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異世界の記憶:冴えない愛・輝く愛  作者: 田舎乃 爺
第三章 帰るべき場所へ
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55 触れることすら能わず

「……?」



 カーボン城正面の門は開いており、そこからサクたち一行はそこから進入していこうとしていた。だが、近づくにつれて何か嫌なものをサクは感じ取っていた。

 このまま突っ込むとヤバい。直感的にそう思ったサクは、シートに貼り付けになった状態でカノンに向かって叫んだ。



「叔母さん! 止まって!!」


「はあ!? んなろう!!」



 鬼気迫るサクの声を聞き、急ブレーキを踏むカノン。全員が体を前方に向かって引っ張られながらも、何とか門の手前で止まることができた。摩擦による熱でタイヤが煙を上げ、道路には黒い跡が出来上がっていた。

 シートベルトってこういう時のためにあるのね。締め付けられた部分に痛みを感じながらサクは止まれたことによるものと、カノンの運転が終わったことによる安堵のため息をついた。

 夜なのにも関わらず明るくなっていた外にサクたちは出た。街灯は全て点いておらず、広場の上空に形成された巨大な赤い球体が周辺を照らしあげていた。そのすぐ下に、ハクたちとイヤサがいる。

 こちらの到着を確認したイヤサが笑顔のままこちらに向けて手招きをしていた。その不気味な出迎えに臆することなく、サクは広場へと向けて歩き出す。



「……! 爺さん、叔母さん、ここから先に来ないでくれ!」


「はあ? 何で――」


「いいから! 見えないけど結界みたいのが張ってある!」



 門を超えたところで振り向いたサクの制止を聞き入れ、2人は足を止めた。その後サクとの間に何かがないか目を凝らしてみてみるが、特に変わったところはないようにも感じられた。

 だが、サクは通ったときに分かった。この結界のような存在が、車の中でサクに嫌悪感を与えたのだ。こちらの言ったことが信じられない様子のカノンは、懐からペンを取り出す。そしてそれをおもむろにサクへと向けて投げてみた。



「! なるほど。突っ込んでたら死んでたね」



 何かに当たったペンが一瞬にして塵も残さずに蒸発した。どうやら、対象者とその付属品のみを通す特殊結界が張られているようだ。

 ここからは一人きり。薄々勘付いてはいたが、いざとなれば不安で仕方がない。今現在、広場で待つ存在に勝てる保証がどこにもないことも、サクの心を追いつめていた。

 恐怖で手の震えが止まらない。それでも、ハクたちは絶対に助けなければならない。止まることのない冷や汗を拭うことなく、サクは広場へと向き直った。

 したところで症状が良くなることはないと分かっていても、サクはその場で深呼吸をした。そして、ゆっくりと広い広場の中心へ向けて歩き出す。



「守護騎士! あたしたちは他に入れそうなところを手あたり次第あたってみる! 絶対に無理はするな!」


「無理だと思ったならば逃げろ! 生きているからこそ、チャンスは生まれる!」



 背に向けられたクロノスとカノン言ったことに対し、サクは振り向くことなく手を振って応えた。声を出せば、震えているそれを聞かれて心配させてしまうと考えての行動だった。

 車が急反転、急発進していく音が背後から聞こえてきた。これで、本当に一人きり。震えあがる体と心を悟られぬよう、サクはしっかりと倒すべき存在を見据えながら一歩ずつ踏み出していった。

 午前中の卓との戦闘の跡が残る広場。城のことは後回しで、街を最優先で作業を進めていたのがそこから察することができた。微かに花の香が漂うその場所で、サクは静かに足を止めた。

 視線の先には、結晶体に閉じ込められて気を失っているハクたちと、禍々しいオーラを纏って浮かんでいるイヤサ。余裕たっぷりのその腹立たしい姿をサクは睨み付けた。



「ようこそ。劣悪種代表、實本冴久よ。『私』から逃げなかったことを褒めてやる」


「そりゃどーも。ていうか、劣悪種ってなんだよ」


「貴様らのような無能な存在全てを指している。存在する価値すらない、愚かしい存在だ」


「あーそうかい。もしかしたら話せば通じるかと思ったけど、それは無理そうだな」


「笑わせるな。『僕』と貴様とでは格が違い過ぎる」



 そういって家畜を見るような冷ややかな目をこちらに向けるイヤサ。その表情に優しさに溢れた本来のイヤサの面影はない。全くの別の存在であることをサクは再認識した。

 高圧的な会話によって少しずつだが、心の中の恐怖が怒りに変わり始めた。感情が振り回されない程度に膨らませるために、サクはさらに話を持ち掛けてみる。



「だったらお前は何だってんだよ。神様か何かなのか?」


「神、か。まあ、劣悪種の考え方ではそれが限界か」


「じゃあ何だってんだ。見習い神様か?」



 我ながら煽り文句に関してよく口が回ると思った。こちらの問いかけに対して呆れたような表情を向けてくるが、それが今のサクの燃料となっているのだ。

 さらなる反論を待ちつつ、吸血鬼化したサクは両拳に力を溜め込み始める。不意打ちでもいいから、確実にダメージを与えていけば勝機は見えてくるはずだとサクは考えていた。



「この『私』は、あらゆる理を超えた先にいる高次の存在。言わば、『創造主そうぞうしゅ』だ」


「……お高くとまってるな、お前」


「何とでもいうがいい。『抵抗力』とはいえ、劣悪種である貴様など取るに足らん」


「その『抵抗力』ってのも何なんだ。俺、レジスタンスとか危なそうなのに加入した覚えはないぞ」


「知らなくて当然だ。貴様はまだ未熟者だからな。だからこそここで――」



 イヤサが説明を続ける最中で、サクは溜まった右手に溜め込んだ力を解放した。技名的に言えばサクスペシャル2。拳上のエネルギーの塊は、真っ直ぐとイヤサへと向かっていく。

 先手必勝、不意打ち上等。ご丁寧に説明し続けてたお前が悪い。ころころと一人称変えやがって、それがカッコいいとでも思ってんのか。さあ、これで流れを掴んでパパッと終わらせよう。

 そう意気込んでいたサクだったが、塊はイヤサの直前でかき消されてしまう。跡形もなく散ったその向こうで、イヤサは大きくため息をつく。サクの攻撃は、全く通じていなかった。

 諦めずに左手をイヤサへとかざすサク。その手から離れた力は、イヤサの目の前へと集約されていく。膨れ上がったそれは大爆発を起こし、周囲に凄まじい衝撃波を拡散させ、轟音を轟かせた。

 圧倒的な熱量によって生じた白煙が視界を遮る。すぐさま追撃ができるようにサクは力を溜め込み始めるが、突如体全体に異変が襲い掛かってきた。



「重……っ!?」


「貴様の体に圧をかけた。安心しろ、そのまま地面を沈んでいかぬ程度に抑えてやった。ありがたく思え」



 体全体に凄まじい重りが内蔵されたような感覚。吸血鬼化状態であっても、立っているのがやっとだった。

 まともに身動きが取れない中でも、サクの視線は白煙が晴れた先にいるイヤサに向けられたままだった。意地でも負けないといったその表情を見て、イヤサはこれまでとは違って残念な表情を見せた。



「この程度で音を上げるか。拍子抜けもいいところだな」


「まだ……、まだ終わってなんか……!」


「いいや、終わりだ。この世界にいる『俺』の力は本体の一割にも満たない。そんな『僕』に触れられない時点で、結果は見えているも同然。諦めろ、劣悪種」



 本気どころか準備運動にすら付いて行けていない現状を知り、サクの心の中に暗雲が立ち込め始める。一体、どうやって倒せばいいのか見当もつかなかった。

 イヤサからの攻撃を吸収することは出来ない。そして、こちらからの攻撃も一切通じない。サクはそんな絶望的な状況下でも僅かにあった希望に全てを賭けることにした。

 カノンやクロノスが言っていた分霊魔法。名称からして、恐らくイヤサと『創造主』と名乗る存在を切り離すことができるに違いない。そこに勝機が生まれる、はず。

 これまでに出会った人たちに期待しつつ、サクはその準備が整うまでの間、何としてでも時間を稼ぐことに専念した。



「流石は高次の存在ってか。だったらせめて色々な事教えてくれてから殺してくれないか? 俺だって気にくわないことがいっぱいあるんだよ」



 焦っているためか、こんな発言しか思いつかなかったサク。分かり易すぎる釣り糸を垂らすことになったが、果たして食いつくかどうか。

 冷や汗が頬を伝い、首筋へと向かう。もう少し気を引くようなでたらめを言えば良いかと模索し始めたところで、哀れんだような目をしながらイヤサは口を開いた。



「時間稼ぎか。どうやら何か策があるようだな」


「……なんのことやら」


「他者を騙すのであればまずは自分を騙すことができるようにしろ。思惑が顔に出ているぞ」



 こちらの考えは見透かされていた。あまりにも酷かったためかお説教も追加。ド素人の話術では時間稼ぎすらできなかった。

 それだとしても、諦めるわけにはいかない。口が駄目ならば力で。それが駄目ならしがみついてでも気を逸らさせる。どんなことをしてでも、時間を稼いでみせる。

 恐ろしいほどにまで重い一歩をサクは踏み出した。足を上げ、下げただけで地が重みで砕ける。沈み込もうとする足を全力で引き上げ、転げ落ちぬように全身のバランスを整えていく。

 移動すら困難だった。体の震えが止まらなかった。全身から噴き出す汗も泊止まらなかった。絶望的な状況でしかなかった。それでも、それだとしても、サクは歩みを止めなかった。



「……愚かだな」


「何か言ったか?」


「愚かだと言った。貴様の行為は死に急いでいるようなものだ。そこで立っているだけなら、痛みも感じず消え去ることができたぞ」


「そんなこと、俺は望まねえよ。やれることをやんなくちゃいけないんだからな」



 反論することで自らを鼓舞し、さらにイヤサへと近づいていく。時間稼ぎのためでもあるが、それ以上にサクを突き動かしていたのは、眼前の敵に捕らわれた大切な人たちを救いたいという揺るぎない意志だった。

 こんな冴えないやつに付いてきてくれた。こんな冴えないやつを助けてくれた。こんな冴えないやつを、好きだと言ってくれた。そんな彼女たちへの想いが、サクに到底敵わない相手へと立ち向かう勇気を奮い立たせていた。

 さらに一歩。続けてもう一歩。既に満身創痍な様子になって尚、サクは諦めない。重々しい腕を上げ、その先端を浮遊し続けるイヤサへと向ける。



「あと……、あと少し……! 気張れよ俺ェ……!!」



 持ちうる全力を脚部へと集中させていく。後はそれを爆発させて飛び上り、掴みかかるのみ。単純な作業だと自らに言い聞かせるものの、全身が悲鳴を上げていた。

 全身全霊近づかんとするサクへイヤサは冷ややかな目を向け続ける。その高慢な態度に泥を塗るべく、サクは集約させた力を放出した。



「オラぁ!!」



 超高圧縮させた力は爆音とともに脚部から放たれ、広場を大きく隆起させる。宙を舞ったサクは、圧に負けることなく一直線にイヤサへと向かっていった。

 だが、



『落チロ』


「がっ!?」


 

 目前にまで迫った手が届くことはなかった。空気が震えるほどの重低音の一声とともに腹部に強烈な一撃が叩き込まれ、サクは広場の端の方まで弾き飛ばされてしまったのである。

 塵と破片を散らし、数度転がりながらもかかった圧によってすぐに止まることができたサクは、至る所に血を滲ませながらもイヤサの方へと向き直る。そして、そこに佇んでいた存在を目にして言葉を失ってしまう。



「こいつは……っ?」



 アカベェで対峙した『何か』に似た存在がいた。相違点は体表を覆う鱗が黒鉄色であることと、さらに体格がいいこと。そして、あの『何か』を遥かに超える威圧感を放っていることだ。

 さらなる上位種とでもいうべき存在にサクが気圧されていると、≪統率装とうそつそう≫は主である”イヤサ”に告げた。



『オ取込ミ中申シ訳アリマセン。無粋デシタカ』


「よい。許す。お前がやっていなければ私がやっていただけのことだ。して、どうした≪統率装とうそつそう≫よ」


『異常ヲ察知シタ城外、ソシテ各国ニ動キガアリマシタ。イカガシマスカ』


「では迎撃を許す。糧は集約したこのエネルギーを使うといい」


『僅カニ『大破壊デリート』ガ遅レルコトニナリマスガ、ヨロシイノデスネ?』


「問題ない。この世界にお前の力を見せつけてやれ」


『御意ニ』



 唖然となり動けずにいたサクを他所に会話を終えた≪統率装とうそつそう≫はゆっくりと地に降り立ち、膨大な負のエネルギーが集約された球体の真下へと向かっていった。

 事を実行に移そうと≪統率装とうそつそう≫が動いたことでようやく我に返ったサクは、それを阻止すべく動き出そうとする。しかしながら限界を超えていた体は圧に負け、引きずっていくことすらままならなかった。

 やがて真下にたどり着いた≪統率装とうそつそう≫。その強靭な体躯へと球体からエネルギーが分け与えられ始める。深紅に染まる魔力が≪統率装とうそつそう≫に浸透していく中、”イヤサ”が小さくつぶやいた。



「行け、≪戦鬼神アラガミ≫。その絶対的な力をここに示すがいい」

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