07 心配性な彼女
「魔族?」
「そう、魔族。あいつは自分のことそう言ってた。守護騎士と敵対してたらしいけど、叔母さんでも分からない感じ?」
「聞いたことがないな。過去の文献にもそんな存在に関しての記述はなかったはずだ」
「マジか。叔母さんが駄目なら誰も知らないだろう可能性大だなこりゃ」
「だが、もしかしたら何か手掛かりがあるかもしれん。各国の知り合いに調査の後で聞いてみることにしよう」
「お、流石。よろしく頼んます」
魔族と名乗ったウィーンとの戦闘現場で、サクはよろしくといった感じで軽く頭を下げる。礼は良いといった感じの視線を向けたカノンは、現場の調査を行う騎士たちの下へと行ってしまった。
ウィーンが発生した際の大地や大気への影響、各所にかかっている負荷を計測してどれほどの力を持っていたかの判断等々、色々な難しいことの調査をカノンを中心した研究者と騎士たちが進めている。
経緯はすでに説明したが、専門知識を持たないサクはこれ以上力になれそうなことはなかった。隣にいるハクもどうすることもできず、2人で静かに見守っていると、見かねたカノンが声をかけてきた。
「ここはもういい。サクはいつもの見回りに戻れ。もし何かあったら呼ぶから」
「了解。頑張ってな叔母さん。それじゃ行こうか、ハク」
「うん」
返答の後に2人は平原を駆けだした。先を行くハクの体が光に包まれたのを見ると、展開した魔法で強化した体でサクは前方の空目がけて飛び上がる。
落下が始まる前にサクは竜へと姿を変えたハクの背に受け止められ、そのまま急上昇していく。現場が遠ざかっていくのを背で確認しながら、行きとは違う非常にゆったりとした速度で街へと戻り始めた。
体に当たる風が心地いい。先ほどまでの物騒な戦闘が嘘にも感じられるような爽快感をサクとハクが感じていると、街の方から3つの影が近づいてきた。
(お疲れ、サク)
(お疲れ様ー)
(お疲れさんー)
「おう」
やってきたのはワーたち。ゆったりと飛ぶハクの近くを並列に並んで飛行し始めた。心越しに、結構暇だったという感じが彼らから伝わってくる。
すぐに終わらせたから街の方でも大きな混乱にはならなかったようだ。それか、俺とハクが動いた時点でどうにかなると街の人たちも思ったのかもしれない。俺たちがいなくなった時のことを考えると少し心配になるが、それでも叔母さんやイヤサが上手く対処してくれるだろう。
有意義な空中飛行を楽しんでいれば、もう街へと到着してしまう。壁の上にいる騎士たちからの出迎えに笑顔で応えつつ、まだ終わっていない見回りの仕事に戻ることにした。
眼下の街に異常はなく、周辺に魔物が発生するような兆候も見られない。時たまこちらに向けて歓声が上がったりするところからして、混乱している様子は感じられなかった。
(あ!)
「ん? どうした、ハク」
このままハクに乗って見回りを続けようかと思った矢先、ハクが驚きの声を上げた。その大きな金色の瞳で街をきょろきょろと見渡す。
(カーラのこと忘れてた。手伝いに戻らなくちゃ)
「ああ、そうだったな。よし、バーン。乗り移るから少し近づいてくれ」
(了解)
指示に従って距離を詰めるバーン。立ち上がったサクは先ほどと同じように魔法で体を強化しながら、飛び移るタイミングを慎重に計る。
さっきまで見ていた街並みに目がいかないようにする。落ちないと分かっていたから安心して見ていたが、今見ればもしものことを考えて怖くなってしまうからだ。
自らを鼓舞しながらも何とか意識を下から逸らし、ようやく来たタイミングを見逃すことなくバーンに飛び移った。一瞬ぐらついたがすぐに安定を取り戻してくれた背で、ハクにもう大丈夫だといった感じで目くばせをした。
するとハクはその大きな手を振りながら街の方へと降下していき、いるであろうカーラのところの直前でその身を輝かせる。無事に合流できたことにサクが安心していると、すぐ近くでワーがため息をついた。
(やっぱええな~ハクさん。綺麗で、美しくて、凛々しくて。相も変わらず完璧すぎるで)
(そうだねー。流石だよねー)
(最高位の高等魔生物ってだけじゃない。サクがすごいから彼女も美しいんだろうな)
「そう言われると俺も嬉しくなっちゃうな」
ワーたちの素直な感想を聞いて少し照れてしまうサク。これまでの積み重ねの結果を好評価してくれるのは誰だって嬉しいものだ。
これまでの積み重ね。それを頭の中で思い浮かべたら股間部の仰角が上がり始めてしまう。健全な交流以上に淫らな交流の数々を次々と思い出してしまい、押さえつけられそうになかった。
いや、違うんです。悪気はないんです。だって男ですもん。あんなことやこんなことを思い出せばこうなってしまうのは仕方がないでしょう。どこにでもいるわけでもない誰かに対して赤面しながら言い訳するサク。股を開いて乗っているがため満足に内股にもなれず、大きくなっているということはバーンにバレバレだった。
だがしかし、ここで慌てずに対処してくれるのがバーンだった。背に乗るサクの違和感に気づきつつも、指摘せずにそのことを黙ってくれていた。これがワーだったら爆笑しながら周りに言いふらしただろう。
ありがてえのう。ありがてえのう。小学校の図書室とかにも置いてあったりする例の漫画の主人公に似ても似つかない感じで深く、深~く礼を心の中でバーンに対してだけサクはつぶやき続けるのだった。
羞恥心に耐え、ワーたちと会話を交えながら続けた見回りはその後問題なく終了した。フォードゥン家の敷地内の一角に設営されたワーたちの寝床に降り立ち、最後に締めくくりの言葉を述べる。
「はい、予想外があったけど今日の見回り終了。また1週間後……あ、もしかしたらないかもしれないな」
(ない? 何か他の予定があるのか?)
バーンだけでなく、イーとワーも首をかしげる。不思議そうにしている彼らに、4日後に迫った経緯を説明してあげた。
(ほうほう。ほんならワイたちが乗せていく感じか?)
「そうなるかも。その時は頼む」
(まかせてー。旅行は大好きー)
(旅行じゃないぞイー。気を引き締めないと)
「大丈夫そうだな。んじゃ4日後に。またなー」
((お疲れ))さーん)
お互いに別れを告げ、解散していく。飛行の疲れを癒すため、天然素材で構築されたそれなりに過ごしやすい寝床へとワーたちは入っていき、サクは屋敷へと戻っていった。
◆◆
「うん。完璧」
綺麗になった浴場を見渡し、サクは満足した様子で脱衣所にて腕を組んでいた。これにて今日任されている仕事は終了したのだ。
浴場の隅々までを掃除するのがサクの日課であり、地味な楽しみでもあった。汚れたものを綺麗にする快感は、その日の疲れを忘れさせるようなそうでもないような。
夕刻に近づいてきたために窓から差し込んでくる光はオレンジ色へと変わっている。それを見ることで改めて今日の終わりが近づいていることを自覚することができた。
カーラとハクによる買い出しは完璧。だが、残念なのがバルトたちが今回の件の対応に追われて戻ってこれないということだ。アイリスは夕飯までには間に合うらしいが、全員が集まっての夕食はまたお預けとなってしまった。
最近この頃忙しい騎士団。各地への連携が大変だという話を耳にしたりしており、多くの仕事を抱えているようだ。色々と手伝いたいが、この世界の文字を小学生レベルでしか読み書きできないサクには、魔物駆除や見回りぐらいしか手を貸すことができない。
その場で悩むサクだったが、どうあがいても進歩がないことを悟って考えるのを止めた。何だかんだ言って、やれることを可能な限りやるのが一番なのだと結論付け、脱衣所を後にした。
夕焼けに染まった廊下を歩きながら、夕飯のことを思い浮かべる。もしアイリスが間に合わなかったらと考えていると、広間の扉からそのご本人が現れた。どうやら間に合ったようだ。
「お帰り、アイリ――」
「サク!!」
こちらの声をかき消すほどの大声を上げ、アイリスは一目散にこちらに駆け寄ってきた。目の前まで到達すると、足の先からしっかりと体を確認し始めた。
「心配だったの。新手の魔物と戦ったのよね。大丈夫? 体に違和感とかはない?」
「ああ、特に問題なし」
「よかった。本当によかった。でも、もし何かあったら言ってね。絶対に何とかするから」
「分かった、分かった。何かいつにもまして心配してるみたいだけど、大丈夫だから安心してくれ」
「……うん。ごめんね。ちょっと怖くなっちゃって」
陰りのある笑顔で返答したアイリス。その表情は、何とも言えない恐怖を感じているように見えた。
何故ここまで心配をかけてしまったのか。こうして無事でいるのにも関わらずまだ不安が拭えないということは、何かしらの要因があるはず。その答えを受け止める意思を伝えようとしたが、先にアイリスが口を開いた。
「街の外で膨れ上がった魔力。あれ、5年前と似てた。あの禍々しい感じ、忘れるわけない」
「ああ、確かに似てたな。実際はそれほど強くなかったけど」
「でも、また大変なことになると思っちゃったの。また、何もできないと思っちゃった」
「アイリス……」
強がった笑顔は徐々に暗いものへと変わっていく。どうやら現れた存在に対する恐怖ではなく、自分が力になれないと感じてしまったことがアイリスを追いつめているようだ。
しかしながら、あれ以降アイリスもさらに強くなった。たとえあの『創造主』にかなわないとしても、十分すぎるほどの実力は持っている。
あの時閉じ込められ、成す術もなく助け出されるのを待っていたことが悔しかったとあの戦いの後に教えてもらった。そうならないために、力を磨き続けるということも。
「……ごめんね。弱気なこと言って。でも、大丈夫だよ。うん。大丈夫」
「無理してないか?」
「心配ご無用。これをばねにしてもっと強くならなくちゃ。私も、いざというときはサクの横に並んで戦いたいからね。だからっ――」
全て言い終わる前に、アイリスはサクに抱き寄せられていた。その胸の中に顔をうずめ、口が塞がってしまう。
「無理してないのは分かった。でも、焦ってるだろ」
「……うん」
「しっかり、自分なりに行こう。急いでもろくなことがないだろうし」
「分かった。分かってる。ごめんね、サク」
「そこは違うと思う」
「……ありがと、サク」
「おう」
「ねえ、しばらく続けてもらっていい?」
「もちろん」
夕暮れの輝きに照らされる廊下で抱き合う2人。お互いの存在をはっきりと確認しあいながら、ゆっくりと時間は流れていった。




