しかし振り抜かれる事はなく、代わりに勢いを殺すための肘打ちとなって竜雅を突き飛ばした。
その瞬間の出来事の中、流雅は視界から消えたように見えたトウヤの一撃に、明白な自身の敗北を知った。




