52 責任重大
「おおっと。何かすごく忙しそうだな」
城を離れてから十数分後、フォードゥン家の屋敷の前にサクたちはたどり着いた。正面の出入り口からは輸送車など、たくさんの車が次々と街の方へ向けて出発していた。
街へ向かう車両群はフォードゥン家だけでなく、周辺の多くの家々から出立している。日暮れ時なのにも関わらずこれだけの出入りがあるということは、重大な仕事か急ぎの用なのだろう。これでは話に聞いていたアイリスの父と兄には会えないかもしれなかった。
慌ただしい彼らが全て出ていくのを出入り口付近で見守るサクたち。最後の一台が出て言ったのを確認し、もう入っていいかと内部の様子をのぞき込もうとしたところでクラクションが鳴り響いた。
それは最後の一台によるものだった。何事かと思い皆が振り向くと、停車した車から2人の男性が下りてきた。こちらの姿を見て笑顔で駆け寄ってくる。
威厳漂う初老の男性と爽快感のあるイケメン。両者とも短い金髪で透き通るような青い瞳。その身には騎士団の服を纏い、鍛え抜かれた美しい体つきをしている。その姿を見てサクはすぐに理解した。彼らが、アイリスの父と兄だ。
「お帰り、アイリス。そして、ご苦労様です、サク様」
「ん、あ、ああ」
「私は『バルト・フォードゥン』。王国騎士団の団長を務める者です。横にいるのが息子の『クラウス』です」
「お会いできて光栄です。妹がお世話になっています」
「そりゃー、えっと、どうも」
戸惑いつつも眩しすぎる笑顔を放つクラウスが伸ばした手を握り、握手を交わすサク。自らとは正反対の存在だが、こういった誰にでも優しいタイプは嫌いではなかった。
色々と忙しいはずなのに、クラウスからは爽やかな香りが漂ってくる。イケメンで香水の使い方も熟知しているとなると、相当モテるだろうに。羨ましいことこの上ない。
握手を終えて一歩下がるクラウス。丁寧すぎるバルトとクラウスの接し方にサクは上手く受け答えできる自信がないし、ここまでも十分にテンパっていた。
「お父様たちは、これから城壁外の警戒?」
「ああ。最優先とされている城壁の復元が済んでいなくてな。結界が張れていない今、我々が魔物を追い払うしかないんだ」
「その件に関して、サク様に助けられています。本当にありがとうございます」
「え? 俺何もしてないんだけども」
バルトが返答した後でクラウスは一礼しながらサクに礼を述べた。しかしながら、今サクはここにいるし、外側で何も手助けをした覚えはない。
「あなたの従者の一匹のベヒーモスが街の周辺にて一緒に警戒を続けてくれているんです。本当に助かっているんですよ」
「ゴウが……。頑張ってくれてるんだな」
街での戦闘以降、この街の手助けをしてくれていたようだ。頼りがいのあるゴウにサクが心の中で感謝していると、バルトが話しかけてくる。
「先ほどの車両群は不足分の食料を被害の少なかったここ一帯の家々から分けてもらうためのものでした。もう出なければなりませんが、少々お時間をいただけますかな、サク様。すぐに終わりますので」
「あ、はい。了解っす」
「皆様は屋敷へどうぞ。サク様はすぐにお返ししますので、ご安心ください」
その後、サクだけバルトとクラウスと一緒に車の所まで移動していき、ほかの皆は先に屋敷の中へと向かっていった。
結構真剣な顔つきをしていたが、もしかして戦力がまだ足りないので手助けしてほしかったりするのだろうか。様々な疑問が生まれつつも、サクは車の所までたどり着いた。
無理のない範囲で話を聞こう。夜にはイヤサに会う約束があるし、夕食もちゃんと食べたい。それにこの流れからして、料理の作り手となるのはアイリスだ。再び美味い料理が食べられると考えると心が躍る。
どうくるかとサクが出方を窺っていると、まず先にバルトが頭を下げてきた。いきなりのことで驚いていると、そのままの状態でバルトは口を開いた。
「面倒な娘ですが、よろしくお願いします!」
「……はい。俺も精一杯頑張りますんで」
そっちか。というか父親からも面倒とか言われるなんて、よほどアイリスはこちらの方面に関しては心配されているらしい。
バルトを安心させるためにもしっかりと返事をしたサク。我ながらよく口ごもったり、噛んだりしなかったと思っていると、クラウスが苦笑いしながら話しかけてくる。
「あいつ、かなり我が強いでしょう。色々と苦労するかもしれませんが、悪い奴ではないはずなんです。俺からも頼みます」
「任せてくださいよ。ちゃんと手綱はこちらが握るので」
「そういってもらえると、兄としても安心できます。もしあいつのことで悩みが出来たら、俺を頼ってくださいね」
そういって爽やかな笑顔を向けてくるクラウス。ちくしょうカッコいい。間違いなく自分が女性であればこの瞬間惚れていただろう。それだけその笑顔の破壊力はすさまじかった。
スムーズに話を進めているが、かなり責任重大なことを約束していることに今更になって気づいた。重婚が許されているとはいえ、1人の女性を任されたということをサクは自覚しなければならない。
結婚とかまだそういったことに関して漠然とした未来予想は出来ていないが、幸せにしようと決意する。こんな冴えない自分を好きだと言ってくれるアイリスを裏切ることなんて、サクには絶対にできないし、したいとも微塵にも考えられなかった。
自らの思いをサクが固めていると、満足したといった様子でバルトが顔を上げる。そして、真っ直ぐとサクのことを見据えてきた。
「さすがは帝国を討ち、街を救ってくれたサク様ですね。その幾多の苦難を超えてきた顔が全てを物語っています。あなたなら、アイリスは大丈夫です」
それに対して返答することができなかったサク。ここでこの顔にそんな大層な物語はないことを伝えてもよかったが、よからぬ心配をかけたくはなかったからだ。
でも、そういった捉え方をしてくれたことに少し喜んでいる自分がいた。いつもなら心配されるが、こういった見方をしてもらえるのは素直に嬉しかった。
「それでは、我々はこれにて。ゆっくりと休んでくださいね」
「はい。そっちも気を付けて」
一礼した2人は、車に乗り込んだ。それが発進して見えなくなるまで、サクはその場で手を振りながら見送るのだった。
話をすることができてよかった。心が少しだけ軽くなったように感じながら、サクは屋敷に向けて歩き始める。赤く染まっていた空は少しずつ暗くなってきていた。
綺麗なその空に輝く一番星をサクが見つけた時、車が去って行った方向から何か別の駆動音が聞こえてきた。遠くからしたそれは、少しずつこちらに近づいている。
車ではなく、バイクの音だ。気になったサクが振り向くと、バイクに乗ったカノンがその髪をたなびかせながらこちらに向かってきているのが確認できた。ヘルメットとか着用しなくて大丈夫なのかと心配もしたが、そのサクの思いはこちらに向けられた言葉でかき消された。
「そこの守護騎士ー。止まれー。止まらないと末代まで呪うぞー」
「止まるしかないじゃんか」
冗談だとしても性質が悪い。それに、カノンであれば本当にやりかねない気がしてサクは足を止めた。
正直に言ってアイリスよりも遥かに面倒であることは間違いない。あのクロノスが手を焼いているのだから、相当なものなのだろう。カノンのことになるとため息ばかりになるクロノスと同じように、サクは深くため息をついた。
その場で渋々待ち続けているとカノンはバイクのマフラーがあえてこちらに向くようにして停車した。少し離れているとはいえ明らかにわざとやっているそれを指摘したかったサクだったが、カノンの後ろに乗る存在を見て開いた口が止まってしまった。
カーラがカノンの背に寄り掛かった状態で小さな寝息を立てて眠っていたのだ。心地よさそうい寝ているが、押し付けられた体重を支えているカノンはとても嫌そうにしていた。
「屋敷に向かう時に、ちょうど秀才と一緒に街から帰ってきたのを拾ってきた。観覧客への対応でへとへとに疲れちまったみたいだね。秀才は城壁外に向かったよ」
「そうだったのか。ありがとう叔母さん、ここまで連れてきてくれて」
「ということは以降はあんたが屋敷の中まで連れてくってことでいいか?」
「ああ。任せてくれ」
サクが了承するとカノンはカーラが落ちないように支えながらバイクから降り、同じぐらいの体格のカーラを軽々と持ち上げた。どうやら腕に魔法か何かをかけて筋力を増大させているらしい。
その後は指示通りにサクが背を向けると、カノンはゆっくりとそこへカーラを下ろした。吸血鬼化しながら落ちないようにとしっかりと各部を支え始めていると、カノンは素早くバイクにまたがる。
「そんじゃ、頑張ってー」
こちらはもう用なしといった感じで走り去ってしまった。素っ気ないカノンにため息をつきながらも、サクはゆっくりと屋敷に向けて歩き出した。
出入り口から入った後もそれなりに長い庭がある。カーラを背負ったままだと結構時間がかかってしまうだろうが、サクはそんなことは全く気にしていない。そればかりか、少しでもゆっくりと行こうとも考えていた。
素晴らしい肉付きの足。鼻孔を刺激させる甘い香り。そして何と言っても、背にはおっぱいが押し付けられている。そう、つぶれおっぱいである。理想郷である。
あらかじめちんポジは調整しておいたので、あまり目立たないようにしてある。思う存分にこの夢のようなひと時を楽しみながら、サクはゆっくりと、味わう様にして一歩ずつ踏み出していった。
「……サク~」
「んお? どうした、カーラ」
耳元にした声に返答したサク。しかし、その答えが返ってくることはない。どうやら寝ぼけているのようだ。それほどにまで、疲れているということなのだろう。
サクが思い通りに行動できるように、あの大勢の人々の相手をしていたのだ。たとえフワフワしているカーラでも、疲労がたまるのはしょうがない。
いつもお世話になっているのだから、今回は自分がカーラのために行動するのは当然。そう考えつつも、サクは今現在紳士的にはとてもお世話になっていた。
「大丈夫~……。私が……、いまふ……」
「そうだな。いつもありがとう、カーラ」
まともな返事が返ってこないと分かっていながらも、何故か返答してしまうサク。自分でもよく分からないが、雰囲気的にはそうしたほうがいいと本能がささやいている。
あっという間に出入り口を通り過ぎ、庭に到達した。紳士的な興奮は継続しているが、それとは別にカーラと2人っきりでいるのが後少しであることを名残惜しく感じている自分がいることにサクは気づいた。
慰めてくれた時など、2人っきりでいることはあっても伝えていないことを思い出したサクは足を止めた。そしてヘタレスキルを押し殺して伝えるべき言葉を口にしようとするが、今になって高鳴り始めた鼓動がそれを邪魔し始めた。
これからもずっと一緒にいるのだから、おふざけ抜きで本気の思いを込めたものを伝えたい。緊張を押し殺すためにサクは深く深呼吸をし、息を整える。その後、思い浮かべたその言葉をはっきりと口にするのだった。
「カーラ、大好きだ。いつも、本当に、本当にありがとう。これからも一緒にいような」
さあ言ったぞ。頑張ったぞ俺。恥ずかしずぎて死にそうだけど、伝えられてよかった。
一線を越えたためか、鼓動は徐々に収まり始めた。のど元過ぎればなんとやら。言ったことによる爽快感にサクが満足していると、垂れ下がっていたカーラの腕がサクの首に回された。
告白を聞いて目を完全に目を覚ましたのか。それを確認するため少し顔を後ろに向けようとしたところで、カーラはつぶやいた。
「振り向かず、そのまま進んでください」
「ん? どうかしたか?」
「何でもないです。今はとにかく振り向かず、進んでください」
いつもとは違い、その言葉にフワフワは感じられない。だが、怒っているときのような鋭さもなかった。今までにない様子を見せるカーラにサクが不思議に思いながらも前へと向き直った。
「背負ったまま屋敷に入るけど、それでいいか?」
「はい。お願いします」
「分かった」
サクはゆっくりと屋敷の玄関へ向けて歩き出した。心なしか、背負っているカーラの体温が上がっているような気がする。
空にはいくつもの星が輝き始めた。庭の所々に設置されている明かりが灯り、柔らかな光で周囲を照らしている。心安らぐ中を歩き続けていき、2人っきりの時間は終わりを迎えようとしていた。
玄関の扉まであともう少し。カーラを早く休ませるためにと少し足を速めたその時、首に回された腕の力が強くなった。痛みを感じない程度の優しさが感じられるそれにサクが驚いて足を止めると、耳元でカーラがささやいた。
「私も、大好きです。ロメルで奴隷商人から買ってくれて、本当にありがとう。いつまでも、サクと一緒にいたいです」
「……ああ。俺もだ」
お互いの気持ちを確かめ合いながら、サクは足を動かし始めた。これまでに感じたことのない充足感に満たされながら、温かな光が漏れ出すフォードゥン家の屋敷の中へと入っていくのだった。




