《魔術師》3.トウヤの初陣
「あの……よろしく、お願いします」
一回戦、第二試合。
対戦カードは、近衛トウヤ対ルーナ・スノウブライト。
ルーナは名前を名乗ってから一礼した。その様子や言動から、内気な性格であろう事がうかがい知れる。
「近衛トウヤだ。改めて、よろしく」
トウヤが名乗り返すと、ルーナはちょっとだけ安心した様子で、はい、と頷いた。
シルバーブロンドの髪は肩にかかるくらいまでで、眼鏡の奥には理知的な碧眼があり、トウヤを遠慮がちに見ている。耳はシスターと同じ三角耳で、そこから彼女が妖精族だという事がわかる。
ルーナの手にはショートソード。刃渡りはだいたい60センチ程度だろうか、左手の盾と合わせて使えるように、細身で両刃の軽いものを選んだのだろうか。若干リーチは短いが、本職は魔術師ゆえに積極的に近接戦闘を仕掛ける訳ではないはずだ。盾の他に防具もなく、トウヤの目にはそれらのセットが魔術用の礼装に思えた。簡単に言ってしまえば、ルーナの様子と構え慣れていなさそうな装備が、実戦用にはまるで見えなかったのだ。
そんな風に考えていたトウヤは、しかしそこで自身の先入観を否定した。
戦闘に不慣れなように見えるのは演技かもしれないし、例え戦闘に不慣れなのが事実だとしても、ルーナには魔術がありトウヤにはない。それだけでトウヤが不利なのは間違いないのだ。
どうせ戦うなら、せめて全力で。
逆境を目の当たりにして、トウヤの心に小さな火が灯る。
(戦わなきゃならないなら、勝ちに行く。負けるにしても、タダでは負けない)
抜刀し、握り心地を確かめると、トウヤは深呼吸した。
どうにでもなれと思っていたトウヤも、先の魔術師たちの戦いに魅せられ、理由も解らないままに、闘志を滾らせる。
トウヤとルーナが演習場の中央に立つ。トウヤは刀を正眼に構え、ルーナも盾を前にし戦闘態勢をとった。
「では…始め!」
リフィの開始の合図とともにルーナは距離をとり、詠唱を始める。先程ルビアやミスティが使っていた音の魔術。それとは異なる旋律を以て現実を塗り替える。
「《氷這う草原》」
詠唱速度は早い。ルーナが魔術を締めくくると、ルーナの足元から冷気が吹き地面に霜が生える。開始からここまで、トウヤは開始位置から動けずにいた。
(霜がルーナを囲っている。踏んじゃいけないんだろうな)
霜には何か流れが見える気がした。鞘を投げうつと、霜は折れる事なく鞘を受け止め、そして流れに沿って氷結する。霜の草原は触れたものを拘束する魔術なのだろうか。
トウヤの考察の間にも霜円の中央でルーナはさらに詠う。先程の魔術と同じ旋律が響き、けれど今度は長く詠われ、それとともにゆっくりと霜が範囲を拡げ始めた。今飛び込めばまだ届くかもしれない。そう思った瞬間、迷う時間も惜しんで、トウヤは咄嗟の判断に身を委ね大きく跳躍した。
(届けっ!)
思うように飛距離は伸びない。
届かない。
だが、このまま諦めたくない。
そう思った瞬間、トウヤの心臓が大きく跳ねた。
視界が、感覚が淀み、切り替わる。
地面を覆う霜の河。
それに重なるように、揺らぎながら、朧げながら、しかし明確に存在感を持った幻視が顕れる。
源泉たるルーナから湧きいづる流れが視える。
霜の流れが、強弱が、濃淡が、はっきりと視える。
水のようにも、血のようにも、泥のようにも見えるその流れ。
それは冷たさを感じさせる一方、所々に渦を巻き、呑み込まんとする意志のようなものを感じる。
トウヤは直感の赴くままに、渦の合間の流れの少ない部分を踏みつけ、2歩目の跳躍を模索する。
その足が地を離れた瞬間、幻視は消え去り、元の視界が戻ってくる。既に背後へ遠ざかった霜は、手を伸ばすも届かなかったトウヤの足の裏を恨めしげに眺めていた。
果たして、トウヤはルーナの元へと到達する。空中で横薙ぎにされた刀の一撃は、驚きに目を見開くルーナの盾へと吸い込まれていく。衝撃に耐えきれず刀を離すも、トウヤの一撃は握りの甘かった盾をルーナの手から放り出させた。勢い余るトウヤは霜を壊しながら滑り、偶然ルーナの手首を掴む。
「ひっ!」
ルーナの叫びを聞いた瞬間、トウヤとルーナは固まって地面を転がり、最終的にはトウヤがルーナを組み伏せるような形で止まった。意図しない動きではあったが、トウヤは巻き込むようにルーナを引きずり倒し、優位を奪ったのだ。
だが、その代償は少なくない。
「うぅ…」
泥だらけになり、瞳に涙を溜め込んだ女の子が、トウヤの下に居た。
「勝負あり。トウヤの勝ちだ」
リフィが判定を下さなければ、トウヤもどうして良いものかと悩んだだろう。トウヤは勝利を望み、そのように行動したが、この展開は想定外だった。
とはいえ勝利は勝利。
「魔術なしで勝つとは恐れ入るね、トウヤ」
リフィの称賛の通り、トウヤは魔術なしでルーナを下した。
トウヤは立ち上がり、ルーナに手を差し伸べると、ルーナは迷ってからその手をおずおずと取った。
「ありがとう、ございます…」
消え入るようなお礼の言葉に続いて、ルーナはトウヤに質問を投げかける。
「よく知らない魔術に飛び込めますね…。もし攻撃的な魔術だったらとか、思わないんですか?」
遠慮がちな言葉の裏には、未だ恐怖が透けて見える。トウヤは知れない事ではあるが、そこにはトウヤへの恐怖だけでなく魔術への恐怖も混じっていた。
魔術は恐ろしい。
時には痛みを伴い、時には痛みを残す技術は、ルーナにとって恐怖を呼び起こすモノの一つだ。
そんな魔術を恐怖と思わないトウヤの姿勢が気になり、その興味がトウヤへの恐怖を上回って、ルーナは言葉を零していた。
そんなルーナに対して、トウヤは自身を顧みて言う。
「知らないから、かな。何もないから身軽に跳べた」
トウヤにしてみれば、一瞬の出来事だ。勝手に身体が動いていたと言ってもあながち嘘ではない。しかし、強いて理由をつけるならこうだ。
魔術を被弾した痛みを知っているならば躊躇もしただろうが、あいにく今のトウヤはある意味空っぽ。経験から来る危険予知的な躊躇は無いし、鞘を投げた時の反応、直前で得た直感もあって、止まらなかった。もし霜が棘のように刺さるモノで、それを事前に知っていれば躊躇ったかもしれないが、それでも勝ちを狙うために跳んでいた。
「まぁ、あとはやるだけやってみようと思ってたしな」
トウヤがそこまで思いきれたのは、ルビアとミスティの一戦に魅せられていたから、というのが大きい。それに加えて、単に負けるだけなのも癪であり、負けず嫌いな気持ちがあったのも要因の内だろう。
「私には真似できそうにないです」
消え入りそうな声でやや俯くルーナに、トウヤは頭を掻く。
「んー、俺はただ無鉄砲なだけだったと思うんだけどなぁ」
そこでリフィが次の試合カードをコールしたので、トウヤとルーナは各々のいた場所へと戻ろうとするが、その視線が向いた方向は同じだった。何故なら、さっきまでルーナと二人で観戦していたフロウが、今は桜やルビアと一緒にいるからだ。
二人して戻るとフロウがお疲れー、と労ってくれる。桜とルビアも同じく労いの言葉をかけ、フロウがトウヤに問いかける。
「トウヤは魔術使えないんじゃなくて、使わないんだね?」
「え?一切使えないけど?」
トウヤが真顔で返すと、フロウは首を傾げた。
「でも、魔力の流れが視えてたんじゃないの?」
フロウが言うには、トウヤの動きは魔力の流れを視て、ルーナの魔術の薄い所を突破したように見えていたという。フロウはそこから類推して、トウヤが魔術を使えないフリをしていると考えたようだ。確かに、トウヤにはルーナから流れるラインが視えたのだが、それでも魔術を使えないのは変わらない。
それを口にすると、桜が助け舟を出してくれた。
「トウヤが魔術を知らないのは確かよ。でも、その流れを視るってのは、魔術を扱う上でとても大切な事だし、フロウが勘違いするのも無理ないわ」
魔力を視る事ができるという事は魔術適性の現れであり、魔術を扱う上での難易度が大きく変わる才能の一つだ。
魔力偏差視界と呼ばれるそれは第六感的な感覚で、人によって視え方も、視える度合いも違うらしい。
例えばフロウは風霊族では一般的とよく言われる、風の色と温度で魔力を視る。先のルーナの魔術も、冷風が流れているように視えていたそうだ。それが炎の強弱であったり、単純な色彩の彩度や鮮度で表されたり、人によって捉え方は千差万別ではあるものの、各々が同一の魔力の偏りを知覚している現象ゆえに、そう呼称している。
「ちなみに、私はあまりよく視えないんだ」
「私もすごく視える訳じゃないわ」
ルビアも桜も知覚能力は高くないという。
二人の話によると、ルビアは魔力が濃ければ重たそうに、桜は明るく鮮やかに視えるらしいのだが、常時視える訳ではなく、よほど濃い魔力でなければ視えないそうだ。ルーナが使った魔術では、流れが全く視えなかったため、トウヤが跳んだ時に魔術に捕らえられるだろうと思ったらしい。
「僕ら風霊を含めた属性精霊や木霊、魔族はよく視える人が多いんだってさ」
魔力への親和性が高い種族ほどよく視える傾向があるらしいが、他人の魔術の魔力まで精緻に視えるのは魔族でも多くないとも、フロウは言う。そして、フロウの言葉を信じれば、トウヤはかなり視えている方なようだ。
「昨日の侵入者がトウヤだって噂があるくらいだから、てっきりトウヤは実力を隠してるのかと思ったよ」
フロウは冗談のように言うが、あながち間違っていないところに直感力を感じる。それを聞いたトウヤたちは思わず苦笑いを零し、そして丁度次の試合が始まった。




