《魔術師》4.魔術師の血
その後結局、トウヤと桜、ルビアに、ルーナとフロウを加え、進んでいくトーナメントを観戦することとなった。
試合は淡々と進み、5回目の試合に桜とフロウが呼ばれた。桜の和弓に対して、フロウはハルバードを使っていた。ルビアとルーナの捕捉によると、普段ならば魔術を使ってハルバードを含めた自身を軽くしたフロウが優勢に立つことが多いらしい。だが、今回に限っては、さっきの大嘘の怒りが再燃した桜がフロウを終始押しきって、難なく勝利をもぎ取ってきた。余談だが、試合が終わった時にはフロウはぼろぼろで、半泣きになっていた。
そして、トウヤの不戦勝などもありつつ、準々決勝。一回戦で勝った桜も、その次の試合で負けてしまっており、勝ち残っているのはトウヤだけだった。
そして、リフィが次に対戦する名前をコールした。
「ミスティとトウヤ。前へ」
ルビアが僅かに身じろぎするが、トウヤはそれを気にせず一歩を踏み出す。
「じゃ、ちょっと戦ってくる」
一瞬、トウヤの脳裏に先程のルビアの敗北が目に浮かぶ。けれどルビアの顔を見ることなく、トウヤは前に出た。
負けても構わないとは思うものの、ルビアが負けた相手だ。仇打ちというかなんというか、とにかく、負けたくない。魔術が使えないため勝ち目は端から無いのかもしれないが、せめて一撃でもくれてやる、とルーナとの戦いでも現れた負けず嫌いな心が顔をだす。軽い言葉の裏でトウヤはそんな事を考えつつ、ミスティの待つ方へと歩いていく。
「準々決勝まで上がってきたが、トウヤの幸運はここまでかな」
笑いながらリフィは言う。実際、ルーナは戦闘では成績は良くない方で二戦目は不戦勝と、トウヤはくじ運に恵まれた。トウヤ自身自覚はしていたものの、そんなリフィの言葉にムッとして、簡単に負けてやるものかと気合を入れる。
リフィの言葉に油断することもなく、平常なミスティはトウヤへと言葉を投げる。
「お手柔らかに」
本人には特に邪気は無いのだが、意地の燃え始めたトウヤには、ルビアを下したミスティのその言葉が嫌味に聞こえて仕方が無い。結果、トウヤは元々心にもない言葉を返してしまう。
「俺には魔術も何もないけどな」
その嫌味のこもった言葉に、ミスティは特に何も言わなかった。その無反応具合に、トウヤの意地がさらに燃えたのは言うまでもない。
そして、リフィが開始の合図を告げる。
「では、始め!」
直後、駆け出して斬りかかりにいくトウヤ。それに対し、ミスティは冷静に多重詠唱を始め、トウヤが距離を詰めてしまう前に、ルビア戦と同じ鉄砲水がトウヤに向けて降り注ぐ。
「――――!!!」
ミスティ自身、言葉ではお手柔らかに、などと言いつつ、戦闘で手を抜く気はさらさらなく、どんなに相手が弱くても、いつでも全力を出すつもりでいた。だから、魔術を使えないであろうトウヤに対しても、鉄砲水を浴びせ、即座に勝利を決めてしまうつもりだった。だが、その目論見は空振りする。
「そんなの、当たるかっ!」
鉄砲水をぎりぎりでかわしたトウヤが、さらにミスティへと接近してくる。僅かに意表を突かれ、ミスティはそれでも冷静に、慣性力を魔術で捻じ曲げ、鉄砲水を呼び戻す。
(魔力が視えてるのか。魔術が使えないのはブラフかな?)
魔術を操りつつ、ミスティはトウヤの行動について、魔力の流れが視えていると仮定して策を練る。
魔力が視えているのなら、そちらを分散させて撹乱しようか。それとも逃げ道が無いほど水の縄を張り巡らせるか。魔術の流れが視えるレベルであれば、水の縄では抜けられるかもしれない。それならば、ブラフからの一撃必殺が良いだろう。
ミスティの思考が答えをはじき出し、すぐさま魔術を練り直す。
旋律が変化し、目には見えない魔力の糸がミスティから紡がれる。それは曲がりくねり、いずれもトウヤに向かって迸る。その中の本命は魔力を込めた自立の魔術として切り離し、魔術を外したかのように見せかけて、トウヤの後方上空へ待機させる。それに気付かないトウヤに勝利を確信し、ミスティは時限爆弾の爆発を待つ気持ちでトウヤを攻め立てていく。
槍となった水の線が風を切る。
後退しつつ魔術を繰るミスティを追って、トウヤはその槍の雨へと飛び込んだ。1本、2本と避ける。魔力の流れを見ることなく避け、3本目は魔力を視て避けた。続く4本、5本と避けていき、順調にミスティとの距離を詰める。
時限はもうすぐそこだ。
ミスティは確信を深めながら、水を放つ。槍は避けられてしまうが構わない。トウヤの誘導は完璧であと数歩で射程に入り、そこには鉄砲水が降る。
一歩、一歩、あと一歩。
鉄砲水は落下して、到達点へトウヤが躍り出る。
その直前。
ミスティの鉄砲水がトウヤを捉える事は無かった。
避けたのだ。
攻撃を認識すらしていなかったトウヤが、後一歩で射程に入るというところで進行方向を変え、鉄砲水の落下地点から大きく離れ、攻撃範囲を迂回しながらミスティへと迫るのだ。
ミスティは今度こそ驚愕した。
魔力偏差を見ていたとしても、鉄砲水に気付いた素振りは無かった。それなのに、トウヤはそこが危険な事を知っているかのように避けて見せた。ミスティは思考もままならず、迫るトウヤに水を放つも回避され、ついにトウヤがミスティに刀を振り下ろす。物理ダメージは無いが、斬られた時点でミスティは戦意を手放した。実戦ならばそれで終わりだ。ならば、この結末はミスティの完全なる敗北だろう。
「先生、僕はギブアップするよ」
クラスに入って2カ月ほど。物理攻撃をミスティに与え得たのはレクレスと流雅だけだったが、いずれも全力をつくし、それでも足りなかったために、ミスティは攻撃を受けた。ところがトウヤに関して言えば、全力で攻撃したはずが、読みが外れ、そのせいで攻撃を受けた。言ってみれば、慢心していたようなものだ。
慢心したつもりはなくとも、そういう事なのだ。
ミスティの知らない技術で以て、トウヤは魔術を知覚していたに違いない。
「では勝負あり。トウヤの勝ちだ」
ミスティの宣言を認め、勝敗のコールが下る。
ミスティの目にはリフィが何となく楽しそうに見えて、ちょっと不快だなと思った。その不快感を無視し、ミスティはトウヤに問う。
「どうやって魔術を感知したの?」
その問いに対し、そんなことを聞かれるとは思ってもみなかったトウヤは、ちょっと困った顔をした。
「魔力は視えてたよ。最後だけはいやな予感がしたから、それから逃れるように避けたけど」
ミスティはその言葉に嘘があるとは思えなかった。策を隠そうとしている訳でなく、本心の言葉に感じたのだ。だが、だとしたら、この近衛トウヤという男は、本当に予感だけで攻撃を避けたのだろうか。
ミスティには本当の事は解からなかった。ただ、ミスティに感じられたのは、何かが変わるという予感。トウヤを中心に何かが起こるような、そんな気がしていた。




