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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第二部 第一章 ゆるふわな五日間
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05 X、Y、Z

 愛情たっぷりのおはようのチューの感覚がまだ唇に残っている。それだけでなく、あの絶対的な柔らかさと温かさも。最高のひと時が頭から離れないサクは、歯を磨いてるときも、顔を洗っているときも嬉しさからくるにやにやが止められなかった。

 朝食の時にだらしないとアイリスに叱責されても完全に抑えられなかったから、かなりの重症かもしれない。というか、ハクが離れることなく一緒に居続けていることも原因なのだろう。

 女神のような微笑みを絶やすことなく向け、ハクはゲイリーの作った朝食をあーんしてくれたりもした。目の前で繰り広げられるそのやり取りをアイリスは悔しそうにしながら見ていたのを覚えている。

 ちなみにカーラはゲイリーが特別に作った料理をご満悦な表情で食べており、作った本人はそれの説明を交えながらも視線はちらちらと谷間の方へと向けていた。自らの欲望を満たすためなら迷うことなく贔屓する。高性能エロ爺の鏡と言える逸材だ。

 そんな感じのいちゃいちゃぐぬぬが終わればそれぞれの時間がやってくる。片付けを終えて各々が身支度を整えるために自室へとばらけていく直前、アイリスが全員に呼びかけた。



「また夕方にね。今日はお父様や兄様たちも帰ってこれるはずだから、大人数になるわね」


「おお。久しぶりに盛り上がりそうだな」


「そうね。疲れた皆を元気にできるような料理を考えなくちゃ」



 そう言って意気込むアイリス。頼れる幼な妻とはこういうことをいうのだろう。可愛くも凛々しい姿は素晴らしいの一言に尽きる。



「そいうえば食材の調達は今日でした~。良い物を買い揃えますね~」


「私も行くから完璧だよ。任せてね、アイリス」


「ハクとカーラが行ってくれるなら安心ね。サクも行ってくれればもっと助かるけど……」


「すまん、午後は『あいつら』の様子見に行きつつ、そのまま首都周辺の見回りだわ」


「そうだった。ま、仕方がないわね」



 買い物以上に大切なサクの用を思い出し、少し残念そうにしながらもアイリスは納得しながらため息をついた。

 『彼ら』の世話はサクが任されている。世話というか、話に行くというか、何とも言えない微妙な仕事。だがハク程大きくなく、一般人も慣れ親しんでいる『彼ら』らがいれば移動がかなり楽になることは確かだ。

 そんなこんなで話していれば時間は過ぎ行く。朝の出立時の恒例行事を行うためにアイリスが右手を掲げた。



「さあ、今日も頑張っていきましょー!」


「「「「おおー!」」」」



 アイリスの掛け声に合わせ全員が声を上げながら拳を突き上げる。元気な声が屋敷中に響き渡り、サクたちの新しい一日が始まりを告げた。






     ◆◆






(エーックス!)



 昼下がりのフォードゥン家の敷地内の一角で、勇ましくも楽しそうな咆哮が響く。



(ワーイ!)



 一般人であれば動物の咆哮に聞こえる声だが、ある程度の魔力を持っているか、素質がある者であればその声を心を通して聞くことができる。



(ゼェーット!)



 心に響く声は、とても楽しそうな若々しい声だった。『彼ら』の声の後、それをも凌駕するほどに活き活きとしたサクの声が轟く。



「ドラゴオォォーン!」



 日頃のムラムラなどのやましい気持ちを忘れ、子供のような純粋な思いを胸に声を絞り出し、最後の一言を吐き出すために今一度深く酸素を吸い込んだ。



(((「キャノーン!」)))



 『彼ら』と一緒にサクはそう叫んだ。いざというときのための必殺技のフォーメーションを組みながら。

 完全に決まった。これを本番でこなすことができれば相手の虚をつくことができるだろう。こんな状態を見て驚くか呆れない存在はいないはずだ。 

 サクが満足感に浸っているそこは、約1年ほど前にたまたま知り合って以降敷地内にて一緒に暮らしている『ワイバーン』の背中の上。ザラザラでところどころがごつごつしているが、ハクと同様に不思議な力で足をくっつけることができていた。

 大切な友人たちであり、相棒である彼らから降り立つ。腕を組んで笑顔を浮かべるサクの目の前には、3匹のワイバーンが器用に重なっているという奇妙な光景があった。



「よーし、いい感じだった。もう崩していいぞー」


(お゛も゛い゛!!)


(ちょー!?)


(うおわぁ!?)



 耐え凌いでいた友の体重を支えきれなくなった一番下のワイバーン、『ワー』が勢いよく崩れ落ちると、2段目の『イー』と3段目の『バーン』が驚愕の声を上げながら成す術もなく落下していった。

 それなりにある重量の落下で土煙が舞い上がり、視界を遮る。それを吸い込んでしまったサクは咳き込みながらも風の魔法を展開して払っていく。はっきりとした視界には折り重なっているワイバーンたちの姿があった。

 ほぼ同じ見た目だが唯一異なる部分がある。頭部に生えている角の数だ。『ワー』は角が一本。『イー』は2本。『バーン』は3本。何の捻りもない糞みたいな名付け親はもちろんサクだ。ネーミングのセンスのなさは5年経っても改善されていない。



(いきなり崩すなよー。びっくりするじゃんか)


(そーだー。そーだー。びっくりしたぞー)


(いや無理言うなやお前ら。糞重かったんやぞ)



 訂正。その声にも特徴があった。標準語のバーン。何故か語尾が伸びるイー。似非っぽい関西弁がワー。何でそんなしゃべり方をするのかは本人(?)たちでもよく分からないらしい。

 今回のこの組体操で言うピラミッドのようなこれは、戦闘時において敵を油断させつつも確実に一斉攻撃くらわせるためにサクが提案した、フォーメーション『X・Y・Z』。本番は叫ぶと同時に火球を打ち出す算段になっている。構想元であり、元ネタは某TCGアニメの社長が使っていた融合モンスターだ。

 ようやく整ってきた呼吸。まだ少し苦しいサクの目の前でワーたちはお互いに腕から広がる翼が引っかからないように慎重にその身を離していく。空中では問題はなかったが、地上でこのフォーメーションを組む場合には難しそうなのは明白。まだまだ改善していく必要がありそうだ。

 ともなれば『X・Y・Z』とは違う物、それか足りない『V・W』を新たに勧誘してきて加えるか。しかしながら増えれば『ドラゴンカタパルトキャノン』となり、技名が長くなってしまう。どうしたものか。

 そんなくだらない考えを脳内で巡らせていると、ようやくばらけることができたワーが長い首の先にある大きな口から安堵のため息を漏らした。



(はぁ。空中では負荷は少ないから何とかなったけど、やっぱり駄目だったか。そんなに重かったか、イー?)


(重かったー)


(いや待てや。一番下はわいやったぞ。苦労人を労わんか)


(そうか。重かったか)


(重かったー)


(無視すんなや! 悲しくなってくるわ! 泣くぞ!)


「相変わらず仲いいなお前ら」



 いつもながらの微笑ましいやり取りを見て笑ってしまうサク。見た目は恐ろしいが、その心の内は人とも打ち解けられるほどに優しい心を持った存在たちである。

 高等魔生物である彼らはかなり昔から人間と共存の道を歩んできたらしい。このグリールだけでなく、他国においても重要な移動手段として活用されている。昨日のレーナたちがいい例だろう。

 勉強会の後昼食をとったサクは予定通り1人で彼らの世話のためにここへとやってきた。やるべきことは済んだから、次は首都周辺の見回りだ。



「よし、そんじゃ次は見回りだな。いつも通り背に乗って、首都を5回ゆっくり旋回を休憩挟みつつ4回かな」


(了解。それじゃあ俺の背中に――)


(あれー? 今日は僕じゃなかったー?)


(待て。抜け駆けは許さんぞ。ワイのはずや)



 サクを乗せることをめぐって口論を始めるワーたち。実際に今日乗るのはバーンなのだが、面白そうなので様子を見ることにした。



(いや俺だって。先週はイーだったからな。ていうかいつも同じ感じで争ってんじゃねえか。順番守れよ)


(あー。そうだったかもー)


(ちい。覚えとったか。流石目立ちたがり屋だの)


(それほどでも)


(褒めとらんぞ)



 何故彼らが順番を割り込んででもサクに乗りたいのか。それは守護騎士であるサクを背に乗せて飛べば、多くの人たちから注目を浴びつつ、認められることにも繋がるからだ。

 利用しつつ、利用される。お互いにウィンウィンな関係であり、認め合っているからこそ許せていた。友であるのだから、それほど気にはならないということもある。

 魔物駆除の帰りでたまたま腹を空かせていたワーたちを連れて帰ってきたのがついこの間のように思える。捨て犬を拾ってくるかのような安易なサクの行動をバルトは了承してくれた。ありがたい限りである。



「決まったか? それじゃあ行こうか。もしかしたらヤバいことを事前に察知できるかもしれないしな」


(だな。なんだかんだで気に入ってるここに危険が及ぶのは見過ごせない)


(わー。バーンがかっこいいこと言ってるー)


(よっ、男前! 主人公! 常識ワイバーン!)


(茶化すなよ。照れちまう)


(女ったらし! 目立ちたがり屋! かっこつけワイバーン!)


(罵倒しろなんていってねえぞ)


「はいはい。もう行くぞー!」



 放っておけば延々に続きそうな会話に介入しつつ、サクはバーンの背中へ飛び乗った。サクの身長の2倍はあるその体に乗れば、十分に周囲を見渡せるぐらいに視界は良い。

 ちゃんと背の中心に乗ったことをバーンは確認すると、ワーを鋭い眼光で睨み付けながら上空へと舞い上がった。残るワーとイーもその後を心の中で冷やかすような笑い声を上げながらついてくる。

 見る見るうちに遠ざかっていく地上。屋敷が手のひらサイズくらいに感じられるほどの高さまで来たところでバーンは滞空を開始する。地平線の向こうまで続く大陸の美しさに見惚れながらも、すぐに首都周辺へと意識を集中し始めた。

 バーンだけでなく、ワーとイーとも意識を繋げてどんな些細なことでも見逃さないようにする。結界も張ってあり、騎士も巡回しているが、少しでも街に協力したいサクが騎士団の手伝いのために始めたのがこの仕事だ。

 ほんの僅かであっても平和に貢献したいが、大勢の人の前に直接は行きたくない。そんなサクにはうってつけの作業だった。

 多くの人が楽しそうに行き交う街を眼下に見据えながら、ゆっくりと結界を出ない程度に街を周回していく。途中で手を振ってくる騎士たちに応えたりしていれば、あっという間に1周が終わってしまった。

 このままいつも通り変わることない平和な光景を見ながら終わるだろう。巷で騒がれている魔物の大量発生とかが嘘のようにも感じられる。平和が一番である。



(……! サク、街の外。南東、距離2キロぐらい。違和感あり)


「――マジか」



 そんなことを言っていたらフラグを立ててしまったようだ。バーンが知らせてくれたところに視線を映すと、魔力が異様に集結し始めていた。

 入り混じり、押し固まっていく。尋常ではなく嫌な感じが一気に膨れ上がって形を成していく。魔物が生まれる兆候に似ているが、規模が比較にならない程大きい。

 かなり強大な存在が生まれる可能性がある。この事態をすでに壁にて周辺警戒にあたっていた騎士たちも確認したようで、すぐに各部へと情報が伝えられていった。



(んなアホな。首都の近くであんなに強そうな魔物出来るもんなのかいな)


(これマジでヤバそうだねー)


(どうする、サク?)


「どうもこうもねえな。やるべきことは一つだ」



 そういったサクは止まって滞空していたバーンの背中に立つ。そして心の中に思い浮かべたのは、最も頼れる存在であり、大切な存在である彼女の名だ。



「んじゃちょっと行ってくる。お前らは必要に応じて騎士団と協力してくれ」


(了解)


(わかったー)


(きいつけてな)


「おう」



 彼らの返答を聞いた後、サクは躊躇うことなくバーンの背から飛び降りた。重力に任せて落下し、眼下にあった街並みが近づいていく。

 恐怖心は全くない。絶対に彼女が受け止めてくれる自信がある。そばにいずとも、いつでも想い合えば繋がることができるからだ。

 落下の最中で、サクは事前に吸い込んでいた空気を最大限に活用して叫ぶ。

 


 大切なその名は――



「ハク!!」


(サク!!)



 ――呼びかけに応じたハクが竜へと姿を変えてサクをその大きな背で受け止めてくれた。



 すぐさま体勢を立て直し、進んでいく先にある禍々しい魔力の塊を2人で見据える。

 太陽の光を受けた白銀の鱗が輝かしい光を放ち、巨大な翼は空を切って凄まじい速度で街の上空を飛行していく。多くの人々と騎士たちの歓声を背にしながら、脅威となる存在へ向けて心を1つにしてサクとハクは向かって行った。

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