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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第三章 帰るべき場所へ
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58-4 抗う者たちの輝き④


 サクへの想いが籠められた『輝葉こうよう』の輝き。まばゆい光は暗闇を照らし、純白の空間を取り戻させていく。

 変な声を上げてしまったサクだが、すぐに手のひらの葉に込められたモノに気づく。我を取り戻し、大切な者たちへの感謝の念を抱いたサクの体内へと、『輝葉こうよう』はゆっくりと溶け込んでいった。



「――あったけえな」



 素直な感想を一言、口から漏らす。感慨深げな表情を浮かべるサクの体全体へと行き渡った輝きはより一層光度を増していった。

 サクの体を起点として広がった輝きは、蔓延っていた暗闇を払い去っていく。爽やかで、眩くも温かな純白の空間。心地よく思えるその空間において、未だに消えることなく残る黒い球状物体の姿があった。



『――なるほど。その葉は、この世界の力の結晶体のようなものか』


「……まだくたばってねえのかよ」


『当たり前だ。『我』を誰だと思っている』


「『創造主』、か?」


『その通りだ』



 黒い球状物体となっていた『創造主』は自らを押し込めていた輝きに反発し、徐々に純白の空間を黒く染め上げていく。そうはさせまいと漂う輝きが『創造主』を止めようと試みるが、その勢いを止めることができない。



『これもまた、貴様の『幸運』がもたらした結果だ。そんなくだらんモノに屈する『私』ではない』



 幾重にも重なった歪な声に呼応するかのように拡大する暗闇。再び主導権を握ろうとする凶悪な存在を抑え込むことに協力したくとも、サクはどうしたらいいのか分からずにいた。

 自分自身の取扱説明書でもあればすぐにでもすぐに開き、現状を打破する方法を探りたくて仕方がないサク。必死に自らを確立させようとサクが混乱気味な思考で模索していた、その時だった。



「もう大丈夫だよ、サク君」


「へ?」



 サクの肩に手が置かれた。大きくて暖かいその手の主はいつのまにか横にいる。手の主へと顔を向けたサクは、驚きで目を見開いてしまった。



「……『ズッキー』!?」


「ふふっ。そうだな。急ゆえにこの姿での登場となった。どうか許してほしい」



 視線の先にいたのは、かつての悪夢で登場した『エロ=ボウォン・ズッキー』。非常に柔らかな雰囲気を纏う彼は、温かな微笑みをサクに向けていた。



「この姿でって……、どういうこと?」


「ここにいる私は、君の故郷である世界の一片。君が有する力の補助を行う存在だと思ってくれ」


「はえぇー……。出てきてくれたってことは、助けに来てくれたってことなの?」


「そういうことだ。後は私に任せてくれたまへ」



 ポンと肩を叩いたズッキーは、侵食を続ける『創造主』の方へと近づいていく。躊躇いなく進む彼からは確固たる信念が感じ取れた。

 頼りがいのある背中を固唾を飲んで見守るサク。やがてズッキーは『創造主』に侵食された空間の目前にまでたどり着いた。

 その刹那、



「ず、ズッキー!!」


 

 暗闇から突出してきたいくつもの棘状の物体がズッキーを貫いた。

 明らかな致命傷。思わず声を上げてしまったサクだったが、



「もう遅い。終わりだ、『創造主』」


「!? え、……えぇ!?」



 何の問題もなくそうつぶやいたズッキーにサクはさらなる驚愕の声を上げてしまう。半開きな目が全開になっているサクの視線の先で『創造主』が突き出した棘状の物体は霧散し、純白の空間に消え去っていった。

 唖然とするサク。タキシードの汚れを払う様な仕草をし、余裕を見せつけるズッキー。対する『創造主』には、異変が生じていた。



『……貴様』


「既にこの精神内部の制御はこちらが掌握した。異物であり、仇敵であるお前の好き勝手は、この私が許さん」


『……なるほど。この程度であれば抑え込めるということか』



 納得したように告げた『創造主』は端の方から塵へ変わり、純白の空間へと散り落ちながら消え始める。消滅の時を迎えようとする危機的状況であるのだが、その歪な声から焦りは感じられなかった。

 少しずつ、そして確実に『創造主』は純白の空間へと消えていく。汚染されて生じた暗闇も白さを取り戻し、戦いの終わりが近づいていることを示していた。

 大切な者たちから得た輝きと、自らに宿る力によって得た勝利。喜ばしいことなのだが、『創造主』が崩すことのない余裕がサクを不安にさせていた。

 そんなサクを見透かしたかのように、掠れ気味な歪な声で『創造主』は前に立つズッキーに発した。



『であれば、理解できただろう』


「何をだ」


『これごときでてこずるということは、たかが知れている。『私』の本体の侵攻を遮ることなどできないということだ』


「かも、しれない。だが簡単に終わるわけにはいかない。私は数えきれないほど多くの”望み”の上にある。必ず、お前を打倒して見せるさ」


『好きなだけ吠えろ。貴様に猶予は残されていない。自らの最後を、そして私が”至る”ための糧となる覚悟をしておけ』


「では私からも言わせてもらう。生命を、人を、世界を見くびるな。お前が理想に至ることなど、絶対にない」



 一歩も引き下がろとしない両者は互いの思いをぶつけあって火花を散らす。近寄りがたい険悪な雰囲気が漂う中、サクは何故か彼らの方へと歩み寄り始めていた。

 内側にて形成された自らの体。いつもの冴えない感じもしっかりと滲ませる体を震わせながら、少しずつ進んでいく。怯えながらも行くサクだが、その内面には強い覚悟があった。

 もうすぐ消えるであろう『創造主』。であれば、伝えておかなければならないことがある。それは、『創造主』がサクへと教えたことへの答えだ。

 このままでは終わるわけにはいかない。自分のためにも、そして何よりも、大切な人のためにも。臆病で冴えない自らを奮い立たせながら進んだサクはズッキーの横に立ち、消えゆく『創造主』へと向かい合った。



『……何だ劣悪種。別れの言葉でも告げに来たか』


「そうだとも……、いいや、違う。お前には言っておかなきゃいけないことがある」


『ほう。ゴミの分際でよくもまあ奮い立ったものだ。いいだろう、聞いてやる。話してみろ劣悪種』



 向けられた圧で思わず肯定してしまいそうになったサクだが、何とか踏ん張って持ち直す。改めて言葉を脳内で整理し、それらをはっきりと口にしていった。



「この世界における道中は、お前が言った『幸運』が作用したものだと思う。この輝きだって、そうなんだろう。でも、よくよく考えたら気づいたんだ。そうした機会に巡り合って、最終的に選んだのは自分自身だってことにな」


『自らの選択が今を作り上げたと?』


「そうだ」



 苦笑が混じる『創造主』に対し、サクは迷いなく答える。



「色々なモノを吸収できるこの力。それと『幸運』。この2つを与えられたことは本当にありがたいと思う。それらを活用したうえで進んできたここまでの自分を俺は誇らしく思いたい」



 段々と強まっていく語調。そこに籠められた思いは熱く、無意識のうちに昂ぶり始めたサクは勢いのまま自分なりの言葉を紡いでいった。



「俺は冴えなくて地味でむっつりスケベな一般男子高校生さ。

 

 そんな俺でも、『愛』が大切なことは知ってる。家族がそれを教えてくれた。

 

 何の変哲もない日々でも、会えることが当然でも、どんなことでも『愛』があるんだ。

 

 家族愛、友人愛、数えきれないだけの色々な『愛』がある。それらを俺は大切にしたい。


 大切にしたからこそ、今の俺がある。


 ハクが、アイリスが、カーラが、レーナがいる。


 巡り巡って俺を想ってくれる人がいる。なら、俺は全力でそれに応える。


 やれるときはやる。そうした結果がここにいる俺だ。


 冴えない巨乳大好き紳士の、『實本さねもと 冴久さく』だ。


 だから――」




 最後の最後の一言をはっきりと告げるべく、サクは内に巡る思いの全てを練り上げていく。そうした思いをまとめ上げ、吐き出した。



「――”それがどうした”」


『……うん?』


「何度でも言ってやるよ。”それがどうした”。


 俺は俺なりに生きて、今の俺がある。


 お前なんかに存在そのものを否定される筋合いはないってことだ」



 思いの全てをサクは放出した。詰まることなく言い終えたことによる安堵と、今更になって戻ってきた緊張と焦りで身心が震えあがり始めてしまった。

 言い終えた後、しばし沈黙の間が流れた。隣にいるズッキーは何故か誇らしげな表情を向け続けている。相対する『創造主』は言葉1つ発する様子がない。

 続く沈黙は心地よいものではなかったが、やりきったような充足感がサクを支えてくれていた。自分なりだがよくやったとサクは口に出さずに自らを褒めていたところで、ようやく『創造主』が言葉を発した。



『――っふふ、ふはは、あっははは!! あっはっッハッハッハ!!』


「な、何だ。何が可笑しいってんだ」


『いや、っふは、ふふふ……。こんなにも愚かしい思考だと、笑えてくるぞ。愚の骨頂とはまさにこのことよな』



 そういって『創造主』は歪な笑い声を上げ続けた。消滅間際でも揺るがぬ余裕な態度にサクは怒りを覚えるのだった。

 愉快極まりないといった笑いは純白の空間に響き渡る。延々と続くように思えた癇に障る声は、発生源である『創造主』が消えていくことで徐々に治まっていった。

 言葉で言いくるめることは不可能だと察したサクは、怒りを抑えながらズッキーと共に消滅を見守る。向こう側が透過するほどにまでなったところで、笑いを止めた『創造主』は2人に向けて最後に告げた。



『ではさらばだ。愚者、實本さねもと 冴久さく


 そして横の貴様。その時を震えて待つがいい。


 ――勝つのは『私』だ』




 勝利を宣言した『創造主』は、その直後完全に消え去った。散り落ち、積もった塵も少しずつ純白の空間へと溶け込んでいく。

 終わったようで、終わっていないような。勝ったようで、勝っていないような。不完全燃焼な嫌な気持ちになりながら、サクはおもむろに屈んで『創造主』だった塵へと手を伸ばし、触れてみた。



「……?」


「どうした、サク君」


「いや、何でもない。これで終わったんだよな?」


「ああ。私たちの勝利だ。外側にいる奴の手勢も、力の源を失って消滅し始めているだろう」


「そっか。なら、安心だな」



 指先に挟んだ塵をいじりながら、サクは立ち上がる。笑みを浮かべるズッキーは何もない純白の空間を見渡していた。

 その指に挟んだ黒い塵も、やがて純白の空間へと溶け込んでいってしまう。消えた塵から、サクは奇妙なモノを感じ取っていた。



「――あいつ、もしかして俺と似たような存在ものなのか……?」



 サクは無意識のうちに小声でそう漏らしてしまう。触れた塵から、『創造主』が自らと近しい”何か”であるような感覚を得たからだ。

 世界を守るために力を与えられた者同士で通じる要素でもあるのか。分からないことだらけだが、世界の破壊を企むような凶悪な存在であることに変わりはない。

 不完全燃焼なところへさらに重ねられた奇妙な感覚。次から次へとやってくる心労案件に嫌気が差し始めているサクに、ズッキーが呼びかけた。



「サク君」


「何だズッキー」


「あそこ」


「んん? って――」



 ズッキーが指さす方を見たサクは驚きの声を上げてしまう。純白の空間に、ハクの姿があったからだ。

 直後、サクは動き出していた。そこにいることの驚き以上に、無事であること喜びが勝り、ひとりでに体が動き始めてしまったのだった。

 柔らかく微笑むハクの下へと走るサク。しかしながら、いくら駆けても距離が縮まらない。息が切れるほど走ったところで、ふと悟ったサクは足を止めた。

 ハクはここにはいない。不思議にも思えたが、確信があった。今見えている彼女は、繋がりを通して見える形に過ぎないのである。

 立ち止まったそこで、サクは満足そうな笑みをハクに向ける。それに対し、ハクも心の底から嬉しそうな笑みを返してくれた。



「――繋がってるって、ことか。ありがとうな、ハク」



 届いているかどうか分からなくとも、サクは感謝を述べた。色々と疲れた今、美しくも愛らしい彼女の姿は身心に大きな癒しを与えてくれていたからだ。

 心内の外にいるハクが無事であること、そして彼女を通してアイリスとカーラの安否を感じ取ったサクは安堵の意味を込めた特大のため息を漏らしてしまう。力が抜けてその場に座り込んでしまったサクに、ズッキーが歩み寄っていった。



「お疲れ様、サク君。全ては勇気を出して今日までを生き抜いた君のお陰だ」


「ありがとう、ズッキー。そう言ってくれると嬉しいわ」


「お疲れの所申し訳ないが、絶対にやらなければいけない事があと一つ残っている。手を貸してくれるかな?」


「そっか。分かった。どんなことだ?」


「座ったままでいいから、意識を自分の内側に集中してもらえるかい」


「了解」



 ズッキーに従って自分の内側へと意識を集中させるサク。すると、ぼんやりとだが違和感を感じ取ることができた。



「何か感じたかい」


「ああ。なんかこう……、ぼんやりとだけど、何処かへと続いているような感じがする」


「上出来だ。それこそは、君の故郷への繋がり。謂わば私の本体と君の繋がりと言えるものなんだ」


「へぇ。あれ? じゃあ、もしかしてだけど俺がこの世界に来てから夢で見たりした自宅の光景って……」


「その繋がりを通して見たものだね。この世界の『道』という技術の影響で君はこちらへと来たわけだが、君が存在を確立させた後も『道』を通じて繋がりが保たれていたんだ」


「へっへぇ~。そういうことだったのか。ちなみに、これがやるべき事に関係してるのか?」


「その通り。このまま繋がりを放置すれば、『道』という技術を塞ぐ弊害にもなるし、再び『創造主』がこちらへと侵攻する手立てとして活用される危険性がある」


「そいつは問題だな。んで、繋がりを断つにはどうしたらいい?」


「このまま繋がりを頼りに一旦故郷へと渡ってもらい、君の内にある私の部分だけを分離させに行く。吸収の力はもとより君自身のものだから消えることはない。そこは安心してほしい」


「帰ってはこれるんだな」


「そう……、だな」


「ん? どうした?」



 会話の最中で一瞬言葉が詰まってしまったズッキーに、サクは首をかしげる。サクの視線の先のズッキーは意外といった表情をしていた。



「少し驚いてね。向こうに戻ったままという選択肢もあったんだが、いいのかい」


「そういうことか。だって、向こうには怪我から回復した別の”俺”がいるんだろう?」


「ああ」


「なら、俺がいるべき場所はそこじゃない。今の俺、『サク』はハクたちがいるこの世界こそが帰るべき場所だからな」


「……っふふ。そうか。そうだったね。無用な気遣いだった。申し訳ない、『サク』君」


「謝る必要はないって。よいしょっと」



 非常に穏やかな笑みを浮かべるズッキーが差し出した手を取り、サクは立ち上がる。躊躇いもなくズッキーの問いに答えたサクからは、微塵にも迷いは感じられなかった。

 数日前、ここへやってきたばかりの頃であれば、もしかしたら帰還を選択したかもしれない。しかしながら、今のサクは違う。多くの人が苦しむことになるこの惨劇を繰り返させないため、そして愛する者たちのため、サクは覚悟を決めたのだ。

 そうとなればと思い、サクは今一度ハクの方へと向き直る。そして、精一杯の声で愛する彼女へと告げた。



「必ず帰ってくるから!! 待っててくれハク!! 皆にも伝えてくれよ!!」



 帰還の約束を聞いたハクは、満面の笑みを浮かべてくれた。どうやら聞こえているようで、送り出してもくれているようだ。

 突然の旅立ちとなったが、これで不安にさせることはないはず。憂いを絶ったサクは、ズッキーへと向き直った。



「んじゃ、行こうかズッキー。ちなみにだが、ちゃんと帰れるんだよな?」


「それに関しては全力を尽くすよ。これから会うことになる私の友人にも協力を仰げば、何とかなるはずさ」


「そっか。ていうか、友人がいるんだな」


「とても頼りになる科学者だ。名は『カリウス・ゲーニッツ』。彼の立ち回りは見事なものでね――」



 会話を交えながら2人は純白の空間において一際輝く方へ向けて歩き出す。

 その背中が見えなくなるまで、ハクは最後まで笑み絶やさずに見送るのだった。






      ◆








「――ぁっ、はぁっ、はぁっ」



 滲み出た汗と傷から漏れ出た血が混じり合った赤い一滴が零れ落ち、原形をとどめていない広場の一角を汚していく。

 動かなくなった左腕は鉛のように重く感じられ、右目を封じられたことで掴めぬ距離感が苛立ちと疲労を生んでいた。

 息を切らすテンガの体には至る所に痛々しい傷が残っている。それらを塞ぎたくとも、治癒魔法を行使するだけの余裕は存在していなかった。

 地に刺した剣にもたれかかるテンガは、次の一手に備えるために立ち上がって体勢を整えようと動き出す。しかしながら、それすらも許されることはなかった。



「ぐぅっ!?」



 力を込めようとした直後、糸が切れた操り人形のように右脚が動かなくなった。崩れ落ち様に突き刺したままの剣の刃に左腕が当たり、表面に新たな裂傷を生んでしまう。

 動かなくとも痛覚はある。傷の痛みに苦悶の呻きを僅かに漏らしてしまったテンガの掠れた視界に、右脚をその手に掴む≪統率装とうそつそう≫の姿があった。



『これで”右脚”も封じた。さあ、まだやるか騎士よ』



 掴んだ半透明の右脚を取り込み、≪統率装とうそつそう≫はテンガに問いかける。

 黒鉄色の体表にはかすり傷1つついていない。滲み出る”力”も衰えることはなく、絶えず間近の空間と物質に影響を与え続けていた。

 底など到底見えず、刃も魔法も届きすらしない。戦いにすらならないほどの絶対的な力の差は絶望以外の何物でもない。

 常人であればとうの昔に諦め、力ある者でも逃げ出すほどの状況。続ければ待つのは確実な”死”。誰もが全てを諦める惨状だ。

 


「――まだ」


 

 それでも、



「まだ、動ける……!」



 それだとしても、



「左脚は動く! まだ、私は戦えるぞ!!」



 テンガは、諦めなかった。


 歯を食いしばり、強引に左脚だけで立ち上がる。その勢いに任せて引き抜いた剣の切っ先を迷わず≪統率装とうそつそう≫へと向けた。

 息を切らし、体は揺れ、視界が掠れる。無残な状態であっても、深い蒼の瞳には闘志が滾っている。テンガの”心”は、未だに健在だった。



『……聞こう、騎士よ。何が貴様をそこまで突き動かす』


「分かり切ったことを聞く。平和を、そして人々の安寧を守るためだ」



 一切の間を置かず、テンガは答える。それに対し≪統率装とうそつそう≫も続けた。



『貴様一人が犠牲になった所で、悲しまぬ者もいる。この恩を仇で返す者もいるだろう。それも承知のうえで戦う理由はなんだ』


「これが私の出来ること、私が進むべき道だからだ。富や名声など要りはしない。私は私自身の思いを貫き通す。ただ、それだけだ」


『……そうか』



 傷だらけでありながら力強く、誠実な姿勢をテンガは保ち続ける。これ以上の問答を不要と判断したのか、≪統率装とうそつそう≫はその口を閉ざした。

 沈黙が続く間に聞こえてくるのは≪統率装とうそつそう≫の”力”で生じるあらゆる物が軋む音。呼吸する余裕すらないように思える重苦しい空気が漂う中、≪統率装とうそつそう≫は口元を緩めた。

 距離が空いているテンガでも、≪統率装とうそつそう≫が笑ったのを確認できた。それが嘲笑いによるものか、はたまた呆れによるものか。テンガがそれを知覚するより早く、≪統率装とうそつそう≫は口を開く。



『では、最後に一つ。己が道を貫くために、”死”を迎える覚悟はあるか』


「ある」


『では、その決意に応えることとしよう』



 テンガの即答を聞いて口元をさらに緩めた≪統率装とうそつそう≫は、右手の先端をテンガへと向ける。

 そして、



『第二拘束、解除』



 短く、告げた。



「っ!?」



 ≪統率装とうそつそう≫の体表を覆う黒鉄色の鱗が弾け飛び、テンガの目が眩むほどの凄まじい光が迸った。

 直後に生じた衝撃波によって吹き飛ばされたテンガの手から剣は離れ、落下音を響かせる。まともに受け身もとれないテンガは、荒々しく崩壊した広場を勢いが落ちるまで転がっていった。

 全身の痛みに呻きながらも、テンガは顔を上げる。霞む視界に映った光景は、衝撃的なものだった。



「……!?」



 赤々と燃え上がる体表へと変化した≪統率装とうそつそう≫が、形成された特大のクレーターの中心に浮遊していた。

 漏れ出る絶大な”力”の範囲はさらに拡大し、彼を中心として5メートルまでは何一つ物が存在していない。絶えず燃え盛る体表の熱によって”力”の範囲外のあらゆるものが焼け焦げ、迸る稲光が轟音を轟かせていた。

 まるで太陽の如き熱量と光量を撒き散らしながらも、変わることのない圧を放つ白い眼は真っ直ぐにテンガを捉えている。驚愕と戦慄でその場に凍り付いてしまうテンガだが、不可思議な感覚に陥っていた。

 絶大であり、恐ろしく、荒々しい。それでいて神々しさがあり、美しくさえ思えた。この状況下において、テンガは≪統率装とうそつそう≫に見惚れてしまっていたのである。

 


「――……おぉ」



 驚嘆、それ以上に感嘆の意を込めてテンガは思わず声を漏らしてしまう。彼の目は、≪統率装とうそつそう≫に釘付けとなっていた。



『ここまで追い詰められて尚諦めぬ貴様に敬意を表し、全力を持って屠ることとする。さあ、刮目せよ。貴様を灰燼に帰す絶対的な力、その目に焼き付けて死ね』



 そう告げた≪統率装とうそつそう≫の周囲に黒鉄色の球状物体が数個現れる。≪統率装とうそつそう≫の上空にて円を形成した球状物体は徐々に体表の炎を吸収しながら高速回転を開始し、その中心に極光オーロラに似た美しい輝きを形成し始めた。

 次第に輝きは増していき、首都全体を照らすほどにまでなった。そこから放たれる一撃を防ぐことも回避することも不可能であることを悟ったテンガは、抵抗することなく、恐ろしくも美しい輝きに目を向け続ける。

 死を悟った上で、刹那においてテンガは思慮にふける。一体どうすれば、これほどまで到達できるのか。一体どうすれば、膨大な力を制御できるのか。死の間際に立ちながらも、テンガの深い蒼の瞳は、まるで夢の存在を目前に捉えた子供のように輝いていた。

 そうした思いを向けられることを予想していたのか≪統率装とうそつそう≫は満足気に口元を緩める。それに応じるように、テンガも無意識のうちに笑みを浮かべていた。

 絶対的な力量差があった。長期戦を繰り広げたわけでもなかった。そうであっても、テンガと≪統率装とうそつそう≫はこの戦いの果てに互いを尊敬しあっていたのだ。

 絶望的な劣勢であっても挫けぬ気高き騎士。何人も寄せ付けず、全てを討ち払う絶対的な”力”の化身。明確な目標を持ってそれを守り抜く姿勢は2人とも共通している。誇り高い戦士としての精神を持つゆえに惹かれあい、生み出されたのがこの状況だった。

 誠意をもって放たれる強靭無比な一撃は準備が整った。対象であるテンガを≪統率装とうそつそう≫は指さすと、円の中心の輝きは球状に押し固まる。膨大に過ぎる力は地と空気を震わせていた。

 


「……――」


 

 やってきたその時をテンガは非常に穏やかな顔で受け入れる。

 そして輝きは、視界を真っ白に染め上げた。



「――――」



 ――の、だが



『――これは、まさか……』


「……?」



 驚きを隠せないといった様相の≪統率装とうそつそう≫の声が聞こえてきた。直後に輝きは消え、元通りとなったテンガの視界には月明かりに照らされる≪統率装とうそつそう≫の姿があった。

 何故攻撃を止めたのか分からず、呆然とするテンガ。それに対する答えは、広場外延部からやってきた≪上等装じょうとうそう≫が答えることとなる。



『司令、オ取込ミ中失礼シマス。緊急事態デス。供給源デアル”主ノ消失”ヲ確認シマシタ』


 

 そう告げた≪上等装じょうとうそう≫の体は、端の部分から塵へと霧散し始めていた。広場の外では、膨大な量の塵が舞っている。



『余力ノ全テヲ現界ニ回セバ、我ラ≪上等装じょうとうそう≫ハ約3時間継戦ハ可能デス。イカガシマスカ』


『――継戦の必要はない』


『ヨロシイノデスネ』


『問題ない。守るべき主を守れなかった。我々は、”敗北”したのだ』


『……御意ニ』



 ≪統率装とうそつそう≫の一言を受けた≪上等装じょうとうそう≫は、どこか満足げな表情を浮かべながら塵へと変わる。そのやり取りを目の当たりにし、テンガはようやく現状を理解した。

 ”サクが勝った”。完全敗北を喫したこちらとは違い、サクはやり遂げてくれた。本来であれば喜ぶべき結果。だが、テンガは違った。

 胸の内に靄が立ち込めているような、複雑な心境。素直に現状を喜ぶことができない。今までに感じたことのない悔しさが、自身を追い込んでいた。

 


『――騎士よ』


「……――」


『騎士よ、聞こえているか』


「――はっ。な、何だ」



 入り乱れる思考で固まってしまっていたテンガは、≪統率装とうそつそう≫からの問いかけで我に返る。

 テンガの視線の先にいる≪統率装とうそつそう≫は、既に体の半分が塵へと変わっていた。燃ゆる体が消えていく中、非常に穏やかな表情で問いかける。



『名をまだ聞いていなかった。教えてくれるか』


「……テンガ・クロムウェルだ」


『そうか。私は≪戦鬼神アラガミ≫、その素体オリジナル。位の上では≪統率装とうそつそう≫と名乗っている』


「≪統率装とうそつそう≫……」


『ここで断言をしておこう、テンガよ。貴様ほどの逸材は数多くある人類種においても滅多にない。鍛錬に励むがいい』


「……何を言っているんだ、お前は」


『純粋な評価を下している。この部分奪取に耐え、そのうえここまで戦闘を続けられたのはお前が初めてだ』


「……!」



 テンガへと向けた右手から3つの光球が飛んでいき、到達した傷だらけの体に浸透していく。ほどなくして、テンガの動かなくなっていた各部は機能を取り戻していった。

 


『貴様は十分に役割を果たした。可能性は低いが、再び相見えるのを楽しみにしているぞ』



 体の8割が消滅した≪統率装とうそつそう≫は笑みを浮かべる。その言葉に、嘘偽りは全く感じられなかった。



『時が来たな。誇るがいいぞ、テンガよ。此度の戦い――』



 残るは頭部。それが消え去る直前で、≪統率装とうそつそう≫は満ち足りた表情で最後に告げた。



『――貴様の”勝利”だ』


「……!!」



 その言葉を残し、≪統率装とうそつそう≫は霧散した。何処からか吹いてきた柔らかな夜風が、その体だった塵を夜の闇の中へと溶け込ませていった。

 月明かりが原型をとどめていない広場の片隅にいるテンガを照らしあげる。立ち上がった彼はふらふらと足取りで≪統率装とうそつそう≫が作り上げたクレーターへと進んでいった。

 まだ熱を帯び、想定以上に傾斜があるクレーターの内側へと滑り落ちていくテンガ。その中心にたどり着いた時に、いつもの4人組がクレーターの外延部へと城外の騎士団陣地からいち早く駆け付けた。

 ボロボロな主人の手当てをすべく動き出そうとするも、その脚は止まる。今近づくことが、主人であるテンガの邪魔になることを雰囲気から察したからだ。

 彼らが見守る中、膝をついたテンガはその両手で微かに残っていた塵を掬い上げる。熱を帯びる塵から≪統率装とうそつそう≫の残滓を感じ取っていると、またも吹いた夜風が塵を何処かへと運んでいった。



「――違う」



 黒く汚れた手のひらから、月と星が輝く空へとテンガは見上げる。



「――これは、違う。勝利……、などでは……!」



 多くの感情が入り混じる声。そしてそうした思いが込められた涙が、テンガの頬を伝っていった。

 何処にもない感情のはけ口。時が許す限り、テンガは絶対的な強者の熱が残るクレーターの中心で静かに涙を流し続けていた。



「――本当に大丈夫なのよね、ハク」


「うん。大丈夫。サク、帰ってくるって言ってたから」



 一方、城内。瞳を潤ませるアイリスにハクが答える。多くの者が囲む中心にいるのは、レーナに抱き寄せられたサク。心地よさそうな寝顔の彼の体は、光の粒子となって消滅し始めていた。

 誰もが穏やかな表情で消えゆくサクを見守る。魔法使いたちは感謝を。愛された者たちは彼の手を握り、そこから想いを伝えていた。

 これが別れではないとハクづてに伝えられたものの、目の前で消えていく光景は愛された者たちには辛い。そうした者たちの想いをまとめ上げたハクは、消滅したサクを送り出すのだった。



「――いってらっしゃい、サク」



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