《剣術指南》5.魔犬姉妹
実力を計った流雅との試合から一週間。
フィーとアニエスの、魔剣を行使してまでの敗北を経て、流雅は二人から師匠と呼ばれるようになり、エミリオと流雅は魔術の鍛錬をする間柄となった。
流雅による剣術指南が終わると、休憩を挟んで、エミリオと流雅は魔術の鍛錬を、フィーとアニエスは模擬戦をするのも、いつもの流れだ。
「じゃあ、始めますか」
エミリオの一言で休憩が終わり、流雅はエミリオとともに魔術の鍛錬を始める。
「さて、今日はこの前の身体強化の続きをやる?それとも属性付加?」
魔術の鍛錬は、魔術のみにおいては秀でるエミリオが指導役だった。といっても、2人の魔術の腕はさほど変わらない。たまたまエミリオの得意魔術が、流雅よりも勝っていただけであり、使える魔術が多少多かったにすぎない。
ゆえに、2人の鍛錬は試行錯誤の感が強く、進捗は非常に遅かった。
「…身体強化を続けるか」
流雅の言葉で、2人は鍛錬を始める。
エミリオがミスリル銀のコートを纏うと、流雅は魔術を詠い始めた。流雅の魔術が身体能力を底上げする術式を奏で、オドが整列し、マナが引き込まれてゆく。“鳴り響く霊詩”の術式、その魔力の流れを調律しながら、エミリオは魔力で描かれる世界を垣間見ていた。
「右腕の魔力がちょっと薄いね。あと、左足が重たい…かな」
魔力の濃淡、術式の揺らぎや構成を視覚的に捉える感覚は、今までエミリオにはなかったものだ。そもそも魔力探知が苦手なエミリオには、ここまでの魔力情報を得る機会すらほとんどなかった。いかに礼装のサポートがあるとはいえ、暗闇を走り回る黒犬ほどには視界を活かせないのは道理だ。
故に、この鍛錬を通じて、エミリオはそれをいかに活用するのかを課題として定めていた。
「ーーーーー」
一方、流雅はエミリオの指摘する点を、逐一修正し、自身に最適な魔術の感覚を掴むのに必死だった。
元々秘剣のみで生き抜いてきた流雅にとって、魔術は未だになれない部分を残す技術であり、周りが生粋の魔術師だらけの環境下においては、基礎の基礎から学ぶことも容易ではなかった。ある意味では、基本に立ち返ることのできるこの環境は、今の流雅の成長にはちょうどよい環境だと言える。
音魔術の基本を辿り、術式の構成を一から積み上げる。
単純作業でありながら、千里の道の起点ともなるべき鍛錬を、流雅は丁寧に、必死で進める。
守るべき者を、守りぬく力が必要だと、流雅は知っていた。
自身よりも強くある者。
自身に数で勝る者。
自身より権謀術数に長ける者。
それらを退けて、他者を守りぬくには、途方もない力が必要なのだ。
神隠しだって、魔術の知識があれば回避できたかも知れない。
力が無い者には、選択すら与えられない。
その事実を知り、抗う心が、流雅を魔術師にした。
その事実故に、流雅はウルズの頂点にいた。
頂点にいながら、その先を見据える者。
それが、犬上流雅という魔術師だった。
「ーーーーっ、ふぅ…」
息をつく。
魔術が途切れ、規則正しく並んでいた偏向魔力が霧散する。
「前回より進歩した、かな?流雅的にはどう?」
エミリオの問いに、流雅は感覚を反芻する。感覚的ではあるが、魔術の出来は良かったように思った。
「…悪くはなかったが、まだ先がある」
手を握ったり開いたりして、流雅は零す。
決定的な何かが足りないような曖昧な不完全さを、流雅自身感じていたが、それが何なのか、流雅にはわからなかった。
***
一方、エミリオと流雅が鍛錬を行っている間に、フィーとアニエスは演習場に来ていた。
「姉サマ!本日もよろしくお願いしマス!」
「はい。張り切っていきましょう」
基本的に2人がすることは魔術戦闘だ。しかも、かなり真剣な。
マスターたるエミリオに多大な負荷をかけるため、2人は魔術行使に遠慮しないよう、エミリオ本人から言われていた。
フィーが鎧を纏うのが、開始の合図。
「《燃え立つ幻想》!」
跳ねるように飛び出したアニエスに対し、フィーも魔術を詠う。
「《揺らめく炎破》!」
フィーの姿が幾重にも分身し多角的にアニエスを迎撃するが、アニエスは盾と剣を巧みに操り、フィーの連携をかいくぐる。飛びかかる大剣をステップでかわし、真横からの横薙ぎを跳躍する。振り下ろされる一撃を盾で流し、切り上げる太刀筋はギリギリでかわすと、フィーはもう目の前だ。
「《黒牙》」
左手に黒炎を宿し、フィーは右腕だけで大剣を振るう。
「はああぁぁっ!」
遠心力を得てかなりの速度と重さになった一撃が、アニエスを捉える。掲げた盾で受け止めると左腕が痺れるが、アニエスはそれを無視した。
「《焔奏でる鎖乱》!」
詠唱と同時、掲げた盾から伸びる鎖がフィーの大剣を絡め取る。すかさず、アニエスは剣を振るうが、フィーの黒炎に刃を掴まれ膠着した。
「ゥー…姉サマ、大人しく離すデス!」
「アニーちゃんこそ、剣、放してくれる?」
ギリギリと互いに牽制しあい鍔迫り合いをする2人だが、膠着は短かった。
「フラップ・ストライクぅ!」
ノーモーションで振り上げられたアニエスの黄金の左足…正確には、フラップが跳ねて、フィーを蹴り飛ばしたからだ。
プレートメイルを着ていたとはいえ、全く無警戒からの攻撃を受けて、フィーは大きくすっ飛んだ。なんとか着地したものの、フィーリアは脇腹を押さえてしばらく静止する。
「ァー…姉サマ、大丈夫デス?」
アニエスはアニエスで左足の付け根をさすりながら、フィーに声をかける。
「だ、大丈夫よ。アニーちゃんだけじゃないって忘れてた私が悪いんだから…」
フィーは立ち上がり、2本目の大剣を作り出す。
「さぁ…戦闘続行よ」
構えなおすフィーを見て、アニエスは思う。アニエスの盾には、魔術の鎖と大剣が残されたままだ。
(姉サマ、剣が2本…。小生も出来るカナ…?)
正面に盾を構えると、アニエスは盾の内側にあるアイテムスロットに煉獄剣を生成する。
(できタ…!)
スロットに一本ずつ、計3振りの魔剣を生成したアニエスは、そのまま魔術を詠う。
「《荒ぶる三頭》!」
フィーは容易くそれを避けるが、追尾性を持った三頭はフィーを逃さない。続けざまにアニエスは詠う。
「《荒ぶる三頭!》」
追加射出された魔弾とともに、アニエスは駆け出した。
「《燃え立つ幻想》!」
纏うは焔のヴェール。
元々の魔力量の多さを活かした連続魔術の猛攻撃がフィーを襲う。
強烈な刺突と、飛び回る魔弾。
回避しながら大剣で迎撃するには速度が足りず、かといって魔弾を斬れば炸裂する。
即座に方針を変え、フィーは大剣を飛び回る魔弾に投げつけた。空中で爆発する魔弾を見ることなく、フィーリアは両手に焔を宿す。
「《漆黒双牙》!」
狐炎を籠手のように収縮させ、直接打撃に持ち込む算段だった。
「《揺らめく炎破》!」
手数には手数を。
速度には速度を。
既得魔術を組み合わせて即座に対応策を見いだすフィーは、アニエスにとって最高の姉であり最強の好敵手だった。
「《焔奏でる鎖乱》!」
フィーの背後から殺到する魔弾。
迫る、幾重ものフィー。
幻影を射抜く何条もの鎖。
盾の背後から繰り出す刺突。
決着は、いつも一瞬だった。
鎖を、魔弾をかいくぐる一人のフィー。
他の幻影たちが、魔弾と鎖を無効化していく中、アニエスの眼前まで迫ってくる。
その芯へと、アニエスは渾身の魔術を放つ。
「《焔奏でる鎖乱》ーーー!」
魔術の鎖が、盾に隠された煉獄剣を引き抜いて射出される。
迫るフィーを、不意打ちの煉獄剣が射抜く。
その刹那。
「惜しかったね、アニーちゃん」
背後から、アニエスは抱きすくめられていた。
同時に、煉獄剣が幻影を射抜き、他の魔術も霧散する。アニエスが、戦う意志を無くしたからだ。
「ムぅー…今日も勝てなかったデス」
「でも、魔術も洗練されてきてるし、アレンジも良かったよ?」
フィーの言葉に、アニエスは不満そうな表情だ。
「小生、姉サマみたいに強くなりたいデス…」
そんなアニエスに、フィーは問う。
「アニーちゃんは、どうして強くなりたいのかな?」
アニエスは、即答した。
「…師匠に認めてもらいタイ」
抱きすくめているフィーには、アニエスの顔は見られなかった。
「忘れないで、アニーちゃん。強さには理由が必ずあるの。でなきゃ、強くても、私は意味がないと思う」
アニーちゃんがいつか私を追い抜いても、忘れないでね。
フィーとアニエスの鍛錬は、そんな言葉で締めくくられた。
エミリオと流雅の鍛錬が終わってこの日はそのまま解散となり、エミリオたちはバイトへと道を急ぐのであった。




