56-2 ≪戦鬼神≫②
日中の戦闘痕が残る首都を騎士団の面々が駆ける。静まり返った街並みを照らすのは広場にて増大し続ける深紅の球体の妖しい輝き。接近したことで誰もが球体が放つ禍々しさを感じ取っていた。
バルトの目くばせを受けた団員たちが所定の位置につくために別れていく。城前広場へと続く南東西にある大通り、そして城裏手となる北側の四方に戦力を展開し、同時に攻勢に出る手筈となっていた。
仮称を≪アラガミ≫と固定された敵勢力群は体表の鱗を変形させた槍を携え、城を取り囲んだまま動き出そうとはしない。こちらの出方を窺う様子はないが、鼠一匹通さぬと言わんばかりの殺気を撒き散らしていた。
街中にて非常時に待機していた団員たちによって所定の位置には既に陣が展開されていた。≪アラガミ≫からの攻撃を防ぐために魔法で構築された分厚い石壁の間を縫って進み、目的地である南側司令所にバルト一行は到着するのだった。
臨時で設営されたテントでは、防護策と攻撃策の準備や情報整理などに追われる団員たちが慌ただしく動き回っている。緊迫した空気が漂う中、団員の1人がバルト一行を出迎えた。
「お疲れ様です」
「状況は?」
「仮称を≪アラガミ≫とした敵勢力、沈黙を続けています」
「配置はどうなっている」
「各国では各要衝などの動きを阻害すべく取り囲むように陣を展開していますが、我々の首都においては城を防護するよう全範囲に隙間なく戦力を配置しているようです」
「手薄になっている部分はないのか」
「残念ながらありません。上空偵察隊から恐ろしいほど的確に配置されていると報告がありました」
「そうか……」
団員からの報告を聞いたバルトは、顎に手をやりながら渋い顔で思慮にふける。その頭で打開策を練り上げている最中で、何かが耳に入り込んできた。
「ィィィィィィィ……――」
「これは……?」
微かに聞こえてきたのは、叫び声。人のものではなく獣が上げたようなそれは、”上空”から聞こえてきた。
頭を働かせていた途中であったためかその声の正体を察するのに僅かに遅れてしまうバルト。一呼吸ほどの短い時が過ぎた後、テントにて各所との連絡係を務める団員が声を張り上げた。
「上空偵察隊、全騎堕とされました!! ≪アラガミ≫の投擲が直撃した模様!」
突然の報告にテント内が騒然とする。突如として≪アラガミ≫が動き出した事実に誰もが戦慄していた。
「――観測班に≪アラガミ≫に動きがあるかを至急確認。墜落するワイバーンと騎手の救援に医療班を向かわせろ」
「は、はい!」
そうした状況下でも、バルトは冷静に指示を出した。騎士団長として相応しい厳格な雰囲気は、団員たちに統制を取り戻させていく。
ここおいて指揮者が慌てふためく姿を見せれば更なる混乱を招くのは必至。上に立つ者として、そして何よりも部下の命を任された身としてそのような醜態を晒すことは許されないと、バルトは自らを鼓舞しながら立ち続けていた。
そんなバルトの姿を見た団員たちは、自らの役割をこなすべく動き出していく。より一層慌ただしくなったように見えるが、多くの団員たちの顔からは自らの役割をやり遂げる使命感が滲み出ていた。
「偵察隊の高度設定に問題はなかったのか」
「問題ないはずです。超々高度からの望遠で情報収集に徹していました。最後の報告は、列を成す≪アラガミ≫に体色の違いがあるというものでした」
「体色の差とは?」
「4列で構成される前列から中列部を灰褐色。その背後1列を頭部だけが赤いもの。最後部に全身深紅の個体が数体いるというものです」
「……階級差、或いは戦闘力差の順列とみるのが妥当か」
「だと思われます」
機能を失った偵察隊の最終報告の内容を確認し、バルトは静かに唸る。そんな彼に団員は休むことなく続けた。
「ちなみにですが、アルーセルにおいて駐在団員を負傷させた個体は広場にいるようです。奴が球体近づくと共に≪アラガミ≫が姿を現しました」
「その個体が≪アラガミ≫を統率する存在か」
「可能性は高いかと。その個体を打倒することが戦闘における最終目標となると考えられます」
「そうなるか。では、戦闘開始前の最終作戦会議を行う。該当者は至急ここへと――」
「団長! 『ベネディクト』で動きがありましたァ!!」
バルトが指示を出そうとしたところで再び連絡係が声を張り上げる。その一報を聞くために、騒がしかったテント内が一瞬にして静まり返った。
ベネディクトとは、南方にある『マフィン大陸』を統治する国のこと。多くの近代科学技術を世に輩出し、精強な兵器群の設計や開発を続ける工業大国だ。
「我が国への援助を妨害する≪アラガミ≫排除すべく、最新式の超電磁砲を主体とした無人兵器群を駆使し、首都防衛基地を包囲する≪アラガミ≫に対し攻撃を実施。実施の結果――」
遠距離用大型無線機を任された連絡係の表情が、伝えられた情報をそのまま読み上げていた途中で口を止めてしまう。あまりの内容に口元を歪ませてしまっていた。
しばしの間続く沈黙。痺れを切らしたバルトは、固まってしまっている連絡係へ問い詰めた。
「結果は。結果はどうなったと言うんだ」
「――実施の結果、前列の≪アラガミ≫を5割殲滅することに成功するも、その後列にいた頭部が赤い個体によって無人兵器群は壊滅。攻撃を実施した同基地にも侵攻され甚大な被害が出たとのことです」
「……そうか。手を出せば反撃してくるということか」
「お、お待ちを! まだ報告は終わっていません!」
「まだ何か重要なことが?」
「はい。とても、とても重要な事です。信じ難いですが、それは、それは――」
「落ち着け。深呼吸をしろ。ゆっくりと、確実に伝えてくれ」
「は、はいぃ……」
青ざめ、過呼吸気味になり始めている連絡係の気を静めさせようとバルトは側によって介抱し始める。安定させようと奮起する連絡係は、口ごもりながらもなんとか続きを口にしていった。
「それは、兵器群を壊滅させ、基地に被害をもたらしたのは、頭部が赤い個体の内の……、”たった1体だけだった”ことです」
「1体だけ? たった1体だけにか」
「はい。成す術もなかったそうです。そして恐ろしいのが、兵器群と基地に設置されていた魔力計測機器が計測限界を超えて振り切れていたということです。これは端的にその一個体が底知れぬ膨大な力を有していることを示しています」
「……それで、まだ続きはあるか」
「ベネディクト中央議会は、各国に対し『≪アラガミ≫には手出しするな。突破不可能。』と呼びかけ続けて、います……」
「……そうか」
報告を終えた連絡係は、押し寄せる絶望に耐え兼ねて座ったまま項垂れる。テント内には重苦しい空気が漂っていた。
ベネディクトの敗北と警告。それらの一報は今まさに攻勢に転じようとしていた騎士団に重くのしかかることとなった。
勝機は無いに等しいことが証明されてしまえば、挑むことを躊躇うのは当然のこと。以降の動きを根本から見直す必要があると考えたバルトが表情を曇らせる。
そんな時、突然”それ”は始まるのだった。
『我々ニ歯向カウ者タチニ告ゲル!! コレハ警告デアル!!』
「!?」
「な、なんだこの声!?」
「外!? いや、広場からか!?」
地と空気を震わせるほどの大声量が轟いた。不気味なほどにまで低いその声に団員たちが混乱に陥る中、我に返った連絡係が伝えられた情報をバルトへと告げる。
「だ、団長! 観測班より連絡、≪アラガミ≫に動き有り!!」
「どうした!」
「列が左右に分かれ、奥から深紅の個体が最前に到達! この声はその個体によるもので、各国においても同時に実施されている模様!」
「そうか……!」
「だ、団長!? 何処へ――」
「この目で見てくる。安心しろ、石壁からそう遠くまでは行かん」
「わ、分かりました。付き人を忘れないでください!」
「承知の上だ」
団員たちをかき分け、バルトは城と広場が確認できる石壁の向こう側へと急ぐ。その後ろを警護のために数人の団員が遅れて付き従っていった。
ほどなくしてたどり着いたそこで、バルトは収納方陣から取り出した双眼鏡で声の主を確認する。そのレンズの向こうでは、深紅の鱗を鎧の如く変形させた≪アラガミ≫が槍を片手に佇んでいた。
鱗から漏れ出す禍々しい魔力が作用してるようで、体表の空間が歪んでいる。悪魔、或いは魔人と称すべき風貌の≪アラガミ≫は、ゆっくりとその口を開いた。
『既ニ”二度”、我々ニ対スル威圧、又ハ攻撃行動ガ行ワレタ! 一度目ハグリールノ空中偵察! 二度目ハベネディクトノ軍事基地カラノ攻撃デアル! コレラノ無謀ナ行動ニ対シ、我々ハ反撃ヲ実施シタ!』
「――全員が情報を共有している」
『猶予ハ後2回! ソレ以上ノ反抗ガ実施サレタ場合、躊躇ウコトナク貴様ラノ全テヲ灰燼ニ帰ス! コレガ我ラガ主ノ決定事項デアル!!』
「――統制され、管理する立場の存在がいる」
続けられる警告に耳を傾けるバルトは、それらの内容から≪アラガミ≫がどのような存在なのかを推測していく。その見た目に反して規律を順守するような姿勢は、まるで”軍隊”のようだった。
『静カニ、ソシテ安ラカナ死ヲ迎エタクバコレ以上ノ抵抗ハ止メルコト! サスレバ我ラガ主ニヨッテ、貴様ラニ平等ナ死ガ送ラレルコトトナルダロウ。以上、我々カラノ警告ヲ終ワリトスル』
全てを言い終えた深紅の≪アラガミ≫は、反転して広場の方へと戻っていく。左右に分かれていた≪アラガミ≫たちはその個体が通った後に元へと戻り、再び殺気を撒き散らしながら警戒を始めるのだった。
双眼鏡を収納方陣へとしまったバルトは、肉眼で広場を守る≪アラガミ≫たちを見据える。ずらりと並ぶ灰褐色の個体すら最高戦力を投入してやっと倒せるほどなのにも関わらず、その後衛にはさらに強靭な個体が列を成している。その事実は受け入れがたいものだった。
後二回、こちらが動けば全てが終わる。動かずとも、全てが終わる。絶望しかない状況において、バルトは周囲の団員に聞かれぬよう、我慢していた一言を小さく漏らしてしまうのだった。
「私たちに勝ち目は……――、ない」




