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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第三章 帰るべき場所へ
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58-2 抗う者たちの輝き②


 ない口から発せられる声は呆れたかのように嘆息を漏らす。そこから感じられる余裕にすぐにでも泥を塗ってやりたいと思えてならないサクだが、どうすることもできなかった。

 侵食され、黒く染まったサクの内面。果ての方に僅かに純白が残っているが、染まり上がるのも時間の問題だろう。

 ほんの少しでもいいから逆転の可能性が残されていないかと自らの内側を探るサクだが、めぼしい物は見つからない。絶望的状況に立ちながらも未だに諦めていないサクを感じ取った『創造主』は鼻で笑った。



『無様だな。いい加減に諦めろ。貴様に逆転の可能性など残されてはいない』



 その言葉の通りかもしれない。それでも、諦めることなどできない。諦めたくもない。

 抗い続けようとするサクに追い打ちをかけるように、とある光景が黒い空間に浮かび上がった。



『――見つけた。良かった。間に合ったようだな』


「これ……、は?」



 浮かび上がったのは森の中の少し開けた場所。木々の隙間から入り込む光で照らされたそこにいるのは『テンガ』。手際よく紫色の結界を解除し、トラバサミから解放した”小竜”を優しく抱き上げる。

 痛々しい傷を治癒魔法で癒すと、たちまち元気になった”小竜”は嬉しそうにテンガの顔をぺろぺろと舐め続ける。それと似たような光景にサクは見覚えがあった。

 森の少し開けた場所。トラバサミ。”手のひらサイズの小さな白銀の竜”。見間違えるはずがない。そこは、サクが”ハク”と出会った場所だった。



『テンガ様! 竜はどうでしたか!』


『問題ない。無事保護できたぞ』


『そうですか……! では、急ぎ撤退を。アイリス少佐率いる遊撃部隊が目前にまで迫っております』


『そうするとしよう』



 やってきた四人組の内の一人と手短に話を済ませたテンガはすぐさまその場から動き出していく。その腕の中では、楽しそうに小竜がキューキューといったカワウソのような可愛らしい鳴き声を上げていた。

 


『――これが本来の道筋。貴様がここへと来なければ、あの騎士がこの世界で言う『守護騎士』となっていたのだ』



 何処からか響く『創造主』の声に反応し、森の光景は霧散していく。散り散りとなった妖しい煌めきは再び結集し、新たな光景を生み出す。



『――少佐! 大丈夫か!』


『……ぅう。て、テンガ?』


『そうだ。間に合ってよかった』


『私、確かアージュの襲撃で気を失って、そこから記憶が……』


『邪悪な存在に感化されたアージュ様に呪術を施される寸前だったんだ』


『そう……、だったのね。ありがとう、助けてくれて』


『無事ならばそれでいいさ。立てるか?』


『……駄目みたい。動作阻害の魔法の類かしら。待っててテンガ。今何とかってぇ!?』


『時間が惜しい。すまないが抱き上げさせてもらうぞ』


『だ、大丈夫! 大丈夫だから! 恥ずかしいから下ろして――』


『行くぞ。掴まっていろ』


『あぁ、もう。分かったわよ……』



 身動きできないアイリスを抱きかかえ、テンガは砦を駆けていく。まるでお姫様を救い出す王子様のような光景だ。

 抱き上げてくれているテンガへのアイリスの視線は熱がこもっているように感じられる。これまでの間で、それはサクに対して向けられていたものだ。



(――ご主人様! 大体は片付いたみたいです!)


『そのようだ。怪我はないか、『ラーフ』』


(問題なしです。ご主人様こそ、大丈夫ですか?)


『問題ない。では、先へと進もうか』


(はい!)



 次に変容した光景は、アカベェの正面出入り口付近を形成する。多くの帝国騎士たちが気絶して倒れている中、テンガは自らよりも頭一つ分大きくなった”竜”と肩を並べていた。

 この”竜”こそは、”小竜”が成長した姿なのだろう。『ラーフ』と名付けられた”竜”は、『ハク』の半分ほどの大きさだった。



(いざとなれば私が盾になります。ご主人様は気兼ねなく戦闘を――)


『いや、それでは駄目だ。まだ未熟であるが私も騎士。君に守られ続けるのでは面目が立たない。私のことは気にせずに――』


(私がご主人様のお役に立ちたいがために勝手にやることです。お気になさらず)


『ほう。引く気はないか。一体だれに似たのかな』


(鏡でも見ますか?)


『ふふっ。いや、大丈夫だ。では、その時は任せたよ『ラーフ』』


(はい。精一杯尽くさせていただきます)



 心越しに語り合ったテンガと『ラーフ』は笑い合う。『ハク』とは違い、『ラーフ』は天津万爛で無邪気な性格ではないようだ。テンガに似た気高くも力強い騎士のような性格となっていた。

 主人となった存在に”竜”は強く影響される。このやり取りはそれをよく表していた。

 帝国騎士たちを次々となぎ倒して進んでいくテンガとラーフは、やがて大広間へと到着した。その最奥にて佇むトイズは、天敵であり最愛の息子であるテンガに向けて言い放つ。



『今一度、私の下に戻る気はないかテンガよ』


『ありません』


『即答、か。潔いな』



 その後陰に潜んでいた帝国騎士の精鋭たちがずらりと並び、テンガたちの前に立ち塞がる。彼らに臆することなく、その手に持った剣の切っ先をテンガは父へと向けた。



『もうしばらくお待ちください父上。あなたを誑かす邪悪な存在をこの手で消し去ります』



 テンガの深い青の瞳が捉えているのはトイズの背後に揺らめく赤いオーラ。ここまで生み出された光景においてはテンガが守護騎士になっていたのである。

 嫌がらせ、当てつけとも思えたが、それは違う。『創造主』が言う通り、これこそが本来の道筋。『實本さねもと 冴久さく』がこの世界にやってこなかった場合の歩みなのだ。

 冴えない自分自身とは違い、常に誠実且つ凛々しくある姿は眩しくも思えるほどだった。変容し続ける光景において、誰もが彼が『守護騎士』になったという事実に疑いをかけようとしない。その気質と在り方に多くの人が惹かれているのだろう。

 そんなテンガと自らをサクは改めて比較し、陰と陽ほどの大差があることを痛感する。だとしてもこれから奮起して陽の道に行けるなど微塵にも考えられなかった。



『――貴様は、あの騎士から栄光の道を奪い取った。そしてこの世界から得た『恩恵』によって、腑抜けでありながら思うがままに過ごしてきた』


(……?)


『そうか。自覚はないか』



 テンガが活躍した場合を映し出す輝かしい光景が流れる最中で、『創造主』が告げたことにサクは疑問を抱く。

 何も知らぬサクに答えを示すように、『創造主』は続ける。



『『守護騎士』となった者にはこの世界から補助が与えられる。それが『恩恵』。深くこの世界と繋がりでもしなければ気づかないことだろう』



 変容する光景において人々と接するテンガが切り抜かれ、大きく拡大される。



『有する身体能力の向上、そして特殊能力の付与。この騎士の場合は”隣り合う多次元への出入り”か。『私』の配下である≪統率装とうそつそう≫も使用する戦闘に特化した能力だな』



 説明の通り、戦闘の光景においてテンガは突然その場から姿を消し、あらぬところから現れるといった戦闘法を披露する。対する相手を完全に翻弄しつつ、確実に無力化する手際は鮮やかなものだった。



『貴様にも、『恩恵』は与えられた。『僕』と相対するここまでで、その『恩恵』は十全に発揮されている』



 『創造主』はそう言うが、サクに思い当たることはなかった。ここまでの自分にあった大きな変化と言えば、この身に眠っていた特殊な力が目覚めたくらいだ。



『思い返してみろ。冴えないゴミのようなお前が、流れに乗って生きるだけのお前が、何故来て早々に『守護騎士』になれた。何故、多くの者に慕われるようになった。何故、他者からの”愛”を得ることができた』



 それらの言葉が告げられるたびに、果てまで伸びる暗闇は勢いを増していく。消えゆくサクの残る心をへし折るための言葉を『創造主』は連ねてゆく。



『何もかもが上手くいきすぎている。そう考えたことがあったはずだ。それは事実だ。貴様がこの世界から与えられた恩恵は、『幸運』だからだ』


(『幸運』……?)


『もとより強大な力を有していたからこその措置。身体能力向上分の力もそこに加え、この世界にある限りは大抵のことはどうにかなるほどの『運気』を貴様は与えられた。あとは、分かるな?』


(ここまでの俺は……)


『そうだ。お前は自身の力でここまで来たのではない。全ては『恩恵』のお陰。貴様自身に、栄光の道を行く資格や器量は欠片も備わっていないということだ』



 『創造主』の言葉を受け、サクは衝撃するのと同時に納得してしまう。何だかんだで上手く行っていたことへの答えを得られたからだ。

 こんな冴えなくて受け身ばっかりな奴が歩めるはずがなかった。全ては知らず知らずの内に与えられた補助のお陰。そうとも知らずに楽々と過ごした数日が想起し、苦笑を漏らしそうになった。

 


『力は有能であっても、貴様自身は”無能”。滑稽極まりない。力さえなければ、貴様は何も出来ないのだからな』



 そういって『創造主』はどこにもない口から歪んだ笑い声を上げる。幾重にも声が重なっているその笑いは、真っ黒に染まった空間に響き渡った。

 最後の最後で告げられた真実。自らが無能であることを実感しながら、サクは『サク』でなくなっていく。果てにあった純白はもうほとんど残されていなかった。

 


『己が身の愚かさを知り、消えていけ劣悪種。誰の目も届かぬここで消え失せることが、その身に相応しかろう』


(俺は……、おれ、は……?)



 曖昧になりつつある意識を繋ぎとめようと考えを巡らせようとしても、最早自分が何者であるかが分からなくなり始めていた故に思いが紡げない。



(おれは、だれ? ちがう。いや、ちがわない? どうする、どう、しない……――)



 言葉の意味すら忘れ、まともな思考も保てない。どうすればいいか分からずに混乱した末に、まるで赤子が泣くかのような呻き声を上げ始めた。



(――……ぁぁああ、うぅぅ……、ああぁぁぁ……)



 何にでもなくなっていく恐ろしさに抗うこともできず、ただ声を上げ続ける。唯一出来たその行為も、少しずつ陰りが見えていく。



(……――)




 何もかもを失い、何でもなくなったそれは真っ暗闇の中に溶け込んでいく。



 恐ろしさも、悲しさも、そこにはもうない。



 消えていくのを何かが眺めているような気もしたが、どうする気にもなれないし、どうにもできない。




 ただただひたすらに、その身は真っ暗闇の中へと溶け込んでいった。






















































































 ――頑張って、サク。



 声が届いた。


 そこから広がる輝きが、暗闇を払っていく。



(――?)



 膨れ上がる輝きは、何かに意思を紡がせる。



(これって……――)



 眼前にて輝きを放つ物に、何かは手を伸ばす。


 すぐ近くでは、その手が触れるのを阻止せんと別の何かがうごめいている。


 しかしながら、妨害よりも早く何かの手は輝きへと触れた。


 摘まみ上げた物をその手のひらの中で確認する。


 輝き、温かい物。それに見覚えがあった『サク』は、素っ頓狂な声を上げてしまった。



「――”葉っぱ”ぁ?」



 サクの手の中にある物。それは、光り輝く葉っぱ。

 トングでレーナの頭の上に落ちた『輝葉こうよう』だった。

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