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《蒼の出逢い》3.魔王の末裔

その後、少しばかり雑談を交わし、陽炎は再び焔になって消えた。

トウヤはエミリオたちに別れを告げ、一人学生街を進む。

そんな時だった。

「あの」

背後から声をかけられ、トウヤが振り向く。

「近衛トウヤさん、ですよね?」

そこにはメイド服に手提げカバンを持った魔族がいた。

「その髪色…」

トウヤが思わず言葉を零したのは、その髪色がとても印象的な魔族と同じ色だったからだ。

「失礼致しました。自己紹介がまだでしたね」

そのメイドはニコリと笑う。その髪色は…鮮烈なる、蒼。

「私の名前はシュラウ・インフェリア。アズュールお嬢様のメイドでございます」

アズよりも背が高く、トウヤよりも少し低い。そしてメイド服の上からでもわかる胸のふくらみ。決してアズにはないものだが、顔立ちは姉妹のようによく似ている。

しかし、トウヤにはそれ以上に彼女の名前が気になった。

「インフェリア…?」

アズリィル家という魔術大家と、劣等者の名を冠したメイドという奴隷階級。

考えすぎだろうか、と思いかけたトウヤだったが、その思考は当のシュラウ自身が発した言葉により遮られる。

「名前の意味通りですよ?」

トウヤに思考の隙を与えず、シュラウは言う。

「本当は秘密なんですけど…実は私もアズリィル家の出なんです。ただ、魔術の素養が全くなくて、それで今はお嬢様のメイドをやってるという訳でして」

照れたようにシュラウは言う。トウヤが何とも言えない表情をしかけたので、シュラウは慌てて言葉を続ける。

「あ、でも…別に今の暮らしや扱いには不満は全くないですから」

にぱっと笑うシュラウを見て、その言葉にウソはないのだと思えた。これ以上この話題を続けるのも変だし、本人がそう言うのであればそこまで気にすることも無いだろう。

そんな事を考えていると、唐突にシュラウが笑った。

「貴方は魔術師としては優しすぎる」

「どうしてそう思うんです?」

「魔術師然とした人ほど、私の名前を気にしないですからね」

暗い色を灯す瞳が、トウヤを見やる。

そこには、魔術大家出身らしからぬ魔術師が映っていた。

「学院一位の男がどうしてこれ程人気があるのか、すぐに解っちゃいました」

魔術師らしさを感じさせない物言いがあまりにも自然で、まるで魔術大家を知らないようにさえ見える程の一般人さを醸している。

「そんなに有名ですか?」

「そういう所が嫌味に聞こえづらいのは貴方の人柄なんでしょうね」

生来の人の良さが滲むからこそ、負の感情を持たれながらも人気を失わないのだろう。

「貴方は有名ですよ。肉屋の私が知っているくらいですから」

「肉屋?」

「魔術はからっきしですが、経営には少し才能があったようでして。学生街で精肉店をしているんです」

少なくとも、バイトを雇っても潰れない程度には儲かっている。アズを養い、自由にさせられるだけの稼ぎがあるのだから、十分に商才はあると言えよう。

すみません、話が逸れましたね、とシュラウは謝った。

そして改めて、シュラウはトウヤの目を見た。

「貴方の事はお嬢様からよく伺っていますよ」

「アズが?」

「ええ。種族は違えど同じ魔術大家に生まれ、その環境から飛び出した者として、気になさっているようです」

神無とアズリィル。

状況、事実は違えど、アズには似た者に見えていたらしい。

「ライバル視されてるとは感じていましたけど」

しかし、単なる魔術大家出身ならば、同じ魔族であるパトリシアもそうだ。

そう言いかけたトウヤの言葉を察して、シュラウは言う。

「クラス内でも、トウヤさんは特別なのだそうです」

遠足の時の問答を思い出す。

アズは無表情に零していた。

『足りないな。私たちよりも強い存在なんて、山ほどいる』

ひたすら強さを求めるレクレスとも違う、別のベクトルの言葉だった。

あの時は、トウヤはアズの求める答えを言えなかった。

「ひとつ聞いても良いですか?」

識りたいと、思う。

その想いは口を突いて、いつの間にか飛び出していた。

「何故、アズはあんなにも強さに拘るんです?」

それはアズの核心だろう。

気軽に聞いて良いものでは無かったかもしれない。

シュラウはしばらく沈黙したあと、それをゆっくりと、間違えないように言葉にした。

「…魔術大家ゆえに、お嬢様は高みを識り、努力をしております」

彼女が言えるのはそこまでなのだろう。

トウヤが彼女らの始祖を知らなければ、その先の言葉は聞けなかったに違いない。

「魔王、アズリィル」

トウヤの口からその名前がでなければ、事実シュラウの言葉はそれだけで終わっていた。魔王の事を識っている事に驚き、しばし考えてから、シュラウは再び口を開く。

「始祖はどんな歴代当主たちよりも強くあった。お嬢様はそれを越える才能をお持ちであり、それを開く努力も欠かさない」

シュラウはそう言って笑った。

「貴方のような方がお嬢様の隣に立って頂けると、私も安心出来るのですが」

アズの在り方は危うい。

シュラウから見ても、アズはそういう風に見えるのだろう。

今日のように、危険な事も平気でやってのける。

それを諌められるのは、確かにトウヤくらいしかいないだろう。

「善処します」

出来ることはやろう。

シュラウの顔にアズを重ね、トウヤはそんな事を思っていた。


     ***


帰宅するトウヤの背中が夜道に消えていく。

見送ると同時に、シュラウの背後で焔が燃え立ち、真紅の魔神がそこにいた。

「魔王が肉屋とは、聞いて呆れるな」

魔神の言葉は、まるで旧知の者にかけるような物言いだ。

「おや?盗み聞きとはご趣味ですねぇ」

だが、シュラウに驚いた表情はない。

「抜かせ。端から気付いておった癖に」

「さて?なんの事やら」

「あくまでもしらを切るか。フン、まぁ良い」

陽炎は鼻を鳴らした。それでもシュラウは態度を崩さない。

「この身は一介のメイドなれば」

その時、陽炎の姿が消えた。


()()()()()()()()()が一介のメイドなど、冗談でも笑えぬわ」


言葉よりも速く陽炎の刀がシュラウの背中を斬ったが、それは蒼に阻まれていた。

「その刃を引くが良い、災禍」

アズが纏う蒼の装甲、その原典。

神代の魔王が紡ぐ魔力結晶の鎧が、災禍の刃を受け止めたのだ。

シュラウは零す。

「我が身は既に滅びたのだ。今はただの魔族に過ぎない」

「ただの魔族が妾の刃をこうも軽くは受け止めまい」

「元・魔王なのは認めよう。しかし、それでも今の私はシュラウだ。アズリィルでは無い」

そこまで言って、ようやく陽炎は刃を納めた。

同時にいつの間にか張られていた人払いの結界が霧散した。

「…お嬢様をお待たせしておりますので、私はこれにて失礼いたします」

シュラウは陽炎を残し、その場をそそくさと立ち去る。

(相変わらず底の見えない奴…。加護持ちには注意しなきゃいけないわね)

内心で陽炎への警戒心を強めていると、シュラウの背中に声がかかる。

「アズに人を殺させるな。少なくとも、今は」

災禍の魔神の助言は、何を意味するかはさておき、確実に重要な事だ。

増してや、言葉を受け取るのが元・魔王ならば尚更。

シュラウは陽炎の言葉を心に留め、振り返らずに答えた。

「覚えておきます」




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