56-3 ≪戦鬼神≫③
「――これで全員ですか」
「はい。確認済みです」
「分かりました。では安全が確保出来次第、私がやってきます。それまでの間、窮屈かもしれませんがここにて待機をお願いします」
「承知しました」
薄暗い廊下で言葉を交わしているのはカーボン城駐在団員とテンガ。彼らがいるのはカーボン城地下最下層に設けられた非常用避難シェルターの出入り口前だ。
名簿を手にしていた駐在団員はテンガに一礼した後、分厚く重いで出入り口の扉を開いていく。お世辞にも広いとは言えぬその向こう側には、城に取り残された人々がひしめき合っていた。
その向こう側へと入った駐在団員はテンガに心配そうな視線を送り続けていた。そんな団員を不安にさせまいとテンガは毅然とした面持ちを保ち続ける。やがて、シェルターの扉はゆっくりと閉じられていった。
「――御武運を」
閉じられる直前、全ての思いを託すかのように駐在団員はつぶやいた。それを受け止め、完全に扉がしまったことを確認したテンガは薄暗い廊下の中を駆けだしていった。
外部からの電力や魔力供給が絶たれた今現在、城そのものに予め用意されていた非常用備蓄供給システムが稼働している。必要最低限の出力しか確保出来ない故にエレベーターが使用できず、人々の避難に時間がかかってしまった。
稼働停止状態のエレベーター前を過ぎ去ったテンガはすぐ近くにある階段を駆け上っていく。数秒も経たずに地上1階へとたどり着き、そのまま迷うことなく大広間を目指して人気のない城内を気配を押し殺しながら進んでいった。
呼吸すらも最小限に抑えたテンガは僅かに開いたままにされたままの大広間の中へと忍び足で入っていく。その先では魔法で作り出された光球が宙を漂っており、その明かりの下に数人分の人影があった。
「おお。来たかテンガ君」
「……クロノス様? それに、カノン様?」
「待ってたぞ秀才。アージュとオーガストから話は聞いてる。迅速且つ的確な対応、お見事だ」
アージュとオーガストの2人はここで待機させていたのだが、そこにクロノスとカノンが加わっていた。驚きつつも心強い存在が来てくれたことに喜びつつ、テンガは2人に向けて問いかけた。
「騎士団に属する1人として当然のことをしたまでです。お2人はどうやってここへ?」
「城外裏手側にある、重鎮以上でしか知らぬ地下の抜け道を通ってきたのじゃよ」
「まあ、あたしらが通ったことで感知されたみたいですぐに結界張られて出入り不可能になっちまったがな」
「そうでしたか。アージュ様とオーガスト様だけでなく、お2人が来てくださったのは大変心強いです」
「そういうテンガ君はどうしてまだ城におったんじゃ?」
「明日実施予定の騒動解決宣言と帝国解体条約の情報まとめと流れの確認を関係者たちと進めていたのです。レーナ様の一件に急遽参加したために遅れていたための突貫作業でした」
「そうだったか。災難……、いや、今の状況からすると幸いだったと言えるかのう」
「というと?」
「力ある者が多いに越したことはないということじゃよ」
「親父の言う通りだ。皆無に近い勝算が少しでも改善されるんだ。喜ばしい子ことだよ」
「そう……、ですか」
ため息交じりのカノンの発言を聞き、状況が芳しくないことを改めてテンガは思い知る。落胆の色を見せるテンガに向け、アージュが告げた。
「まぁだ諦めるには早いのですじゃ。そうでございますな、お師匠様」
「その通り。希望はまだある。あの禍々しいエネルギーを操る張本人、イヤサ国王の中に蔓延る”何か”を排除できれば、状況は一変するはずじゃ」
いつものよぼよぼとした感じは何処かへと消え去ったオーガストが、強い意志の込められた青い瞳にテンガを捉えたまま言い切る。力強ささえ感じられる彼女に、クロノスは頼もしそうに微笑んで見せた。
「たまに見せる本気が出たのうオーガスト。やはりお主はこうでなくては」
「茶化すなクロノス。儂はいつだってやればできる系の魔女だわい」
「そうかそうか。そりゃすまんかった」
「逸れた話を戻すぞ。排除の策、それは『分霊魔法』じゃ」
「分霊魔法、ですか。確か、対象者の魂と体を別離させる特定取扱禁忌魔法でしたね」
「その通り。医療部門など、特定の分野でしか使用が出来ぬ類の魔法じゃ。こいつを駆使し、イヤサ国王から”何か”を引きはがすのよ」
「しかしながら、こいつがまた厄介な話でのう……」
策を提示したオーガストに代わり、クロノスが表情を曇らせながら渋い声を漏らす。その他の面々も同様の面持ちとなったのを確認したテンガは、その理由を問いかける。
「厄介とは?」
「分霊魔法は、対象者の魂と体の双方をはっきりと認識せねば使えんのよ。無理に使おうとしても効果を発揮できん」
「ということは……」
「テンガ君が考える通りじゃ。イヤサ国王に使う場合、儂たちはその内に潜む”何か”を認識し、区別せねばならないということよ」
「それは……、厳しいのではないでしょうか。私たちに、”何か”を認識する手立てはありませんよね」
率直なテンガの発言に対し、グリールが誇る魔法使いたちは黙り込む。その沈黙こそが現状が行き詰ってしまっていることを表していた。
打開策はありながらも、実行するうえでの情報が足りない。誰もがそれをもどかしく感じており、悔しさを感じていた。
それだとしても、まだ諦めるわけにはいかない。ほんの僅かでも可能性があるのであれば、それに賭けたい。勝利のために、守るべき人々のために、世の安寧のために身を滅ぼす覚悟をもってテンガは彼らへと問いかけようとした。
「ですが、諦めるには早すぎます。何か他に案は――?」
その問いかけは、途中で止まる。
「――なんじゃ、この音は?」
何処からか聞こえてきたのは謎の音。何度も何度も聞こえてくる不可思議な音にクロノスが疑問の声を上げた。
「大広間の外……、城内の端の方からですかね。皆さまはここでお待ちを。私がすぐに確認してまいります」
音の大きさからそう推測したテンガは、皆にそう告げて足早に大広間から出ていく。その後ろ姿をクロノスたちは心配そうな目を向けながら見送るのだった。
薄暗い城内をテンガは進む。推測通り、音が発せられ続けているのは城の端の部分だった。さらに薄暗く、階段を下りてたどり着いたその場所にあったのは扉。その扉に貼り付けられたネームプレートを見て、テンガは首をかしげる。
「第一排水設備管理室……。まさか逃げ遅れた者でもいたのか?」
普段であればまず入ることはないであろう場所。その扉を開き、非常用の魔力灯が薄っすらと照らす内部へとテンガは入っていった。
下水へと続いているであろう多くの配管で室内の大半が埋まっている。金属を殴りつけるような音がし続けているのは、最奥の辺りだった。
自らも照明光球を生成して光源を確保ながら進むテンガの視界に、南京錠で閉じられている金属製の床扉が入り込んだ。音の正体ははそれを下側からこじ開けようとすることで発せられているものだった。
「―――! ――――!!」
「誰かいるのか……?」
扉の向こうからは禍々しい魔力は感じられない。しかしながら、激しく殴打されて揺れる合間に声が聞こえてきていた。
いざというときに備えて収納方陣から剣を取ったテンガは、ゆっくりと床扉へと近づいていく。そして鞘に収めたままの剣の表面を魔法で強化した後、床扉の南京錠を叩き壊した。
直後、現れたのは――
「開いたァ!! マジで超臭かった!!」
「あ、あなたは……!」
――汚水に塗れたレーナだった。
◆
「――往生際が悪いにもほどがあるぞ、劣悪種」
「まだ……! まだ……、終わってなんか……!」
圧をさらに増加され、立つことすらできなくないサクは地を這いずりながら”イヤサ”へと向かっていた。見るにも絶えない有様を”イヤサ”は心底侮蔑するような目で見下ろしている。
もう勝ち目など微塵にも残されていないのにも関わらず、諦めないサク。ボロボロになりながらも進む彼の頭を≪統率装≫が鷲掴みにし、そのまま掴み上げた。
「あぐっ……!」
首から下が圧によって地に垂れ下がり、引き千切れそうな激しい痛みに襲われてサクは苦悶の声を上げてしまう。必死に意識を繋ぎとめるサクを白い眼で確認した≪統率装≫は”イヤサ”に問いかけた。
『イカガシマスカ』
「どうせもうすぐくたばる。適当に放り投げておけ」
『御意ニ』
「あぐぁっ!?」
”イヤサ”の指示通り、≪統率装≫はサクを広場の端の方へと雑に放り投げた。圧によって何倍にも膨れ上がった落下の衝撃で地を割り砕いたサクは、短い悲鳴を上げる。
塵が舞う中、サクは唯一まともに動かせた瞳で”イヤサ”を睨み付ける。その様子に呆れた”イヤサ”は大きくため息を漏らした後、≪統率装≫に指示を出した。
「ご苦労だった≪統率装≫。ここはもういい。城外の連中の動向に注視せよ」
『連中ガ我々ヲ脅カスホドノ戦力ヲ有シテイル可能性はゼロニ近イデス。ソレデモ、主カラ離レテモヨロシイノデショウカ』
「問題ない。既に奴らは絶望しているだろうが、私の予想では三度目の反抗を実施すると思われる。それを徹底的に叩き潰し、無力であることを思い知らせてやれ」
『御意ニ』
主からの命に従った≪統率装≫は、ゆっくりと広場の外へと向けて歩み去って行く。その硬質の体表の足は地に触れているはずなのだが、全く足音を発していなかった。
禍々しく、そして異様な雰囲気を纏う≪統率装≫はほどなくして陣の南側へと到達した。そこにおいて最後列にて警戒を続ける深紅の赤い個体、≪上等装≫に声をかけた。
『戦況ハドウカ、≪上等装≫』
『警告以降、目立ッタ動キハアリマセン。コチラヲ警戒シ続ケテイルヨウデス』
『ソウカ。ベネディクトニオイテ数ヲ減ラシタ≪下等装≫ハドウナッタ』
『既ニ再構成シ、戦列ニ加ワッテオリマス。力ヲ消費シタ≪中等装≫ノ回復モ完了シテイマス』
『上出来ダ。以降ハ私モ戦列ニ加ワル。各地、警戒ヲ厳トセヨ』
『御意――?』
『ドウシタ?』
最後の返事の最中で目視で何かに気づいた≪上等装≫が口を止める。その視線を≪統率装≫が追うと、奇妙なものが視界に入り込んだ。
『司令、確認デキマシタカ』
『アア。確認シタ』
『アノ人型ノ巨人ハ――』
≪上等装≫が≪統率装≫に話しかける中、確認した巨人から緑色の輝きが煌めく。
そして間を置かずして、魔力と特殊粒子が混ざり合った極太の光線が≪戦鬼神≫の陣に到達するのだった。




