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《蒼の出逢い》2.災禍の魔神

「大丈夫かい、トウヤ?」

エミリオの心配そうな声で、トウヤは現実に戻ってきた。

陽は落ちつつあり、他の客は2、3人が残るのみだ。紅茶も冷めきってしまったようだった。

「大丈夫。少し考え事をしてて」

「そうなんだ」

気付けばフィーもアニエスも片付けや掃除をし、エミリオもカウンターを磨いている。今もまた、客が会計を済ませて出ていった。

「申し訳無いんだけど、今日はそろそろ閉店なんだ」

「もしかして待たせたかな?すぐに出るよ」

「いやいや、そんなに急がなくても大丈夫だから」

急かしたような言葉を謝罪すると、エミリオはドアを指差す。

「実はもう閉店の看板だしてるから、僕らが片付け終わるまではゆっくりしていても大丈夫」

「じゃあ、もう少し居ようかな」

その間にトウヤ以外の客は出払った。

フィーもアニエスも厨房に戻り、ホールにはトウヤとエミリオだけが残る。

「今日は演習場で何かあったみたいだね」

「噂が伝わるのは早いな。多分俺たちの事だろう」

「じゃあ、やっぱり雷とか雪とか紅夜叉の噂はトウヤたちなんだ?」

紅いアンクレットに命じて、トウヤは鬼神具足を装備する。

「これのことだろ?」

面を取り外して机に置く。その際にエミリオから僅かに見えたのは、びっしりと書き連ねられた魔術式の紋様。起動せずとも判るその情報量に、エミリオはトウヤの実力を垣間見た。

「それが噂の紅夜叉だね」

トウヤは立ち上がり、全身が見えるようにカウンターから少し離れた。

「銘は四季祀鬼神具足。陽炎さんを意識した全身鎧だ」

「外見はともかく、中身は僕にしか解らないよね、それ」

エミリオは苦笑いすると、魔力偏差視界で鎧を眺める。

「確かに災禍の刻印に似てる」

エミリオとフィーの契約刻印。そしてエミリオの心臓に刻まれた災禍の刻印。

そのどちらにも似た要素があり、目の前の紅夜叉の魔力の流れもまた類似している。その内に刻まれた刻印を見れば、かなり似通った式を見ることが出来るだろう。

「全体に散りばめてるからな。災禍の出力を神無の調和で纏めてる」

トウヤの言うとおり、災禍の刻印は半分程度で残りはエミリオの知らない刻印だ。しかし魔力の流れを見ればどのような用途の式が組み込まれているのかは、なんとなく想像できる。

「僕らは考えがどこか似ているのかもね」

身体強化、魔力循環効率化、災禍による効果増強、詠唱省略式。

それらは確かに共通しており、その並びや意味付けも似通っている気がした。

エミリオもまた己の礼装を装備する。

「こっちの名称は“鳴り響く霊詩(クイックシルバー)”」

「ミスリル銀のコートか。術式の並びといい纏め方といい、確かに似ているかもな」

トウヤの認識も同じようだった。

災禍の加護持ち同士、似ているのかも知れない。 

そんな事を考えたその時、唐突に焔が燃え立つ。

「久しいのぉ、トウヤにエミリオ」

真紅の衣、たなびく黒髪に金毛九尾。

天廻綾津日神・陽炎が焔の中から現れたのだ。

「陽炎さん?」

「陽炎さんじゃよ?」

何の前兆もない出現に驚きの声を上げると、陽炎はニッと笑った。

そして、それと同時に厨房から3つの影が飛び出てくる。

「マスター、今何かとてつもない魔力がっ!って陽炎さん?!」

「主、何事ですカ?」

「強盗?泥棒?暴漢?」

武装したフィーとアニエス、シルバートレイを盾にするマスターだった。

狼狽えるマスターに、陽炎は快活な笑みを見せる。

「おぉ、店主よ驚かせてスマンな。妾は小奴らの知り合い故、安心して職務に戻るが良い」

先程の魔力フレアから考えれば、到底信じられない言葉だろう。

「ちょっと規格外な方ですけど、僕らの師匠みたいな方ですから、大丈夫です」

「店だけは壊さないでね…?」

エミリオのフォローを受けてさえ訝しむマスターは、チラチラと陽炎を見ながら奥に戻っていった。それを見送ってから、改めてエミリオは陽炎に問う。

「今日はいきなりどうしたんです?」

「ここ最近のエミリオの成長を感じて、褒美をやりにきたのじゃ」

そう言って、陽炎の真紅の瞳がアニエスを見やる。

「お主、使い魔を増やし負荷をかけて魔力量を増やしておるな?」

確かにエミリオの魔力量は大きく増していた。

アニエスを受け入れ、フィーの真名を覚醒させた時よりもさらに多くの魔力を扱えるようになったのは、間違いのない事実だろう。

「でも、それだけで褒美、ですか?」

「元々妾の契約者には渡しておるのじゃ。今までお主の力量が足らんかった故、渡せずにいた。厳密には褒美ではないの」

「つまり僕が不甲斐なかっただけって訳ですね…」

陽炎的にはようやくスタートラインに立ったという事なのだろう。

「まぁそういう事じゃ。じゃが、今ならコレを扱えるようになった筈」

胸の前で手の平を合わせると、陽炎の手が黒く燃え上がる。

そのまま振り払った右手には、ひとふりの刀が収まっていた。

それをエミリオに渡して来たので、恐る恐る受け取る。

「ーーーー“日輪鬼灯”」

漆黒と黄金の拵えが輝く、長すぎる大業物。

エミリオはそれを知っていた。

何故なら、その持ち主と戦った事があるからだ。

『久しぶりやねぇ、エミリオくん。改めてよろしゅう』

心に声が響く。

日ノ輪。

日輪鬼灯の心にして、フィーの刻印やエミリオの災禍の力の源流となる陽炎の力の象徴の一人。

心に声が響くと、漆黒の大業物は今一度燃え上がってその姿を変えた。

「お主はその方が扱い易いじゃろ?」

太刀は今や細身の両刃剣だ。どことなく、心象世界で創り出した魔剣に似ている。これならば“鳴り響く霊詩(クイックシルバー)”に吊り下げてもおかしくないだろう。

「日輪鬼灯ならば紅山茶花相手にも焔が効く。トウヤと戦う時は覚えておくが良い」

災禍同士、同格の焔は吸収出来ないのだろう。

陽炎はニヤニヤとトウヤを見やる。

「さて、これでトウヤもうかうかして居れんのぉ。どうじゃ、お主から見たエミリオの強さは?」

「フィーやアニエスとの連携を考えれば、ウルズでも勝てる奴は限られるでしょうね」

トウヤの見立てでは、今のエミリオとフィー、アニエスを纏めて相手取り、まともに戦えるのはウルズでも上位だけだ。トウヤ自身、ミスティにレクレス、剣の師でもある流雅、フロウにアズ、天魔ルビア、人形をフル稼働した奏子、竜化したルインあたりだろうか。その中でも余裕を保って勝てるのは半分くらいだろう。

「ならば上々じゃ」

単体で見ても並のヴェルザンディレベルはとうに超えている。

エミリオのランクは今やヴェルザンディの中でもトップクラスだ。

陽炎の言うとおり、災禍九刀のひとふりを手にしたエミリオは今後ウルズにとっても強敵となるだろう。

トウヤは知らぬ事だったが、この時点でエミリオの魔術師としての総合力は、下手な魔術大家の門弟よりも高くなっていた。

もっとも、それはエミリオだけに限った話では無い。

ヴェルザンディもスクルドもウルズの魅せる高みに引き上げられ、全体的に今期の生徒たちの質は高まっていた。相対的な力関係が変わらないためにわかりづらいが、今期の学生レベルは既に歴代の卒業生平均を超えている。ある意味では、これらの影響は災禍によるモノだろう。

「俺も負けてられないな」

トウヤが零すと、陽炎はいたずらっぽく笑って言った。

「そのうちその余裕も無くなるやも知れんのぅ?」




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