《剣術指南》4.アニエスの力
「やっぱり強いな、ウルズは」
意識を取り戻して、開口一番にエミリオは呟く。
フィーの膝枕で目覚めたエミリオは、再び目を伏せると、先の戦闘を思い返す。
直前で入れ替わるようにフィーを庇ったエミリオは、秘剣を食らってしばらく昏倒していたのだ。ミスリル銀のコートでは、やはり物理ダメージを軽減してはくれなかったらしく、背中が痛む。
「まぁ、フィーが怪我しなかったから良いけどさ…」
見上げるフィーの顔はちょっと怒った表情だったが、エミリオはそれが可愛くて、笑ってしまう。
「なに笑ってるんですかっ、もうっ!マスターはちゃんと私に守られてくれないと困りますよぅ!」
あぁいう時に無駄に格好いいなんて、反則ですぅ…!と、フィーリアは赤くなりながら怒る。
「僕だって男なんだから、好きな娘には怪我して欲しくないんだよ」
言って、エミリオはフィーの頬、黒炎の魔術刻印に触れる。
「フィーはすぐに無理するしね」
そんなエミリオの言葉に、フィーは頬を膨らませる。
「…マスターだけには、言われたくないですぅ」
そんな二人の会話は、いまだ訥々と続く。
主従よりも固く結ばれた絆は、真名を獲得した時よりもさらに深まっていた。
そんな二人の周りは今や、心象世界にも匹敵しそうな桜色の空間に変化していたのだった。
***
一方、二人を欠いた流雅たちは、アニエスの実力を計るため、流雅とアニエスの試合に移っていた。
「《燃え立つ幻想》!」
アニエスがフィー譲りの魔術を詠う。速度と瞬発力を底上げし、物理と魔術を弾く焔を纏うと、一直線に流雅へと飛びかかってゆく。
その右手にはフリップが顕現させる焔の剣。
煉獄剣“燎原の火”と銘打たれたその剣は、漆黒の焔の具現である。
フリップが司る、ケルベロスの煉獄ブレス。それを剣の形に押し固めたその刃は、フランベルジュのように波打った刀身を持っていた。片手で扱うのに適した長さの刀身からは、魔術効果も相まって驚異的な切れ味とダメージ性を発揮する。その刃は、まさに燃え盛る火焔であると言えよう。
「アニエス、駆けル!翔ル!」
「アニエス、踊ル!躍ル!」
フリップ、フラップの声援を受けて、アニエスの剣が突き出される。
「ーーーーーー」
次々と繰り出される高速の突きを、流雅は軽々とかわしてみせた。
盾の隙間から突きで流雅を攻めるアニエスは守りと攻めがバランス良くまとまっていたが、流雅を相手にするにはあまりにも拙く、流雅には届かない。対して、流雅はよけるだけで抜刀せず、アニエスの防御に隙が出来る一瞬を探していた。
初見ではあるが、魔術ヴェールと黒騎士の鎧の耐久性を考えると、ただの抜刀では弾かれてしまうのが目に見えている。加えて、盾を構えたまま突きを主体に攻めてくるアニエスのスタイルは、こちらへの攻撃こそ通らないが、こちらから防御を崩すのにはかなりの労力を食うことは必至だ。
そうなると、アニエスがじれてスタイルを捨てるか、攻勢に転じて崩す他にない。流雅の抜刀と魔術であれば、アニエスが隙を見せたところに一撃必殺を叩き込むのが最適だろう。
そんな思考が流雅の頭をよぎった刹那。
「《焔奏でる鎖乱》!」
短縮詠唱とともに、アニエスの盾から無数の鎖が飛び出した。
同時に地面からも鎖が生え、流雅を捕らえんと迫る。
アニエスの突きと、魔術による鎖の乱舞。
回避難度が一気に跳ね上がり、流雅に余裕がなくなる。
そして、鎖は程なくして流雅の刀の鞘に巻きついた。
「…!」
刀ごと流雅をホールドした鎖が真っ赤に脈動したかと思った次の瞬間、鎖が爆発したかのように燃え上がる。
袖が燃え、腕を黒炎が舐める。
反射的に抜刀し、魔術を詠ったのは正しい判断だった。
「初の太刀“夕立”」
抜刀した刀身から水が振りまかれ、黒炎の勢いを殺す。同時に鎖を振り払い、流雅はアニエスから距離を取った。
それを見たアニエスは次の魔術を詠う。
「《荒ぶる三頭》!」
詠唱とともに現れるケルベロスの頭を模した魔弾。三頭がそれぞれ錐揉み状に流雅を狙い、追尾する。弾速が速いために追尾し切れず、一頭が空を切った。続けて二頭目。しかし、それを見越して最後の一頭が流雅を捉えた。
「継の太刀“木枯らし”」
合わせるように抜刀し、風の刃が炎を斬るが、ケルベロスの頭は斬られると同時に誘爆する。
「ぐっ………!」
爆発をもろに食らい、流雅は地面を転がった。
ダメージはあまりなかったが、着物はあちこちが焦げてしまっていた。
初見で様子見しては不利だ。
流雅は直感し、ここで攻勢にでると決めた。
「破の太刀“曙”」
抜刀一閃。
目を眩ませる輝きが、アニエスの視界を奪う。
光が来るとわかった瞬間にアニエスは目を閉じたが、目蓋を貫通して光が視界を減じさせる。
「結の太刀“雪崩”」
次の太刀で雪波が生まれ、アニエスを取り囲む。
どちらに盾を構えていいか解らず、その間にも雪は雪崩れて積み重なる。
流雅が刀を仕舞い、チン、と刀が鳴った時。
雪の壁が崩壊して、アニエスを全方位から襲った。
ドォン、と重たい音が響く。
いくら黒騎士のフルアーマーを纏ったとしても、締め固まった雪の圧力には適わない。
これで、終局のはずだった。
並の魔術師であれば。
「《煉獄と惨殺の魔剣》ーーーー」
雪の深奥。
焔が不死鳥のごとく再燃する。
漆黒の輝きが、雪を蒸発させる。
天を頂く煉獄剣が、雪から帰還したアニエスの右手に握られていた。
竜種ケルベロスの本性を露わにする、真紅の瞳が流雅を捉えた刹那。
「ーーーー秘剣“鬼斬童子”」
振り下ろされる魔剣を、神斬りの剣が受ける。
ほとばしる魔力が火花を散らす。
漆黒と純白。
相対する力は、やがて交わり、果てる。
白が、黒を飲み干して、刃が鎧を穿つ。
魔剣を破りし秘剣。
ウルズクラスたる剣術の極みは、侍・犬上流雅を勝利へと導いたのだった。




