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《暗雲》4.始祖を継ぐ者

吹雪は過ぎ去った。

多大なる被害をー物理的にも、精神的にもー残し、少なくとも今は凪いだ空を見せる。しかしながら、それは一時的なものでしか無く、ルーナが目覚めた時には再び暴走が始まるだろう。

日の落ちた保健室に当事者たちは集められ、おおよその経緯が聞き取られた。険しい表情を崩さないリフィ、暗い面持ちのシュラウ、意識を失ったままのルーナ、静かに周囲を見守るフェイト、そしてトウヤ。アズはあの後どこかへ去ってしまい、今も行方が知れない。保健室は静かで、ルーナの目覚めを妨げる魔術式の光だけが、うすぼんやりと揺れている。

「…今一度、確認するが」

溜め息まじりのリフィの言葉に、シュラウは身じろぎした。

「シュラウ・アズリィル。君は本当に魔王の転生者なんだね?」

「…厳密に言えば、魔王の魂を宿す魔族ですね」

魔王の魂、記憶、魔力、その魔術。

シュラウ曰く、空っぽだった元のシュラウは、元より魔王のための空き容量を持つが故に眠ったまま起動しない回路をもつ欠陥品の魔術師だった。アズとの使い魔契約を結ぶ際にアズすら知らずに覚醒して、自分が何故欠陥を持って生まれたのかを知り、それを秘匿してきたのだ。

“心優しい妹が受け入れてくれた駄目な姉”を演じ続けるために。

自己肯定の薄いシュラウには、存在意義を認める存在が必要で、それが幼いアズだったのだろう。今まで過剰なまでの凄まじい献身があった筈だ。アズが気付かない様に、悟らせない容量にするための努力が。そして、そこに魔王の力を存分に利用していたという事を疑う余地はない。

魔王アズリィルはアズが足元にも及ばないどころか、リフィやフェイトですら凌駕し、魔神・天廻綾津日神にも匹敵する存在だ。本人ではなく魂を持つだけなので、生前と同等の能力ではないだろうが、その実力は未知数だ。

「アズだけで本家からどうやって逃げ果せたのか、ようやく謎が解けたよ」

だが、少なくとも現代のアズリィル家を欺き、ろくな礼装や触媒もなく、たった二人で学院まで到達出来る程度の力がある。それだけで、学院からは十分な驚異たり得る。

「アズの行方は既に捜索をかけている。じきに見つかるだろう」

「…ありがとうございます」

学院としても個人としても、リフィはシュラウやアズと対立すべきで無いと考えていた。

「学院としても、この一件はルーナの暴走として片が付く」

幸い死者は出ておらず、被害についてもルーナ本人以外は物損だけだ。

「だが、君等姉妹の問題は、私らでは解決できない」

「…それは、そうでしょうね」

内心では解決してやれない事にもどかしさを抱くが、リフィは表情を変えることは無かった。

「今まで通りに学院のいち生徒とその従者として戻るのなら、私からは何も言う事はないよ」

学院とは、教師とは、何か。

問題を解決できない無力感を秘めながら、リフィはそう言葉を閉じる。

「トウヤ。君も今日見聞きした事は口外するな。いいね?」


     ***


「…トウヤさん」

月影に沈む廊下で、シュラウはトウヤの背中に問いかける。

「トウヤさんなら、信頼を裏切った人を、もう一度信頼出来ますか?」

トウヤが振り向くと、シュラウは俯いたままでスカートを握り締めていた。

「お嬢様に魔王の力を隠して来た事、私は正しいと思っていました」

小刻みに震えながら、己の選択を省みて、そして後悔する姿は、とても魔王の力を扱う魔術師には見えない。

「それは正しかったんでしょうか?」

後悔は消えない。

良かれと思った事は、裏目に出た。

「魔王アズリィル本人だったなら、きっと瑣末な事だったのかも知れません」

確固たる意志をもって神に反逆した魔王ならばこの程度の問題は問題ですら無く、現にシュラウの中の魔王たる部分はなんの反応も返さない。

「でも、私はシュラウ・アズリィル。魔王の記憶や力を持っていたとしても、私は私」

だが、裏切りの発端、その選択をしたのは、ただの少女なのだ。魔王としての記憶や経験は、少女そのもののモノにはなり得ない。

「お嬢様に捨てられたら、私は…」

言葉は途切れ、その代わりに一筋の涙が零れ落ちた。

つまるところ、シュラウの拠り所はアズしか居ないのだ。

親でも、家でもなく、たった一人きりの妹にして主人。

妹。

片隅の引っかかりを無視して、トウヤはシュラウに向けて告げる。

「俺は無責任に大丈夫だなんて言えません。ただ…」

脳裏に掠めるのは、かつて見た武家屋敷、その地下の魔術式。おぼろげに蘇る記憶は、その光景に紐付いた思考を呼び起こす。

『妹を探しに行く』

それが、今はトウヤの背中を押す。


「もし、アズが俺を頼る事があるのなら、アズと貴女がまた仲良く出来るよう、努力します」


妹を見つける。

その目的は、近衛トウヤの根本だ。

それがトウヤがここに居る理由だ。

それに気付いた瞬間、歯車のようにシュラウの言葉が響く。

「やっぱり、貴方は魔術師として甘過ぎます」

シュラウは少しだけ安心したのか、泣きながら笑っていた。

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