59 懐かしの故郷
「結構進んだけど、まだ続きそうか?」
「いや、後少しで抜けるはずだよ。心の準備はいいかな」
「それなりに。でも、やっぱ服装が気になるかな……」
「そこは仕方がない。着る物がそれしかなかったと言い訳するしかないかな」
「知り合いと遭遇しないことを祈るわ……」
純白の空間を進むサクは苦笑していた。傍らにいるズッキーは下半身だけかつて着ていた寝巻に着替えたサクを申し訳なさそうに眺めている。
「アイリスから上半身の寝巻返してもらえばよかったと後悔してるよ」
「だが、恐らく向こうは日中。寝巻で動き回る方が怪しまれないかい?」
「近所の人も同じような服装でコンビニとか行くことあるから、問題ないと思う。だけど、俺の寝間着姿見慣れてるだろうから上はどうしたんだって言われそうだ」
「なるほどなるほど。となると、先ほどの言い訳をするのが最善策なんだね」
「そういうことになるな。穏便に事が済みますように……」
いざ戻ることとなって緊張しているのか、サクはそんなどうでもいいことで悩んでいた。実際、見た目的には全く問題ない。大半の者には少し凝った造りのTシャツを着ているようにしか見えないだろう。
そうして緊張するのは仕方がない。その足で踏むことのできないはずの故郷へ行けるのだし、大切な人に会うことだってできる。期待が大きい分、不安も大きくなっているのだ。
自らを落ち着かせるように深呼吸するサクをズッキーは柔らかく微笑みながら横目で見守る。その視線の先には、一際眩い輝きを放つ出口を捉えていた。
「さて、サク君。そろそろだ」
「お、そうか」
「私は到着と同時に先ほど話した『カリウス』へ接触を試みる。そちらへと注力するゆえ、意思疎通は出来なくなってしまうだろう。君はしばらく町を散策していてくれ」
「了解。どれぐらいでカリウスって人は来そうかな?」
「最短で一時間以内には接触できるだろうね。恐らくその際には彼が人払いを実施するはず。突然人気がなくなったタイミングが彼の到着の合図になるはずだ」
「そっか。それじゃ、のんびりさせてもらうわ」
「ああ。最後の別れであり、僅かなひと時だが、楽しんでくれたまへ」
「おう」
眩しい笑みに対し、ズッキーを心配させまいと未だに緊張気味なサクは冴えないながらも明るい笑みを返す。しかし、そうしたサクの緊張はほぐれていくこととなる。
輝きに近づくにつれ、サクはその向こう側からとても懐かしいものを感じ取った。そこにある空気を、雰囲気を、人々を、サクは知っている。緊張はどこかへと消え、サクはその先へと行きたいという明るい欲求で満たされていた。
サクの足が出口の向こうへと到達した次の瞬間、サクの目の前にはあまりにも見慣れ過ぎた光景が広がっていた。
「ここは……、『高望山』の頂上か。……帰ってきたんだな、俺」
南東部の端にある、山というよりか丘に近い場所。散歩で何度も来たことのあるそこで、サクは生まれ故郷、『高天望町』を見渡していた。
ある程度は発展し、小さすぎず大きいとも言えない静かな田舎町。北関東北端、山沿いに存在するここは、晩年をゆっくり過ごしたい人に人気が出ているとかいないとか。
夏の日差しが照り付ける中変わることなくいつもの日常が流れているのをサクは眺めつつ、自宅の位置を確認する。二階建てのそれは住宅街の中にあるはずだった。
「あったあった。って、んん?」
自宅を発見したのはいいが、南西部にある住宅街の一番外側の部分に見慣れぬ大きな家が建っていたことにサクは驚きの声を上げてしまう。サクの家の2、3倍に匹敵するその洋風の家があったところには、廃屋があったはず。それを取り壊して作ったのだろうが、他とは別格の豪勢な雰囲気は他の家屋と比べて際立っていた。
こんな田舎町にやってくるとは相当の物好きか。名産はなく、ここを出身とした有名人もいない。唯一誇れるのはかなり昔から続く『髪飾りの技術』だけ。それ以外には目だったものはないのが現状だが、そんなひっそりとした感じがサクは個人的には大好きだった。
そんな親ばかじみた地元愛と、もしかして同等の物好きでも来たのかと考え、サクは少し笑ってしまう。一人で笑っても、人があまり来ないここであればその声が聞こえないと思っていたが、甘かった。
「冴久さん……、ですか?」
「おおっと、聞かれてたか」
背後から投げかけられた声に少し驚きながら振り向く。そこには見覚えがある中学生ぐらいの少年と、その背後に隠れる少女がいた。
声をかけられたものの、少年の名が思い出せないサク。目の前の少年の友人でもあり、幼いころから知っている近所の良友『木梨隼人』がいないかと探ってみるが、姿は確認できない。
隼人であればその場のノリでこの少年の名前を聞き出すことができたが、それは厳しそう。いつも一緒にいるのを見るのに、今日に限っていないとは。
とりあえず名前は分からなくても、適当に挨拶してこの場を去った方がいい。変な対応をして今この町に住むもう一人の自分に迷惑をかけるわけにはいかないからだ。
「『雨京』。この人って、もしかして隼人の先輩の人?」
「うん。近所に住んでる實本冴久さん。隼人と仲がいいんだ。心配しなくていいぞ、『マリー』」
「分かった。よろしくです、冴久さん」
そういって背後から身を乗り出し、『マリー』という名の大きい帽子をかぶった少女はこちらに向けてぺこりと頭を下げた。純粋に可愛い。碧色の瞳を持っていることから、パッと見で日本人ではないということがすぐに分かった。
マリーが呼んだことでサクははっきりと思い出した。『風間 雨京』。某伝説の決闘者の苗字と某刑事ドラマの登場人物に似た名前。
名前を把握した今、スムーズに去ることができるがサクは名前以外にも忘れてはいけないあることを思い出していた。それを要求することを視野に入れつつ、会話を進めていく。
「よろしくマリーさん。俺はちょっと散歩で来たんだ。お2人さんはもしかして、お散歩デートか何かだったのかな?」
「ま、まあそんなところですかね」
「ほう、俺よりも下なのによくやるね~。ささ、お邪魔虫は早めに退散しますか~」
中学生でそういった関係を持つとは。まあ見た目もそれなりだし、こちらがとやかく言うことではない。少し前の自分だったら羨ましいと思えただろう。
足早に階段の方へと動き始めたサク。雨京の真横に到達したところで、マリーに聞こえないように耳打ちした。
「貸してたあれ、後で返してくれないか?」
「隼人経由で借りたDVD付きのやつですよね。分かりました。後で持っていきます」
「頼んだぞ。それじゃ」
「はい」
2人のひそひそ話をマリーは不思議そうな目で見守っている。男の子にとって大切なお話だが、マリーに聞かれるのは避けたい雨京にとってサクの行動はありがたいものだった。
秘密の会話を終えたサクは満足しながら進み、階段を下りて行く。雨京とマリーの視線は、サクの姿が見えなくなるまで向けられ続けていた。
これにてすっきり。自分自身はあの本をもう一度楽しむことは出来ないが、この世界の俺であれば楽しめる。それなりにお気に入りだったから、返ってくるのを待っていた。あれは、いいものだ。
上機嫌なサクは最後の一段を下り、山の名が刻まれた石碑が設置されている出入り口を抜けてあっという間に町の道路へと到着した。
「……変わんねえな、相変わらず」
そう言って、サクは笑う。アスファルトからの熱で上下から熱気に襲われる中、上機嫌なサクはとりあえず時計が設置されている商店街近くの公園を目指すことにするのだった。
◆
「――……」
薄暗い部屋の中、無言のままキーボードを叩く白衣姿の男性の姿があった。いくつものディスプレイに表示された内容を読み取りつつ、情報を入力し続ける。
机の上には必要と判断したであろう各種文献が山積みとなっている。それ以外の部分は几帳面と言えるほど整理整頓が為されており、部屋の主である男性の性分が明確に出ていた。
入力の最中で男性は自身の栗色の短髪を掻き上げた後、背もたれへともたれかかる。若干不機嫌な様子の彼が眼鏡越しにディスプレイの内容を眺めていた時、”声”が響いた。
(カリウス、聞こえているか)
その”声”は実際に発せられたものではなく、心を通じて響いたもの。それに対し、男性は躊躇うことなく返答した。
「どうした。定時での連絡以外となると、緊急の用か」
背もたれにもたれかかったまま、男性、『カリウス・ゲーニッツ』はマウスを操作してディスプレイ上のとある情報を拡大する。それは何の変哲もない世界各国の天気予報図だ。
「異常気象による災害発生の類ではないか。それとも震災か?」
(災害発生の危惧ではない。もっと重要なことだ)
「もっと重要? 『ロンギヌス家』の連中に変な動きでもあったか」
(それも違う。『 』が帰ってきた)
「……?」
(『 』が帰ってきた。むう。『 』。何故か言葉にできない。待ってくれ、どうしたものか……)
「誰かが帰ってきたのか? どうやら何かしらの弊害で名を告げられぬようだが――」
(『サク』が帰ってきた)
「――何?」
(おお、良かった。ようやく言えた。なるほど、私の内で生きる『實本 冴久』とは別人と認識すればいけるようだ)
「さっき、何て言った」
(『サク』が帰ってきた。かの脅威に対抗する力を宿した、『サネモト サク』がね)
その発言を受けた男性の表情は一変し、鬼気迫る程真剣な表情でキーボードとマウスを操作し始めた。
多くのプロセスを経て表示されたのは、とある田舎町を上空から映し出したもの。それは日本の山沿いの田舎町。サクの故郷の『高天望町』だ。
表示された街全体に対し、すぐさま検索が行われていく。その果てに捉えた対象がディスプレイに拡大される。それは、呑気に南東部の道路脇を歩くサクだった。
捉えたサクに対し、カリウスは手動でさらなる解析を行う。そこから導き出された結果に、目を見開いてしまう。
「――どういうことだ。説明してくれ」
(彼は一時的に戻ってきたんだ。私との繋がりを完全に断つためにね)
「繋がりだと?」
(驚かないでくれカリウス。彼は、”異世界転生”を遂げていた。彼が向こう側で過ごすには、私との繋がりが弊害となる可能性が高いんだ)
「待った。待ってくれ。ということはだ。もしや、そうなのか」
(君の想像通りだよ。戻ってきた彼は多くの力を吸収しただけでなく、その体の構成過程の情報も調べれば抽出できるはず)
「こんな……、こんなことが、奇跡があっていいものなのか」
(彼こそが”私たちの悲願”達成への鍵だ。さあ、準備を進めてくれるかな、相棒)
「――願ってもないことだ。すぐに準備に取り掛かろう。『セシリー』、聞こえているか」
『何? 父さん?』
「急務だ。『開発番号00-39』の稼働準備を進めてくれ。対象が”希望”を引っ提げて戻ってきた。繰り返すが、急務だ――」
信頼すべき相棒との会話を終えたカリウスは、部下でもなる愛娘に指示を出す。ディスプレイの明かりで照らされた彼の赤い瞳は、活き活きと輝いているのだった。




