58-3 抗う者たちの輝き③
「――っ!!」
死角から振り下ろした剣が空を切る。間を置かずして危機を察知したテンガが即座にその場に屈むと、頭上すれすれを≪統率装≫の手刀から発せられた衝撃波が掠めた。
勢い落とさぬまま突き進む衝撃波は街と壁を切り裂き、新たな大崩壊を生んだ。圧巻の威力に竦みそうになるアイリスだが、テンガとハクは違った。
「まだっ!」
(このぉ!!)
屈んだ状態から脚部に力を籠め、一直線に≪統率装≫へと突きを繰り出す。そのテンガの一撃を度々見せる瞬間移動で避けた≪統率装≫にハクの熱線が放たれる。
咄嗟の放射ではなく、全力まで溜めた放射。≪下等装≫を瞬時に蒸発させた熱量を≪統率装≫は指先から展開した防護壁で防いで見せた。
防護壁から逸れた熱線の一部が広場の至る所に分散していき、赤々と染め上げていく。防がれて尚諦めずに熱線を放ち続けるハクだったが、その肩を激痛が襲った。
(あぐっ――)
≪統率装≫が形成した槍がハクの強固な体表を刺し貫いた。鮮血が飛び、熱線は金色の粒子を散らしながら消えていく。
(う゛っ!?)
粒子が微かに漏れて出ている口は≪統率装≫の踵落としが頭頂部に直撃したことで強制的に閉じられ、その頭は広場に叩き付けられた。
落下の衝撃で広場を大きく隆起させ、地にめり込んだハクは上下の激痛によって意識を失いかけてしまう。別方向から繰り出されたテンガの斬撃魔法を適当にあしらった≪統率装≫は、朦朧とする彼女に止めを刺そうと歩み寄っていく。
「させない!」
距離を詰めていく≪統率装≫に雷が数発降り注ぎ、四方の宙に展開された魔法陣から伸びた純白の鎖が絡みついた。それらの魔法を展開した主であるアイリスは、≪統率装≫とハクの間に入るように降り立った。
雷をものともせず、拘束のための鎖を容易く引き千切った≪統率装≫は着実に歩を進める。勝てる見込みはなくとも、ハクが動けるようになるまで持ちこたえる覚悟を決めたアイリスは、棍棒を手に身構えた。
目前にまで迫ったところで、≪統率装≫は足を止める。呼吸困難になりそうなほどにまで張り詰めた空気が漂う中で、その口を開いた。
『足が震えているぞ、少女よ』
「っ……! それが、どうしたってのよ!」
『勝てぬと分かっていてどうして抗う。戦線を放棄するのであればこれ以上手出しはせんぞ。どの道に我が主による滅びに向かうことにはなるがな』
抑えきれなかった震えを指摘し、尚且つ引き下がることを≪統率装≫はアイリスに提案してきた。そこにあるのは親切心ではない。弱者に対する哀れみだった。
本心から言えばその提案を受け入れたいアイリス。そんな臆病な自分自身に渇を入れ、大切な存在を守るためにはっきりとした口調で応える。
「退かない。退くわけにはいかない。私が退いても、ハクには止めを刺すんでしょ」
『そうなるな。その竜は引き下がる気が感じられない。であれば息の根を止めるしかない』
「なら、何度だって言ったげるわ。私は引き下がらない。大切な存在を、家族になるかもしれない子を見捨てること何て私にはできない!」
『そうか。ではお前も――』
「よく言った少佐!!」
上空にて叫んだテンガが魔力放出で大幅に加速しながら剣を構えて落下してきた。その剣先が刺し貫こうとした≪統率装≫は姿を消し、その体があった地にテンガの剣が深々と突き刺さる。
補強した筋力を駆使して剣を抜き放ったテンガは、前方に移動した≪統率装≫へと剣を構え直す。闘志みなぎる深い蒼の瞳を見た≪統率装≫は、素直な感想を述べた。
『これほどの実力差を体感して尚、折れないか』
「守るべきものがある限り、私は折れないぞ」
『言ったな、騎士よ。ではその心をへし折ることに注力するとしよう』
「やってみろ――!?」
「どうしたの、テンガ!?」
「……いや、何でもない。気にするな、少佐」
凄まじい違和感を覚えて言葉に詰まったテンガを心配してアイリスが声をかける。本人は問題ないと言うが、その体には異変が発生していた。
”左腕が動かなくなっていた”。利き腕ではないとはいえ、あらゆる動作に支障がでるのは必至。力なく垂れ下がる自らの腕に危機感を抱かざるを得ないテンガは、衝撃的なものを視界に捉えた。
『まずは”左腕”。片手が使えないだけでも不自由極まりないと思うが、まだ戦うか』
≪統率装≫はその手に”半透明のテンガの左腕”を握っていたのだ。理屈、原理は不明だが、まるで魂から左腕の部分だけを切り離したかのようだった。
半透明の腕は≪統率装≫の体表に取り込まれていく。ただでさえ苦戦していた戦いがさらに厳しいものとなる。常人でも、鍛え上げられた騎士であっても逃げ出したくなる絶望がテンガを追いつめる。
しかしながら、”秀才”が折れることはなかった。
「――いいだろう。戦闘続行だ。私の心をへし折って見せろ。それがお前にとっての勝利となる」
臆することなく、テンガはそう言ってのけた。揺るがぬ強靭な心を見せつけられた≪統率装≫は、その口元を緩ませていく。
『っふふ。ふはは。よろしい。であれば、抗ってみせろ』
「そうさせてもらう!!」
自らを鼓舞するように声を張り上げたテンガは体の重心に気を配りつつ、≪統率装≫に向かって駆けだした。
不利な状態であっても勇猛果敢に立ち向かうテンガ。そんな彼の心を折るべく≪統率装≫は確実に追い詰めていった。
勝ち目のない戦いでも諦めないテンガの援護に加わろうとするアイリスだったが、背後で発生した異変がその足を止めさせる。
「――ぅう」
「ハク!? 大丈夫!?」
竜の姿から人の姿へと戻ったハクが苦しそうな声を上げて崩れ落ちたのだ。その肩を貫いた槍は変化によって抜け落ちたが、塞がっていない傷口からはだらだらと鮮血が流れ出していた。
苦しみに悶えるハクにアイリスはすぐさま駆け寄り、治癒魔法で傷口を塞ぐ。しかし、ハクの状態は一向に好転しない。いつもの元気は何処かへと消え、見たこともないほどにまで青ざめていた。
苛烈さを増す戦闘の衝撃音。苦しむハク。最悪ともいえる状況下であっても焦らないようにと心を鎮めようとするアイリスの耳に、カノンの叫び声が届いた。
「アイリス!! 今すぐハクを連れてこっちにこい!!」
「わ、分かりました!! テンガ――」
「こちらは気にするな!! 行け、少佐!!」
「ありがとう! 頑張って!!」
こちらの呼びかけに対し振り向くことなく返答を放ったテンガに礼を告げ、アイリスはハクを担いでカノンの下へと急ぐ。そのやり取りを間近で見ていた≪統率装≫の次なる一手がテンガに襲い掛かった。
「んむっ!?」
『さあ、次は”右目”だ』
「まだ……、まだまだぁ!!」
左腕に続き、今度は”右目”をテンガは奪われる。動く右腕側の視界が封じられてさらなる苦境に立たされても、テンガは諦めない。その確固たる覚悟を胸に≪統率装≫へと向かい続けた。
テンガの活躍もあってアイリスは無事カノンたちの下へと到着した。彼らが集まる中心にいるのは、泣きじゃくるレーナ。サクの姿は彼女の腕の中にあった。
サクを蘇生させるためにカーラやクロノスたちが持ちうる魔法を駆使するが、効果は見られない。目を覚まそうとしないサクの姿を見たアイリスは、動揺のあまりその場で凍り付いてしまっていた。
声をかけ続けているはずの皆の声が酷く遠く感じられた。まるで眼前の光景が幻であるかのように思えてならない。アイリスの目に映るサクは、死んでいるようにしか見えなかったのである。
広がる絶望と悲しみは心の中に深い深い穴を開け、全ての思考が底の見えない穴へと吸い込まれていく。脳裏をよぎるのは短くも楽しかったサクとの数日間。初めて愛した人が死を迎えようとする光景は、戦いでも揺るがなかったアイリスを根底から崩壊させ始めていた。
「……サク――」
周りにかき消されるほどの小さな震え声をアイリスは無意識のうちに漏らしてしまう。縋るような思いが滲み出るその一言が届くことはなく、サクは目を閉じたままだった。
間近で呼びかけ続けるカノンに気づかないアイリスの頬に青い瞳から零れ落ちた涙が伝っていく。完全に思考停止状態に陥ってしまったアイリス。そうした中で担がれていたハクが動き出して冷たい床に降り、その体をサクの下へと引きずっていった。
息絶え絶えといった様子のハクを通すべく、皆が道を開ける。サクの下へとたどり着いたハクは冷たくなり始めている手を握り、必死の思いを込めた声を喉奥から絞り出した。
「サク、駄目……。行っちゃ駄目……! 消えちゃ駄目ぇ……!!」
強いつながりがあるからこそ、ハクはサクがどういった状況に立たされているのかを理解していた。絶望の闇へと溶け込んでいく最愛の人を押しとどめるため、全力の想いをぶつけていた。
サクに想いを送り続けるハクの体には異変が生じ始めていた。その体は、薄っすらと消え始めていたのである。明らかな危機的異変を目の当たりにしたオーガストが、思わず声を上げてしまう。
「守護騎士の相棒となった竜は、主人と一心同体……! 彼女が消えかかっているということは、そういうことなのか……」
「サクっ、サクッ……!」
「返事を……! どうか、目を覚ましてください……!!」
「起きてよ! 起きなさいよサク! まだ、まだ恩返しもしきれてない! まだ、まだ、何も出来ていないじゃないのよぉ!!」
ハクにカーラ。そしてレーナの悲痛な涙声が響く。それでなお、サクは目覚めようとしない。苦悶に歪んだ顔が安らかなものに変わることはなかった。
囲む者たちの顔に諦めの色が浮かび上がり始める。救いたくとも救えない悔しさ、全てが終わろうとすることへの空しさが重苦しい空気を形成していく。
誰もがサクの蘇生と世界の行く末を諦めかけた、その時だった。
「ふえぇっ!? な、何、コレ!?」
突如として、レーナの胸元が光り輝き始める。自分でも何が何だか分からないレーナが驚いていると、そこから飛び出した光源はカーラの下へと向かっていった。
「これは……!?」
カーラの胸の中に溶け込んでいった輝きは、さらに輝きを増して次はアイリスの方へと飛び出していく。
輝きはアイリスに溶け込み、放心状態だったアイリスの目に生気を取り戻させる。胸の内にある豊かで温かい輝きに内側で触れたアイリスは、光源が何を輝きに変換しているかに気づくことが出来た。
「――そう。そういうこと。なら、最後に行くのは彼女ね」
落ち着きを取り戻したアイリスはそうつぶやくと、胸に手を当てる。その手に現れた光源はさらなる輝きを得ていた。
薄暗い城内を眩く照らす光源。それを目にしたオーガストが皺くちゃな顔にある目を大きく見開いた。
「な、なぁんとっ!? 『輝葉』じゃとぉ!? 春に一枚しか発生せぬはずのそれがどうしてここに!?」
「お、お師匠様ぁ!! もしや、いや、もしかしなくとも、行けるのではないですかコレ!!」
「そうじゃあ!! その通りじゃ我が弟子ィ!! 『輝葉』は願いを形に変えるこの世界の力の結晶体! 今まさに、守護騎士を慕う者たちの想いが集い、増幅し、輝きへと変わったのじゃあ!!」
落胆していた魔法使い2人が大興奮といった様子で語り合う。場違いともいえるほどの騒がしさに他の者達も希望を抱き始める中、アイリスはその手の中にある『輝葉』を消えかけのハクへと溶け込ませていった。
誰もが見守る中苦しそうなハクのそばにアイリスは寄り添い、耳元で優しく告げた。
「あなたの想いの大きさが、一番のはず。それに、サクと深く繋がるあなたなら、直接届けられるはずよ」
「アイリス……」
「レーナ様と、カーラと、私の想いも籠ってる。あなたに全てを託すわ。お願いね」
「……うん」
微笑むアイリスに短くもしっかりと思いを込めて応えたハクは、両手でサクの冷たい手を握る。
そして、精一杯の想いを込めて語りかけ始めた。
「サク。私ね、もっともっとサクのことを知りたい。
サクと一緒にいて、もっとたくさんのものを見たい。
笑って、怒って、悲しんで、楽しみたい。
まだまだ、まだまだまだ、まだまだまだまだ……――
やりたいことなんて、たくさんあり過ぎて困っちゃう。
私はサクを愛してる。サクも私を愛してくれる。
大好きだから、愛してるから、もっと一緒にいようよ。
アイリスも、カーラも、レーナも、皆も待ってる。
だから、だから……――
――頑張って、サク」




